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2 キース

 「こんなのゲームじゃないよ……」


 空腹を抱え、何回目かのセリフを呟く。


 メニューが開けないというのは予想以上に不便だった。

 最大のものはログアウト出来ないことだが、こまごまとしたものも幾つもある。

 いま切迫しているのはアイテム欄が開けないこと。

 引退間際ということで、俺は大量のレアアイテムを所持して遊んでいた。どうせやめるのだから、とギルド内の新人プレーヤーにばら撒くつもりだったからだ。

 その種類は多岐に渡る。

 上位クエストの成功報酬アイテム、クエストのボスキャラのレアドロップ、高位素材を使った高級装備、すでに入手不可能な配布アイテム。

 しかしアイテム欄が開けないので使えない。


 まあ、それらはまだいい。もともと手放すつもりだったし。


 が、食料アイテムも使用できないのには困った。 

 食料アイテムは回復アイテムと違い、戦闘時のパラメータ上昇効果を持っている。一部の食料アイテムはプレーヤーにとって定番というか必須になっていたので当然俺も所持していた。

 しかしメニューを開けないため、アイテム欄も開けず、つまり食料アイテムも使えない。

 アイテム欄さえ開ければ、食べ物はあるのに……。


「こんなの、ゲームじゃないよ……」 


 リアルだが、ゲーム的なリアルさではない。

 現実っぽい。


「既存プレーヤ―泣かせすぎる。バージョンアップか何か知らんけど、システム変わり過ぎだろ。回復魔法とか、バンソーコーと包帯が出てくるだけ、とかじゃないだろうな」


 それはそれで中途半端なリアルさが心をくすぐるが、今はうれしくない。

 というか、魔法ってどうなっているんだ? メニューが開けないんじゃスキルも使えないじゃん。現にアイテムは使えなくて、所持しているはずの食料アイテムを食べられないし。

 ありえなくない?


 ――ぐー……


 あー。そんなことより、肉食いたい。肉なら何でもいい。がっつり食べたいから、安いチキンカツをお腹いっぱい食べたい。


「って、現実逃避してる場合じゃないな」


 ボンヤリと顔を動かす。視線を上げることなく、太陽を見ることができた。


 日が沈んできたのだ。

 地平線へ沈む太陽とオレンジに照らされた荒野と言うのはなかなか綺麗だろうが、呑気に風景を眺めている余裕はなさそうだ。

 このままでは野宿だ。ロクな準備もないままで。

 今は気温は高いが、なにもない荒野では夜間にグッと冷え込むだろう。毛布もなければ火種もないとなると寒さをしのぐ手段がない。それでは休むなんてことは出来ないだろう。最悪、夜を徹して歩き、人の住む集落なり何なりを見つけなければならない。

徹夜で歩くといっても、周りは荒野。いかにもサバンナってカンジで、野生の動物がごろごろいそうだ。野犬どころか、ハイエナやライオンがいそうな景色である。


 てか、普通にモンスターがごろごろいる世界だった。


「ステータスとか、どうなんだろうな。外見見る限り、引き継いでそうだけど」


 ゲーム上、俺のレベルは上限の100レベル。

 上限いっぱいの俺が、フィールドモンスターごときに遅れをとることはないだろう。フィールド上じゃ、高くても敵のレベルは40くらいだ。これだけレベル差があると、攻撃をくらってもダメージは1である。お話にならない。

 とはいえ、ステータスを引き継いでいたら、だ。

 メニューが開けないなんていうバグとしか思えない欠陥がある以上、気楽に考えるわけにもいかないんだろう。

 確認も出来ないため、最悪、外見だけ引き継いで1レベルの可能性だってありうるのだ。

 その場合どんな低レベルの敵とエンカウントしても苦戦は必死だ。今の状況でHPがゼロになるとどうなるかわからないから、出来るだけ安全に行きたい。


「徹夜で歩くのは避けたいよな―」


 身の安全のためとはいえ、ちょっと残念。

 こんな事態になってかなり不本意だが、実際のところ、ちょっぴりわくわくしている部分もある。

『エリュシオン』は剣と魔法の世界が舞台のオンラインRPGゲームだ。いろいろ楽しみ方はあるだろうが、闘ってなんぼだろう。


 そんな世界にいるからには、実際に闘ってみたい。


 こんなことになって、割を食うだけと言うのも気に入らないし。 


「……」


 いや、ほんと。

 冗談じゃないぞ。

 ログアウト出来るようになっても、ただでログアウトしてやるものか。

 遊んで遊んで遊びつくしやる。

 なんなら、唯のゲーム時代には規制されていた違法行為だって辞さない。

 ていうか、ウチのギルドは元々、違法行為ギリギリのことをして遊んでいたのだ。そのギルドの一員であるところの俺をこんな状態にしておいて、おとなしくしていると思うなよ。


