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25 魔法学院、散歩

 


 主の居ない『院長室』


 不意に、そのドアが開いた。

 この部屋の主ではない。先日、魔法学院を訪れた魔術師、フランキリルだった。

 フランキリルは血走った眼で校長室を見渡す。



 フランキリルは王国でも2人しかいない『蘇生魔法リバイブ』の使い手として魔術士団の顧問魔術師に抜擢された。

 ただ、あくまで魔法の腕を買われてだ。

 彼の人格まで考慮された選考ではない。

 

 もともとフランキリルは、偉大な魔術師と呼ばれた筆頭顧問魔術師であるイクトールの代わりとして選ばれた。イクトールは愛嬌のある人格者だったが、王族以下の貴族はその強力な魔術師が去ることで魔術士団が弱体化することを恐れた。そしてそれに代わるものとしてフランキリルを抜擢した。

 選考にあたり身辺調査や精神鑑定等も実施されたがそれはお粗末なもので、吟味の上でフランキリルが選任されたわけではなかった。


 そのことをフランキリルは知らない。


 揚々と魔術士団の門を叩いた時から、彼は違和感を感じていた。

 ずっと違和感を抱きながらも、彼は顧問魔術師を務めてきた。


 魔術士団の顧問魔術師という肩書と環境を持ったことで、彼が元々持っていたモノがいびつに歪んでいった。

 彼は粘着質な、良く言えば研究者タイプであり、魔術士団のような実戦部隊にはなじまない。また、それを率いるだけの資質も持っていなかったのだから当然と言える。

 

 ただ持っていたのは、人一倍の自尊心だ。


 様々な軋轢や出来事を彼は経験したがそのすべてを退けた。

 強い自尊心ゆえだ。

 またそのことがさらに彼の自尊心を肥大させた。 


 

 先日、魔術士団にとある魔術品が届けられた。

 邪悪で強力な呪いを帯びた杖。

 魔術士団の研究者たちは興奮して研究に取り掛かったが、予期しない不運な事故が起きた。 

 杖の呪いは制御できるものではなく、触れた者のみならず付近にいた者を無差別に発狂させたのだ。

 しかしここでも、彼の自尊心が彼を救った。

 魔術士団の優秀な魔術師が狂ってゆくなかで、彼は自我を保っていられた。

 フランキリルを除けば同僚の顧問魔術師以外ほとんどの魔術師が恐慌状態に陥り、魔術士団は壊滅的な被害を受けた。


 その状態でこの強力な杖を研究することは不可能だった。何よりも魔術士団の再編が急務だ。

 とはいえ、この杖をこのまま封印するにはあまりに惜しいとフランキリルは考えた。

 危険を差し引いても魅力を感じすぎるほどに強力な杖だ。魔術師が触れただけで、広範囲に作用する呪いが発動するなど、信じられないほどに貴重な傑物である。


 ――この杖の制御法が知りたい。

 

 そう考え、浮かんだのは自分の前任者イクトールだった。

 彼は今、魔法学院で学院長をしている。


 ちょうどいい、と彼は思った。


 おそらく、イクトールでさえこの杖に触れられないだろう。もしかしたら、傍に寄ることすら出来ないかもしれない。

 それはそれで愉快だ。

 散々イクトールと比較されたフランキリルにとって、もしそうなれば自身が優れているという証左となる。

 それに呪いの影響を受けないならば研究させればいい。どうせ自分はしばらく魔術士団の再編作業に追われる。その間の「つなぎ」になってくれさえすればいいのだ。

 

 

 フランキリルは魔法学院に杖を持ちこんだ。


 イクトールはしぶしぶながらもそれを受け取った。


 フランキリルが本当に望んだ結果にはならなかったが、それでも彼にとって愉快だった。


 あのレクト―ルも、魔杖に触れることは出来なかった。

 あのイクトールでさえ、自分を拒むことは出来なかった。

 それはつまり、イクトールよりも自分が優れている証ではないか。


 ひとしきり愉快な気分を堪能し、彼の自尊心が満たされた頃、フランキリルは急に不安になった。

  

