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14 ワイバーン4


「あ……やった、のか?」


 呆然とキースが呟くのが聞こえて、俺は背後を振り返った


「いや。まだまだ」

 

 いくら俺のレベルが100レベルで、ワイバーンとの間にレベル差があろうと、一撃で倒せるようなことはない。

 『エリュシオン』はオンラインゲームだから、どんなにキャラクターを育ててもクエストモンスター相手にそんなことは出来ないのだ。パーティーを組んで巨大で強大なモンスターに挑むのが基本プレイで醍醐味なので、あからさまにゲームバランスが崩れるようなことはない。

 これは戦闘職に限らず魔法職もそうで、いくら広範囲の大魔法といっても、せいぜいが視界内で発動する複数対象の攻撃魔法だ。

 地形が変わるほどの必殺技を持った戦士とか、単機で国を攻略できる魔法使いとかはいない。

 そういうのも面白そうだけれど。


「見てみ」


 俺は弓櫓のヘリまで進み、覗き込むように地面へ視線を向けた。


 ワイバーンが立ち上がり、ふらふらと歩いている。


 ふらつき状態。この間に攻撃すれば完全にダウンだ。

 ダウン中は攻撃し放題である。


「ホントはこの隙に攻撃したいんだけどなー」

「は、はぁ!?」


 カミラを抱えてワイバーンを眺めていたキースは、俺の言葉に驚いたような声を上げた。


「な、なにを言ってるんだ君は!? この隙に、逃げるべきだろう!」


 逃げるぅ?


「えぇ? お前こそ何言ってんだよ。せっかくワイバーンと遭遇したんだから、狩ればいいじゃないか」

「か、狩るって……」


 ふらり、とキースはよろめいた。


「き、キース……あの、怖いんだけど」


 キースの腕の中で、カミラが声を上げた。

 確かに、弓櫓のヘリでキースに抱えらているカミラにとっちゃ、キースによろめかれると怖いだろう。


「す、すまない」


 その言葉を聞いて、キースはカミラを下した。

 キースの肩につかまって、カミラは地面に足をつける。

 俺はカミラが自分で立ってからキースに言った。


「ここじゃダウン中に攻撃仕掛けられないから、下に行こうぜ」


 そうなのだ。

 ダウン中に攻撃をしないでワイバーンをしとめるとなれば、かなりの長期戦になる。レベルの低いキースたちでは耐えられないだろう。


「……」


 俺の言葉にキースは無言。そのかわり、じっと俺を見つめてきた。

 なんだよ。


「君が強力な冒険者だというのはわかる。……なにか、勝つ方策があるんだな?」


 勝つ方策っていうか。


「攻撃して、ワイバーンを落とす。ダウンしたら総攻撃」

 

 これがワイバーン戦での鉄板だ。

 遠距離での攻撃が可能な『魔術師メイジ』系統や『弓士アーチャー』系統はその限りではないが、オーソドックスな戦い方である。


 俺の言葉に、キースは失望の色を隠さずに言う。


「それでは、だめだ。そもそも攻撃を当てることが出来ない」


 へえ。

 ま、今のキースたちではそうだろう。

 なんせ圧倒的にレベルが足りない。

 しかし、今は俺がいる。

 飛行中のワイバーンの隙をついて攻撃を当てることもできるし、ダウン中にもバリスタ並みの攻撃を仕掛けることもできた。


「いいからー、来いって」


 遊びに行くような軽さでキースを誘ってみるが、バッサリと拒否された。


「行けない」

「どうしても?」

「無理だ」


 キースは俺をまっすぐ見て言った。

 複雑に構成された強い意志でもって、そう言っているのだろう。

 俺も無言でキースを見返す。


 多分、無理強いすることは出来ない。


 俺はゲームとしてしかこの世界を受け入れられないが、キースはこの世界に実際に生きているのだ。

 だから多分、俺のような甘い考えは一切なく、強烈に現実を見て判断している。

 それはプレーヤーである俺には理解できないものなのだろう。



 しばらく無言でキースと睨みあったが、俺は仕方ないと視線を外した。


 俺とキースとの間でおろおろしているカミラも可哀想だし。

 キースやカミラとパーティを組んで戦ってみたかったけれど、それは別の機会があったらでいいや。

 そもそもが、一緒にパーティを組んだらキースとカミラが仲良くなるんじゃないかな? なんていう安直な考えだったんだし、よく考えたらそれにはワイバーンは荷が勝ち過ぎている気がする。

