表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/52

30 魔法学院、加入

 

「……」


 ニケと2人で院長室のソファに腰掛けていると、そのドアが開いた。部屋の主である爺さんが入ってくる。

 爺さんはドアを閉めながら俺たちを見て、目をしょぼしょぼさせながら言った。


「確認できた。――間違いなく、フランキリルだった」

「そっか」


 アズリア達を寮に運んでから、俺は学院関係者を探して爺さんに取り次いでもらった。

 あの魔術士を見つけた状況と杖の詳細を伝えてある。


 ニケが頭を掻きながら、明るく言った。


「じゃ、悪者はくたばって一件落着?」

「――いちおうは、そうも言えるかもしれんの」


 爺さんはゆっくりと歩き、机の向こうにある椅子に座る。

 ふう、とため息をついた。 


「なに、疲れてんの」

「もちろん。ここ最近は寝ずにヤツの行方を捜しておったからな。――まさか学院の敷地内で死体になっとるとは、思いもせなんだ」

「ふうん」


 爺さんは眉間を揉みほぐし、言った。


「報告は聞いとるんだが。あんたらが殺したのではないのだな?」

「当たり前だろ」

「……。『恐慌』の、呪いな」


 状態異常『恐慌』。

 

 効果は対象の攻撃行動を封じ、防御力を大幅に低下させる。


 あの魔術士は、多分自滅だ。


 紙装甲の低レベル魔術師がさらに防御力を低下させられたことで、実習林に生息するモンスターの攻撃にも大ダメージを受けるようになってしまったのだろう。

 ただの状態異常ならそのうち治るけど、装備品の暴発なのだとしたら装備中は途切れることなくずっと恐慌状態だったはず。

 その間反撃も出来ずにひたすら攻撃を喰らい、結果、死んでしまった。


 ……。


 なんかもう、嬲り殺しだ。


 哀れ。


「なぜあんなことをしでかしたのやら」


 息を吐きながら爺さんは言ったけど、返事を期待してのことではなさそうだ。当の本人は死んでしまったし、あの魔術士と面識のない俺が答えられるはずもない。

 ただの愚痴だろう。

 

 爺さんはしばらく宙に視線を向け、それから俺に言った。


「あの杖は元々、あんたの持ち物なんだって?」

「うん。いろいろあってポートアークに捨ててきたんだけど、巡り巡って王都まで来たっぽいな」


 高レベルで強力な装備品。

 人づてに渡って、魔法学院に持ち込まれたというのは考えられる。


「杖はフランキリル自身が学院に持ち込んだものだ。魔術士団でも研究できない故、わしに研究しろとな」


 予想通りだったので、俺は頷いた。


「それほどまでに強力な杖だった――そこで疑問なのだが、あんたはあの杖をどうやって手に入れた?」


 姿勢を正して爺さんは訊いてきた。


「うん?」

「あれは『繁栄の時代』の遺物だ。王国中を探しても、二つとないだろう。あるとすれば遺物を蒐集している『聖なる暗き森』のエルフの所くらいだ」

「聖なる……?」


『聖なる暗き森』

 地名だろうか。

 ゲーム臭い名前だ。


「よくわかんないけど、あの杖はずっと前に仲間と一緒に手に入れた物だ」

「……最初に尋ねようと思っとったことなのだが、あんたはただの冒険者ではなかろう。普通のエルフとは髪の色が違うし、なにより強すぎる。――元老院の関係者なのか?」

「げ、元老院?」 


 聞き慣れない言葉に、俺は首を振った。


「違う違う、関係ないって。俺、そういう政治的なことには無関心だもん」 

「しかし、ただのエルフということはあるまい」


 爺さんが質問を重ねた。

 この世界でエルフがどうなっているのかわからなかったので、俺はすぐには答えられない。

 俺みたいなエルフって珍しいのだろうか。


 戸惑っていると、ニケが言った。 


「ヒカルって、エルフじゃなくてハイエルフだろ。いつだかの期間限定のユニーク種族じゃなかったっけ」

「あ、そうそう。厳密にはエルフじゃないんだ、俺。ハイエルフなの」

 