 全年齢対象なんてぶち壊しにしてやんよ。


 来いよ運営。


 

 なんてことを考えていると、不意に遠くからかすかな物音が聞こえた。



           

 ▼




 物音の正体は人の声だと直感した。

 辺りを見渡すが、地平線の向こうに沈んでいく太陽の光でよくわからない。

 音の発生元を探って耳を澄ました。

 すると、辺りがしんと静まった。先ほどまでわずかに吹いていた風の音も止まった。

 そのまま耳を澄ますと、今度は怒号が聞こえた。


「あっちか!」


 顔を上げると風が頬をなで、音が戻ってきた。

 


 人と会えるかもしれない。



 そんな期待をもって走り始めたが、あっという間に忘れてしまった。 

 悲鳴の方向へ走っていると、やっぱりゲームなんだなと実感できたからだ。

 先ほどいたところから、体感で300メートルほどを走っただろうか。全力で走っているにも関わらず、息が上がらない。さらに華奢な少女の体なのに、その速度は尋常なものではなかった。

 この驚異的な体力と速度はおそらくレベルに起因するのだろう。つまり俺は、外見だけでなくレベルも引き継いでいたのだ。

 引き継いだならば、俺は上限の100レベルだ。さらに接近戦闘職でもあるので、HPは10000を上回り、筋力や俊敏性も高い。


「あははっ、なんか急におもしろくなってきた! あははは!」


 先ほどまでの不安は消えてしまった。


 肌を切るように感じる風。

 足を伝わって感じる、地面を力強く蹴る手応え。

 自分の意思以上に動く体。


 ――楽しい!


 興奮し、思わず笑みがこぼれる。


「みッけ!」


 笑いながら走っていると、馬車をつれた一団を発見した。

 どうやらモンスターに襲われているようだ。

 馬は嘶きながら暴れ、荷車は横倒しになっている。そして幾人かは剣を抜いてモンスターに立ち向かっていた。

 

 モンスターは『ヘルバウンド』と呼ばれるものだろう。黒い巨体の犬のようなモンスターだ。レベルは20から25で低め。ただし夜間は集団で襲ってくるため、同レベルのソロプレイだと結構苦戦する。俺も相当苦労した。


 抵抗している側は人数がいるが、レベル不足なのか、みるみる数を減らしていく。


「あははは! 俺の敵じゃないけどね! 助太刀するぜ―!」


 叫びながら、全力疾走で集団に突っ込んだ。


「――なんだッ!?」


 集団の中の一人。銀色の剣を持った男が、俺の乱入に叫ぶ。

 俺は気にせず、ヘルバウンドの群れに突進。


 そして勢いそのままに、一匹のヘルバウンドを蹴りとばした。

 ヘルバウンドは俺の攻撃を受け、まるでボールのように飛んで―――


 いかなかった。


 蹴った瞬間ヘルバウンドの体が爆発し、頭と後ろ足だけがポトン、と地面に転がった。


「オーバーキル!?」 


 あまりにもあまりな結果に、俺は叫んだ。

 

         




 不意な戦闘は、これまた唐突に終了した。

 俺が参加したことによってヘルバウンドが逃げて行ったのだ。

 多分、俺が低レベルモンスターとエンカウントしにくくなるパッシブスキルを装備してたのが原因だと思われる。というよりも、それくらいしか原因がわからない。


 あっけなく戦闘が終わって拍子抜けしたが、思い返すとこれはありがたいことだった。


 よく思い出してみると、ヘルバンドを攻撃したとき、俺はなにも考えずに蹴り飛ばしている。


 これはゲーム的におかしい。通常ならば戦闘用のコマンドが出るはずだ。これで「攻撃」「スキル」「防御」「アイテム使用」「逃亡」などを選択することができる。

 モンスターとエンカウントすると、プレーヤーはそのコマンドを選択して闘うことになる。リアルタイムで進行するので、時間短縮のためにスキルをショートカットキー選択して闘うこともあるが、基本はコマンド選択だ。


