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22 王都での活動

「~♪」

「ご機嫌だなー」

「あっはっは。とーぜん」 


 俺の隣には、陽気に鼻歌を歌うニケがいた。

    

 なんで機嫌が良いかというと、俺が先ほど数着の水着を渡したからだ。ニケと話した日の夜の内に布袋を漁り、朝方までかけて何とか未着用の水着を何点か用意できた。

 作業中にいくつか使えそうなアイテムを回収できたので文句はないのだけれど、かなり疲れた。


 アイテム欄には、80種類のアイテムを所持できた。多分、布袋もそうだろう。


 たった80種と思うなかれ。


 一種類につき最大で×99だ。

 つまり、合計で8000個ほどのアイテムを保有できるのだ。

 俺は新人にあげるつもりでアイテムの大半は装備品だったけれど、それでも1000以上のアイテムがあの布袋の中に詰まっている。

  

 しかも所持理由が理由なだけに、俺には役に立たない物ばかりだ。


 ダブりやスカを引いた時の気持ちと言ったら、もう。それを夜通しでやったもんだから相当疲れた。


「はあ、やっぱいいな、水着は。本当の姿に戻れた気がする……」


 とろけるような顔で言ったニケは、俺があげた水着とビーチサンダルを着用し、上にパーカーのような衣服を羽織っている。

 海水浴にでも行くかのような格好だが、しかしそんな恰好でニケは、プライベートビーチよろしく大通りを歩いていた。


 ちなみに、ダグはいない。俺がニケと会うと言ったら、行ってらっしゃいと見送ってきた。

 めずらしい。  

 とはいえ今回に限れば、ダグはいたほうが良かっただろう。

 こんなニケでも、プレーヤーらしく絶世の美女だ。

 そんな美女があられもない恰好で歩きまわり、隣にはそれなりの露出装備の俺がいる。


 先ほどから、やたらと視線を感じていた。


「それが、お前の本来の姿なのか……」

「少なくとも、水着に対する欲望と愛。そんなオレのソウルの一面を表していることに間違いはない」

「無頓着と非常識もいかんなく現れてるぞ」

「……ヒカルだって脱いでいいんだぞ?」

「良くはねえよ!」


 さっきから、どんだけの男達に話しかけられたか。知りもしない同性から矢継ぎ早に話しかけられるなど、うっとおしいことこの上ない。

 

 とはいえ、注目を浴びること自体は大したことじゃなかった。人目を感じるのは今回が初めてではないし、気にしないようにすれば意外と気にならなかったりする。

 俺も美少女。

 シルケスとポートアークを歩いた時は、すれ違う人々が良く振り返ったりしたものだ。こういう視線も、そろそろ慣れた。慣れたくなかったけど。


「まあ、嫌だって言うんなら強制はしない。――さ、調子も上がってきたし、なんかクエストでも行くか」


 そう言って、ニケはぷらぷらと手に持っていた戦斧を振るった。


「え? ――やることは他にもあるだろ? せっかく王都にいるんだし、情報収集とか」

「情報収集でぱんちらはできねえだろうが」

「お前のは水着だろ」

「いやいや、ヒカルの」

「俺ぇ!?」


 なに言ってんの!?


「ふはははは。お前だって他人のキャラのぱんちらを楽しんでいただろう。当然、誰かもお前のぱんちらを楽しんでいたのさ」

 

 とニケは得意げに笑った。

 

「そう言われちゃ、おいそれとパンチラをするわけにはいかないな」


 俺はスカートを抑え、じりじりと距離をとる。 


「おっと、止めときな。その種族装備はよく知っている。すこしでも動いてみろ―――」


 ニケはぱちんと指を鳴らした。



「その瞬間、スクショだ」



「ばかな……お前にはそれだけの動体視力と反射能力はなかったはずだ」


 狙ってパンチラをするには、フレームを見切る動体視力とそれに即応出来るだけの反射能力がいる。俺が今着用している装備もパンチラは存在するのだけれど、ゲーム時代にそれをスクショ出来たのはごくごく限られた、教養ある紳士のみだった。


