31 仲間と、新たな活動
俺たちは学院から王都の中心部へと移動した。
アズリアが新しくパーティーに加わることになったので、俺たちは学院滞在を一日伸ばしてアズリアの諸手続きと準備に当てた。
とはいえ、様々な準備が一日で終わるはずがない。多くはほったらかして最低限の身の回りの準備だけを済ませて来た。
幸いにもアズリアは学院を中退ではなく休学ということになった。これは爺さんに直接お願いしたことだ。コネを使うようで不快に思われるかと思ったけど、多様な事情を持つ学生を抱える魔法学院では長期休学はそれほど珍しいことではなかったらしく、あっさり聞き届けられた。それに関係する書類等も後日送付でよいということだったので手続きも簡単、すぐに終わった。
アズリアの準備も早く終わり(必要と思われるものを片っぱしから魔法の布袋に放り込んだ。後で整理する)、その夕方にはアズリアは友人たちに休学と別れを告げて回った。
突然のことに友人たちは驚いていたけれど、夜には彼女たちが送別会を開いてくれた。
さすがに寂しくなったのかアズリアは涙を浮かべ、俺はカミラに「アズリアを誑かすな」と説教された。絶対に無茶させるな、とも言われた。
なにはともあれ、そうやって急ぎ足で別れの準備を済まし、俺たちは三人連れだって学院から離れた。
歩きがてら、アズリアに冒険での注意点を思いつくままに話す。
「まあ、実習でやった様にすれば間違いないな」
水着のニケが後ろ手に手を組みながら言った。最近朝は冷え込んで来たからか、上に着ているジップアップパーカーのジッパーは首まで引き上げられている。パーカーはニケの股下まであり、ぱっと見は下になにも穿いてないように見える。
ぶっちゃけ――いや、言うまでもないか。
つまりはいつものニケなのだった。
「魔術師は後衛で、接近職が前衛というやつか」
アズリアが真剣な表情でニケに確認した。
「おう。オレとヒカルがタンク役になるからさ。アズっちはその間にババッと範囲魔法を使ってくれよ」
「ふむ。そのあたりの連携は、実際に戦う前に練習しておきたいのだが」
「そんなん戦いながらでいいって。その都度修正していけばいいじゃん」
「……。私は、実習以外でモンスターと戦ったことがない」
不安げにアズリアは言い、俺とニケは笑った。
「最初は空気を吸って慣れることだな。慣れれば自然とやれることってのが増えてくっから、連携の練習すんのはそれからでもいい」
「そーそ。あんまり気負うなよ。緊張して動けなくなるぞ」
俺たちがそう言うとアズリアは頷いた。
その様子が不承不承という感じだったので俺はさらに言う。
「当分は連携云々よりも身を守ることを意識しとけよ。魔術士なんだから、後ろにいて攻撃はなるべく喰らわないように」
「……わかった」
頷くアズリアは真面目な表情なんだけど、どこか思いつめている様にも感じる。
もしかして「後ろにいろ」ってのをハブられてるとでも感じているのだろうか。
足手まといになるのを気にしていたので、考えられるな。
「直接敵を攻撃するのは俺たちの仕事だからな。絶対前には出るなよ。『しっかり私を守りなさい!』くらいの勢いで後ろにいろ」
「後ろには下がっているが、その勢いは無理だ」
「『この程度で動けなくなるなんて、情けないわね!』って応援するのでもいいけど」
「それは応援じゃない。でもヒカルがそれで元気になるなら、善処する」
「あの、そんな真面目に返されても……」
ジョークじゃん。
緊張をほぐそうとしてるのに。
「ヒカルゥ、お前そんなんがいいのかよ」
ニケにまで言われた!?
▼
滞在していた宿屋の前に来ると、タイミング良くダグがいた。
通りの端でなにやらオジサンと話し込んでいたのだけど、俺たちに気付いて声を上げる。
「ヒカル! 戻ったのですか!」
それに連られてオジサンもこちらを向き、ニケを見てちょっと頭を下げ、ダグと短く言葉を交わして去っていった。
去り際こちらに向かってお辞儀。
誰だろうな?
