11 ワイバーン1
『エリュシオン』において、もっとも有名なモンスターは『オルタ』と呼ばれるモンスターだ。
プレーヤーたちの間で『オルタクエスト』と呼ばれるクエストに登場するモンスターで、『エリュシオン』の最新バージョンアップが施された一年前から、驚くことにいまだに攻略されていない。その原因である公式チートモンスターだ。
そんな規格外のモンスターを例外とすると、竜種とひとくくりにされるドラゴンタイプのモンスターたちが有名で、そして最もプレーヤーたちに愛されていた。
機動性能が高い『翼竜種』、防御力の高い『鎧竜種』、トリッキーな動きとスキルを持った『希少種』、攻撃力と防御力が高いレベルでバランスの取れた『純粋種』、意味深な設定をもつ『古代種』、などなど。さまざまなドラゴンが存在する。
人気の理由はその『強さ』だろう。
ドラゴンはパーティークエスト用のモンスターなのだ。
ソロでもクエストは受注できるのだが、通常、ドラゴン討伐クエストはパーティーを組んで挑むことになる。力押しのソロプレイでは攻略することは難しく、パーティーでの火力とチームワーク、そして戦術が必要なのだ。
順当にレベル上げをしてきたプレーヤーが初見でどうやっても倒せないように設定されているのがドラゴンであり、このクエストをきっかけにパーティーを組んだというプレーヤーもいるはずだ。
ドラゴン討伐クエストは、通過儀礼、とも言えるかもしれない。
キャラクター越しでしか存在を確認できない「他人」との協力プレイ。
そんなオンラインゲームの「楽しさ」と、『エリュシオン』の奥深さを教えてくれるのが、ドラゴンの討伐クエストだった。
「あれれ。……ワイバーンじゃん」
キャンプ跡地を走り抜けて『北の谷』の奥へと進むと、空を飛ぶ大きな影を視界にとらえた。
目を凝らしてよく見てみると、フィール上ではお目にかかれないモンスター『ワイバーン』である。
「キースたちが戦ってんのか?」
俺は首をかしげた。
ワイバーンのレベル帯は50~60で、クエストの受注レベルもそれくらい。キースは推定30レベルなのでクエストは受注できないはずだ。
高レベルの冒険者のパーティーに参加しているのだろうか。
それとも、受注レベルによる制約を受けるのはプレーヤーだけなのか。
よくわからない。
「どうする? 行く?」
俺はカミラを振り返った。
まあ、ワイバーンくらいなら、カミラを守りながら戦える自信がある。スキルを使えない今、一人で倒すのは面倒くさいと思うけれど、生き残るくらいは問題なく出来そうだ。最悪、カミラを担いで逃げればいいのだから。
「……行きましょう」
顔を真っ青にして、悲壮な決意を浮かべた表情でカミラは言った。
「……なんなの? 無理なら止めてもいいんだぞ」
思わず引きとめる。
そんな表情をされてまで行きたくはない。
「いいえ――キースが、あそこにいるんだもの」
「……。それはもはや愛だな」
片想いのくせに。
いや、関係ないか。
「――愛……」
カミラは呟くと、瞳に涙をあふれさせた。
顔を手で覆い、わっと泣き崩れる。
「うぅぅー! キースぅ……」
「……どうしたの」
カミラのこういう振る舞いはいい加減慣れたので、俺はうんざりしながら訊いた。
「どうしたって……。キースがワイバーンと戦っているのよ!?」
「多分な」
「なら! もしかしたら――死んで、しまったかも」
「その前に逃げるだろ」
そのくらいの機転はききそうだ。
「うぅ、キース……」
俺の話も聞かず、ほろほろと涙を流し続けるカミラ。
「ああ! もう!」
俺は叫んだ。
「ほら、行くんだろ!? なら、さっさと行くぞ!」
うっとおしい!