 そもそもエルフという種族が存在するのにもかかわらず、なんでハイエルフなんていう紛らわしい種族が存在するかというと、元はネタ的な種族なのだ。コンシューマーの長編RPGが新作を出した時にタイアップしたヤツで、期間中に招待券を持って始めると選択可能。

 追加の新種族ではないので、種族装備も大半がエルフのものに準じている。

 初期の配布アイテムに特典がつく以外、エルフとは外見が幼いことくらいしか差別化がなされていない。


 俺が言うと、爺さんが驚いた様な表情をした。


「……やはりハイエルフな。こっちにもおったんか」

「? まあ、もともと数は少なかったけど」

 

 知り合いにも、ハイエルフはあんまりいない。片手で数えるほどだ。


「本当に元老院とは関係ないのか?」

「ないって。何とかの森には行ったことないし、エルフにも知り合いは一人しかいない」

 

 爺さんは何事かを考えながら、コツコツと机を叩いた。


「出身を尋ねても構わんかね」

「出身……」


 なにやら、爺さんには疑われているようだ。

 しかし素直に答えても疑惑は晴れそうにないし、ここはそれっぽいことを言っとく。


「『都市国家・ラース』」


 『ラース』はゲーム時代の俺の所属都市国家だ。

 今は危険地域にあるらしいのだが、少なくともこの世界に実際に存在する。日本での現住所を答えるよりは幾らかマシだろう。


「――。なるほど」

  

 俺の言葉に爺さんは納得したように頷いた。

 何に納得したのかはわからないが、そのあと爺さんが気楽気に話しかけてきたので、ほっとする。

 身に覚えのないことで疑われるのは気分が悪いからな。


「疑うようなことを言ってスマンかったな。いろいろ合点がいった。わしの思い過ごしらしい」

「ああ。ならいいんだけど」 

「――そろそろ、学院を去るとか」


 爺さんが話題を変えた。


「明日戻ろうかと思ってる。いろいろやりたいこともあるし」

「ありゃ、残念だの。気楽に世間話でもしたいところだが、これから報告に行かねばならぬ。わしは相手を出来そうにない」

「いいって。友達も出来たし、そっちでゆっくりするよ」


 爺さんは申し訳なさそうに肩を落とした。


「あまり、もてなしも出来ないで……」

「いやいや。お構いなく」


 


 ▼




 院長室を出て、ニケと別れた。

 ニケには独立寮に置いてある荷物の整理を頼み、俺はアズリアたちの学生寮へと向かう。

 気を失ったアズリアが気になっていたからだ。

 部屋に運びこんだ時もアズリアは目を覚まさなかったし、カミラに着替えさせてもらった後も眠ったままだった。

 そんなアズリアを単純に心配しているというのもあるけど、ちょっと疑問に思っている部分があり、それを確かめたい。

 疑問に思っているのは、なぜアズリアが気を失っているかだ。

 『気絶』という状態異常もあるにはあるけどあの杖にそんな効果はないはずだし、以前カミラが持った時もそんなことは起きなかった。

 付与効果の暴発の影響がその時々によって変化するということは考えられるけど、それならそれで確認しておきたい。

 ただ俺は、もっと深刻な状況を考えている。


 

 それはアズリアが『死霊皇』のクエストに関連したイベントキャラであり、杖を持ったことでなんかのフラグを踏んでしまったのではないか、ということだ。


 

 アズリアがイベントキャラ――あるいはその末裔か――ではないかというのは以前から考えていたことだ。

 リノスという家名は死霊皇の魔術師時代のものと同じだし、なにより『食料アイテム』を作成しプレーヤーに配るという行為が『リノスの娘イベントキャラ』と一緒だ。

 アズリアにそんな意識はなかっただろうけど、プレーヤーである俺は思わずあのクエストを思い出してしまった。


 もちろん、リノス姓は物凄い一般的な家名でアズリアはクエストとは全く関係がなく、『食料アイテム』もただの偶然ということはあり得る。

 仮にイベントキャラと関係があったとしても、アズリアがその役割まで引き継いでいるとは限らない。そもそもが、ゲーム時代にそんなフラグは存在していないのだ。


 そういう諸々を考えると、俺の心配は高確率で杞憂なんだろう。


 だけど現実として、杖を握ったあとの事態を考えるといろいろ勘ぐってしまう。

 ゲームではあり得ないことが今でもそうとは限らないし、その実例も知っている。そんな風に、この世界のクエストがゲーム時代のクエストとは形態を変えて存在しているのなら俺の理解は及ばない。 


