16 チート覚醒
「よっしゃ! ダウン取った!」
叫び、ひたすらにポラリスを殴る。
ポラリスは咆哮をあげて身をよじるだけで俺に攻撃はしてこない。
「うおー! くらえー!」
ポラリスの正面に立ち、ダメージの大きそうな頭部を殴りまくる。
しね!
『gyyyyaaaaa!』
しばらく頭部めがけて滅茶苦茶に拳を振りおろしたが、しかし俺の攻撃を喰らいながらも、ポラリスは咆哮を上げて巨体を起こし始めた。
くっそ。
これでもだめか。
執拗に頭部攻撃を繰り返しながら俺は考える。
けど、合計四回ダウンは取った。
確実に次のダウンで仕留めることができる。
勝負時と見た! ここは攻める!
俺は安全を考えずに一心に攻めた。
次確実に仕留められると言うことは、今仕留めることが出来るかもしれないと言うことだ。
安全策が常に最上とは限らない。
攻めるときは攻める。
回復薬も馬鹿にならないし。
『GYAAaaaaa!』
「あっつうぅ!!」
ボウ、とポラリスがブレスを吐いた。
正面にいた俺は直撃。
泡食って攻撃範囲から逃げだす。
「っちょ!」
ポラリスが前足を広げながら跳躍。
俺の回避方向に向けて、ポラリスが突進してきた。
ポラリスの突進は『飛びつき突進』で、突進よりもリーチも攻撃範囲も広い。
これも回避できずに喰らう。
『GyyyyyAAAAAaa!』
立て続けに噛みつき攻撃。
俺は胴体に食いつかれ、ポラリスは俺を咥えたまま激しく首振りした。
「くそッ!」
激しく揺れる視界の中でポラリスの口を見つけ、そこに腕を突っ込んだ。上下の牙を掴み、力いっぱい押し上げる。
胴体に刺さった牙という「楔」が外れ、俺はポラリスの首振りに合わせて放られた。
十メートルほど飛ばされ、地面に激突。
「いってぇ……」
先ほど噛みつかれたお腹が熱い。
地面から起き上がり片膝立ちで立つ。ワンピース制服の上から、お腹に手を当てた。
―ブチュリ
ポラリスの唾液や俺の血とは別に、そんな不快な音と手応えが返ってきた。
「……え?」
視線を下げる。
ワンピース制服はところどころが破れ、今まで俺が流した血で真っ赤に染まっていた。
そしてお腹の部分が大きく裂けている。
俺の腹には、ポラリスの牙によって大きな穴が開けられていた。
ドクドクと夥しい量の血が流れている。
「……」
あたまが真っ白になった。
なんで、こんな大けがしてんだ?
さっきも回復薬・大を二本使ったから、HPにはまだ余裕があるはずだ。 一本で3000ポイント。二本使えば体力の半分近くを回復することができる。それまで余裕をもちながら戦っていたから、実際のHPは全快に近かったはずだ。
ポラリスの攻撃だって、さっきのヤツ以外に大技は喰らっていない。
甘く見積もっても、5割以上のHPがあるはずなのに。
「ぐッ……!?」
いきなり体が反応して、俺は横に飛びのきポラリスの攻撃を回避。
回避率によるランダム発生の『緊急回避』。
しかしそれによって傷口が大きく開き、すさまじい痛みが俺を襲う。
「ッぎ、あああああああ!」
痛いと言うより、ひたすらに熱い。
『Gyaaaaaaaaa!』
ポラリスが咆哮を上げ、地面に前足をつく。
『飛びつき突進』
だめだ……回避できない!
ドオン!!
「ああああああ! いってぇぇ!」
またしても直撃を喰らい、今回は後方に弾き飛ばされた。
かなりの距離を転がってやっと止まったが、俺は起き上がれない。
痛みと混乱でパニックを起こしていた。
なんで!? なんで腹に穴があいてんだよ! めちゃくちゃ痛いし!
ずるずると這い、ポラリスから少しでも距離をとる。
ふっざけんなよ! まだHPあんのに、なんでこんなことになった!? くっそ!
やっと、倒れたバハムートの傍まで這い寄ったとき、俺は再びポラリスに胴体を噛みつかれた。
衝撃と共に放られる。
ふらつき状態がやたらなげぇ! ダウンから回復したらさっさと飛べよ!
『GYaaaaaa!』
ポラリスの咆哮が俺に叩きつけられた。
その大音響に、反射的にビクリと身をすくませる。
そんな無防備な体勢のまま地面にたたきつけられ、俺はようやくあることに思い至った。
それは―このままでは死ぬかもしれない、ということ。
神殿での蘇生はあるだろうかとか、死んだらログアウトできるだろうかとか、そんなことは一切思い浮かばない。
俺は今、死ぬかもしれないのだ。
そのあとどういう風に扱われるかは関係がない。
今死んでしまうことがすべての問題の核心で、『エリュシオン』に対する、疑いようのない確信。
全身を襲う激痛と、夥しいまでの流血。
それらによって引き起こされた「死ぬこと」への恐怖。
つまり―この『エリュシオン』では、「死」ですら完全に再現されている。
ゲーム的に扱われて蘇生することが可能なのか?
