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29 魔法学院、転機

『独立寮』



「ヒカル、起きないか」

「う~ん……」

「ニケも、起きろ」

「あぁ~……」


 アズリアの声に目を開ける。

 まぶしい。


「朝か……」

「うむ。起きろヒカル」


 アズリアはそう言って、俺のタオルをはぎ取った。

 しょうがなく起きる。

 隣のベッドであられもない姿で寝ているニケに驚き(一応美女)、それからアズリアに顔を向けた。


 相変わらずアズリアは早起きだ。

 学生たちの一般寮から、わざわざ俺たちを起こしに独立寮まで来るとは。

 


 あの後、爺さんは教員達を呼び出して事後処理と学院内の警戒などの様々な指示を出した。

 その一つとして、俺たちは空き家だった独立寮に泊まるよう言われた。 独立寮は一般寮とは違い、学院に多額の寄付をしている貴族なんかが一人で住む場所らしい。その空き家をあてがわれるというのは破格の待遇だろうけど、おそらく部外者である俺たちを監視するためであり、俺たちが逃げ出さないための措置でもあったのだろう。

 すぐにでも院長室に向かいたかったのだが、学院への出入りのためならばとニケは了承し、俺も公然と泊まれるならそれに越したことはなかったので、アズリアの部屋から荷物を持って引っ越してきた。

 俺たちが寝起きする独立寮は教員棟の横にあり、学生の一般寮からは遠い。



「おはようさん。アズリア」

「うむ、おはようヒカル。――ニケもおはよう」


 アズリアが声をかけると、ニケはもぞもぞと体を起こした。 


「ねみー……」


 ベッドの上で胡坐をかいてニケはそう言い、ぐーっと体を伸ばす。

 それから俺へと視線を向けた。


「……天使っ!?」

「ちげぇ」

「――あぁ、なんだヒカルか。下着姿の美少女だったから、つい天使かと思ったぜ」

 

 俺もさっき寝ているお前を見て、似たようなことを思ってしまった……。

 宿屋では別室だったし。

 寝ぼけていたとしか思えない。


「まあ。この年になっちゃ、中高生くらいの可愛い女の子と出会う機会なんてねーし。いきなり下着姿を見せつけられちゃ、そう思ってもしょうがないよな」

「見せつけてねぇ。ってか、そういう発言は止めようぜ」



 ちなみにニケは現実では大学4年生だそうだ。

 体育の先生を目指して、そういう大学に在籍しているらしい。

 コイツが中学なり高校なりの体育教師になるなんて、猫に鰹節の見張りを頼むようなものだと思うんだけど。

 ……。

 まあでも。根はしっかりしているので、ただの杞憂かもしれない。

 案外、生徒に人気の教師になりそうな気もする。



「ヒカル、ニケ。顔洗ってきたらどうだ」


 テキパキとシーツを畳みながら、アズリアが言った。


「そうすっか」

「おう」


 俺とニケは頷きあい、部屋から出た。


 途中、あんな可愛い子に起こされるなんてすごい体験したな、とニケが話しかけてきた。

 俺も大いに感じていたことだったので洗面所の近くで語り合い、帰って来るのが遅いことを不審に思ったアズリアが迎えに来て、怒られた。

 

 


 ▼




「男子ー! おめえらビビってんなよ! 死ぬ気で前出ろ!」


 実習林にニケの声が響く。

 ニケは6人編成のパーティーを組んでダイアホースの群れ(3体)と戦闘していた。


 学生相手に、冒険者の戦い方を講義中。


 

 騒動の翌日、ニケと2人で院長室を訪ねると爺さんが謝ってきた。

 なんでも騒動の原因であろうフランキリルの追跡隊が組織され、爺さんも召喚されたらしい。そのために俺たちとの談話が中止になってしまったからだ。

 爺さんは自分の都合で俺たちを振り回したことを詫び、それから俺たちが騒動を収拾したことに対して礼を述べた。

 あのままでは王都壊滅まで爺さんは考えていたとか。

 前日との態度とは打って変わって深く感謝してきた爺さんだったけど、俺たちは笑って受け取るに留めた。多すぎる礼金や物品なんかは受け取れない。

 ただ爺さんとしてはそれで納得できるものではなかったようで、しばらく学院に滞在して楽しんでくれとのこと(ニケ狂喜)。

 はしゃぐニケと共に、教員宿舎を拠点としてさらに数日を学院で過ごすことにした。

 


