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()な灰被り  作者: よづは
7/20

7:心の痛みと垣間見た本質



 家に帰ったのは日が半分ほど沈んでからだった。

 街は紅く、昼ごろから張り込んでいた元彼女たちも家へと帰っている。そんな中、私は玄関で待ち構えていたアル義兄さんを引き連れてキッチンに入った。

「シンデレラ。街のハイエナが、「レイン・ライナー様へ」って…。これ、シンデレラの買い物だろ?」

 キッチンに入って小麦粉を棚に収めた後、野菜と肉を取りに戻るのを忘れてしまったと落胆している時にアル義兄さんがさし出したのは正しく始めに買っていた品物たち。嗚呼、激安の肉におまけの多い野菜たちよ。

 どうやら気を使った元彼女が届けてくれたらしい。

(それにしても…)

 どうしてアル義兄さんの言葉には句点が多いのだろう…? 普通に続けてしまえばいいのに一々区切るから元彼女も会話しがたかったらしい。

 そんなどうでもいい事を考えながら、アル義兄さんに今日買ってきたものを片付けるように言って部屋へ服を着替えに行った。


 私の部屋は屋根裏部屋だ。でもそんなに悪いものではない。掃除は完璧なのでかなり清潔で、更には屋根裏と言う事は普通の部屋よりも面積は広い。窓は天井の一部と側面に一つずつあるため日当たり良好。更には太陽や月の光だけで十分明るいのでわざわざランプなどをつける必要が無い。

(昔から此処が私の部屋でしたしね…)

 父から与えられたこの部屋には少々秘密が多い。備え付けのクローゼットには秘密の引き出しがあって父の趣味の【おもちゃ】が綺麗に並んでいる。

 私の服も父が成長に合わせて前もって作って置いておいたものだ。今着ている服は私が幼い時に計算して作ったらしく多少小さいところがあるが問題なく着れている。


 …初めて私が男装をしたのは、父の仕事についていった時だった。

 父の仕事はとても凄い仕事らしく城に堂々と入り、更には当時、今は先代である姫様と直接話をしていた。その時にために叩き込まれた礼儀作法は全て男がするものだったらしいが、初めて知ったのはその時だった。

 それから何度も仕事を付き添った。その度に目にすることが出来る姫様はとても美しく、言い表せないほどの感情を私に抱かせた。

 そしてその時、私は【姫】が継ぐ国王の証である【瞳】を知った。父は、その瞳にも詳しくその瞳の能力が効かなかった。



「…どうして、置いていったの…?」



 もとより、変わった人だった。私に変態プレイを要求しその度に母さんにとび蹴りを食らわされていた。結局は変態じみた事を私にさせた。でも、それでも父さんはそれを理由に出て行くような人じゃない。変態な父さんは確かに変態で失踪してもおかしくは無いけれど、でも父さんは確かに誠実で優しい人だった。

 私と、母さんを愛してくれていたのに……。


「父さん…、どうして?」

 着替えを抱きしえたまま、クローゼットの秘密の引き出しを見詰める。先程あけたままで怪しい【おもちゃ】が見えている。そしてそれが反って父さんを思い出し、涙が込み上げてくる。

 唯只無心でそれを見詰めているうちに、奇妙な事に気が付いた。

 綺麗に納められた【おもちゃ】の間の空間。その一箇所が完全な正方形を作っている。

(まさか…)

 そこを指でなぞる。中身を傷つけないように張ってある布の下に、その正方形の型に沿って何かがあった。

 私はその布を破り、確かめる。そこには革張りの小箱があった。開けてみるとメッセージカードと小さな小さな……、


バキッ!


