13 ワイバーン3
「バリスタの矢が尽きた!」
バリスタを操っている男が叫んだ。
「砦の中にはもうないですよ!」
仲間の一人、ダグが悲鳴を上げる。
どうする? とダグはキースに素早く視線を向けた。
「壊れたヤツに装填していたのがあったろう! それ持ってこい!」
キースの言葉に、おう、と応じて何人かが壊れたバリスタに取り付いた。
それを見てからキースはダグに近寄った。
「もう、無理だ。撤退するしかない」
「そうですね……」
ダグは大きく息を吐いた。
「とはいえ、シルケスにあいつを連れて行くというのは……」
「いや。街に向かわず、谷に向かう」
キースの言葉にダグは目を丸くし、それから頷いた。
「谷、ですか。……そうですね。単に逃げると言うのなら、あそこの地形は悪くはない」
『北の谷』
広大な平原に、不自然に出現する渓谷だ。地形によっては、ワイバーンも侵入できない様な場所がいくつかある。
ただ、キースの知っている該当しそうな場所まで、距離がある。
「時間稼ぎは充分だろう。俺達が逃げた後、あいつが町に向かっても、それはしょうがないことだ。町の防備は町に住むヤツがやるしかない」
「……ですね」
どこか諦めたようにダグは頷いた。
「しょうがないさ」
キースはダグに繰り返した。
綺麗に切りそろえられた髭を撫でながら、ダグはバリスタで作業する仲間たちに視線を向ける。
「私が知っている、ワイバーンが入り込めないような場所まで、それなりに距離があります」
「俺もだ。―と言うことは、近くにはないな」
シルケスを拠点に動くキースとダグは当然『北の谷』の地形を熟知していた。二人が知らないとなれば、そんな場所は付近には存在しないことになる。
「撤退戦、か……」
低く、ダグは呟いた。
ダグは犠牲が出ることに気がついているのだ。
古びた砦とはいえ、拠点に拠った闘いでは拠点側が圧倒的に有利であり、実際、キースたちも何とかワイバーンと戦えている。しかし撤退戦となれば話が違ってくる。キースたちは常に背後を気にしなければならないし、こちらが逃げている以上、ワイバーンの脅威は正面に相対して戦うときの何倍にも感じるはずだ。
もはやまともな戦いにはならない。撤退戦において、犠牲はからなず付きまとうのだ。
そしてそれはキースかもしれないし、ダグかもしれなかった。
「やるしかないさ」
ぼす、とキースはダグの革鎧を叩いた。
「来るぞォ!!」
仲間の一人が叫ぶ。
その声に視線を巡らせると、ワイバーンが大きく旋回しているところだった。この砦に入って何度も見た、狩りの旋回だ。
「―バリスタ!」
ワイバーンから目をはずさず、キースは鋭く叫んだ。
「まだだ! もうちょいかかる!」
「くそっ」
その返事に、キースとダグは走り出した。
さっさと槍を装填し、迎撃しなければならない。
ここを生き延びて、撤退だ。
無理なら無理で、どうにでもなれ。
そうキースが考えた時―
「キース! 俺だー! 今回も助太刀するぜー」
走り出したキースの視線の先に、かつて聞いた、神話に出てくる妖精のような可憐な少女が立っていた。
ただ、神話とは違い男のような口調で、さらに今は女の子を腕に抱いている。
「ヒ、ヒ……ヒカルか!?」
そのエルフの正体がわかり、キースは叫んだ。
「カミラはキースと一緒に下がってろ。―キース! お前もバリスタの準備しといてくれ」
ぽーん、と俺はカミラをキースに投げる。
「っちょ! っきゃぁあ!?」
悲鳴を上げて空を飛ぶカミラ。
「なっ、おい……君な」
俺の登場に慌てていたキースは、カミラが投げられたことにさらに驚き、剣を放り出してカミラを捕まえた。
「っておい! カミラじゃないか!?」
「ひ、久しぶり。キース……」
そんな再会のあいさつを交わす。
カミラ、そっぽ向いちゃって。
初々しいな!?
「君! こんな所にカミラを連れてきて、どういう了見だ!?」
カミラを抱えたまま、キースは叫んだ。
どういう了見?
それは、まあ、本人たちには言えない。
というかキース、こんな状態でそんなこと気にすなんて以外に余裕じゃん? それとも混乱しているだけ?
「うっさい。ほれ、退いてろよ」
しっしっ、と手を振り、俺はキースを追いやった。
「何を言っている!? 無茶だ! ワイバーンだぞ!!」
キースは吼えた。
「相変わらず、かたっ苦しいな。―ラルファスのときもそうだったろ。人を見た目で判断すんな」
投げやりに答えて、俺はキースに背を向ける。
何やらまだ言っているけれど、気にしない。
そんなことよりワイバーンだ。
へへ!
では! ワイバーン退治と行きますかー。
俺の視線の先で、ワイバーンが旋回を終え、ゆっくりとその姿が大きくなって―
いかなかった。
「ちっかぁ!?」
すでに目の前!?
俺の叫び声と同時に、ドン! という衝撃。
ワイバーンが弓櫓に取り付いた。
『GYYYyyyAAAaaa!』
ほとんど目の前と言っていいほどの距離でのワイバーンの咆哮。
ビリビリと肌を震わす大音響に、叩きつけられた熱い暴風に思わずふらつく。
やばい。
めっちゃ怖いんですけど。
こんなん、子供泣くぜ。マジでR18指定だろ。
「ヒカルっ!!」
背後から、カミラの叫び声が聞こえた。
「っと、わかってらい!」
その声に押し出されるように、一歩踏み出す。
ワイバーンの振り回した巨大な鉤爪をかいくぐり、さらに一歩前進。
やたら動きが遅く感じるその攻撃を避けながら、俺はどんどんワイバーンに肉薄していく。
まただ。
狭まった視界にワイバーンを納めながら、俺は思った。
ヘルバウンドと戦う直前の様な、その最中の様な。
あの時の、興奮!
ニヤつく顔を必死に顰めながら、俺は装備している手甲で拳を作った。
『朽ちゆく機工神の腕』
接近戦闘職の一種である『制圧者』が装備出来る武器の内、この手甲はトップクラスの攻撃力と強力な付加効果をおびている。
90レベルのパーティクエストのその最後。『エリュシオン』で朽ちていく機械仕掛けの旧神の、そのレアドロップ。
ワイバーン!
お前なんざこわかねぇ!!
「必殺の―物理パンチ!」
ドシン!
叫びながら突き出した拳は、ワイバーンの顔を捕らえた。
そして振りぬく。
俺の攻撃を受けたワイバーンは後ろ足で立ち上がってのけぞり、後方へと倒れこむ。
そのまま弓櫓の向こうへと落ちていった。