26 魔法学院、騒動
カミラが見つけた光源の方へとやってきた。
学院の大きな講義棟の前を通り過ぎると、どうやら光は実習林から漏れ出しているのがわかった。
「教師たちが夜通しで、ポラリスの魔法検証をしているのではないか?」
対魔法属性検証。
様々な属性の魔術をぶつけてみて、ポラリスたちの弱点属性でも発見しようとしているのだろう。
『エリュシオン』ではさまざまな属性が存在するが、プレーヤーたちが扱えるスキルの属性は12種だ。
炎、水、風、土、雷、光、闇、混沌、無、それと回復、補助、物理。
前半はスキル攻撃や魔法付加の属性であり、高レベルになると扱える属性が増える。
ドラゴン系統は複数の属性に『耐性』を持つ場合がほとんどで、バハムートならば『全属性耐性・炎属性無効』、ポラリスはさらに『炎属性吸収』を持っていた。
「えー、何日かかるんだよ。ご苦労様だな」
運ばれてから3日も経つのにまだやっているということは、はかどっていないのだろうか。魔法攻撃ぶつければいいだけなのに。
「あのテントはなんだろう?」
俺は実習林の一角に設営されたテントを指差した。
魔法攻撃による発光のほかにもテントでも明かりを灯していて、実習林はとても明るい。
「研究員がいるようだから、仮の研究室ではないかな」
幾人かの白衣をまとった人々が、地面に横たわったバハムートやポラリスとテントを往復していた。
「見た目で判断するんじゃなくて、結構詳しく調べてるんだな」
感心しながら俺は言う。
「それはそうよ。冒険者ギルドからの依頼ってことは、「黒翼竜」と「黄金翼竜」の討伐適正も調べるってことなんだから」
「討伐適正?」
「冒険者でも倒せるモンスターか、軍規模でなきゃ倒せないモンスターかを調べてるの。ワイバーンが災害指定種だから、あいつらもそうなるんじゃない?」
受注レベルを調べてるって感じなのだろうか。
プレーヤー時代はなにも感じなかったけど、隠れてこういう努力があったのかと思うとなぜか涙ぐましい。
「ワイバーンが災害指定ねえ」
「討伐は軍規模になるわね。冒険者は見たら逃げろってレベルよ」
まあ、そうかもしれない。
今の冒険者はプレーヤーではないのだ。
そしてゲーム時代によれば、ワイバーンのレベルは60以上で、兵士のレベルは20に満たない。
レベル差があり過ぎて個々のダメージは1桁か2桁に満たないくらいだろう。
全然相手にならないわけだけどそれでも倒したいなら、単純に考えて数千人規模になる。
「だから弱点属性を探そうってか」
「そう。有効な攻撃手段があるなら、対策も取れるでしょ? ――まあ、それでもあいつらには意味ないでしょうね。弱点云々いうより、個体として強すぎるもの」
「俺は狩ってやったけどな」
「ヒカルは異常なの」
「いやいや。昔は俺くらいの冒険者ならざらにいたんだぞ?」
「ウソよ」
ホントだって。
面倒くさいのを気にしないなら、ポラリスの単独討伐は100レベルにとってそれほど難易度が高いわけではない。まあ、大前提としてスキルは使えるわけだけど。
「――ちょっと待て。なにか、様子がおかしいぞ……」
俺とカミラが話していると、アズリアが言った。
視線を倒れたポラリスに向け、何やら険しい表情をしている。
「なに?」
俺はアズリアの視線を追ってポラリスを見た。
ポラリスとバハムートの傍にいた研究員たちが慌てて走り回っているのがわかる。
「なんかあったのか」
「動いた――ように見えた」
「はあ?」
動いた――ってまさか、生きていると言うのだろうか。
俺はきっちり倒したぞ。
脳みそぶち抜いてやった。
「そんなわけないだろ。死んでたからここに運んだんだろ? 研究するために」
「それはそうなのだが……ほら」
『……gaa……』
「あのように、呻いている」
「うっそ!?」
「ヒ、ヒカル!?」
カミラが驚愕の表情で俺を振り返った。
「知らん! なっ、なんでっ!?」
一度倒したモンスターが復活するなんて、ありえない。
一部には回復スキルを使用するヤツもいたが、復活だけはしなかった。
クエストを受注しなおさない限り、クエストモンスターは再出現しないのだ。そして俺は、クエストを受注した覚えがない。
ならば、他の誰かがクエストを受注してしまったのか?