 イクトールも杖に触れられなかったが、呪いの影響は自分と同じように退けた。

 ならばイクトールは慎重を期しつつも自分が命じた通りに研究に取り掛かるだろう。

 

 ――あの杖の制御法を解明しかねない。


 彼は素直にそれをフランキリルに渡すだろうか。

 もしかしたら、それを持って魔術士団の顧問魔術師に返り咲くことはないか。

 いや、あの魔杖の力ならばさらに栄誉ある地位に就くことさえ考えられる。


 ――イクトールのところに持ち込んだのは、早計だった。


 そう考え、彼はすぐさま杖を取り戻すことにした。

 


 至る、現在。



 フランキリルはついに、魔杖を見つけた。


 傘立てのなかに、放り込まれている。『壊れてます、使えません。持ち出し禁止』という張り紙をつけて。


 ――イクトール。……俺はお前の、人を軽んじる態度が、心底嫌いなのだ。


 杖への扱いがイクトールのフランキリルへの態度を表しているようで、彼は激昂した。


 愚かにも。

 

 彼は激情に任せて杖を掴んでしまった。 




 ▼



 

「うまっ」


 野菜炒めを食べながら小さく叫ぶ。


「……うまッ」


 根菜類が使われたスープを飲んで、また叫んだ。


「ヒカル、うるさいわよ」


 俺の様子を見て、カミラが言った。

 

「俺は悪くないよ。料理が美味いのが悪いんだよ」


 俺は今、食事中だ。

 カミラとアズリアが寮の食堂から持ってきてくれた夕食を食べている。

 一応食料を持参してはいたけれど、それは日持ちすることだけを理由に選んだ保存食のようなものだ。味など期待できるはずもない。

 カミラ達が毎夜調達してくれる温かい料理のほうが、何倍も美味しい。


「うまーい」 

「そう、言われると……いやいや。ヒカル、やっぱりうるさいから」  

「うむ。寮の壁などあってないような物だからな。あまり声を出すと、隣の寮生に知られてしまう」

「ぐむ……」


 アズリアの言葉に、俺は唸る。

 バレるのは遠慮したい。俺はともかく、カミラとアズリアにまで迷惑がかかってしまうからだ。


「いやしかし、染みわたる様な美味さだなぁ。カミラ達、毎日こんなの食ってんの」

「……私たちで作ったのよ」


 カミラは呆れたように言った。 


「……。カミラ、料理出来たんだ」


 なんとなくだけど、料理は出来ないと思っていた。

 全然根拠はないのだけど、料理だけは酷い腕前のはずだと信じていた。

 意外だ。


「実家が宿屋だもの。なんでも仕込まれてるの」

「へえ」


 ズルズルとスープをすする。


「うまいなあ。なんか、沸々と力がみなぎってきた気がする」

「大げさな。ただの野菜の炒めものとスープだろうに」


 ちょっと顔を赤らめてアズリアが言う。


「いやいや、ホントだって。なんか薬でも入れたか? ってくらい、こう、不自然に力が……」


 ?


 ホントに、不自然なくらいやる気が出てくる。

 急に筋トレしたくなってきた。


「……」


 俺はスープと野菜炒めを一口ずつ食べ比べてみた。


「……スープ、もしかしてアズリアが作った?」

「うむ。よくわかったな」

「そりゃ、これだけ餌付けしてたら覚えるわよ」

「餌付けて」


 俺はヒモか。


 ……。


 いや、さして変わらないか。 


「まあ、餌付けはともかく」


 疑問なのはアズリアの料理だ。

 理由のない高揚感や正体不明のやる気。おそらくステータス上昇効果のせいだろう。

 単純な「料理」ではなく、『食料アイテム』と化している。



『食料アイテム』とはキャラクターのステータスを一時的に上昇させる効果を持ったアイテムのことだ。

 一部のイベントキャラからのみ入手できるものもあるが、購入できるものでは『お手軽パイ』『こだわりタルト』『クイーンショートケーキ』などがあった。


 この世界に来てから実際にいろいろな食べ物を口にしたけど、それらは普通の「料理」だった。『食料アイテム』を実際に食べるのは初めて。


 やはり普通の料理とどこか違う。

 