 一緒のパーティは、シルケスへの帰り道にでも組めばいいだろう。  



「じゃ、いいや」


 俺はそう言って、ふらりとキースに背を向けた。

 そのままドアの方へ歩き出す。


「お、おい。君、なにをする気だ」

「なにって、ワイバーンを倒してくる。このまま放って帰ったら、あいつシルケスまでついて来るかもしれないじゃん」

「だから、なぜ君はそう、話が飛躍するんだ。―ひとりきりで勝つつもりなのか?」


 俺に追いすがってきたキースが言った。


「飛躍してないって。放っておけばシルケスが襲われるかもしれないんだから、倒すしかないだろ。それにあのワイバーンなら余裕だし」


 まあ、いくらパーティクエストモンスターといってもレベル差で40くらいあるしな。

 一撃では倒せないけれど、かなり余裕だ。単純なワイバーン討伐クエストなら順当に戦えば5分クエストだし。


 ちなみに、例外的に一撃で倒せる職種も存在する。『弓士アーチャー』の最上職のひとつの『探索者スカウト』がそうで、やつらは複数のトラップを一度に設置することが出来た。トラップ設置のスキルは再使用時間が長くて使いずらいスキルなのだけれど、上手な人が使えばめちゃくちゃ強い。一つの戦闘中のダメージ総量では『狂戦士バーサーカー』や『制圧者タイラント』に劣るだろうけど、複数トラップ同時起動による瞬間ダメージ量は間違いなく全職業中ダントツのトップであり、それは通常のワイバーンのHPすら上回っている。


 とはいえ俺は『探索者スカウト』ではないので正攻法で殴る。

 それでも楽勝だ。


「なっ……!」


 俺の言葉にキースは絶句し、黙って俺を見送った。

 

        




 ワイバーン討伐クエストでは、バリスタを使用して攻撃し、一度戦闘状態にしなければいけない。そうしないと、攻撃が当たらない高度を飛行したまま降りてこないのだ。

 戦闘状態になれば、今度は低空飛行か滞空をするようになる。こうなれば後は簡単だ。ダウンを取ってフルボッコ。高レベルプレーヤーが挑めば、一回落とすだけでワイバーンを狩ることが出来た。

 ただ、ダウンを取った後に倒しきれないと、ワイバーンは再び高度を上げて飛ぶようになる。これはバリスタを使用しなくともいずれは降りてくるのだけれど、それまでプレーヤーは待ちぼうけだ。

 先ほど、通常攻撃とはいえ一回落としているので、何もしなくともそのうち降りてくるだろう。

 


 そういうわけで俺は、『北の谷』の砦の前にある広場で、地面にぺったりと座りながら空を見ていた。


 遠く、ワイバーンが空を飛んでいる。

 とんびみたい。


「早く降りてこいよー」


 見上げて、呟く。


 こういう待ち時間があるからワイバーン系統のモンスターは嫌いだ。

 ダウン中に倒しきれないとすぐに飛んでなかなか下りてこない。

 弱いくせに、いらん時間を食う。

 こっちは社会人ゲーマーだぞ。この時間がどれほど貴重か……。

 

 ボンヤリと空を眺めていると、ワイバーンがくるくると旋回しだした。


「お、そろそろくるか?」


 よいしょ、と腰を上げる。

 ポンポンとお尻についた砂を払っていると、後ろから声が掛けられた。


「ヒカル」


「ん? キース?」


 キースの後ろには、カミラまでいる。

 来ないんじゃなかったのか?


「手を貸す。けれど、俺だけだ」

 

 ? 


