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19 アナザー ダグ

 ダグはシーカーだ。


 出身はサニアス王国の北東にある、エルフたちの土地「聖なる暗き森」。

 危険地域と呼ばれる、モンスターたちが跋扈する地と隣接しているため、魔族との長い戦いに明け暮れている。

 それは長命種であるエルフでさえ、その始まりがわからないほど長く続く戦いだ。いまだに、終止符を打てずにいる。



 エルフは英雄を熱望していた。



 長命種であるものの常で、エルフは生殖能力が非常に不安定な種族である。大量の魔族に比してその数は圧倒的に少ない。

 いまは拮抗しているが、かつては圧倒していた。いずれは、数の不利によりエルフは敗北し、あの森は蹂躙されるだろう。

 

 そこで求められたのは強力な個人だ。

 

 一人で魔族を滅ぼす力は必要ない。それはあまりに都合が良すぎる。ただ、並み以上に強大な力を有しながら、エルフを導けるだけのカリスマを備えた英傑を求める。


 シーカーとは、そんな人物を求めてあてのない旅をする者たちのことだ。


 他にも、大陸各地に散らばる『繁栄の時代』の強力な遺物を探索する役目をおっている。

 英雄が現れなかった場合、望む望まないに関わらず誰かが英雄に仕立てあげられるからだ。

 そのお膳立てをするためにも強力な遺物は必要だった。



 40年。ダグはシーカーとして大陸中を放浪して回った。


 そして、そんな人物はいなかった。

 

 唯一気になったのはキースだが、彼はその性向が優しすぎる。また、人間ではエルフが生きる時間には耐えられないだろう。

 

 ならば、英雄として担ぎあげるか?

 

 しかし友人として、一時のために彼を騙すようなことはしたくはなかった。


 結局、40年の放浪の末に得た物と言えば、いくつかの遺物のみだ。長い寿命とはいえ限られた時間の対価としては、あまりに報われない。


 ―みじめだ。


 そんな思いを抱きはじめていた。



 あるとき、キースから興味深い話を聞いた。

 単独でヘルバンウドを蹴散らす冒険者の話だ。他にもアッシュグリードを一撃で倒したという。

 しかもどうやら、エルフらしい。



 ああ……!


 と、かつてのダグならば期待に胸を膨らませただろうが、しかしそんな、かすかながらも確かな希望を抱くには、ダグはあまりにも長い時間裏切られ続けた。


 とうとう、その冒険者を探すことはしなかった。

 

 その話を聞いて以来、キースに尋ねたことすらない。

 半信半疑だったせいもある。

 大体が、キースは人を過大に評価しすぎるのだ。それは彼の本心なのかもしれないが、彼の他者に対する「親愛」の情を含んだ評価など、話半分で訊くのがダグの常だった。

 やさしいキースには、冷酷かつ正確に他人に評価を下すことなど出来はしない。


 だから今回もそうだ。


 ダグと同胞エルフ達が心を焦がして待ちわびた人物であるはずがない。

 ならば会いに行く必要もない。


 どうせ裏切られるだけなのだから。


 そう思っていた。






 しかし『北の谷』で彼女―ヒカルを見かけた時、そしてその戦いに居合わせた時、ダグは眼がくらむような衝撃を感じた。

 

 実際、視界が真っ白になって倒れた。


 ワイバーンをいともたやすく屠る、その個人の強大さ。

 さらに襲いかかってきた「紫翼竜」「黒翼竜」にひるむことなく挑み、戦い抜いた意志の強さ。

「黄金翼竜」を倒し、その背に立った時の神々しいまでの神聖さ。

 

 どれもがダグが熱望していたものだった。待ち続けていたものだった。ずっと恋焦がれていたものだった。

 

 いや、ヒカルはすべてがそれ以上だった。


 出来るならば、ヒカルの足元に駆けよって、泣きながら我が身の断罪と一族の救済を願いたかった。

 

 信じることが出来なくて、申し訳なかったと。

 どうか同胞を救ってくれと。


 しかし、ヒカルが「黄金翼竜」との戦いで怪我を負ってしまい、それどころではなかった。

 長い時間の放浪の末に出会えた、たった一回の奇跡を、ここで失うわけにはいかない。

 ダグは身を削りながらシルケスと『北の谷』を一日に何度も往復してみせ、大量の回復薬を運び、他のギルドに所属する優秀な医師を攫ったりした。



 やっと対面できたのは、ヒカルが怪我のために部屋に引きこもってから二日後だ。


 ヒカルの無事に安堵しながら、最大級の感謝とエルフの悲願を懇願しようと思って訪れたその部屋で、ダグは言おうと思っていた言葉を必死に飲み込むことになる。


 ヒカルを間近に見たのはそれがはじめてだった。


 大きな碧の瞳の中で、金と銀に揺らめく光。

 本来ならば銀色のはずの髪が、金色のようなクリーム色。


 ヒカルは、ハイエルフだった。


 




 ハイエルフは『繁栄の時代』にエルフを統べた王の一族だ。


 いまはいない。


 それは現在のエルフ世界が元老院による合議制だからというわけではなく、ハイエルフそのものががすでに失われたエルフだからだ。神話と伝承にしか、彼らはいない。


 なぜそのハイエルフがここにいるのか。


 元老院だ、と一瞬でダグは考えた。


 あの長老たちが秘蔵していたのだ。でなければありえない。「聖なる暗き森」はエルフたち最大のコミュニティだ。ハイエルフの存在を秘匿するなど、その頂点に立つ元老院くらいにしか出来ない。


 なぜ彼女を隠匿していたのか? 

 彼女を英雄にするつもりだったのか?

 

 わからない。


 不意に、ダグの中に元老院に対する不信が芽生えた。


 なぜ、彼女がここにいる。長い間探してきた英雄の資格を、彼女は間違いなく備えている。であるのに、なぜ庇護しない。どういうつもりなのだ。


 そんな思いと共に、ダグは尋ねた。

 敬称は必要かと。

 敬称はエルフ世界では用いられない。なぜなら王に用いられるからだ。そしてそれはつまり、エルフを統べる気があるかという問いかけだった。

 

 ヒカルはない、と軽く答えた。


 つまり、ヒカルは自らの意思で元老院の庇護のもとから抜け出したのだ。そして少なくとも、その庇護下に戻ることを了としていない。 



 そう思い至って、ダグはシーカーとしての役目を放棄することを決意した。

 長老たちがなにを思って彼女の存在を秘匿していたのか。なぜ彼女はその庇護を拒んだのか。

 それはわからないが、すべきことは目の前にハッキリと提示された。


 ヒカルを失うわけにはいかない。

 元老院が庇護しないと言うのなら、自分が何を持ってしても彼女を守ると。






 だから、拠点として使っている一軒家の防備を徹底的に固めて攻城兵器等の武装を設置している最中に、ヒカルとキースたちが戻ってきて王都に向かうといきなり言いだしたとき、ダグはすぐさま同行を願い出た。


連続投稿終了です。ストックすべて放り込みました。


また、これにて一部終了となります。次回からは二部として再開するつもりです。

エリュシオンの説明とか、ほったらかしの部分も多々ありますので、そういう内容を含んだものとなると思います。


あとそれに関連してですが、再開前に小説タイトルを変更します。

「異世界てくてく記」→「だれかが綴ったエリュシオン」予定です。

もともと「異世界」のほうは章タイトルのつもりだったので……。


お読み下さった読者様方に多謝です。

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