「なんか特別な作り方した?」

 

 一時的なものとはいえステータス上昇の効果は大きい。スキルを使えない今、俺の戦闘能力はステータスのみに依存しているので、レシピがあるなら教えてもらいたい。


「していないぞ。厨房にあったものをいくつか煮込んで、普通に味付けしただけだ」

「材料とかは?」


 根菜類なのはわかるが、その種類まではわからない。

 俺が料理に疎いのもあるけど、この世界独自の野菜まで入り込んでいるせいでもある。


「それも、特別なものは使っていないな。――気に入ったのか?」

「まあ……こういうのが作れる人が、一家に一人は欲しいよな」


 なにせ『食料アイテム』だ。

 使用頻度と消費量が多い消耗品。

 安定供給は、かなり強力なサポートだ。


「そうか。また今度作ろう」

「おう。――できればほかの料理も食べたい」


 俺が言うと、カミラが首をかしげた。


「そんなにおいしいの?」

「おう。一口飲んでみ」

「どれどれ」


 俺から木製のスプーンを受け取り、一口すすった。


「うーん……。たしかに美味しいわね」


 単純に好奇心からだろう、カミラはあれこれとアズリアに質問しつつ、ついでにスープを飲み干してしまった。







「さて、ヒカルも食べ終わったようだし、今日も講義を始めるか」


 アズリアはそう言って立ち上がった。

 俺も立ち上がり、外出の準備をする。


「どこか行くの?」


 カミラが不思議をそうに訊いてきた。


「外だ。部屋では隣に聞こえてしまうからな。念のためだ」


 アズリアが答える。


「アズリアの講義は、いっつも散歩しながらなんだ」


 俺はカミラに外套を渡した。

 俺が着替えとして持ってきた物だ。


「最近の夜は肌寒いから、それ着ときな。イチイチ部屋に戻るのも面倒くさいだろ」 

「ありがと」


 カミラは受け取ってそれを着こんだ。




 ▼




「今日は何の講義をしようかな」

 

 アズリアは顎に手を当てながら考える。

 そんなアズリアに俺は言った。


「魔法関係は、もういいや。それより訊きたいことがあるんだけど」



 一週間ほどの潜入調査で、俺はなんとなく、スキルの再習得は今すぐには出来ないんじゃないだろうかと思い始めていた。

 まだまだ目を通していない書籍はあるのだから本来ならそれを調べるべきなんだけど、ただ、それらをいくら調べたところでMP制御につながるヒントはないような気がしている。

 諦めたのではない。

 突然、閃いたのだ。


 スキルの再習得は魔法の布袋がそうだったように、突然判明するのを待つしかないんじゃないかと。


 もちろん根拠はない。

 ただ時間が立つにつれてその思いは強くなっていって、俺の中では半ば確信となっていた。



「うん? 魔法以外で私がヒカルに話してやれることなど、あまりないぞ?」

「アズリア個人のこと。――アズリアってさ、冒険者になりたいのか?」

「――そうだな」

「そのために魔法学院に?」

「そう、言えなくもない」


 なぜか話しづらそうにアズリアは答えた。


「カミラは?」


 俺はカミラに話を振った。 


「学院に入った理由? ――私は、単に魔術師の才能があって、母さんが進めてきたからよ」

「へえ。ずいぶん受け身な理由」


 カミラなら自分がしたいことを進路にするぐらいはしそうだ。しっかりしてるから。


「全くの受け身って訳でも、ないかな。――学院出の魔術師はねえ、ほとんどが官僚になれるの」

「ふうん?」


 以前アズリアから訊いた魔術士のエリート集団『魔術士団』のことだろうか。

 才能豊かな魔術士が選ばれ所属するこの機関は、サニアス王の直轄機関だとか。王国での魔法関連全般を扱う実働機関で、『魔法学院』と並ぶほどの研究部門も抱えているらしい。


「魔術士団のこと?」

 