 それが出現しなかった。

 メニューが開けないことと同様、重大なバグである。

 この変化の影響はデカい。

 まず、これでは戦闘用のスキルを使用することが出来ない。つまり、戦闘の難易度が上がったことを意味する。

 そして何より、戦闘がゲーム的なものではなく、きわめてリアルなものになってしまっている。

 実際に体を動かし、敵に攻撃を当て、敵の攻撃は避けなければならない。


 それはもはや実戦だ。


 先ほどはともかく、実際に行うのは難しいだろう。なぜなら、俺を含めて一般人であるプレーヤーに戦闘経験などあると思えないからだ。初見殺しにも程がある。


 とはいえ慣れていくしかない。


『エリュシオン』がゲームである以上、戦闘は避けて通れないものだ。所持金や装備を増やすには、モンスターを狩って素材を得なければならないので、むしろ戦闘をしなければ何もできない。

   

「ま、そこら辺はおいおいでいっか」

 

 腰に手を当て、ヘルバウンドの去って行った方向を見て呟いた。

 適当にフィールドモンスターと闘って、場数を踏むしかないだろう。戦闘がきわめてリアルと言っても、現実そのものではない。その証拠に、戦闘初心者の俺が、100レベルというゲーム的要素のために勝つことが出来た。

 慣れることができれば、そのゲーム的要素はより際立ったものになるはずだ。100レベルが大きなアドバンテージとなる。


 そんな風に物思いにふけっていると、後ろから声がかかった。


「おい、君」


 声に振り向くと、そこには大柄な男が立っていた。俺が見上げるほどに大きい。

 まあ、今の俺が小さすぎるものあるんですけどね。

 男からちょっと視線を逸らして、その後方を見る。無事だった他の人々は、遠巻きに俺のことを眺めているようだった。

 俺と目が合うと頭を下げたので、俺もペコリと軽く頭を下げた。


「なんだ?」


 目の前の男がいぶかしそうな声を発したので、慌てて頭を上げる。


「とと、失礼」

「さっきは助かった。礼を言う」


 と男は深く頭を下げた。

 俺は慌てた。仕事上、俺が頭を下げることはあっても、人から頭を下げられたことはない。せいぜいコンビニくらいだ。


「いや、いいですって。困った時は~って言いますし」

「しかし、礼くらいしか言えん。こちらは危うく死人が出るところだったしな」

「んな、大げさな」


 思わず呟く。

 今の状況でもそうとは限らないのだが、『エリュシオン』ではHPが0になっても、多少のペナルティで生き返ることが出来る。まだ状況をつかみ切れていない俺にとって、死なんて言葉と現象にはそれだけの意味合いしかなかった。


「大げさなものか。……君も旅人なのだろう? ならば、ヘルバウンドの脅威は君も知っているだろ」


 えぇー……知らないよ。プレイし始めの頃はともかく、レベル差がありすぎて最近は見たことすらなかった。たまたまエンカウントしたとしても、範囲攻撃で倒せる雑魚である。ロクな素材も落とさないので、それすらも面倒くさいが。


「いや、先ほどの身のこなしを見る限り……」


 男は顎に手を当て、じろじろと俺を見る。

 あまりにぶしつけな視線だったので、「なによっ」と乙女チックに身をよじってみた。

 ちなみに俺の装備は、高位素材をふんだんに使ったブレザーとプリーツスカートの制服装備だ。上下のセット装備で、名前は『黒羽学園制服・女』。「魅了反射」と多少の防御能力しかない、見た目重視の女性専用装備品。いわゆるネタ装備である。 


 モニター越しでは気にならなかったが、この装備は――ないな。スカートなんて、穿くものじゃない。眺めるものだ。


「君はもしかして冒険者、なのか?」


 自信なさそうに男は聞いてきた。

 冒険者? と首をかしげつつ、俺は答える。


「えー、まあ。そう言えなくもないような。正確に言うなら迷子、ですかね」


 気持ちとしては遭難、という感じだけれど。


「……迷子?」

「ええ」 

「そいつは……」


 大変だったろう、と男は言った。


「俺はキースっていう。今、馬車の護衛に雇われてる。――これから近くの町まで行くんだが、君も来るか?」


 近くの町!? 

 助かった!