さておき、オジサンと別れたダグが俺達の方へと駆け寄って来た。
「おお、ダグ。どっか行っちゃったかと思ってた」
「まさか」
とダグは笑う。
「――最近は忙しく動き回っていて、王都を離れることはできませんよ」
「あ、そうなん?」
「ええ――お帰りなさい」
そう言って、眩しそうに俺を見つめた。
久しぶりの、ダグとの再会。
お帰りなさいと迎えられた俺は―――
「あ、鳥肌立った。どうしてくれる」
「ええ!?」
「お帰りなさいはないだろ! 俺の嫁か、お前!」
なんて言いつつ、ダグの足を軽く蹴り飛ばした。
まあ。
なにも告げずにどっか行ってなくて良かった。
覚悟していただけに何事もなく再会できたことは割とうれしい。
「ヒカル。洒落にならないくらいに脚が痛いのですけど」
「良かったな。夢じゃないぜ」
しばらく会ってなかったからだろうか、ダグの印象は俺が思い出せるものとはすこし違っていて、それにどことなく痩せた様にも見える。
「あの、そちらの方は?」
おっと。
アズリアのことを紹介するの忘れてた。
「えーと、新メンバーのアズリアだ。将来有望な大物新人だよ。――アズリア、こっちはダグ」
俺がそう言うと、アズリアはペコリと頭を下げた。
「アズリアです。魔法学院の元学生です。――学院ではヒカルに色々お世話になって、その縁あって一緒に冒険することになりました。これからよろしくお願いします」
?
~のだ口調じゃない。
意外に人見知り?
「私は、ダグです。少し前から、ヒカルと一緒に旅をしています。よろしくお願いしますね」
あれ?
なんで先輩面してんの?
言っとくけど、お前はレギュラーメンバーにしたつもりはねーぞ。
「ご高名は伺っています。こんな風に会えるとは思わなかった」
「そう、ですか。――ヒカルの周りには、不思議と人が集まるみたいです」
うん?
高名って何だ。エルフの兄ちゃんじゃないの?
「通りで話すというのはなんですし、部屋の方へ行きませんか。ヒカル達も疲れているでしょう」
「あ、そうだな」
確かにここでは打ち解けて会話することは出来ないだろう。
酒場から飲み物か何かを持ち出して、部屋に戻ってゆっくりしよう。
「それと、ニケ」
ダグはニケに近づき、耳打ち。
「――例の件、つつがなく手配しておきました」
「マジかよ!? はえぇな!!」
「人材と物件と材料。一通りのものをそろえて運ぶべきものは搬入しています。すでにいくつかの試作品も出来あがっていて、事前の調査でも好意的に受け止められているようです」
「おお! すげえじゃん!!」
興奮気味に言うニケ。
何のことかわからない俺は2人に訊いてみた。
「なんの話だ?」
「ふふん。昼飯食べたら、教えよう。それまで楽しみにしときな。絶対ヒカルも喜ぶから」
▼
午後。
ニケとダグに連れられて大通りを歩く。
午前に通った道を引き返すように歩き、通りの端の方で曲がる。
裏通りというほどでもないけれど大通りよりは人の少ない通りだ。それに面したとある店舗の前でニケは立ち止まった。
「これよ」
腕を組み、顎で示す。
「……服屋?」
ニケの示した先には小奇麗な店があった。
この世界での店は露店を除いて、外からはどういった店なのかはイマイチわかりにくい。標識代わりの看板をぶら下げてなんの店かを示すのが一般的なんだけど、しかしこの店は外からでも何の店かすぐにわかった。
窓を多数配置してあり、その窓に面するようにマネキンが置かれているからだ
「おう。『PANTSer』ってブランドを立ち上げたんだ」
「はあ?」
「入ってみ。いいから入ってみ」
ニケに押されるようにして店に入る。
扉を押し開けると、カランカランと鈴の音がした。
「――」
中に入ると、予想通り服屋だった。
棚が幾つも並んでいて服が綺麗に畳まれて収納されている。壁には服がつるされていたり鏡があったりするけど、全体的に割と落ち着いた印象だ。
うん。
普通の服屋。
あまりに普通だ。
ただこの世界でこういう形式は見かけない。こっちでは小売り形態ではなく、仕立屋が直接商売している。
「で? なにここ?」
俺はニケに尋ねた。
「オレの店」
「はあ?」
「オレがプロデュースした」
「……よくわかんないんだけど」
首をかしげると、ダグが説明した。
「ヒカルが魔法学院に行っている間に、私とニケで手配しました。ニケがヒカルに合流してからは私が引き継いで形にしました。役所の許可も取ってある正式な店舗です。この建物自体は貸店舗ですが」
「はあ――で?」
よくわからない。
というか、意味がわからない。
ついていけてないんだけど。
「なにお前。商売でもするつもりなのか?」
帰る気あんの?