「「痛っ!!!」」

 盛大に扉の壊れる音がして、部屋に何故か灰髪と金髪の男二人が絡み合ってなだれ込んできた。

 お互いにお互いを抱きしめて部屋の床に倒れこんでいる。明らかに、この状態で扉の外で立っていたようだ。

「……」

「「………」」

 二人は下からこちらを見ている。そして、何処か気まずそうにしている。別に、私自身は着替える前だったので男装したまま、着替えを抱えている格好だ。

「……」

「「…」」



「…人の部屋の前で逢引ですか?」


「…あ、」

「違う、けど、近い。」

 お互いにようやく出た言葉がそれだった。だって、人の部屋の前で抱き合ってたらこの二人ならその線を疑うべきだろう。フェア義兄さんは何を言って良いのか解らなかったようで口を開けたりして困っている。

「じゃあ何です?」

 そんなフェア義兄さんを放っておいてアル義兄さんに話しかける。アル義兄さんは戸惑うフェア義兄さんを見て、口を開いた。

「シンデレラが、帰って来たのを知った兄さんが、「じゃあ着替えを覗こう!」なんて言ったので、止めているうちに、扉が。」

「いや! まて、アルだって「一枚ずつ外される服がまた魅力的だと思う」なんて珍しく饒舌でノリノリだったじゃないか!」

 ……結局。


「覗きにきたというわけですかあ?」

 込み上げかけた涙さえ奥のほうから吹き飛んだ。扉の前でどちらが覗くかで争って組み合っているうちに扉が壊れたと言うわけらしい。

 本当に、下らない。

 拳を握り締めて肩まで振り上げた後、二人のその綺麗な顔のど真中に全力で振り下ろそうとした時、フェア義兄さんが手を突き出し、制止した。

「ま、まって、シンデレラちゃん! 扉の前に付いた時にはもう覗く気なんて無かったんだよ!」

 珍しいその言葉に、私は動きを止める。どういうことかと、向き直って二人を見据えるとアル義兄さんがフェア義兄さんの額をひっぱたいてる。


「こんな時はあえて鉄拳を受けて誤魔化すところだろう。何でそこ言うんだ。」

 饒舌。本当に珍しい。どうやら二人には覗こうとした事実以外にもう一つ誤魔化したかった事があったようだ。私は首をかしげる。

「…何? それって。」

 しゃがみ込んで、乱れたアル義兄さんの前髪を掻き分ける。少し迷ったように目線を泳がせるがまだ抱き合ったままなので逃げる事も出来ない。

 そして観念したように溜息をつきアル義兄さんが私を仰ぎ見る。


「泣いてただろ? シンデレラ。」

 予想だにしない言葉に私は息を詰まらせた。私は決して泣いて何か無かった、泣きかけてはいたが決して泣いてはいなかった。だが、アル義兄さんは迷いも何も無く私に泣いていたと言う。いつものふざけた様子は何処にも無い。


「お父さんの事を思い出して、泣いてただろう。」

「え…、」

 「そんな事無い」そう言いたかったのに、それすらも言葉に出来なかった。フェア義兄さんのほうは、心配そうな顔で私を見ている。


「シンデレラちゃん。シンデレラちゃんは、お父さんが大好きだったんでしょ? どうして、何時も隠そうとするの?」

 変態、馬鹿、そんな言葉ばかり居ない父に向かっていっていた。そうでもしないと、答えの無い疑問と寂しさに押しつぶされてしまいそうだった。父さんは確かに立派な人だった。

「あの義母さんの様子を見れば直ぐに解る。愛してなかったら嗚呼は成らないし、諦めていてもあんなに絶望しなかった。…解るんだよ、シンデレラ。」

 母さんはあんな父さんでも愛していた。父さんの変態ッぷりは冗談でもあったし、父さんの本当の趣味でもあった。だからこそ、母さんはとび蹴りを父さんに食らわせたし、何度そんな事をしても微笑っていた。でも、いきなり居なくなって、残した言葉が『もう、ロマンは人には理解されない!』なんて、ふざけた内容だった。

 もう少しだけでも、理由を言ってくれれば良かったのに。


「別に、僕たちには弱いところを見せていいんだよ。どうせ馬鹿だから直ぐに忘れちゃうんだから。」

 そっと、二人で私の頭を撫でる。その姿は普段の二人とはまるで違っていて、世話の焼ける馬鹿な義兄さんではなかった。妹を心配してる本当の兄のようで、何故かとても泣きそうになった。