いや、それにしても復活はおかしい気がする。新たに受注されたのなら、新しい個体が現れるほうが自然だ。
とするなら、やはり復活。
ゲーム時代のモンスターにはありえない設定だ。
「やばい! これはマジでやばいぞ!」
そんな考察を半ばで放棄し、俺は叫んだ。
なぜなら、場所がまずい。
ここはシルケスの近くの荒野ではなく魔法学院で、ポラリスがいるのはその敷地内の実習林だ。
さらに言うなら魔法学院は、郊外とはいえ王都にある。
最悪だ。
こんなとこでポラリスが暴れたら、どんだけの人が死ぬか。
「ヒカル!? どこいくの!?」
カミラ達を置いて、俺は走りだした。
「あいつ倒してくる! カミラはニケ呼んできて!」
「ニケ!? え――ど、どこにいるの!?」
「魔法学院の正門前で騒いだら出てくる! ポラリスと俺のこと伝えてくれ! ――最悪、スカート脱いでパンツ露出させてたら絶対来るから!」
「ッ!? ――え、えぇい! 儘よ!」
そう叫んで、カミラは走って行った。
▼
木々の間を縫いながら全力で走る。月明かりも届かない林のなかは視界が悪いけど、俺は一度も速度を落とすことなく走りきった。
林を抜けた先にある広場。
俺がそこに着いた時にはポラリスだけでなくバハムートも、その巨体を地面に横たえたまま動かしていた。
「マジかよ……」
思わず、呟く。
クエストモンスターの複数同時戦闘は、『連戦』ではなく『大討伐』と呼ばれる。
『連戦』以上に難易度の高い、まさしくパーティークエスト。
そこに、俺はスキルを封じられたまま飛び込もうとしている。
「……」
不意に走る勢いが鈍った。
「まじかよ……」
ポラリス戦を思い出した。
また、あんなことになるのだろうか。
今回はパーティーを組んでいないので、以前のキースの様な回復薬のサポートも望めない。レベル差があろうともポラリスの『大討伐』にスキル・アイテム封じの単機で挑むとなれば、本当に死にかねない。
ニケが来るまで待つべきだろうか?
けど、あの研究員たちを見捨てて?
「……」
いやしかし、研究員達ぐらいの被害で済むのならば御の字だろう。なんせ災害指定らしいワイバーンの最上位種、ポラリスだ。
なぜかポラリス達はダウン中で、研究者たちの一方的な攻撃を受けているけど、いずれは起き上がる。そうなれば付近にいる研究者と戦闘状態になる。ダウン時間と研究者たちが戦闘している間の時間があれば、おそらくニケの方からカミラを見つけるはずだ。
研究員が倒されてから俺が戦い、ダメージ最小でポラリス達を引きつけることが出来れば、何とかニケと合流できるかもしれない。
そうなれば『大討伐』だって生き残れるし、被害だって最小限で済む。
悪くない。
というか――
ベストだ。
「ヒカルっ!」
そんなことを考えていると、背後からアズリアの声が響いた。
肩で息をして、林を抜けて来る。
「ア、アズリア!? なんで来んの!?」
「いや、私は特に指示を受けなかったからな。戦闘支援をしようと思い」
「ば、ばっかかぁ!? おまえ!!」
「む、私は真面目だぞ。一応遠距離の魔法も習得しているからな。ポラリスの攻撃範囲外から狙える」
「ばか! 攻撃対象外ではないんだぞ!」
パーティーを組んでしまえば、そのパーティー全員が攻撃対象だ。
俺が前衛として万全の力を発揮できない今、アズリアを守って戦える自信はない。
「攻撃対象? なにを言っている――ポラリスがここにいる時点で、王都の住人はすべて攻撃対象だろう」
「あ」
いやしかし、それは俺がポラリスを倒せなかったり逃がしたりした場合だ。
ニケが合流しさえすれば、火力面では圧倒出来るだろうから問題はない。
「……だからってアズリアが戦闘に参加することはない。俺たちが倒すから、ちょっと待ってろ」
「待つって……研究者たちが殺されているんだぞ? 助けないのか!?」
アズリアはそう言ったけど、ポラリスたちはダウン中なので研究者たちには死者はいなかった。今から逃げるように言えば、もしかしたら彼らは助かるかもしれない。
「……助けたくとも、助けられない」
しかしそれでは時間を稼げないのだ。
俺が単機で時間を稼ぐには、物量的に問題がある。
「なぜ。ヒカルはあいつらを倒したのだろう!」
いっぺんには戦ってねえし、回復薬も大量消費したからだよ!
