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12 ワイバーン2


「へえ、ああやって戦うのか」


 砦の弓櫓へと続くドアの陰に隠れながら、俺は外の様子をうかがう。

 外ではキースたちがワイバーンと戦っていた。


 基本的にワイバーンは飛翔しているようだ。

 その間、キースたちはバリスタに槍を込めたり、傷の手当てをしたりする。弓を持っている者は果敢にもワイバーンに放ったりもしていた。これは、ワイバーンにかわされるどころか届きもしない。

 そして、ワイバーンがキースたちを攻撃するために砦に突っ込み、弓櫓に取り付く。

 この時にバリスタが打ち出される。バリスタは強力だが装填に時間がかかり、連射が効かない。そのため、外さないようギリギリまで引きつけているのだろう。

 当然ワイバーンの注意がバリスタに向けられるが、キースたち剣を装備した冒険者がワイバーンに突っ込んで、バリスタへの攻撃を防いでいた。


「ずいぶん難易度高いな」


 思わず呟いた。


 ちょっと様子を見る限り、キースたちはかなり危うい戦いを強いられているらしい。


 ゲーム時代、ワイバーンと戦うのにこれほどの戦術で戦うことはなかった。

 一応、クエストやマップによってはバリスタが設置されていたりする。しかしそれはワイバーンと戦うためのギミックに用いるくらいで、戦闘になってしまえばほとんど使用しない。

 戦闘中、ワイバーンは基本的に低空飛行や空に滞空しているため、通常攻撃で攻撃することが出来た。また、ある程度ダメージを蓄積すると地面に落ちてきて、その間はフルボッコにすることもできる。このときプレーヤーが寄ってたかって攻撃すればバリスタよりもはるかに攻撃効率が良かった。


 まあ、レベルが高ければ力押しも通用すると言う、そういうモンスターなのだ。ワイバーンって。


「まだまだライフありそうだな」


 キースたちの戦いの最中、弓櫓に取り付くのを除いてワイバーンは一度も地面に落ちていない。つまりそこまでダメージが蓄積されていないようだ。

 プレーヤーである俺はワイバーンが地面に落ちた回数で大体の残りHPを予測できる。そのため今の状況がキースたちにとっていかに不利かを察することができた。


「レベルのせいか?」


 キースたちの立ち回りは見事で、致命傷を避けつつ、かなりの攻撃をワイバーンに当てている。それなのにワイバーンが落ちてこないと言うことは単純に一発あたりのダメージが小さいのだろう。


「さて」


 キースたちから視線を外し、俺のワンピースにしがみ付いているカミラを振り返った。


「どうする?」

「……」


 カミラは顔を真っ青にして黙りこんでいる。

 俺の服を力いっぱい握りしめることで震えを誤魔化しているような状態だ。


「帰る?」


 ふるふると力なくカミラは首を振った。

 まあ、ここまできて帰ると言うのも味気ない。一応訊いたのはカミラに気を使ってのことだ。


「じゃ、助太刀する?」


 俺がそう言うと、カミラの首振りが止まった。

 そのまま黙っていると、ドカーンと轟音が響き砦が鈍く揺れた。

 おお、ワイバーンがまた突っ込んできたっぽい。キースそろそろやばいんじゃない?

 のんびりそんなことを考える。 


「どうする? 俺はカミラにつきあうぞ」

「……」


 俺が言うと、カミラは静かに涙を流した。

 全く理由不明。カミラお得意の癇癪でもないようだし、どうしたんだろうか。


「ねえ、ヒカル。……あなた、怖くはないの?」


 怖い? なにが? 

 ワイバーンと戦うことだろうか。

 もしそうなら、ハッキリ言って俺は興奮している。カミラを放っておいて、今すぐキースたちと合流したいくらいに。

 だって、画面越しでしか見れなかったワイバーンが目の前にいるんだぜ!? 竜だぜ!? しかも、戦えるんだぜ!?