「まあな」
「いや。まあな、じゃなくてよ。――商売して、そんでどうすんだよ」
「おいおい。ヒカルともあろうものが、このオレの先駆的業績を理解できないわけじゃあるまいな」
「いや――なに言ってんの? 服売るよりもすることがあんだろーが」
住みつくつもりだろうか、という不安を感じつつ俺はニケに言った。
「まあ、見てろ」
ニケはそう言ってダグと共に店の奥へと入っていき、やがて紙袋を抱えて戻ってきた。
紙袋は二つ。
一つを俺に差し出す。
「開けてみな」
「何が入ってんの」
「いいから」
言われ、紙袋の中を覗く。
「ッ!!!」
おぉい!
俺は紙袋を速攻で閉じた。
な、なんでこれがこの世界に!?
神々しくて、目がくらんだぞ!
「に、二ケ……。どういうことだ。なぜコレが、ここにある」
「ふふふ。つまりは、そういうことよ。――この店を出発点にして、オレはこの世界に新たな常識を打ち建てるぜ」
「……これは、世に出していいものなのか? 下手をすれば――俺達ですら喰われるぞ?」
「はっはっは。あまねく世界にそれが広がるのは、オレの本望」
そう言って笑うニケ。
コイツは、もしかしたら大物なのかもしれない。それも馬鹿と紙一重の。
俺はかすかな戦慄を感じた。
「あ、アズっちにもやろう。新メンバーになったお祝いだ」
とニケはもう一方の紙袋をアズリアに手渡した。
「うん? いいものか?」
「おう。いいものだ」
「へえ」
目を輝かせてアズリアは紙袋を開ける。
ガサガサと音を立て、中に入っていたものを取り出した。
「? 下着だ」
つまみあげるように広げたのは、水色と白色がボーダー状になった下着。
俗に言う、
縞パンである。
「これがいいものなのか?」
「アズリア……それは途方もなく良いものだぞ」
「けど――下着だ」
そう言ってアズリアは下着の両端を持ち、まるで見せつけるように俺に示した。
「ぐっ……。すげぇ威力だ」
思わず顔の前に手をかざす。
「美少女が不用心に下着を手に持つ――このシチュエーションがこれほどとは……」
ニケは顔を盛大に歪め、呻いた。多分頑張って緩みそうになる表情を維持しているのだろう。
俺も顔をしかめながらアズリアに説明した。
「ほら、あれだ。――アズリアは、そういうデザインの下着って見たことある?」
「いや、ないな。というか、私は服にはあまり頓着しないので、下着のデザインには詳しくない。こういうものは珍しいのか?」
「多分、持ってるのは俺達くらいだな。その縞々。それを出すのは技術的に難しい」
「染めればいいではないか」
違うんだ。
縞々の精度。
そして材質。
シンプルに染色しただけなのに、これほどまでに情熱を掻き立てるデザイン。
逸品だ。
俺にはわかる。
「とりあえず――着替えるか」
俺は言った。
「それがどれほど良いものかは、穿いてみりゃわかる。――さ、アズリア。着替えようぜ」
「ん。今か?」
「おお。ニケ、試着室とかあんだろ?」
「あ、ああ――いや、ちょっとまて。オレも一緒に着替えよっかな」
「おお。そうしろそうしろ」
アズリアを押し、俺は試着室へと向かう。
「え――ち、ちょっと待ってくれ。一緒に着替えるのか?」
「いくら俺でも、そんなことはしないって。ただ、下着姿見せてくれればそれでいいから」
「は、いや……え? なにを言っているのだ? ヒカル?」
戸惑いの声を上げるアズリアを試着室に押し込む。
その前で仁王立ちしていると、ダグが傍にやってきて俺に何やら手渡してきた。
「私は、ヒカルにはこういったものの方が良いと思うのですが」
そっと渡されたのは、デフォルメされた動物が描かれたパンツ。
「マジかよ」
おいおい……。
死角なしってか。
じゃ、なくて。
「いや、ニケ!! これは狙い過ぎだろ!!」
俺の叫びにびっくりしたアズリアが着替えずに出てきた。
パンツしか書いてない気がする。
おかしい。
投稿当初はこんな話じゃなかったのに……。
11/11 誤字訂正。
と言うことで、次回もパンツ回です。