「いいんですか。助かります!」


 一も二もなく俺はその申し出を受けた。



   

 ▼




 馬車に乗っていた人たちと挨拶を交わし、自己紹介をしあった。俺からは特に言うことはなかったのだが、俺がモンスターを追い払ったと思い込んでいる人々は、俺を囲んで興奮気味に会話をしている。


「なんだか居づらい」


 先ほどまで隣にいたキースは、そう言って隅の方へ移動した。数人の仲間とともに一歩引いた場所から俺の様子を見ているようだ。

 キースが隣にいるとき、俺はあることに気がついて、それとなくキースに尋ねてみた。

 それはキースが『何者か』と言うことだ。つまり、プレーヤーかどうかということである。

 結果として、どうやらキースはプレーヤーではないようだ。であるならノンプレーヤーキャラのはずなんだけれど、そこら辺がしっくりこない。

 俺がどんな質問をしてもキチンとした答えが返ってくる。身振り手振りや、冗談を交えてだ。通り一辺倒のやり取りしか出来なかったノンプレーヤーキャラの反応ではない。

 俺の知らないところでAIの性能まで向上したのだろうか。

 まるで普通に生きているみたいだ。

 これでは、プレーヤーかどうかなんて簡単に区別できない。


「あ、見えたよ!」


 乗客達を苦笑いで対応していると、俺を囲んでいたおばちゃんの一人が叫んだ。

 馬車の外へと視線を向ける。

 太陽が沈んで真っ暗な中、ポツンと赤い明かりが見えた。



            



 馬車が止まったのは、小さな町の広場の片隅だ。乗客を迎えに来たのだろう、結構な人数がそこには集まっていた。


「なんとか着いたな」


 乗客たちがそれぞれに去った後、キースたちが馬車から下りてきた。


「本当は、暗くなる前に着きたかったんだがな……」

「そしたらヘルバウンドの集団に襲われずに済んだのにな」

「まったくだ。いらん怪我をした」


 はあ、とため息をついて、それから俺を見た。


「ま、困っている君を拾うことも出来なかっただろうが」

「うーん」


 なんとも返答しづらい。

 普段ならすぐに切り返せそうなものだが、キースが皮肉でもなんでもなく、本心で『良かった』と思っているのがわかったため、上手い言葉が出てこない。


「まー。そういう意味では、感謝してマス」

「ははは」


 笑って、キースは俺の頭を撫でた。


 撫でんなや!!


 と、よっぽど言いたかったが、グッと堪えた。

 感謝してるっていったばっかだ。

 とは言えかなり不快だったので、やんわりとその手から逃れた。


「じゃ、そーいうことで。お世話さまでしたー」


 どうにもキースは俺のことを外見相応の少女としか見ていない(それ以外の見方もないが)ようなので、調子が狂う。

 さっさと別れた方がよさそうだ。


「待った」


 なんすか。


「君、今夜の宿はどうするんだ?」


 あ!

 宿という言葉を聞いて、俺は慌てた。

 すっかり失念していた。

 漠然と街に行けばどうにかなると思っていたが、そうだ。夜なのだから、どこか宿に寝床を定めなければならない。

 そして宿と言えば、宿泊料だ。

 俺は慌ててブレザーをまさぐった。


 なんだ、ブレザーのポケットがやたら膨らんでる……これか? 違う、なにこれ? 袋――エコバックか? ……ないな。スカートか? ってか、スカートのポッケってどうなってんの? おぉ!? こんな所に隠れてんのかよ! ありえねぇよ。ミニスカートのどこにポケットを隠せる面積があったんだよ。


「あった」


 チェックのスカートのポケットから小さな袋見つけ、手を入れて中身を取り出す。

 出て来たのは金貨だ。


「それは、魔法がかかっているのか? すごい金持ちなんだな……」


 巾着サイズの財布からざらざらと金貨が出てきたことに、キースは目を丸くして驚いた。

 そうなの? 

 持ち歩いているのは基本的に小額だ。それは死亡時のペナルティで所持金が失われる危険があるため、使わない分は銀行施設に預けるのが常識だからだ。そっちには結構な額が貯金されている。


「しかし、この町に宿屋はないぞ」

「えぇ!?」

「小さな町だし」

「一つも!?」

「ああ」


 ゲーム的じゃねぇ!


 ――こともないのか。プレーヤーが拠点とする都市以外、宿とか大きな施設がない町なんてざらにあったしな。

 そもそも始まりからして荒野のド真ん中だ。

 近くに町があっただけで御の字かもしれなかった。少なくとも、モンスターに襲われる心配だけはしなくてもいいのだろう。


「俺はこの町にいる知り合いの家に泊まるんだが、どこか紹介してくれるよう頼もうか」


 俺の様子を見ていたキースがそう言った。

 俺を拾ったことと言い、ずいぶん世話好きの性格の様だ。


「でも迷惑なんじゃ?」

「気にするな。放っておくのも後味悪いしな」


 こっちだ、と言ってキースは歩き出した。

 やたらと歩くペースの速いキースに、俺は小走りでついて行った。



            