「だから、倒せないとは言ってない」
「……」
「俺の仲間の、ニケが来るはずだ。それを待とう」
俺が言うと、アズリアが俯いた。
そのまま、ただ黙って地面を見つめている。
失望、させてしまっただろうか。
でも、それはしょうがないことだ。しょうがなくないけど、しょうがないんだ。
なぜなら生き死にが懸っているから。
守りにも入る。
「そうか……」
小さく呟いてアズリアが立ち上がった。
「アズリア?」
「……何とか、研究者達を助けてみる」
「……無理だと思うんだけど」
「私一人ではな。――ヒカル、手を貸してくれないか」
暗がりの中でハッキリとわかるほど――アズリアは目に涙をにじませ、恐怖に震えながら言った。
――いや。
だからな?
なんか、まだまだ成長過程にある熱い主人公が、本来は敵であったはずのキャラと一緒に困難に立ち向う時のようなセリフで言われてもな?
「無理だと思う。なので拒否する。てか、そんなことするな」
「ヒカル。頼む」
いやいやいやいや。
「死ぬかもしれないんだぞ!?」
「だからって! 逃げるのか!?」
「逃げねーよ。ちょっと待とうって言ってるだけじゃん!」
「それが、逃げだと言っているのだ!」
「なんでそこまで戦いたがる!」
俺とアズリアは真っ向からにらみ合う。
アズリアはポツリと言った。
「戦いたいわけではない」
「じゃ、なんで」
「私は、逃げたくないのだ……。死ぬほど怖いけど、でもそれと同じくらい逃げるのも怖い。――だから私は、私が死ぬまで向かっていくしかない」
不意に――
ガツン!
と衝撃が走った。
「……なんつった?」
聞きおぼえがある。
いや、俺が以前似たような台詞を口にした。
まだ、この世界に対する認識が甘かった頃。
ただ感情にまかせて言ったセリフ。
「逃げたくない。――私は、困難に向かっていくことを是とする」
今度は、俺が言われているのか。
俺よりずっと『エリュシオン』を生きて、この世界の厳しさを理解している、アズリアに。
「……なんで?」
尋ねる。
ハッキリと自覚できる羞恥と、なにかわからない衝動を必死にこらえながら。
「やれないことはない――なんでも出来ると、その証明をしたい」
「証明したい? なぜ?」
「そうでなければ、悲しいからだ」
それは、どういう意味なのか。
祈る様な、もしかしたら自身に言い聞かせている風にも聞こえる言葉を紡いだアズリアの目は、どこまでも真摯だ。
証明?
悲しい?
その言葉はアズリアにとってどんな意味を持つのだろう。
自分自身に言い聞かせているように聞こえた理由は?
さまざまなことか瞬時に駆け巡ったが、結局俺が言ったのは、ただの感情を吐きだしただけだった。
「……久しぶりに、感動した。さっき夕食を食べた時以来だ」
「割と感動しやすいのだな」
「人を動かすのは、理論ではなく感情だと改めて実感した。――俺はアズリアに感動した。死なない範囲で、手を貸そう」
「本当か!?」
「うん。やってやれないことはないと証明してやる」
なにがベストか。
それはハッキリしている。
あんな保守的な考えではない。
研究員たちを助け、俺も生き残る。当然ポラリスは倒すし、ついでにアズリアの好感度も根こそぎ頂く。
これが、ベストだ。
間違いない。
「テンションあがってきたー!」
まだ見ぬアズリアイベントに燃える。
そうだ。
何をビビっていたんだ。
この世界の現実に、遠慮など必要ない。
なぜなら上司や同僚に気を使わなければならないショボイ現実ではなく、剣と魔法が存在する『エリュシオン』の華々しい現実だからだ。
むしろ生きるためには、遠慮しないことが必要だ。
だから俺は俺として俺らしくやればいいし、それを責められる謂れもない。
「行くぜー!!」
「うむ! 行くぞ、ヒカル!」
アズリアが雄々しく叫んだ。
魔法学院編続編です。
まだまだ続きます。やっと折り返しくらいです。
8/25 疲れているんでしょうか。指摘いただいてサブタイ入力し忘れたのに気がつきました。脱字すぎる……