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9 出発

 

 そもそもの始まりは、俺が思わず言ってしまった出まかせだ。


 そうである以上、誤解を解くなり、カミラとキースをくっつけるなりするしかない。

 

 まあ、そろそろポートアークとサヨナラしようとしていたところだったので、知らないふりをしてしまうことも出来た。

 しかし、知らないふりをするには宿の人達に親愛の情を抱きすぎたし、その好意を持っている以上、俺の出まかせ云々を置いておいてもカミラの恋は成就してほしい。

 

 ということでお節介を焼くことにした。


 とはいえ、肝心のキースがポートアークに来ない。 


 しょうがないのでこちらから出向く。

 ちょうどカミラも休暇が終わる頃なので、王都に戻る予定を早めてもらい、一緒にシルケスまでぶらぶら旅行しようと誘った。キースのことが気になるカミラは一旦は断って見せたが割と簡単に了承し、諸処の準備を終え、今日出発である。




 ▼




「ねえ、ヒカル」


 長いマントに身を包んだカミラは、俺のあとを歩きながら話しかけてきた。

 何とか制服を装備させることに成功したが、カミラは人目が気になるらしい。宿を出てからこっち、ずっとマントを着っぱなしだ。最悪、キースの前でさえ恥ずかしがってマントを脱がないかもしれない。何のために着てるんだか。


「馬車の発着場は広場なんだけれど。まさか、歩き、とか言うんじゃないわよね?」


 カミラは俺が広場とは反対方向、つまり町の外へ直接向かっていることに気がついたのだろう。胡乱気に言った。


「ふっふー。いいもんがある。馬車でゆっくり行くのもいいけど、時間がもったいないからな」

「え?」


 カミラは首をかしげた。

 俺は答えず、ニコニコと笑ったまま歩き続ける。


 やがて、ポートアークの町を囲む巨壁の外に出た。 


「カミラって、馬に乗れる?」

「え? まあ、一応……」


 すげえ。リアルで乗馬経験にある人に初めて会った。いいとこのお嬢様なんだろうか。

 いや、宿屋の娘だった。


「それが、なに?」

「ままま。見てろって」


 言って、ポケットから笛を取り出す。細やかな装飾が施された銀色の笛だ。


「なにそれ?」

魔法の布袋ケット・シーの中にあったやつ」


 うわ、とカミラは後ずさった。

 あの一件があっただけに、警戒しているらしい。

 その様子に苦笑しながら、俺は笛を吹いた。


「ちょっと、大丈夫なんでしょうね?」

「平気平気。こないだ試したし」


 カラカラと笑いながら答える。カミラはなおも疑わしげであったが、実際になにも起きないようだと思ったのか、隣に寄ってきた。


「笛? 綺麗ね」

「うん」


 俺はきょろきょろと周囲に視線を向けた。


「あ、来た」

「うん?」


 なにが? と首をかしげたカミラに、俺は一点を指して見せた。


「……。な、なに? あれ」

「ユニコーン」


 先ほどの笛は、移動用にユニコーンを呼び出すためのものだ。ゲーム時代、プレーヤーは様々な場所にクエストや素材アイテム回収のために出向いていたわけだが、マップは広い。遠方に出かけるときには、移動用アイテムは必須だった。

 移動用のアイテムは普通に店で購入できたが、クエストでもいくつか手に入る。

 ユニコーンもそれの一種で、購入可能な移動用の馬をある数揃えると発生するクエストで入手したモノだ。

 ちなみに。購入できる馬はプレーヤーのレベルが上がると増えていき、その性能も上がっていく。ユニコーン入手クエストは80レベルのクエストであり、入手するまでそれなりの金額と手間を要した。そのためかユニコーンは馬系統の移動アイテムのなかで最速を誇り、さらには『騎乗時体力回復』という優秀な効果まで備えていた。


「……そんな」


 カミラはなぜか絶句し、ユニコーンを凝視する。

 やがて、ユニコーンが俺たちの傍までやってきた。


「おー、よしゃよしゃよしゃ……」


 わしゃわしゃとユニコーンの首を撫でる。ユニコーンはうれしそうに首を振ってこたえた。

 おお。かしこい。

 ユニコーンを撫でながら、今度は黒い笛を鳴らす。


 すぐに黒い馬がやって来た。


 90レベルで購入できる馬で、ユニコーン程ではないが、かなりの速度で長距離を駆けることが出来る。

 ユニコーンの横に並んだ黒馬を撫で、俺はカミラを振り返った。


「カミラ、どっちに乗りたい? 」


 俺は乗馬素人なので、どちらに乗っても大して変わらないだろう。なので、カミラに好きな方を選ばせ、俺はもう一頭の方に乗るつもりだ。


「の、乗るの!?」


 俺の言葉に、カミラは驚いたようだった。


「当たり前じゃん。馬車よりずっと早いぜ――多分」

「ちょ、ちょっと待って……」


 カミラは手をぶんぶんと振った。


「ゆ、ユニコーンって……本物?」

「? じゃ、ないかな。俺はそうだと思うけど」


 ユニコーン入手クエストの成功報酬だし。

 偽物なんているのか? ダイアホースの亜種?