「はあ……」

 

 俺はため息。



 『死霊皇』クエストは、受けたくない。

 クエストの最後でリノスもその娘も死ぬからだ。

 悲劇的で哀切なストーリーには感動したけど、それは俺があくまで画面越しの観客だから感じたことであり、そして今の俺は当事者だった。

 受注することで、「クエストを進めることでイベントキャラを殺す」という無意識的な加害者になり得る。

 仲良くなったアズリアに死んで欲しくはないし、間接的だとしても俺は殺したくない。



 全部、俺の気にしすぎならいいんだけど。


 考えることが多すぎ。


 よくわからん。


「ごっちゃになってるのがなー」


 ゲームとして。現実として。

 二つが混じり合ったこの世界は、あまりに複雑だ。

 今回みたいに一つの物事を二つの側面から理解しようとするとわからないことが多すぎる。


 スキル云々、パンツ云々言うよりも、俺はもっと根源的なことを考えなければならなかったのではなかろーか。

 ゲーム時代ではあり得なかったパンツの白さが目に眩しくて、俺の視界は狭まっていた。そんな風にしていろいろなことを見ないようにして、様々な検証作業を怠り、つまりは怠けていたのだろう。

 生き残るという、そういう厳しさをもった世界に臨む態度ではなかったかもしれない。 


「――いやでも、ここでパンツを諦めたら負けな気がする……」


 

「……なにを言っているのだ、ヒカル」


 突然。

 俺の呟きに、アズリアの呆れたような返答が返ってきた。




 ▼




「お、アズリア。起きたのか」


 振り向き、俺はアズリアに言う。

 学生寮の入り口、その横にあるラウンジで、アズリアは一人で椅子に座っていた。

 俺が近づくと立ちあがる。


「うむ。さっきな――カミラから聞いた。迷惑をかけてしまったな」

「いや、いいって」


 俺は首を振り、それから尋ねた。


「体、おかしい所とかない?」

「ないな。とりあえず、今は平気だ」


 それはよかった。

 カミラとは様子が違ったけど、やはり杖の直接的な影響は一時的なものらしい。

 あとは後遺症というか、先ほどまでのことを詳しく聞きたいところだけど、どう尋ねようか。

 自覚症状とかはないっぽいし。


「……な。今と以前とを比べて、どっか変わったこととかないかな。どんなことでもいいんだけど」

「? いや、ないと思うが」


 否定しながら、アズリアは眉をひそめた。


「カミラから杖のことも聞いた。あの杖には、あとを引くような呪いはないのだろう?」

「そうなんだけど……」


 杖を握った時の様子がカミラとは違っていたことを、正直に話すべきだろうか。


 いやでも、不安にさせるだけだな。

 仮におかしなとこがあったとしても、俺が何か出来るというわけでもないし。

 無責任だけど、今平気というなら今後もそうだと信じよう。それしか出来ん。


「ちょっと心配になっただけ」


 手を振りながら言うと、アズリアはそうか、と頷いた。


「――あの……ヒカルに話があって、それで待っていたんだ。今、時間はあるだろうか」

「話? いいよいいよ。聞く聞く」

「ぅむ……」

 

 俺が気軽に応じると、アズリアは先導してラウンジを移動した。

 ラウンジの一角にあるソファに、向かい合うように腰を下ろす。


「で、なに?」

「……。単刀直入に言うのだが――街を出て、旅がしたいんだ」

「うん」


 ほう。

 旅――旅行ね。

 したいならすればいい。


「連れて行ってくれ」

「うん?」


 俺は首をひねった。


「連れてけって……え、アズリアどっか旅行でも行くの? 付き添いしろってこと?」

「違う。冒険者になって、旅をして回りたい」

「……」


 それは以前聞いた。

 なので続きを促す。


「私は旅することが目的だから、目的地は定めていない。――だから、出来るならヒカルについて行きたい」


 俺の眼をまっすぐ見ながら、アズリアはハッキリと言った。

 慌てる。

 俺達の目的地は危険地域。連れて行けるわけがない。


「え、ちょっと待った。……学院あるだろ。どうすんの」

「退学しようかと思ってる」

「いやいや」


 突然何を言い出すんだ!?