 ニケが教師まがいのことをしているのは、爺さんから自由にしていいと言われてから数日間、実習生相手にぱんつハントをしていてたまたま学生の危機を救ったのが原因だ。

 院長に招待された冒険者、ということで俺たちの存在はかなり知れ渡っていたらしい。

 見た目に反して精神が幼い学生たちは俺たちに強い関心を持っており、それを機にニケとの交流が始まった。

 公然と実習を見学し、気になったところを注意しているうちに自然とニケが教師役になってしまった。本来の教師も、ニケが実際に戦闘して見せるとその腕前に心酔しもっぱら聞き役に回っている。



「やはり、ニケはすごいな。集団戦でも視野に余裕がある」


 ニケたちから離れて戦闘を見守っていると、隣にアズリアがやってきて言った。

 

 まあ、当然だろう。

 ニケクラスのプレーヤーなら、最大18人パーティーで挑む難関クエストだって経験している。さらにいうならその指揮経験もあるニケにとって、学生を指導しながら低レベルモンスターと戦うなんて造作もないはずだ。


「言うことも的を射ている。なにより教えるのが上手い」

「確かにそれは意外だったな」


 なんだかんだ言いつつも、良い教師役だ。

 本当に向いているのかもしれない。


「前出ろって言ってんだろーが! 女子も、男子に魔法当てること怖がんな。 自信もってガンガン行け!」


 ニケの叱咤。

 そのおかげというわけではないだろうけど、女子が次々に魔法を放ちダイアホースに命中させる。


 ニケが直接手を出すまでもなく、男子学生が何とか前線を支えている間にモンスターたちを殲滅させることが出来た。


「や、やった……」


 そう言った男子は、慣れない接近戦に苦戦しボロボロ。

 低レベル相手にさすが魔術師。紙装甲だ。



 この世界でモンスターとの戦いは、ゲーム時代とはいささか異なる。

 戦闘職なら集団で密集突撃陣形か包囲殲滅陣形。魔法職なら遠距離狙撃陣形が一般的で、異職種が一緒くたになって戦闘を行うというのは一部の冒険者以外では稀のようだった。


 これは一人ひとりの技量が足りないのが原因だろう。


 接近職といえども集団でないとモンスターの攻撃に耐えることはできず、魔法職も決め手となり得る高威力のスキルを習得している者がいない。


 プレーヤーが行うような役割分担型の戦い方では、それぞれが十分に役割をこなせないのだ。

 

 ただ、ニケの様に高レベルの者がいるとパーティーにしっかりとした芯が入るらしく、学生でもそれなりに戦える。



「すごい」

 

 驚いた様子でアズリアが言った。 


「とても、実戦的だ。ダイアホースの群れの殲滅なんて、2年の実習の水準を超えている。それもあんな少人数で」


 見学していてわかったのだけど、2年生のレベルは多くが20に届かない。ごくごく少数の学生は魔法付与付きの装備品を使っているけど、平均すれば10後半くらいだろう。


 ダイアホースは多分20レベルくらいなので普通の学生にはちょっと難敵。


 今回はパーティーを組んでいたので、多少の無茶は効いたわけだ。 


「なんでもやり方次第ってことなんだろうな」

「むう。……いっそ冒険者に直接師事した方が、冒険者になるには近道なのかもしれない。学歴なんて関係ないわけだし」

「いやいや、学歴はあって困るもんじゃないぞ? むしろ、なくて困ることのが多いもの」


 俺も、大学を中退してしまったために就職に苦労した口だ。

 結局、縁も所縁もない地方の中小企業に勤先を見つけることが出来たけど、最終学歴が高卒なのは何かとキツイ。

 3年目なので4大卒の新人が後輩としてちらほら入ってきたり。

 初任給聞いてビックリしたもん。

 

「しかし順当に行って後4年だ。――長すぎる」


 ポツリと呟いたアズリアの言葉に、俺は首をかしげた。


 アズリアってカミラの1個下で17だよな。 

 最高学府を卒業して21なら全然余裕だと思うんだけど。

 なにか事情があるのだろうか。


「ヒカル、弟子を取る気はないか?」

「俺、魔術士じゃないんだけど」

「私は別に、魔術師として大成したいわけではない。冒険者になりたいのだ」

「……」


 まあ。弟子はともかく、パーティーを組むならいいかもしれない。

 今の俺たちに魔法職の仲間はいないし、たとえ低レベルでもスキルによる援護は強力だろう。

 ただ、俺達の目的地がな……。

 最終的には危険地域入りをしたいので、アズリアを連れて行くっていうのは気が進まない。


 と、俺がそんなことを考えていると、前方がどよめいた。

 視線を向けるとモンスターの姿。

 どうやら新手とエンカウントしたようだ。


「よーし! 順が回ってきたヤツは前にでな。さっき決めた順番だぞ。割り込みするなよ」


 ニケが大声で言った。


「む、次はカミラの順番だ」


 アズリアが言うのでカミラを探すと、カミラはニケの方へと小走りで向かっていた。



 合流し、モンスターとの戦闘を開始――――



「『炎波動ファイアウェイブ』!!」


  