 ▼




 紹介されたのは町の代表を務める男性の家だ。平たく言えば町長の家。それを聞いて恐縮してしまったが、町長の家に旅人が止まることはままあるらしい。客人を止めるための部屋は幾つもあると言うので、一晩世話になることにした。


 夕食の席で、俺はさらにいろいろな話を聞いた。気候、風土のこと、世間話や下世話な話。そんな話を聞いてみてわかったのは、どうやらこの近くにゲーム『エリュシオン』に関連する施設はないと言うことだった。

 例えば、金品を預かったり、ギルド立ち上げの手続きを行う『開拓ギルド』、初心者が戦闘のイロハを学ぶ『訓練所』、プレーヤー間でアイテム売買を行うことのできる『プレーヤーマーケット』、死んだとときに復活する『神殿』などだ。


 まあ、こういう施設はプレーヤータウンと呼ばれる大きな都市にしかないから仕方ないかもしれない。


 俺は早々に夕食を引き上げ、多少の絶望感と共にあてがわれた寝室へと戻ってきていた。



「さて」


 木製の桶で持ってきてもらったお湯で体を拭き、俺は唯一の持ち物である制服の上下と向き合った。


 ちなみに今の俺は下着姿である。

『エリュシオン』では下着の装備こそなかったが、そういう細部まで作りこまれた丁寧なゲームとして知られていた。そのおかげか、装備品の制服を脱いでもしっかりと下着を身につけていたのだった。


 ――まあ、そのせいでウチのギルドみたいな変態お祭り集団ができたりすんですけどね。詳細は今は割愛。


 下着姿のまま、姿見の前に立つ。

 この部屋にきて、俺はやっと自分の姿をしっかりと確認することができた。鏡なんて持っていなかったし、ステータス画面を見ることが出来なかったため、ようやくだ。


 鏡に映ったのは、華奢なハイエルフの14・5歳の少女だった。ふわふわの金髪に、きめ細かい真っ白い肌。緑色の大きな瞳は、よく見ると光彩が金色や銀色に輝き、神秘的な色合いを見せている。


 俺がキャラメイクで作ったままの、掛け値なしの美少女。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 盛大なため息。


「もおぉぉぉぉぉ……。ちょっとぉぉぉぉぉぉ」


 いくら美少女でも、それは俺なのだった。

 まあ、目も当てられないようなキャラじゃなかっただけ、マシとしよう。

 などと、消極的に受け入れるしかない。

 改めて認識すると、やはりショックだ。

 たとえば、この美少女が他人として俺の隣にいると仮定する。それはいい。全然問題にならない。むしろ望むところだろう。

 ただ、俺=美少女なのが納得いかない。

 俺は、あくまで美少女を愛でる側なのだ。


 ……。


 ごめん。誤解を招きそうだ。

 つまり、いままで男として生きてきたから、いきなり女になったことが納得いかねえってことだ。   


「まあ。まあいいや。良くないけど、まあいいや」


 頭をふって思考を切り替える。


 ふむ。 


 よし。このブレザーだ。

 俺の唯一の持ち物と言っていいこの制服を、これから調べる。

 なにか手がかりやら、役立つものがあるかも知れない。


「どれどれ」


 ごそごそとポケットをまさぐった。


 む。これは、さっきの袋か。なんなんだろうな、なにも入ってないし。綺麗な刺繍がついてるから、一応貴重品なのかな? っと、胸ポケットになにか発見! これは……学生証!? いったいどこの……。あ、内ポケットにもなにかあるな。お、時計か? あ、『朽ちゆく機工神の心臓』か。へー、アクセサリってこういう風に装備されんのな。ふーん。


 しばらくポケットを漁っていたが、特にめぼしいものは見つからなかった。

 制服を畳んでベッドの端に置き、俺はベッド倒れこんだ。


「財布があっただけ、良かったと思わないといけないのかなー」


 呟いて、瞳を閉じた。

 キースはお金持ちだって言っていたけど、あの手持ちでどれだけ生活出来るだろう。ゲーム時代――普通のゲームだった『エリュシオン』――の水準じゃ、そんなに多くない額だから心配だな。はあー。ゲームでまで仕事しなきゃいけないのかねぇ。

 ログアウトする方法も探さなきゃならんのに。


「せちがれぇー」


 まどろみの中で呟き、俺は深い眠りへと落ちて行った。


誤字脱字、変換ミスがあったら、その都度改訂していきます。


8/12 誤字訂正中に変な上書きをしてしまいました。本文が一度消えてしまい、改めて投稿しています。バックアップを取っていなかったため完成稿以前のものです。そのため細部が違うところがあります。気づいた方、指摘いただけると助かります。

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