 冒険者になりたいのはともかく、退学?

 学院は、リアルで言えば大学みたいなもんだ。それをいきなり中退するなんて、考えが奔放すぎて行動が軽率すぎる。


「――親御さんとか、ねえ? そういうの、ちゃんと相談した? 思いつきで言ってもダメだよ」

「親は……私が冒険者になりたいことは知っている。それに学院に入るときに私の好きにすれば良いとも言って送り出してくれたんだ。今冒険者になっても理解してくれると思う」

「いや、『思う』とかじゃなくてさ」


 話せよ! ちゃんと!

 これだから10代は!

 もー!


「学校を退学するなんて重要なことじゃん。そういうことはちゃんと面と向かって話すべきだし。――それに進路のこととかさ、親もしっかり納得してるのか? 女の子が冒険者とか、親として本当のところはどうだろうなーって思うんだけど」

「……」

「アズリア?」

「うぅ―……」


 アズリアは、ちょっと俯いた。

 俺に顔を見せないままで、言う。


「そんなに、私を連れていくのは嫌だろうか」

「あ、いや――。嫌というわけでは」


 ないんだな。これが。

 ただ俺たちの目的地が問題なわけで。

 アズリアには全く問題ない。


「――もちろん、私がヒカルにとって足手まといだということはわかっている。もし連れて行ってもらえても、きっとたくさん迷惑をかけると思う」

「……」 

「頑張るから。頑張って、足手まといにならないよう強くなる。そのためにヒカルが言うことなら、なんでもする」

「え……えぇー」

 

 な、なんでも?

  

「頼む」

「いや、あの……。まあ――ほら、ね? 俺はいいんだけどさ、だからアズリアの親がなんて言うのかが問題なのであってだな……」

「本当か? ヒカルは、私を連れていくことは嫌じゃないのか?」

「嫌なんて、そんな。 あるわけないじゃん」

 

 俺がそう言うと、アズリアは顔を上げた。


「では、親の了承が貰えれば連れて行ってくれるんだな!」

「う、うん??」


 あれ。そういう話だっけ?


「ヒカルはいいって言ったぞ」

「あ、ああ。――言ったな……」


 確かに言った。というより……言わされた?

 

「――すまない。どうしても行きたかったんだ。しかし言質は取ったぞ」


 笑いながらも気まずそうな、まるで照れているかのような顔。


「……」

 

 ――え?

 アズリアって、こういう子だっけ?

 なんか様子違くない?


「一度言ったんだ。途中でひるがえしたりは、なしだぞ」

「いや、あの……」


 口を開きながら、言うべき言葉を探す。

 確かに、「いい」と言ってしまった。親の了解がもらえるなら連れて行く、ともとれる内容でもあった。

 そしてそれは、俺がアズリアを諭すかの様に言ってしまったのだ。

 ここで俺がいきなり「やっぱり連れて行かない!」なんて言ってしまえば、先ほどの説教めいた説得の正当性が失われるばかりか、俺が駄々をこねている形になってしまう。なので言えるはずがない。

 かといって、このままアズリアを連れていくこともできない。


 なにか、アズリアの思いがくじける様な事を言わなければ。


 求められるのは、アズリアが冒険者になることを諦める様な言葉であり、あるいは学院をやめるのを思いとどまるような言葉だ。

 それか、俺と一緒に行くことを思いとどまる様な、そんな発言でもいい。


「――ッ」

 

 俺は必死に言葉を探し、やがて自爆とも取れるような言葉を吐いた。


「なんでもするって、言ったよな。――俺は……滅茶苦茶になんでも要求するぞ!」

「うむ! 望むところだ!」


 あ、くそ。

 だめだった。

 通じてないっぽい。


魔法学院編、終了です。

長かった……。


散らかした伏線は、後でどっかで拾います。


11/11 誤字訂正。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