 戦闘開始直後に行使したカミラのスキル『炎波動ファイアウェイブ』は複数対象の炎属性範囲攻撃魔法。


「『炎槍サリッサ』!」


 さらに魔法を行使。

 カミラの周りで炎が燃え上がり、長大な槍のシルエットへと形を変えた。

 杖を振るうと、炎槍はモンスターたちへと一直線に飛んでいく。

 数体を串刺しにして動きが止まり、そして火柱を上げて燃え上がった。 

  

 火勢おさまるとモンスター達は倒れていた。

 

 瞬殺。

 

 先ほどの戦闘はなんだったんだろう。


「おお! さすが女神!」


 カミラの魔法をみて立ち尽くす学生と、予想外の強さに喜ぶニケ。


「うーん。カミラは見たカンジ、2年生レベルは超えているような」

「……間違いなく超えている。あの威力、6年でも出せるかどうか」


 アズリアは呆然と呟いた。

 


 

 ▼




「帰るのか? 明日?」

「うん。そう」


 学生達をいくつかのグループに分け、アズリアたちと一緒にモンスターを求めて実習林を歩いているとき、俺はアズリアに魔法学院を去ることを告げた。

 スキルの再習得という目的を果たせなかったのに加えて最近はブラブラとしすぎた。

 そろそろ街に戻って、危険地域なりなんなりの情報収集に戻るべきだろう。

 置いてきたダグも気がかりだし。

 戻ってみたら王都を去った後だった、ということも考えられる。それはそれでいいんだけど、なんか後味悪い。そこらへんも確認しないと。


「――急だな」

「でもないだろ。2週間はいたんだし。いろいろやることもあるから、そろそろ帰る頃合いだ」

「……」

「目的も、果たせたしな」


 唐突にニケがやってきて言った。


「驚いた。なんでお前がここにいるんだよ。班、違うだろ」

「さっきたまたま合流した。一緒にやろうぜー」

「……いいけど。――あと、目的は果たせてないだろ」


 スキルの再習得は不発に終わった。

 収穫なし。トラブルに巻き込まれただけ、マイナスだろう。


「それとは別口よ。――魔法学園に、旋風を巻き起こしてやったぜ」

「はあ?」

「うん?」


 俺とアズリアがそろって首をかしげる。

 ニケが俺に顔を寄せて言った。


「ここ数日、女子の露出が上がったと思わねーか」

「……」


 俺は無言。


 ぱんつハントをせずに、のこのこ実習についてきているのが何よりの答えだ。

 うしろから眺めているだけで、結構見かける。


 この喜ぶべき事態は、最近のニケの啓蒙活動による。

 いわく、女子は薄着装備の方が強いとかなんとか。

 眉つばモノの話だけど、なんでか学生に広がった。たぶん水着のニケや軽装の俺がそれなりの実力を持っているのが原因だ。あと最近急成長したカミラが、以前俺が渡したネタ装備を実習中に着ているのもその噂に拍車をかけたっぽい。一般の学生からみれば、あの制服装備のスカートの短さとカミラの強さに何らかの相関があると考えてしまうらしい。

 実際は全く関係ないわけだけど、そんなこんなで最近女子学生の露出が増えた。

 少なくとも、実習中に噂の効果にあやかろうとしている女子学生はかなり存在する。

 

「あの噂は、ニケが流したのか」


 アズリアが呆れたように言い、ニケが笑った。


「偶然だけどな。なんで強いのか聞かれたから、水着のおかげって答えたんだ。そしたらそんな噂になってた。――ほんとだぜ」

「……効果はあるのか?」

「モノによるな。オレの水着やヒカルの制服、あと女神が着てる制服とアズリアのテニスウエアは効果がある」

「そうなのか」

 

 ニケの言葉に、アズリアが頷いた。

 そしてなぜか、スカ―トの端を握りしめる。


「……」

「なんだヒカル」

「いや。アズリアもあの噂を本気にしてんのかなって」

「す、するわけがないだろう! 肌を露出させて強くなれるなんて、どういう理屈だ。ありえない。――いや、実際には例外があるにしても、私は信じてないぞ」

「とか言いつつ、アンスコ着用してたり?」

 

 と俺がからかうと、


「え……。鉄壁装備って、言ったではないか――」


 とアズリアはショックを受けた顔をした。


「え!? うっそ!! 着てんのか、今!?」

「き、着てない!」

「ちょ、誰にも言わないから、正直に言ってみ」

「着てない! ほ、ほんとだぞ」


 アズリアが俺から距離を取った。


「ヒカルゥ!! アンスコって、どういうことだ!?」


 反射的にアズリアを追おうとした俺に、ニケが組みついた。


「て、テニスウェアは、アンダースコートセット装備だ」

「ま、マジかよ! スパッツやショートパンツじゃなくて、あえてアンスコ!?」 


 ぶわ、とニケを中心に風が吹いた。

 アズリアは素早くスカートを押さえる。 


 ――え。何それ?