「甘く見るなよ。オレは100レベルだぜ」


 あ、そうか。

 レベルで補正かかっているんだった。


「ってもう。そういう冗談はいいや。見たきゃ見ろ」


 スカートから手を放し、アホらしい、と俺はニケに言う。  


「え、いいのか?」

「別によくはないけど。お前相手じゃ逃げきれないだろうし」


 こいつの執念深さはよく知っている。

 回り込みスキルはハンパないのだ。


「でも、言っておく」


 俺はニケに言った。



「『偶然』という要素を欠いたパンチラは、その神秘性を半減させる。俺はそう思ってきたし、だからこそパンチラに魅了された。――お前も、そうじゃなかったのか?」

「――ッ!」




「たしかに、ゲーム時代じゃ俺たちは愉快犯過ぎた。無差別・積極的に狙っていったさ。――けどよ」

 

 俺はニケを見上げた。


「パンチラって言うのは、かけがえのないものなんだ。――奇跡なんだ。この『エリュシオン』で実際にパンチラを見てみて、俺はそう実感したぜ」

「――っておい!! 良いこと言ってると思ったら、実際にぱんちらを見ただと!? うらやましすぎる!!」

「え、うそ? ニケまだなの?」

「こちとらずっとサバイバルで、この街に着いたのは最近だ! いまだにゲット数0だっての!!」

「俺、40ゲット位したけど」


 主にカミラで。

 あいつ、言葉の割に防御薄いんだもん。

 そういうとこ、ほんと心配。

 ちょっと注意した方がいいかも知れない。


「40……」

 

 ふらりとニケはよろめいた。

 そして叫ぶ。


「クエストは、やめだ! 人通りの多いところ行ってぱんつハントするぞ!」




 ▼




 実地視察。

 この都市の街並みと、それと共にある人々の「流れ」を観察する。

 人文地理的な、きわめて高度な理論に基づいた地形観察と言ってもいいだろう。

 現実ではそうとは限らないのだが、『エリュシオン』の世界で人は、その居住地の地理的環境に制約されている。つまり地理地形を細かく観察すれば、人の流れやその集団の無意識の心理というものが推察できる。


 たとえば、この階段は段差が急だからパンチラしないように気をつけようとか、この欄干は下の通りから覗きこむことができるから注意しようとか、こっちの道は変態がいるので通らないことにしよう、などだ。

 

 ギルド活動を終え、俺たちは二人並んで歩いていた。


「満喫したぜ」

「おう」


 暮れていく太陽を眺めながら、俺たちは息を吐く。


「ただ、注文をつけるとするなら、全体的に防御が固い」

「当たり前だろ。この世界の女の人なんて、基本ロングスカートだもの」

「画面移動によるスクリーンアウト時の処理もないしな」

「難易度は確実に上がった」

「ああ。――しかし、挑み続ける価値はある」


 そう言ってニケは静かに拳を握った――。






 ――いや、もういいだろ。

 この話。

 誤魔化しきれない……。




 ▼



  

 俺たちは宿への帰り道を歩いていた。


 古い街並みに、なぜか懐かしい空気が漂う。古都の風情に感動したではなく、それは単に夕方の空気だ。

 家に帰って行く人々。別れ際の言葉。哀惜。そしてかすかに漂う、夕飯の匂い。

 それぞれがそれぞれ帰路に就き、そしてそこにも、それぞれの生活はあるのだろう。


 夕方はいつも、変わらずに郷愁を誘う。




 でもあんまり俺たちには関係ない。

 帰りたくても帰れないからだ。

 前進あるのみ。




「明日は(パンツゲットしに)どこいく?」


 後ろ手に手を組みながらニケは言った。

 副声音をばっちりと聴きながらも、俺は言う。

 

「ちょっと気になってる所がある。図書館とか事情通とかを探しての情報収集もいいんだけど、魔法学院に行かないか?」

「――おいおい……女学生のぱんつ、か? 燃えるぜ」

「スキルが使えないのは、もうお互いに確認してるよな。でも実際にスキルを使う冒険者がいるんだ。それがなぜなのか知りたい」

「に、かこつけてぱんつを狙おうってことだよな」

「俺の知り合いに『魔術士メイジ』がいてさ。ちょっと訊いてみたんだよ。なんでもスキルを使うには、「魔力」を制御しなければいけないらしい。――それって、多分MPのことだよな?」

「……。そうだろうな」


 おし。

 無視し続けたら諦めた。

 もうパンツの話はいいから。


「で、俺の考えなんだけど。実際には俺たちはスキルを使えるんじゃないか? 使い方がわからないだけで」



 例えば、魔法の布袋。

 あれはゲーム時代の「アイテム欄」だ。

 しかしその姿が変わり、そのために俺は当初使うことができなかった。使えるようになったのはカミラに使い方を教えてもらってからだ。

 そして使ってみると、俺はゲーム時代の所持品を引き継いでいる。

 エリュシオンの姿と質がどれだけ変化しようとも、『ゲーム』であるという事実は変わっていないということだ。

 ただ、受け止める俺たちがその変化に対応しきれていない。

 ならスキルにも同様のことが言えるのではないだろうか。

 俺たちが習得していたスキルは、そのシステムを変えていて、使い方が分かれば再び使用することが出来るのではないだろうか。

 

