28 魔法学院、一息
「ヒカル!」
歓声を上げて抱きついてきたアズリア。
俺はそれを受け止めた。
「すごいな!」
「おう……」
無邪気に抱きつくアズリアに驚く。
結構長い期間一緒にいたカミラでさえ、こういう振る舞いはしなかったのに。
「……。いいけど」
「? 何がだ?」
「なんでもない」
まあ、女性が俺に対して無防備なのは俺が女性キャラに性転換した数少ない利点だ。
アズリアには後で注意するとして今は役得と受け取っておこう。
「あんたら――いったい何者だ……?」
胴体と首が切り離されたポラリスとバハムートを眺めていると、不意に爺さんが声をかけてきた。
「オレたちか? しがない……ただの、パンツァーさ」
「もったいつけて何言ってんだ。冒険者でいいだろ」
俺はニケに言った。
「冒険者だと……?」
目を見開いて驚く爺さん。
なんだよ。
「まさか、あんたらが翼竜4体を討伐したという冒険者か?」
「うん? それはオレじゃないな。ヒカルか?」
「うん。シルケスでこいつ狩ったんだけど……そういえばなんで復活したんだ?」
一体どういうことだろう。
「復活?」
ニケは首をかしげて訊いてきた。
そこらへんの事情はニケは知らなかったんだった。
「こいつ、一回倒したんだよ。ここには死体の状態で運ばれたはずなんなけど」
「ん? 新しいヤツじゃないのか? 復活?」
「だと思う」
俺が言うと、ニケはポラリスを仰いだ。
「……そういやバハムートはともかく、ポラリスはあっけなく倒せたな」
ダウン回数は一回だ。
ニケが両足を切り落としたおかげというのもあるんだろうけれど、それを含めてもさほど苦戦することなく討伐出来た。
「中途半端に復活っていや、蘇生か?」
『蘇生』。
『聖職者』や『大司祭』が扱うスキルだ。他にも『完全蘇生』や『全体蘇生』などがある。
蘇生系スキルは回復スキルの最高峰だけど、再使用時間が滅茶苦茶長くて使い方が難しい。その中でも再使用時間が比較的短時間である蘇生は常用されているスキルだった。
その他の蘇生手段としてはアイテム『不死鳥の羽』があるけど、これは初回プレイ時に配布される限定アイテムだ。対象を全快まで回復させるアイテムなので考えなくていいだろう。
「けど、モンスター相手に効くのか?」
ひとり言のようにニケに尋ねた。
「どうだろな。スキルの対象選択の問題で、ゲーム時代には使えなかったが……」
可能性はある、とニケは考えているようだ。
持ち前の感性と勘でこの世界を生き抜いたニケだ。俺なんかよりずっと深いところでこの世界の性質を本能で感じ取っているはず。
となれば、検証はしていないけど可能性は大いにある。
「蘇生か」
蘇生は高レベルの『聖職者』が習得する専用スキルだ。
開拓ギルドのない今、クラスチェンジは難しいはずなんだけど。
「いや、まてよ……」
俺たちを凝視する爺さんに目を向けた。
「爺さん。あんた、『攻性術師』か『魔導師』だよな?」
「……なにを言っておるかはわからぬが、違うと思うぞ。ずっと魔術師として研鑽を積んできた」
「……」
クラスチェンジのためには、クエストを必要としないのだろうか?
