18 ニケ
午前のうちに砦を出発し、午後にはシルケスに到着した。
昼をいくらか過ぎたかという時間帯だったので、遅めの昼食をキースと一緒に取ることになった。
ちなみにダグは別行動。どうしてもやらなければいけないことがあるらしい。
昼食をとる場所は、俺とカミラがシルケスに来た日に立ち寄った酒場だ。
「キース―おまえ、よく、生きてたなぁ……」
小太りなマスターはそう言って、キースに抱きついた。
仲がいいらしい。
オッサンに抱きつかれたキースは迷惑そうな顔をしていたけれど、それでも嫌がるということはなく、しばらく二人は抱擁し合い、互いの健勝を祝った。
そのあと、キースと感動の再会(マスターの一方的なもの)を果たしたマスターの好意で、酒場を貸し切り昼から宴会を開くことになった。ちなみに飲食代はマスター持ちだ。
「ワイバーンと戦ったんだって……?」
一緒のテーブルに着いたマスターが、手酌で酒を飲みながらキースに訊いた。
「ああ」
「……どんなだった?」
「どんな、と言われてもな。―とりあえず、翼をもったドラゴンだな」
「ホントかよ……見当もつかねぇな」
「その方がいいさ。俺も初めて見たが、あいつのことは忘れられないだろうな。正直、一生会いたくなかった。―そんなヤツだ」
「『北の谷』にいたんだろう?」
「そうだな」
「また来るかな……?」
「さあ―な」
マスターの言葉に首をかしげるキース。
何かが腑に落ちないという表情だ。
うん。
なんで出たんだろうな。
だれかが『連戦』のフラグを踏んだのだろうか。
いやしかし、よりにもよってポラリスのクエストの?
受注レベル80以上だぜ。
「……」
プレーヤー、だろうか。
あり得る、か?
「そういや、あの姉ちゃんは無事だったか?」
俺がひとり考える横で、マスターは急に話題を変えた。
「なに?」
「冒険者の姉ちゃんだよ、嬢ちゃんたちとは別の。行っただろう?」
「ああ―来たな」
冒険者の姉ちゃん? 誰だ。
俺が首をかしげると、カミラが口を開いた。
「ねえ。私、キースの仲間の中に女の人なんて見かけてないんだけれど」
「ああ、彼女はすぐに帰ったからな」
「―何をしに会いに来たのか、訊いてもいいかしら」
少しだけ声量を落としてカミラがキースに訊いた。
俺はそんなカミラの袖を引っ張る。
「うん?」
「誰? 女の人って」
「ここに来た時に聞いたでしょう? キースに会いに―美人の冒険者が来てるって」
ああ!
そういやそんなことも聞いた。
完全に忘れてた。
会えなかったし。
「おいキース。そいつ、なにしに来たんだよ」
俺が改めて訊くと、キースが首をかしげた。
「さて。俺にもよくわからないんだ」
「何を話したんだ?」
「危険地域の冒険について訊かれた。俺は行ったことがないから答えられなかったんだが、とりあえず止めておけと忠告しておいた。もしかしたらそれで、気を悪くしたのかもしれないな」
危険地域の冒険?
なにやら引っかかる。
「そいつの名前とか訊いた?」
「ああ。ニケ、と言っていた」
ニケ。
ニケ!?
知り合いにそんな名前の奴がいるぞ!?
「ちょ、そいつの格好は!?」
俺はキースに掴みかかるようにして訊いた。
俺の様子に驚きながらもキースは答える。
「格好か? ―銀の全身鎧だった。改造されたもので印象深かったから、よく覚えてる」
全身鎧か。
じゃ、違うな。
俺の知っているニケはそんな恰好しないし。
「それが、やたら改造されたものでな。肩当てや首あてはなかったし、足の装甲も半分以上取っ払っていた」
……。
それはもう、「全身」鎧じゃないだろう。
「露出度は? パンツ見えたか」
「な!? なにを……」
おい! どもんな!
ここ重要なんだぞ。
「どうなんだよ!? パンツ見えたのか!?」
俺の剣幕に押され、キースは身を引きながらも頷いた。
「あ、ああ。見えた……かもしれない」
「かもしれないぃ!? ハッキリしろよ、どうだったんだ!?」
今度こそキースに掴みかかる。
いやホント。ここは重要。
「み、見えた」
「間違いないだろうな!?」
「あ、ああ! 間違いない!」
「ちゃんと見たのか!?」
「み、見た!」
「本当だろうな!」
「ああ!」
「キース、ここが重要なんだ。色はどうだった? 白だったか?」
「いや、目に鮮やかなライトグリーンのストライプだった」
「よし。カミラ、ここに変態がいるぞ」
「ええ!?」
さておき。
キースとカミラのケンカは置いておいて、キースに会いに行ったという冒険者、ニケだ。
ライトグリーンでストライプの下着を身に付けた露出度の高い冒険者ならば、多分俺の知っているニケだろう。
これが水着ならば絶対間違いないのだけれど、下着を身につけることができる今となっては、ニケならば喜々として下着主体の装備に変更しそうだ。
そいつが危険地域の情報を欲しているならばなおさら可能性は非常に高い。
ニケ。
”勝利を呼ぶ男”
下着と見紛うようなデザインの水着装備を好んで装備し、コスチューム争奪クエスト達成競争では両手斧を振り回して常に先陣を切った、文字通りの『狂戦士』。
ギルド『ノーブル・パンツァー・ソサエティ』の副ギルドマスターを務める、防具を捨てた紳士だ。
うん。
つまりプレーヤーってこと。
あのニケか!?
マジかよ!!
「そいつ、どこに行ったかわかるか?」
カミラに一方的に罵倒されてうなだれているキースに尋ねる。
キースは恨めしそうに俺を見た。
「わかる」
「教えて」
「……カミラを何とかしてくれ」
「俺のパンツも見せるから」
「助ける気ゼロか!?」
いや、これは単純に俺の中のお前の変態疑惑を晴らしただけだ。
頷くようなら助けないつもりだったんだ。
「カミラ。許してやってくれ。ニケっていうヤツ、多分俺の知り合いなんだよ」
眼を吊り上げてキースを罵倒するカミラに言う。
俺は続けた。
「そいつ、人に下着を見せるのが趣味の変態なんだ。目を逸らしても全力で回り込んでくるようなヤツなんだ。キースも被害者なんだよ」
これは出まかせ。
キャラの下着を見るのが趣味な紳士で、スクショ対象が逃げると全力で回り込むヤツだった。
「そんな女性いないわ!」
「まあ、確かにな。でも、そういうヤツなんだ」
「いーえ。下着を見せつけるなんて、ありえない」
「……おいおい、カミラ。そんなセリフ、自分の格好を見てから言おうぜ」
「え……?」
俺の言葉に、カミラはきょとんと自分の格好をみおろした。
カミラは以前の様にはローブを身につけていない。俺があげた制服をそのまま装備している。
人目を気にしてか、だいぶスカートの丈を長くしているけれど。
でも、その制服も立派なネタ装備なんだ。ネタ装備はパンチラしてナンボなんだ。
「うそっ!?」
「嘘じゃない」
「う、うそよっ!!」
「ホントだ。な、キース」
俺はキースにアイコンタクトを送った。
「ああ」
「~ッ!!」
カミラは真っ赤になってテーブルに突っ伏した。
あーあ。
泣いてる。
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