「どういうこと?」


 俺が聞くと、キースはバツが悪そうに顔を掻いた。


「……つまり、手助け出来るのは俺だけなんだ。―ワイバーン相手に援軍一人では頼りないのはわかっているが、仲間たちが逃げるのは許してくれ」

「?、?」


 よくわからん。

 首をかしげて、カミラに視線を向けた。

 わかるように説明たのむ。


「えっと……キースって、あのパーティのリーダーだったらしいのよ。―で、あそこでヒカルと一緒に戦うって言っちゃうと、パーティ全員が戦うことになっちゃうとか、なんとか? よくわからないけど、そういう雰囲気だったの」

「へぇ?」


 つまり、リーダーとして俺の誘いを断ったということか。

 ただ個人としては手助けしたいから、仲間を逃がしてからちゃっかり手助けしてくれる、と。

 お人よしすぎる。

 こういうところが、女性にもてる秘訣なんだろうか。

 同性の俺としては、見習いたいところではある。 


「ふうん」


 にやにやとキースに笑いかける。

 キースはちょっと顔をしかめてそらした。


「っていうか、カミラも来たんだ」


 俺にはそっちも意外だ。


「こわいけど、放っておくわけにもいかないし―困難には向かっていくことにしたの」


 と、此方もそっぽを向きながら答えた。


 あらあら。


 あらあらあらあら。


「へへ。惚れんなよ」

「惚れるか!」


 とかいいながら顔を赤らめちゃってー。

 おいおいー、照れるじゃーん。


「言っておくけど、多分俺、最高にかっこいいと思うぞ」

「自分で言うな! というか、同性でしょうが!!」


 そうだった。



 なんてやっているうちにも、ワイバーンの旋回の高度はどんどん下がってきている。



「ま、とりあえずは二人の出番はもうちょいないな。俺が合図したら来てくれな」


 腕をグルングルン廻しながら、俺は一人で歩み出る。

 後ろからキースの声がかかった。


「本当に、大丈夫なんだろうな?」

「平気平気」

「危ないと思ったら、君を連れてすぐに逃げるからな」

「大丈夫だから。ってかキース、お前もちゃんとカミラの盾代わりになれよ」

「……わかってる」



 二人が距離を置いた気配。



 では、二ラウンド目に入りますか。


  




 ワイバーンの弾丸ような初撃を回避して、先ほどと同じように物理パンチを食らわせた。

 ワイバーンは頭を揺らしながら、ふらつく。

 俺はそんなワイバーンを牽制しながら、常にワイバーンの側面へと移動する。


 ふらつき状態のワイバーンはブレスか突進しかしてこない。どちらも前方への攻撃判定がある範囲攻撃ではあるけど、側面にいると避けやすい。

 この場合の避けるとは、キャラに設定された回避能力に従って確率で発生する『緊急回避』ではなく、プレーヤーのモーション予測と反射による回避だ。まあ、出来て当たり前の技能だ。


 側面から攻撃を仕掛け続けると、やがてワイバーンはダウンした。

 こうなれば後は楽だ。

 俺はキースとカミラを呼んだ。


「総攻撃ー!」


「えっと、―『炎弾ファイアボール』!」

「『ダブルスラッシュ』」


 炎弾は『魔術師メイジ』の通常魔法攻撃に炎属性の追加ダメージを付与した初歩スキル。ダブルスラッシュは『剣士ソードマン』の通常物理攻撃二発をほぼ同時に敵に与える初歩スキル。スキルの再使用時間と消費MPのバランスがとれた、使い勝手の良いスキルだった。


「物理パンチ!」


 物理パンチはスキルではない。

 ただのレベルを上げた通常物理攻撃である。

 以前、スキルを使いたいと試行錯誤してみたがどうしても出来なかった。それ以来、何かにつけて物理パンチを連呼している。

 ひとりスキルを使えないと言うのは、やっぱりさみしい。


 そんな俺たちの総攻撃もむなしく、ワイバーンは翼と一体になった前足を振り回して起き上がり始めた。

 

 くそ。

 やっぱり物理攻撃だけじゃ倒しきれないか。スキルが使えれば、一回のダウンで倒しきることが出来るのに。


「物理キック!」


 俺はワイバーンの前足めがけて、苦し紛れのサッカーボールキックを敢行した。

 クリーンヒットし、ワイバーンが低く唸り声を上げる。


「おお、効いた」 


 新技開発だ。これで自作スキルが二つに増えた。

 

 なんて、言っている場合ではない。ダウンから起き上がればふらつき状態に戻る。そうなれば空に飛び上がるまでブレスやら突進やらをしてくる。回避だ。 

 