しかし、それではおかしいところもある。
二次職へのクラスチェンジクエストは、30レベルに達し、それまで達成したクエスト数が一定以上になると受注出来るようになる。
レベルを上げていれば自動的にクラスチェンジするのならば、二次職の冒険者というのは存在するはずだ。
けれど情報収集のために冒険者ギルドに入り浸っていた俺は、そんな人物を見たことがない。
おそらく30レベルに達しクラスチェンジの条件も満たしているであろうキースにしても使うのは『剣士』のスキルだし、キース以上の使い手であるダグでさえ扱えるのは『弓士』のスキルのみだった。
「……ま、いいや。爺さんに匹敵する魔術士って他にもいるのか?」
クラスチェンジに対する考察を放棄し、俺は尋ねた。
今問題なのは、蘇生を扱える魔術士がいるかどうかだ。
「多くはないが、おる。王国の顧問魔術師クラスならば、わしと同等かそれ以上だろう」
「蘇生を扱えるやつは?」
「……」
俺が訊くと爺さんは盛大に眉を顰め、手で顔を覆った。
「おるな。それも二人しかいない」
「へえ。誰と誰」
「一人は、第二王女殿下。――もう一人は、魔術士団顧問魔術師フランキリル=クロウン」
となれば、ポラリスに蘇生をかけたヤツは大体分かる。
順当に疑えばそのフランキリルとかいうヤツだろう。
「王女がこんなことするはずない」
なぜかニケが断言した。
「なんでだ」
「勘だ。きっとお淑やかで、いかにもって感じの女の子のはずだ」
「理由はともかく、疑う順番でいえばフラなんとかウンってやつが先だろうな」
俺が言うと、ニケは実習林へと目を向けた。
俺も頷いて続く。
「どうした?」
アズリアが不安げな声を上げた。
「蘇生は近距離でしか使えない。――多分、まだ近くにいるな」
ポラリスの復活から30分ほどだ。
どのような目的があれ、復活させたのならばそれだけってことはないだろう。
どこかで事態の推移を見守っていたはず。
俺たちがポラリスを仕留めてから場を離れたとしても遠くには行っていないだろう。
「山狩りでもすっか」
ニケは気楽に言った。
「……待て」
歩き出そうとしたニケを、爺さんが止める。
「あやつの身元はハッキリしておる。急がずともすぐに捕まるゆえ、逃げたのならば放っておけばよい――それとも、急いであやつを捕えたい理由でもあるのか」
「……。ないな」
言われてみれば、そうだ。そこまで世話を焼く必要もないか。
「それよりも、あんたらのことだ。訊きたいことが山ほどある」
「……なんだよ」
まさか学院生でないことがバレ……?
というか、ポラリスと大乱闘したうえにハレンチ水着姿のニケまで来てしまったのだ。今更ではある。
「色々、だ。院長室まで同行願えぬか」
爺さんがそう言うと、ニケはため息を吐いた。
「なんだなんだ。取り調べでもしようってか?」
「そういうことではない」
「どうだか。――清純な女学生20人のぱんちらで、協力してやってもいい」
「……。ちと高い。教頭のマチルダならすぐにでも用意できる。それで手を打たんか」
「ほう。――ちなみにそのマチルダとやら、女学生20人に値するぱっつんぱっつんの姉ちゃんのようだが、相違ないな?」
「50過ぎのご婦人だよ」
「決裂だ!」
ニケは叫んだ。
「ニケ、おまえどんどん発言が変態になっていってるぞ」
俺はニケを嗜めた。
「え? うそ?」
「ホント。なんか紳士っぽくない」
パンツァーとは卓越した技術でもってキャラクターのパンチラをスクショし、それを仲間内で観賞したり称賛し合ったりする、変態的だが犯罪的ではない者のことだ。
無差別大量に狙うこともあったが、そういうのは月例都市国家間戦争など対象が無数にいる場合のみ。
積極的に狙いはするが、対象にパンチラを強要するなど紳士の嗜みとしてありえない。
「えぇー、まじかよ。――そっか、改めないとな……」
ニケはしょんぼりと肩を落として言った。
「じゃ、5人でいいや」
「人数の問題じゃねぇよ」
「なら、どうするの。マチルダとかいうオバサンので我慢しろってこと? 美人でも、オレ、年増はちょっと……」
「それは俺だってチェンジだけど、そういうことでもねんだよ! 自重しろってこと!」
「自重? おいおい……ぱんつへのあくなき情熱と探究心。それがパンツァーの資格だったはずだ。自重なんて言葉はパンツァーの生き様に反する」
「まあ。そうだな」
たしかにゲーム時代ならそれで良かったんだけどさ。
でもそんなお気楽な世界じゃないだろ?