その「死の過程」がどういう風になるのかはわからない。ただ、「実際に死んでいく」という「主体としての死」は完璧に再現されている。
完璧に再現された「主体の死」はつまり、現実での「死」と同じだ。
「死ぬのか……?」
呆然と呟く。
なんで?
ゲームしてただけなのに。ありえなくない?
「……」
本当に、ゲームしてただけだ。
それなのになぜ?
「ありえない……」
なんでこんな思いをしなければならない?
お腹に大穴開けられて、情けなく喚くき散らすほど痛い思いをして。
あちこち傷だらけの、ボロボロだ。
こんなゲームってない。ありえない。
「ありえないって……」
ありえないというなら、ゲームをしていて死ぬというのもありえない。
そんなことが起きうるのならば、それは『ゲーム』ではなく『現実』と言うべきだ。そして、ゲームをしていた俺が現実に死んでしまうのはおかしい。なぜなら『エリュシオン』はゲームだからだ。
「なら、『現実』なのか……?」
というよりは『完璧に再現された死』によって、『エリュシオン』の仮想が『現実』と同じ意味と価値を持つ様になった……?
同じと言うことは、それは本物と大差ない。『仮想』でありながら、それはもはや『現実』だ。
―認識が、甘かった。
途方にくれるほど、俺は馬鹿だった。
確かに感じた、異界の風。荒野の暑さに、森の空気。
俺はそれらに何の感慨も抱かなかった。
人々の中にいるときの活気と、一人ではないという安心感。
俺は感傷と切って捨てていた。
カミラの涙に、キースの制止。
俺は、それらを単にノンプレーヤーキャラの行動と台詞としてしか受け止められなかった。
「……。ふざけんなよ」
俺は呟く。
確かに、『現実』ならば「死」はありうることだ。そしてそれは、この『エリュシオン』でもそうだろう。
しかし、だからといって許容はできない。
「ゲームをしていただけなのに」と、突然降って湧いた理不尽で不幸な『現実』から目を背けているわけではない。
なぜか。
それは、俺が『エリュシオン』で「生きて」いないからだ。
あくまで「プレイ」していただけで、今までの意識の上でもそうだ。
『エリュシオン』で生を受けたわけでもなく、いきなり性転換してこの世界に放り込まれた。俺の常識外の出来事ばかりの連続で、そんな状況に対応するだけの日々を過ごしていたんだ。
「生」の実感なんて、あるはずもない。
やっと今、それを感じた。
血だまりにうずくまりながら、やっと得た。
なのに。
なぜ奪われなければならない。
理不尽な『現実』を前に俺が抱いたのは、爆発的で暴力的な「怒り」だ。
「ふざけんな!!」
飛び起き、ポラリスに突進。
激痛が体を襲うが、無視する。
この痛みは「死」にはつながっていない。
その証拠に体は動くし、視界も良好。意識だってはっきりしていて、全然平気。
お腹に穴が空いていようがなんだろうが、HPは五割はあるのだ。
それは変わっていない。
そうやって自分を奮い立たせる。
「殺せるもんなら、殺してみろ!」
怒鳴りつけてポラリスを殴る。
ドシン! とポラリスの巨体が揺れた。
ポラリスは咆哮を上げ、巨体を動かして俺へ攻撃してくる。
俺は回避行動も取らずそれを迎え撃ち、直撃を喰らいながらも一歩も引かず、ポラリスを攻め立てた。
「HPはまだまだあんぞ! タフネスが売りの『制圧者』なめんなよ!」
猛烈な勢いで振られた、ポラリスの全包囲攻撃「尻尾振り」
俺は体全体でそれを受け止め、尻尾をキャッチし全力で引っ張る。
俺の力に対抗できずにポラリスは体勢を崩し、轟音を上げて横倒しになった。
図らずも、ダウンだ。
それも五回目。
これで、確実に倒せる。
「この、雑魚が! ビビらせやがって!!」
叫び、俺はポラリスの脳天へ全力で拳を振りおろした。
骨を砕いた手応えのあと、腕全体を生温かく「やさしい」感触がつつんだ。
心地よい温かさと安心感とを感じながら俺は、
「偉そうに説教したこと、あとでカミラとキースに謝らないと……」
そう、思えた。
やっと。
連続投稿中です。
一応、ここがヒカルの転換期と設定していました。程よいチートになったかな?
重要なお話なのにうまく書けないで悩んでいたところ、読者様から貴重な意見をもらいました。ありがとうございました。