 スキルは、重要だ。

 危険地域に向かうということは、戦闘の連続ということである。そして戦闘は単純な殴り合いではない。

 モンスターたちとの殺し合いだ。

 現実には決して存在しなかったモンスターたちに対して俺たちが出来ることといえば、単に殴る蹴るといった、いたって当たり前の暴力でしかない。

 腕は二本しかないし、手は届く場所にしか伸ばせない。

 この『エリュシオン』ではそんな当たり前のことが、すでに「当たり前のことしかできない」というハンデだった。

 

 だからスキルの再習得は絶対に達成しなければならない。



「だからって魔法学園? に行くのか? そこに行けばスキルの使い方がわかんの」

「じゃ、ないかなー。――ゲーム時代にスキルを使うにはどうしたらよかった?」

「コマンド入力」

「あとは?」

「キーボード連打」

「……。それから?」

「実は一番重要、ぱんちらするキャラへの愛だ」

「なあ、そういうことを聞いてるんじゃないってわかるよな? ショートカットキー登録とか、パンチラへの愛とかでなんとかなったら苦労しねんだよ。――もっと、システム的なことで考えろ。エリュシオンのゲームシステムが、この世界に存在する法則性の元なんだから」

「システムか……」


 うんうんとニケは唸る。

 こいつ、ゲームする時画面見ないのか? 

 何見てプレイしてんの?

 パンツ?


「実際に習得していること、ってのは必要だよな」

「そうだな」

「なら後は、MPとか……スキルの照準とかか?」

「俺が言いたいのはMPだな。『エリュシオン』ではスキルを使うにはMPを消費していた。それはゲームじゃ当たり前のことだけど――ニケ、いまMPの消費の仕方とか、わかる?」

「スキルを使えば減る」


 とニケは断言した。

 

「その認識じゃ正しくないんだ。スキルの結果としてMPが減るんじゃなくて、スキルっていう結果を得るためにMPを消費すんの。全体を見れば同じだけど、過程が逆」

「あ、なるほど、わかった。根本的にスキルを使えないんじゃなくて、MPの使い方がわからないのがそもそもの原因なのか」

「たぶんな」 


 だからこそ「魔法学院」に行く必要があると思った。


 魔法というスキルを体系的に教えているのが魔法学院だ。どうやって発動させるのかが分かれば、再習得は難しいことではないと思う。


「ふうん。なら明日からMPの使い方習いに、魔法学校とかに行ってみっか。コスチュームどうする? お前は制服だろうけど、やっぱオレはスクール水着かな。――でもこのキャラってスクール水着似合わないんだよなぁ……。競泳水着でもいいよな? ギリギリセーフだろ?」

「完全にアウトだ」

「じゃどうすりゃいいんだよ? ……ブルマ? ブルマってこと? オレ、下しか穿けねえからな!」


 なあ。

 俺だって自制することを覚えたんだぜ。

 そんな暴走してさ。

 一人ぼっちで木の根っこをかじっていたあのニケは、一体どこに行ってしまったんだよ。


「ん?」


 俺が呆れてニケを見てると、ニケは不意に顔を上げた。

 何やら怪訝そうな顔をしている。


「どうした?」

「いや……。なんでもない、か?」

「? 空になんかあるのか」


 俺も空を見上げる。

 整然と並んだ街並みの間から見上げた空は、とても暗い。

 もう夜だ。


「さっさと帰るか」


 俺はニケに言った。


「そうだな。――なあ、昼にヒカルの宿に行っただろ? すごい広いのな。今日泊めろよ」

「いいよ。変な同居人いるけど」

「ああ、エルフの兄ちゃんな。いろいろ話が聞けそうだぜ」


 そう言ってニケはブラブラと歩き出した。


 とにかく、明日は魔法学院に向かってみよう。

 