「こらー! ヒカル! 足を振り上げるな!」


 と、俺がミニスカートでキックをしているのを目にしたカミラが、大声を上げた。


「ごめんて!」


 というか、そんなことを言うとはずいぶん余裕がある。最初砦にいった時にはちびってたのに。

 いや、わからんけども。


「って! カミラ避けろ! ブレス来るぞ!」


 俺は、首を大きくのけぞらせたワイバーンを見て叫んだ。竜種の使う前方への範囲攻撃。ブレスの予備動作である。


「え!? わっ」


 俺の叫びで、カミラはバックステップで距離をとる。が、間に合わない。俺やキースもカバーに入るが、一歩足りなかった。


「っ! きゃああああ!」


 ボウ、とワイバーンの口から広がった炎に、カミラは飲み込まれた。

 カミラを包んだ炎は渦を巻き、さらに勢いを強める。

 強烈な上昇気流を伴った巨大な炎柱が出現した。


「そんっ……カミラアァァァ!」


 キースの絶叫。

 叫びながら、なおもカミラに向かって走ろうとする。


「キ、キース! お前まで突っ込むなよ!」


 炎に飛び込もうとしたキースの腰に抱きついて制する。


「し、しかし!」


 俺を振り払おうと暴れながら、キースは叫んだ。

 目の前、しかも届きそうな腕の先で炎にのまれたのだ。その振る舞いも当然だろう。


「いや、カミラは大丈夫だろ。うん」


 そんなキースに、俺は比較的落ち着いて言った。


「な、なに!?」

 


「げほっ、げほっ……ごほっ」



 炎柱が落ち着くと、その中央に激しくせき込むカミラがいた。

 炎の熱が気管に入って、むせたっぽい。


「おお! カミラ、ローブ燃えてんぞ」 


 カミラの無事は予想していたので驚かなかったけれど、俺が喜々として言ったのは、カミラがすっぽりと着ていた野暮なローブが焼けて、俺が渡した制服の格好をしていることだ。

 うーん。

 はじめてカミラの制服姿を見たけど、これはなかなか、逸材ではなかろーか。

 制服て、金髪にも似合うんだな。


「え、ごほっ……なんで?」


 カミラは不思議そうに自分の体を見下ろした。

 ローブが焼けてしまった以外、カミラには特に変化はない。肌も焼けていないし、髪すら焦げていなかった。


『清修学院制服・女』 

 その付与効果は、『炎属性反射』。

 耐性・無効・吸収・反射という耐性効果の内、『反射』は対象属性の攻撃を完全に無効化し、相手に二倍にして返すカウンターだ。

 カミラにこの制服を渡したのは偶然だったが、全く、僥倖といえる偶然だった。

 いろんな意味で。


「これって、この服のおかげなの……?」


 どうやら制服のおかげで助かったらしいと悟ったカミラ。

 途方に暮れた表情を浮かべて俺を見た。


「だから、いい装備だっていっただろ」


 俺は頷いて、マジマジとカミラの制服姿を眺める。

 俺の視線に気がついて、カミラはスカートの裾を引っ張る仕草をした。

 そういう仕草って、ちょっとHだ。 


「ちょ、あり得ないから! この短さは、あり得ない」


 顔を赤く染め、もじもじとスカートをいじりながらカミラは言う。

 俺はそれを叱った。


「ばか! その短さがお前を救ったんだぞ。あと3cmでも長かったら、いまこうしていることはないと思え!」

「ええ!?」

「いや、それでも本当ならアウトだ。ワイバーンに挑むんなら、あと10cmは短くしたいところだ」

「そんなに短くしたら下着が見える! 出来るわけないでしょ!」

「なんで!? いいだろ!!」

「い、今は絶対にダメ!!」

「『今は』!? 言ったな!?」


 ―なんてね。

 そんな風にカミラをいじっている場合ではないし。

 というか、傍から見ていて、俺ってまるっきり変態だ。女の子に、スカートもっと短くしろとか、パンツ見せろとか、普通に考えてあり得ないしな。

 戦闘高揚で、俺も多少混乱している。

 こんなの普段の俺ではない。

 反省反省。



 ていうか、ワイバーンはどうなった。



 俺が振り向くと、俺たちを呆然と見ているキースと、動かなくなったワイバーンがいた。


 あ、ワイバーン、カミラのカウンターくらって死んだのか。

 ださ。



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