 スキル? 


「ニケ! 落ち着け! 俺が言うのもなんだけど!」


 ニケの興奮を見て冷静になった。

 あぶねー。

 俺まで変態になるとこだった。


「落ち着いてられるか!! アンスコなんてなァ、今やブルマと同じくらい絶滅危惧種だぞ!! 実際に穿いてる女子がいるんだ、全身全霊で保護せにゃならん!」

「お前の言う『保護』が怖えよ!」


 絶対脱がすつもりだろ!?


 おめえみたいのがいるから、滅んだんだよ!!




 なんて。




 そんなことを言っていると、他の学生と一緒に先行していたカミラから声がかかった。


「ちょっと、ヒカル!」

「え、なに!?」

「――あそこ、なにかいる」


 そういってカミラは手を伸ばし、ある方向を指差した。

 カミラが指さした方を見ると、地面になにかある。


「うん? ……生き物っぽいけど、モンスターじゃないな」


 俺はニケをどついた。


「ああ? ……人間だ。それも死体」


 ニケが一瞥して答えた。


「死体!?」


 カミラが驚く。


「ど、どうしよう。が、学生かしら?」

「女子学生でないのはハッキリしてっけど……確かめるか」


 言ってニケはずんずんと近づいていく。

 俺とカミラ、それに学生らは気おくれしてその場に留まり、アズリアだけがニケを追って走って行った。

 アズリアは『なにか』を覗き込み、言った。


「カミラ、どうやら学生ではないようだぞ。人ではあるが」

「えぇー。なんで学生じゃない人が死んでるのよ。研究員かしら」

「いや……。うーん」


 判断がつかないようにアズリアは唸った。

 見た目だけではわからないのだろう。

 しかもどうやら、うつぶせで倒れているようだ。


「うりゃッ」


 掛け声とともに、ニケは斧で死体をつついた。

 勢いよくひっくり返る。

 その無残な扱いに、俺の周囲の女子学生たちが息をのんだ。

 しかしアズリアはそんなのどこ吹く風で仰向け状態になった死体をじっと観察する。 

 やがて弱々しく言った。 


「カミラ、研究員でもない――魔術士団の関係者だ」 

「――はあ!?」

「しかも……」


 アズリアは自分の杖で死体が纏っていたローブをはだけた。

 銀色のペンダントをしている。


「……」

「しかも、なに?」

「銀色のペンダントに、国章が彫られている。――魔術士団の顧問魔術師だ」


 顧問魔術師て。


 おいおい。


 それ、こないだ爺さんから聞いたぜ。

 もしかして本人だろうか。


「なに!? じゃ、こいつ悪者かよ!」

「ちょ、ニケ! 勢いよく死体を漁るな!」

「ワルの手掛かりがあるかもだぜ」

「いや、そんなことより。躊躇なく死体に触れるお前が怖い」


 モンスター相手ならばともかく。

 俺はモンスターの死体でも触りたくないけど。


 なんて思っている内にもニケはごそごそと漁り続ける。


「……めぼしいもんはなんもねーな。杖くらいか」


 そう言ってニケは死体の手から杖をはぎ取った。


「ワルっぽい杖だなー。趣味悪っ」

「そうか? 装飾などをみれば、さすがに見事なものだと思うが」


 アズリアがニケの手にある杖を見ながら言った。


「うん? 興味あんのか――そういや、アズリアもポラリス戦で戦ってたよな。コイツが原因だし、成功報酬代わりにこれもらってもいいんじゃねぇ?」

「いや。さすがに良くはないと思うのだが」


 ひょいとニケはアズリアに杖を向け、向けられたものだからアズリアは手に取った。


「教員か、院長に直接報告すべきだろう。この杖だって……ぁ?」

「あ?」



「――はッ、ああ、あ……あ――ああぁぁっあぁぁああ!!」



 突然の、アズリアの絶叫

 それと同時、ぶわ、と黒い霧が杖から噴き出した。

 黒い霧はアズリアを中心に広がり、俺達と遠巻きに見ていた他の学生たちも包みこむ。

 霧に触れた途端学生たちも叫びだした。


「な、なんだ!?」


 学生たちの様子にニケが驚いた。

 突然のことに俺も驚いたけど、


「アズリア!」


 俺は真っ先に、異変の中心であるアズリアに駆け寄ろうとした。

 走り出した時、ぐいと制服の裾を引っ張られる。


 カミラだ。


「ヒカルっ! あれ……あの杖よ。この、黒い霧と――最悪な気分……!」


 カミラは顔を歪め、地面にしゃがみながら言った。


 あの杖!?