「ね、ヒカル? あなた……ただの冒険者よね? エルフの」


 と、なぜか疑惑の目を向けてカミラは聞いてきた。


「え? まあ、そうだな」

「ユニコーンなんて……個人で所有している人なんて聞いたことないんだけれど。王国にも、第二王女殿下を守護するユニコーンが一頭いるだけで、それにしたって、王家の所有物ってわけじゃない。――王族以外には一生目にすることが出来ないような、物凄く貴重な生き物なのよ?」

「……」


 またそんな。変な設定が追加されてるわけね。

 意味がわからん。ユニコーンなんて高レベルのプレーヤーならだれでも持ってるただの馬だ。珍しくもなんともないわ。


「あっそう。じゃ、カミラはユニコーンに乗ったら? いい機会じゃん」


 ホレ、と背負っていた鞍を渡した。


「の、乗れるわけないでしょ! 王族しか触っちゃだめなの!」

「気にするな。乗れって」

「いい! いいから!」


 絶対いやだ、と言う風にカミラは手を大きく振った。


「なんだと!」


 カミラの態度に、俺は思わず絶望の声を上げてしまう。

 実は、カミラがユニコーンに乗るとこを期待していたのだ。


 あ、ちなみに。言うのを忘れてたけど。


 カミラは金髪碧眼の美少女です。


 言うのおそっ。

 

 まあ、そんなわけで。俺はそんな美少女が純白のユニコーンに乗っているとか、絵になるんじゃね? と、事前に笛の機能を確認したり鞍を用意したりして、楽しみにしていたのだった。


「乗れ! なんのために呼んだと思ってるんだ」

「ユニコーンに乗るのなんて、不敬だもの! 乗れない!」

「乗れって! 」

「ほんと、いいから!」


 半狂乱と言っていいほど、カミラは取り乱し、拒否した。

 ちっ。

 なんかそういう態度をとられると、無理やりにでも乗せたくなる。

 これは俺の人格に問題があるんじゃなくて、カミラがそういう星の元に生まれたせいだろう。


「不敬って――おいおい、ユニコーン。おまえ、いつの間にそんなに出世したの?」


 俺は攻め手を変えてみた。ユニコーンを敬っているのなら、それはそれでやりようがある。

 幸い、ユニコーンは知性が高いという設定だ。実際に呼び出してみてわかったのだが、俺たちのやり取りを理解している様なフシがある。

 通じるかわからないが、俺はカミラに隠れてしきりにアイコンタクトを送った。

 ユニコーンは黒い真珠のような目で俺をじっと見ている。


 ……そんな目で見んな。


「此方のお嬢さん。すっかり恐縮しているみたいなんだけど」


 俺が言うと、その予想通り、ユニコーンはカミラの方へと寄って行った。

 首をカミラに寄せ、低く嘶く。


「え……?」


 カミラは目を丸くして驚いた。


「おお、カミラのことを気にいったみたいだな」

「え? ええ!?」

「お前もカミラを背中に乗せたいよなー?」


 ぶるる……


 ユニコーンはまるでカミラに頭を下げるように、何度か首を振った。


「えええ!?」

「本人がいいて言ってんだ。素直に乗っとけ!」


 尻をこすり付けるようにして乗れ!


「えええぇぇぇぇ……いえ、あの――でも」


 なぜかカミラは俺ではなくユニコーンにおずおずと話しかけた。


「あの、えっと――。本当に、乗せてもらってもいいかしら……?」


 おそるおそる、そう口にする。

 ユニコーンはだまってカミラを見つめている。


「……」


 やがて、カミラはユニコーンへと手を伸ばした。

 最初は指で触れるように。

 ユニコーンが拒否しないとわかると、今度は掌でやさしく撫でる。

 カミラに何度か撫でてもらうと、ユニコーンはまた、カミラへと体を寄せた。


「わぁ……」


 ユニコーンのその様子に、カミラはうっとりと感嘆の声を上げた。




「……」




 なんだか二人の世界って感じだ。

 俺は隣にいる黒馬を振り返った。


「なんか、忘れられてるっぽいな、俺ら」


 ぶるる、と黒馬は嘶いた。


9/12 ―記号訂正

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