 最悪、ニケは置いていくことになるかもしれない。




 ▼ 




 この二日間、ダグはヒカルに気付かれないように尾行していた。


 あのニケという冒険者が気になったからだ。


 赤銅色の髪に、橙の瞳。

 猛獣のような雰囲気を纏い、相対するとエルフであるダグですら圧倒されそうになる。

 長い間旅を続けてきたダグでも、そんな人間は知らない。いや、それほどの人間には出会ったことはない。


 先ほども、ダグがわずかに向けた殺気を感知したような素振りを見せた。

 あのヒカルですら気がつかなかったのに。

 その鋭さは警戒に値する。ヒカルとは知己のようだが、それでも警戒心は緩めない。


 あれは危険だ、と思う。


 ニケに特別の不信感を持っているわけではない。

 ただ彼女は、あまりにも強大な力を持っている様に感じるのだ。それがヒカルに向けられることはないだろうとは思うのだが、それがヒカルの傍に存在していること自体がダグにとっては脅威だった。


 強大な力とは、同種の力を呼びよせるからだ。

 

 ヒカルと巡り合ったニケの様に。

 

 あるいは、ヒカルが戦った「黄金翼竜」の様に。

 

 ヒカルを守護すると決めたダグにとって、その種の不安というものはいつも感じていた。つまり、いつまた困難に直面するか、だ。

 ヒカルが呼び寄せたのなら、それは了承しよう。ただ、ヒカルが巻き込まれることは許容できない。未然に防げるのなら、ダグはそのために動く。


 しかし今回、ニケはダグの手に余る。


 単純な力量差でもおそらくそうだろうが、なによりニケはヒカルの知古だ。ダグが勝手に動けばヒカルが黙ってはいないだろう。そうなればヒカルは、ダグを遠ざけるかもしれない。


 そう思うだけで、ダグは絶望に震えた。


 それは何としても避けねばならない。それだけは何としても避けねば。

 

 ヒカルは、何も出来ないのだ。


 彼女がどういう考えの元に行動しているかはわからないが、長老たちはいつまでもそれを黙ってみてはいないだろう。いずれは何らかの行動を起こすはずだ。

 もしかしたら、強行策を取るかもしれない。

 その時、ダグがいれば交渉の場を設けることが出来る。しかしヒカル一人では無理だ。いかにヒカルが強力なハイエルフでも、エルフの頂点に立つ元老院という集団を個人で相手にすることはできない。

 絶対に、折衝役となりうるダグは必要だ。 



 それになにより。



 ヒカルは自己管理というものができないからダグが起こさなければいつまでも寝ているし食べ物も偏食になりがちだし服装はともかく自身の容姿に頓着しない振る舞いが多いから何かとトラブルに陥りがちだし高貴な身分というのは得てして奇妙な羞恥心を持つと言う話通りにヒカル普段の格好はあられもないからいちいちダグが気遣ってやらないといけないし何よりまだまだ幼いのだ!



 とダグの思考が暴走していると、不意に影が差した。


 ダグは顔を上げる。

 

 ヒカルと泊まっている大きな宿屋の前。


 その玄関に誰か居た。


「あ、ダグか。おかえり」

「よう、エルフの兄ちゃん。……突然だが、俺も今日からここの世話になることにしたぜ」


 ヒカルとニケだ。


 ダグは動揺した。

 まさか、いきなり当の本人たちに会うとは。


「あ、ええ、はい。――わかりました」


 とりあえず、動揺を表に出さないよう言い繕う。


「ニケさん、ですよね。私はダグです。お話はヒカルから聞いています。とても親しい友人でいらっしゃるとか」


 ダグがそう言うと、ニケは笑った。


「ははは。まあ、一応は親しい、のかねえ? 友人、か」


 そう言ってニケはダグに近寄る。


「まあ、そんなとこかもな。そういう理由で、ちょっと世話になる」

「はい」

「あ、宿代は自分で出すぜ。結構モンスターを狩ってるから、金は持ってんだ」


 よろしく、とニケは手を差し出した。

 ダグは応じる。

 軽く手を握ると、小声でニケは言った。


「へへへ。なかなかの尾行スキルだ。あんたも相当に紳士らしいな」

「……はい?」

「とぼけなくてもいいって。――わかるんだよ。ヒカル(のぱんちら)に魅せられたんだろ?」

「……」

「大丈夫だ。お前が紳士である限り、その興味が身内に向けられようとも、オレは応援するぜ」


 そう言ってニケは、ダグの背を叩いた。

 

 ダグにはニケの橙の瞳が、爛々と輝いている様に見えた。


やっとお話が進みそうです。

次回から魔法学院編に入ります。

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