 それに黒い霧と、気分って……。


「『死霊皇』、の杖……」

「あ!?」

 

『死霊皇・レーヨン=リノス』

 80レベル連続クエストの成功報酬で、魔術師系統職だけが装備できる杖。

 付与効果は『恐慌』。

 対象の攻撃行動を封じ、その防御力を大幅に下げる。


 以前、俺がぶん投げた。


「なんでここに!?」


 たしかにあの黒い霧は見た覚えがある。

 アズリアの状況も以前のカミラと同じだ。

 しかし、俺があの杖を手放したのはポートアークだ。サニアからどれだけの距離があるか。


「アズリアを……」


 カミラは浅く早い息をつきながら言った。


「あ、ああ!」


 アズリアに走り寄り、その手に握られた杖をはぎ取ろうと手を伸ばす。


「アズリア!」

「はっ、はぁッ――ぁぁぁああ! く、くるなッ!」


 アズリアは座り込んだまま、滅茶苦茶に杖を振り回した。

 俺はアズリアに抱きつきその動きを止める。


「ニケ! 杖奪え!」

「あ……!? ――ああ!!」


 呆けていたニケを怒鳴りつけ、アズリアから杖を奪わせた。


「どうすりゃいい!?」

「ぶん投げちまえ!」


 わかった、とニケが杖を振り上げた時、カミラの弱々しい声が届いた。


「馬鹿、やめなさい。またこんなことになるわよ……」

「じゃ、どうしよ!?」


 なにが『装備』と判定され、どのような基準で付与効果が発生、または暴走するのか。十分に検証しきれてはいない。

 装備を解除するには、かつて俺がやった様に装備者から装備品を遠ざければいいということしかわからなかった。

 

「――ニケ、 実習林の奥の方へ走って……」

「他の学生もいるぞ!」

「じゃあ、あの布袋を……」


 そうだ。

 カミラが死霊皇を発動させたのは、布袋から出してから。

 布袋の中にあるぶんには魔術師が近寄っても発動しなかったし、たとえ発動していたとしても効果が布袋の外に漏れだすということはないようだった。


「回収ー! これに突っ込め!」


 俺はニケの方へ向けて布袋をぶん投げる。ニケは布袋を空中で掴み、間髪いれず杖を突っ込んだ。


 途端、黒い霧は霧散した。


「「……」」


 俺たちは無言で警戒する。

 ちょっと間をおいてからニケが言った。


「……おさまったのか?」

「ぽいな……」


 アズリアに覆いかぶさったまま、俺は答える。

 周囲を窺うと黒い霧は完全に消えたようで、学生たちも混乱はしているようだが、暴れたり叫んだりはしていない。どうやらあの霧が恐慌状態を引き起こすらしい。

 恐慌状態から一番に回復したカミラが俺に近寄ってきた。

 

「――アズリアは?」


 腕の中のアズリアの様子を窺う。

 アズリアは気を失っているようだった。

 ただ、髪は乱れているが呼吸は穏やか。

 怪我もなさそうだし、大丈夫っぽい。


「大丈夫。怪我とか、ダメージとかは受けてないはず。あの杖にそういう効果はないから」

「そう……」


 一つ頷き、カミラは辺りを見渡した。

 地面に座り込んだままの学生たち。

 ニケ采配だったので、俺の班はほとんどが女子学生だ。


「ニケ、ヒカル。一旦、みんなを連れて寮に戻りましょう」

「え……、なんで? 先生とかに報告した方が良くないか? なんか知らんが、やばそうだったじゃん」


 ニケが言った。


「後でいいわよ。それより着替えさせなきゃ」


 カミラはそう言って、座り込んだ学生の一人に近づいた。


「?、?」


 ニケは首をかしげる。


「ニケ、お前も手伝え。俺はアズリア運ぶから」

「? わかった」


 良く理解していなさそうだったけれど、ニケはカミラを手伝いに行った。


2話分を1話にまとめました。

そして上手にまとまりませんでした。


次からは週一更新目指します。



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