「……どうして義兄さんたちは本当の恋人を作らないのかなぁ…」

 何故か不思議でならなかった。こんなにも優しく人を思うことが出来るのに二人はちゃんと女の人と付き合わない。それがとても残念でもあるし、とても嬉しくもあった。

 元恋人と一緒に居る時は絶対に見せない優しい二人を、私が独り占めしているということが、とても。


「……なんだろ、シンデレラみたいにウザがられそうだから?」

「何か、皆紳士的な僕たちのほうを好きみたいだから…。」

 兄さんたちはようやく起き上がりながら、そう言った。

 真実、この二人は外面が紳士的で、それに惚れ込んで居る人が多い。でも、こんな間抜けな二人が一時もボロを出さないわけが無い。


「知ってる? この手袋を作った職人姉妹。気が強いけど結構優しいって。」

 恐らくこの二人は商人の二人には手を出していないだろう。若くしてひとり立ちした仕立て屋の姉妹。二人は気が強く、ほぼ仕事一筋なところがあって口説きに言った兄さんたちを店からたたき出したことがある。

「…あまり話したことが無い。」

 何処か考え込むアル義兄さんに、泣きつくようにフェア義兄さんがいった。

「だってシンデレラちゃんのプレゼント頼む時だって、すんごく素っ気無かったから…」

 二人はとても腕がよく、私の手袋や兄さんたちの服は皆彼女達が作っていた。

 とても笑えて来た。二人が見破れなかった彼女達の「本当」を私が知っているのが誇らしく、楽しかったのだ。


「二人は【女タラシ】でだらしない人が嫌いなだけだよ。私にするように、気楽に話しかけて見ればいい。きっと、きつく言いながらも優しくしてくれるから。」

 そう、二人は義兄さん達が好きだ。でも、【女タラシ】と言う事実が彼女達を正直にさせなかったのだ。直ぐ側で笑って会話すると言うそんな事すらも出来なかった。

 きっと、二人の本性を知れば彼女達は世話を焼かずには居られないだろう。例え照れくさくとも、世話焼きな性格が自然に表に出て、それに反感を持った元彼女すらも跳ね返す気の強さを発揮する。そんな未来を想像してしまった。


(…きっと、仲の良い恋人に慣れると思うのに…)

 義兄さんたちは首を傾げて本気で悩んでいる。大方そんなところ、見逃すはずが無いと思っているのだろう。

 その様子が更におかしく思えて、少し落ち込みかけていた感情がまた上へと上がる。


(まあ、いいか。)

 もう、義兄さん達は存分に悩んでしまえ。私が苦労した分、このことで真剣に悩んで見れば良い。


 私はいつもの調子に戻った事を自覚し、未だ悩む二人を部屋から押し出す。

「と言うわけで出てってください。」

 何処か不満そうな声を出すが、この調子で覗かれても嬉しくない。私は二人を部屋から出すと、扉につっかえ棒をして更に布を張った。


「コレじゃ見えないじゃん。」

「…残念。」

 二人もすっかり元に戻っている。もう少しばかり悩んだまま大人しくして欲しかったのだが…。

「当たり前です。」

 さっさとフェア義兄さんに借りた服を脱いでベッドに置いて、抱えていた服を着る。

 少し茶色身の帯びた紅いドレス。決して豪勢とはいえないが地味ながらも質のよい生地を使用しており、背中一列に磨きボタン。決して活動の邪魔はせず、更にはエプロンはこのドレス専用のきっちりとフィットしたもの。

 父さんの計算はほぼ完璧だった。唯誤算は予想以上に伸びた身長と付いた筋肉だった。胸元は少々余裕がある。もとよりその程度で設計されていたようだが、微妙に余っていると少し邪魔だ。髪の毛を肩にかけ、ボタンを一つずつ留める。

 このボタンは父さんのこだわりだった。変態癖が発動し、留め難いボタンにしたのだ。その為幼い私は何時も父さんにボタンを止めてもらった。でも、父さんが居なくなる暫く前から自分で留められるようになっていた。コツは居るが案外できるものだ。


「よし。」

 エプロンのリボンを結び、髪の毛を束ねていた結び紐を変える。銀で作られた髪留め、よく伸びるので髪の毛を一つに束ねる事が出来る。コレもまた、父さんのプレゼントだった。

 私はフェア義兄さんの服を丁寧に畳むとそれを抱えて扉を開ける。


ドサッ、

「「……」」

 やはりと言うのか、扉を開けると中の音を聞き取ろうと扉に耳を当てていた二人が倒れこんできた。

「……」

「「…てへ。」」

 何が「てへ。」だ。などと思いながらフェア義兄さんの胸に服を乗せ、義兄さん達に笑顔を向ける。それが意外だったのか驚いたような顔を見せるが。


ガスッ!