いまその生き様は壮絶すぎる。
「言い方が悪かった。強要するのはどうかと思うんだけど」
「あ! そっか……。そうだな」
俺が言うとニケは頷いた。
「たしかに、それは良くなかった」
「だろ?」
「ああ、オレが良くない。悪かった」
そう言って、ニケは爺のほうを向いた。
「女学生100人のぱんちらは取り消しだ。――ただ、オレに学校への出入りを許可してくれればそれでいい」
「ひゃく……。――いいだろう」
ニケの言葉に呆れながらも爺は頷いた。
ニケはよっしゃ、と小さく歓声を上げ、爺さんと握手したりしている。
「自分で勝手に見るってか……。まあ、それならいいかな?」
俺は苦笑い。
ニケらしいっちゃ、ニケらしい要求だ。
自分の非を認めて、すぐに訂正するとこなんかも含めて。
「ヒカル。あなたたちは……その、なんというか――変態的な、嗜好の持ち主なのか?」
俺の腕の中で、アズリアが視線を逸らしながら尋ねてきた。
俺が目を向けても、合わせようとしない。
すっかり忘れてた。
▼
「んじゃ、校長室だかに行くとするか」
ニケはそう言って、がさがさと藪に突っ込んで行った。
「俺も場所はわからないけど、そっちではないと思う」
「学院の中だの」
爺さんと二人で呆れていると、藪の中からニケが出てきた。
「違うって。忘れ物取りに行ってたんだ。戦っている最中、そこに隠してたんだよ」
見ると、大きな布袋を抱えている。
「なにそれ?」
「これか? ふっふ、学校の前でキャプチ……もとい保護したぱんつの妖精か、あるいはぱんつの女神だ」
「?」
「見たい? 見せてやるか」
ニケは鼻歌を歌いながら布袋を縛っていたロープをほどく。
ごろりと出てきたのは、ぐったりしたカミラだ。
「ぶっ!?」
こっちも忘れてた!
ニケ呼んでくるよう頼んでたんだった!
「なぜか、校門の前でオレを呼んでいてよ。可愛らしいけど怪しかったから遠くで見てたら、なんとなんとスカートをたくしあげるじゃねえか。これはいよいよ、オレのぱんつへの愛が女神に伝わったのかと思って急いでキャプチャ――じゃなくて保護したんだよ」
「うるせえよ! カミラ! 大丈夫か!?」
ぐったりしたカミラを抱き上げ、がくがくとゆする。
「――ヒカル?」
「カミラ! 大丈夫か!?」
「私は――もう駄目……。まさか、あんなことをしてしまうなんて……死にたい……」
まさか――ニケに人前でパンモロを……?
「ニケ! あんだけパンモロだけはやめてくれって言っただろう!?」
「し、してねえよ! オレは女神の貴重なパンチラを保護すべく、速攻でキャプチャーしただけだって!」
「じゃ、じゃあなんで!?」
腕の中のカミラを振り返った。
「見た見られたは、関係ないのよ……。問題は、それを私がどう思うかってこと。そして今回は、自分から……見せ、て――しまったわ」
「そんな……」
こちこちの貞操観念を持つカミラが?
自分から?
……。
「それも、アリだな」
「顔を赤らめた!?」
ギャップ萌えというやつだろうか。
想像したら胸が熱くなって来た。
「とりあえず! 私が言いたいのは!」
耳元でカミラが叫んだ。
「私があんな恥しい思いをしたのはヒカルのせいなのよ! あんな事やらせといて、ふっざけんな!」
「ごめん」
たしかに、スカート脱げばニケが出てくると言ったけれども。
しかし緊急事態だったのだ。
しょうがなくない?
「でもニケはちゃんと出てきたんだし、いいじゃん」
「よくねえ! なんで事前に合図決めとかないのよ!? それを教えてくれたら済んだ話じゃないの! なんでパンツなの!? 馬鹿なの!?」
「いやいや、ありがとうって。カミラのおかげで俺は助かったし、他のいろいろも助かったし、なにより王都も助かったんだぜ?」
「私は救われないのよ! なんで私だけが!!」
ギャーギャーと泣き出すカミラ。
あーあ。
癇癪だ。
とりあえず俺はカミラを抱き上げた。
「ということでニケ。カミラは俺の知り合いだから、返してもらうぜ」
「むう」
ニケはちょっと口をとがらせた。
「まあ。事情は大体想像できたし、しょうがねえな。――あーぁ……」
よほど気落ちしたのか、ニケはボンヤリとため息をついた。
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