何ともいえない嫉妬心と共に、そう思ってしまうのは、男ならしょうがないと思う。
▼
『北の谷』
その絶壁から離れた広い場所に、古びた砦があった。
主にモンスターからの防備が目的で設置されたものであり、『北の谷』に生息していた大多数のモンスターを討伐した今では、その機能をほとんど失っている。
かろうじて、飛行能力をもったモンスターを撃退するための兵器が設置されているだけだ。
その弓櫓で、キースたちはワイバーンと戦っていた。
「来るぞ! バリスタ死守しろ!」
剣を構えながらキースは叫ぶ。
あちこちがへこんでしまった鎧と刃こぼれした剣。致命傷こそ受けていないが、大小の傷は無数にあり、すでに満身創痍だ。
もういくらも立っていられないだろう。
キースの叫び声に応じて仲間たちも剣を構えたり、バリスタに取り付いたりしているが、彼らもキースと似たような状態であった。
ドン!
砦に体当たりする様にワイバーンがぶつかり、キースたちのいる弓櫓に取り付いた。
「バリスタ!」
キースが叫ぶと、攻城兵器が丸太のような槍を打ち出す。
『GYAAAAA!』
槍を受け、ワイバーンが叫んだ。
瞳を怒りに染め、バリスタの方へと視線を向ける。
「早く次を装填しろ! ―それまで近寄らせるな!」
仲間たちを叱咤し、キースはワイバーンへと駆けた。
そもそも、キースたちは近隣まで馬車を護衛した帰りに、ついでのように『北の谷』に立ち寄った。
おもな目的は素材集めと最近問題視されはじめた流入モンスターたちの討伐。
ワイバーンと戦うには、まるで装備が整っていない。
まるで、と言うならワイバーンがここに現れたのも唐突過ぎた。
ワイバーンは『翼竜種』という竜種の一種で、王国では災害指定されているモンスターだ。
狂暴で獰猛。さらに飛行能力まで有しているワイバーンはまさに災害と言ってもいい被害をもたらす。
ひとたび暴れれば、対策を施していない都市など一晩で壊滅してしまうだろう。
そのワイバーンに突然、襲われた。
恐るべき初撃を何とか生き延び、キースは仲間をまとめて『北の谷』の砦にかけんだ。
そしてこれからのことを話し合った。
ワイバーンはもし討伐するとなれば王国軍が動くほどのモンスターであり、本来であればキースたち少数の冒険者が挑むようなモンスターではない。
逃げ込んだ砦にも大した武器はなく、ここで戦うのは絶望的だった。
しかし、逃げるわけには行かない。
『北の谷』の後方にはシルケスの町がある。
それなりの防備が施されているとはいえ、いきなりワイバーンに襲われればかなりの被害を受けるだろう。
何百人という人間が死んでしまうかもしれない。
それは避けなければならない。
キースが言うと、仲間たちも同意した。
キースは仲間たちを分け、キースを含む5人が砦でワイバーンを引きつけ、2人がシルケスへワイバーンの出現を知らせることになった。
至る、現在。
仲間はシルケスに到着しただろうか、とキースは思う。
仲間の報告でシルケスは防御態勢を整えるだろう。そうなれば、もしワイバーンに襲われたとしても、その被害は少なくてすむはずだ。
だがそれは、キースらが生き残ることにはつながらない。
いくら防備を整えたと言っても、キースたちがわざわざ、ワイバーンを連れて町に逃げるわけにはいかないからだ。
つまりキースらが生き残るには、討伐は不可能だろうが、なんとかここでワイバーンを撃退しなければならない。
だが、それは絶望的だ。
三機備えられていたバリスタのうち、二機はワイバーンの攻撃によって大破し、残る一基も何とか槍を打ち出している状態だ。ワイバーンの攻撃を受けるまでもなく、あと何度かワイバーンが歩哨に取り付けば、その着地の衝撃だけで壊れてしまうだろう。
そうなれば決定打を失ったキースたちは敗北しかない。
そしてそんな未来はすぐそこまで迫りつつある。
逃げるわけにはいかず、勝つことはあり得ない。
キースたちは活路を開けないままワイバーンに挑まなければならない。
――それでも、戦うしか、ないんだ。
咆哮し、さらに勢いをましてキースたちを攻めるワイバーン。
その攻撃を必死に避けながら、キースは悲痛な決意を抱いた。
ここから、ちょっと長編入ります。
主人公のチート戦闘です。