 フェア義兄さんの額を思いっきり蹴り飛ばす。仲良く横に並んでいたのでフェア義兄さんの額を蹴ればその後ろに顔のあるアル義兄さんの顔面にフェア義兄さんの後頭部がぶつかる事になる。

「扉、明日のうちに直してくださいね。」

 暫く痛みにのた打ち回った二人を飛び越えて、二階の母さんの部屋を覗く。

 誰かが気を利かせてランプをつけておいたのだろう。部屋からはランプの暖かな明かりが漏れる。外は藍色と紅の入り混じり、暗くなっている。



 机とクローゼット、それとベッドだけの部屋。机には私が用意した湯の張った洗面器と日記、そしてランプしかない上に、クローゼットには殆ど中身が入っていない。外に出る気の無い母さんにはもう、服は殆ど必要ない。…父さんが母さんに買ったドレスは全て母さんが暖炉にくべてしまった。

 私は燃え残った灰を掻き集め、瓶の中に詰め込んだ。そして今でも私の机の中にその瓶はある。灰を母さんの前で掻き集めて暖炉に身体を入れ、灰塗れになった私を母さんは【灰被り(シンデレラ)】と呼んだ。

 それ以降、私は【 灰被り(シンデレラ)】と呼ばれている。義兄さんは、唯私が本名を呼ばれるのを嫌がるから私を【灰被り】と呼んでいるのだ。


 母さんはまだベッドで寝ている。昼ごろからずっとそのままだったらしい。私は静かに扉を閉めようとした。

「……誰?」

 だが、まだ微かな隙間が残った状態で母さんが目を覚ました。扉を開けたとき既に目が覚めていたのだろうか、私の顔は認識できなかったらしい。

 私は久しぶりに聞いた静かな母さんの言葉に緊張した。何時もヒステリックな声しか私にはかけなかった。だからこそ、この声は本当に何年ぶりでどう答えて良いのか解らない。

「……」

 沈黙が走る。母さんが扉を見ているのが解る。…このまま扉を閉めてしまえばいいのだが、この扉を閉めれば何故か不味いと思った。

 扉の微かな隙間からは部屋の細い明かりが漏れている。それが手にかかっていて下手に動く事が出来ず、ただそっとドアノブを撫でる。

「…ルイ…?」

 手が微かに震えた。その名前は…、もう何年も聞いていなかった。


「ルイなの? 今まで何処に居たの? 心配したじゃない。」

(嗚呼…)

 【母さん】だ。

 決して、【奥様】や【紅の姫君】でもない。本当の、母さんだ。


「まさか貴方までレインみたいに居なくなるんじゃないかと思って心配したじゃない。」

 ルイ、レイン、それは私の名前でもあるし父の名前でもある。

 ルイは私の本名、父さんと母さんが与えてくれた大切な名前。レインは私の偽名で、…父さんの名前だった。

「ねえ、ルイ。こっちにいらっしゃい。顔を見せて欲しいわ。」

 …出て行くわけにはいけない。私は、父さんにそっくりなのだ。きっと此処で顔を出せば母さんは私を父さんと思って、またいつもの調子で叫びだす。

 それは衰弱した母さんの身体にも悪く、また、 私が(・・)泣き崩れてしまう。

 こんな時ぐらい、自分の事を考えないことはないのだろうか。あまりにも愚かしくて笑えてしまう。結局は今出て行くのが怖いのは私が母さんに嫌われるのが怖いからなのだ。ヒステリックに叫ばれ、物を投げつけられるのが…。


「…来てくれないの? ルイ。あなたもレインみたいに、置いていくの…?」

 今にも泣き崩れそうな声に、胸が痛んだ。どうすれば良いのかわからない。顔見せて欲しいという、母さん。でも私の顔は父さんとの違いが無くて、唯一違うのは髪の色だけ。

 何から何まで父さんに似ているから母さんは私を父さんと思う。


(それなら、)



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