 これほど男の子心をくすぐる出来事もないだろう。


「ないない」


 なので、素直に答えた。


「私は……怖い」


 うつむいてカミラが言った。


「え!?」


 俺は驚いた。カミラが「素直に」、「怖い」なんて言うとは全く予想外だ。

 平時のカミラは素直じゃないし、怖いものなどなさそう。

 火のように怒るか、癇癪を起こすのは目に見えているので、こんなこと、口が裂けても言えないけれど。


「なによ……」

「いや、カミラって怖いものないと思ってた」


 言っちゃった。


「なによ……」


 カミラはぽろぽろと涙をこぼした。


「なによ、なによ、なによ! なんなの! ―ワイバーンとか、なんでこんなところにいるの!? なんでよ!!」


 カミラは泣きながら喚いた。

 おお、癇癪。

 やっぱりこうでなくちゃな。そんな儚げにされても、扱いにこまる。


「おーい、しっかりしろ。喚いても泣いても、ワイバーンは逃げちゃくれないぞ」

「知ってるわよ!―でも怖いの! 怖いんだもの!」


 あらら、口調こそ攻撃的だが、内容は結構弱い。

 カミラも女の子というわけか。


「キースは戦ってるぜ」

「それも、わかってるわよ! でも、助けたいのに……体が動かないのよ! 怖くて!」


 うーっ、うーっと唸りながらカミラは自身の足をぶった。


「腰、抜けたのか」


 よいしょと起こしてやる。


「ねえ! 私は一体、どうすればいいの!?」


 俺の腕のなかでカミラは叫ぶ。


 

 うーん。何をしたらいいか、か。

 難しい質問だ。

 キースを助けたい気持ちもあるけれど、怖くて動けない。死んでしまう危険がある以上、逃げるのが正解な気もするけれど、それだと納得できないのだろう。かといってキースも助けるために出ていけば死んでしまう。それは怖い。 ―だから、こうやって喚いている。

 

 結局は逃げるか戦うかの二択なんだけれど。


 うーむ。


 ムズかしいな。

 カミラの中で生き死にが懸っているだけに、軽はずみなことも言えないし。


 それに、対象は違うが、俺もいろいろ迷ってる。

 いきなり『エリュシオン』の世界に来たこととか。

 そんな俺がなにか言ってもいいものだろうか?


「ちょっと、わかんないな」

「私だってわかんないわよ!?」

「混乱してる混乱してる」


 カミラの肩をつかんで頭を揺すってやった。

 揺すりながら、俺は続ける。


 俺でも、アドバイスくらいならいいだろう。


「まあ、カミラについては人ごとだからってものある。―でも俺なら、こういうときは」

「ひ、ヒカルなら?」


 よし。混乱は収まったようだな。


「突っ込む」


「え?」

「困難っていうのは避けちゃいけない。ぶつかってナンボだ」

「し、死んじゃうかもしれないじゃない……」

「じゃ、知らん振りして逃げればいい。逆に言うと、たったそれだけで困難ってのは避けられるんだけれども―」


 俺はカミラを腕に抱いたまま、ドアから外を伺った。

 

 キースたちが、その仲間を減らしながら戦っている。


「ちびりそうになっても、突っ込まないといけない時っていうのはあるみたい」


 そう言うと、カミラは呆然と俺を見上げた。何かを言いたそうに口を開け、閉じる。ただその名残か、唇がわずかに揺れた。


 なんか、カミラに見上げられるのって不思議。不本意だが俺の方が背が低いので、いつも見下ろされている。

 カミラを腰抱きするなんていう今の状況じゃなきゃ、こんな発見なかっただろうな。


 そんなことを考えながら、俺は言葉を続けた。


「まあ、逃げるっていうのも、考え方によっては困難の一つかもしれないけど」


 考え方によっては。


 大学時代に暴力沙汰を起こし、家と大学から逃げ出した俺にはそれが良くわかる。

 毎日が自己憐憫と自己愛に満ち、自分の不幸に酔うためだけにどれだけ必死に苦悩したか。

 あの時は苦しかったけれど、振り返ってみるとくだらない言い訳を自分自身に言い聞かせていただけだった。


 そういうことがあったから、俺個人としては逃げることは言い訳することだと思っている。

 

 カミラが迷っていると言うのなら、出来れば逃げてほしくない。それはカミラが自分で自分を貶める行為だ、と思う。


 まあ。


 ちゃんと俺が守るからさ。


 勢いよく行こうぜ。



「というわけで、俺は行くぜ! カミラはここで震えてな!」


 俺は元気良くカミラを挑発する。


「なっ」


 カミラは小さく口を開けた後、


「私も行くわよ!」


 と叫んだ。


「無理すんな!」

「してない! 平気だし!」

「ちびってない?」

「ちっ……!?」


 カミラは慌ててスカートの辺りをローブの上から押えた。


「ちびってないから!! ほんとだから!!」


 顔を真っ赤にしてカミラは叫んだ。



 ああ! 

 ほんと、可愛いヤツめ。予想通りのリアクションをしてくれる。



「じゃ、行くか!! 心配すんな! 俺がついてる!」

 

「え―きゃ!?」


 カミラを抱き上げて俺はキースたちの元へと駆けだした。


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