 俺は訊いてみた。


「違う違う。普通にお役所勤めよ。ポートアークに戻れたらいいなって考えてる。――実家に特別な便宜を図れそうじゃない?」

「真っ黒か」

「場末の宿屋の娘ですもの。したたかって言って」

「不正役人め」

「まだ学生です」


 なんて話しているとアズリアが不意に言った。 


「――シルヴィア嬢は、どうなのだろう?」

「……なんで彼女の名前が出るの?」

「カミラの同室だろう。知らないのか?」 

「いえ、知ってるけど」

「訊きたい。後学のために」


 後学て。


「他言はしない」

「でもね……」

「俺はシルヴィアってやつすら知らないぜ」

「はあ」


 カミラは息を吐いて、それから手を唇にあてた。


「……言ってもいいのかしら?」

「言え! しゃべっちゃえ!」

「そう言われるとなんか嫌だけど……なんでも自立したいんだって」

「自立?」


 アズリアは不思議そうな声を上げた。


「なぜまた。実家は貴族だろう」

「だからこそ、よ。――政略結婚やら何やらで、シルヴィアの意志とは関係なくごたごたしてるらしいわ。だから官僚になって自立して、家を出たいらしいの」

「……彼女らしいと言えば、彼女らしいな。彼女はもともと、独立独歩の気性だからな。おとなしく家の言うこと訊いているお嬢様ではなかったのだな」

「まあ、フィアンセが主な原因らしいけど……」

「それこそ彼女らしい」


 ふふふ、とアズリアはほほ笑んだ。


「でもアズリア。学院を出て冒険者になる、っていうのも珍しい進路ね。なにか特別な理由があるの?」

 

 カミラがアズリアに尋ねた。

 当然の疑問だ。

  


 この世界での魔術士の地位は高い。なぜなら遠距離の範囲魔法を習得する魔術士は、都市防衛の主力を担うからだ。

 学院を出た優秀な魔術師ならばなおさらで、カミラの言うように官僚として政治分野へ進むことも望めるだけの大きな社会的地位も備えていた。



「……あいにく、特に理由があるわけではないのだ」

「え?」

「カミラやシルヴィア嬢の様に、なにか目標があって、あえて冒険者を目指しているわけではない。ただ――いろいろな土地を回ってみたいというのが理由といえば理由だな」

「そんな理由で?」

「申し訳ないが、そんな理由だ。無計画過ぎて呆れただろうか?」

 

 顔を伏せたアズリアに、カミラが慌てたように言う。


「いえいえ。冒険者らしい立派な理由――とは言えないまでも……きっと、なにか考えてのことでしょう? 少なくとも無計画な冒険者というのは実際にいるんだし、動機はそれで十分なのかも」

「カミラ、なぜ俺を見る」

「なんでかしら。他意はないわ」

「ウソつけ!」


 俺だってなあ、いろいろデカイことを計画しているんだぞ!

 まあ。こんな体で実行に移すのは憚られるので大半は計画止まり。

 俺の良心に感謝しろよ?


「ヒカルはなぜ冒険者になったんだ?」

「俺?」


 そんなことを訊かれると思っていなかった。

 実際に話を振ったのは俺なんだけど。


「うーん」


 プレーヤーだからこの世界では冒険者を自称してるんだよ、なんて言えるはずもない。

 なので適当にごまかす。


「成り行きかな。ホントは『開拓者』なんだ」


 基本設定上、プレーヤーは『開拓者』として所属都市国家を開拓し、その都市を発展させる。


 『開拓者』はクエストをこなすことで成功報酬とは別に開拓ポイントというものを得ることができた。この開拓ポイントによって都市国家が発展するわけだが、当然プレーヤーが多く所属する都市国家は発展度が高い。ほかの都市国家の開拓ポイントを奪取すべく、月に一度は血で血を拭う都市国家間戦争なるものが開かれたりしていた。

 上は余談。


「『開拓者』? 辺境地域の?」

「ま、そうだな」

「それでヒカルは強いのか」  

 

 なるほど、とアズリアが頷いた。


「――ねえ」


 不意にカミラが口を開いた。


「あの光、何かしら?」




魔法学院編、長いです。

収拾つかなくなってきた……

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