4:路地裏の交遊
「………」
「……………。」
「…は?」
あっ、やっぱり気付かれていないつもりだったんだ。やはりと言うか世間知らずな姫様に思わず笑みを漏らした。
「ちょっと、何笑ってるのよ…!」
…別に、理由なんて…。真偽を確かめる為にそう聞いたのに、隠しているつもりの癖に誤魔化すこともせず(もしくは誤魔化そうとしていたつもり)明らかに驚いたというか『どうしてわかったのこの方は――!』みたいな顔をしていたものだから。
「…その麗しい容姿に、人を惑わせる黒髪。そして―――。」
その髪の下に隠れた瞳を見るために姫様の髪に触れる。
「その、気高い真紅の瞳を見たなら。解る人間には解るよ。」
姫様は髪に触れる私の手を振り払うとそっぽを向いてしまった。
(…気高いというより、御転婆かな。)
この様子なら恐らく顔が赤くなっているのを隠したいのだろう。そっと、覗き込むように顔を向けると開き直ったのか真っ向から顔を向けてきた。
「それに、先程【姫様】と呼んだのだけれど……。気付かなかったようだね?」
慌てて口を塞ぐ姫様。とっくに手遅れなのだけれど何かしたい性質の様だ。その行動が自分が【姫】であると認めているものだという事にも気付いていないけれど…。
ふと、姫様の足元を見る。足首が真っ赤になっていることに気が付いた。きっとこんなにも歩いた事などなかったのだろう。
しゃがみ込み、姫様の足に触れようとした。が、
「なっ、! 何しようとしているの!」
やっぱりと言うのか、姫様が顔を真っ赤に染めて足を抱えてしまった。うん、やっぱり? まだまだこういう事をするには許しが必要みたいだ。
思わず笑って姫様に弁解する。
「ははっ、そうじゃないから。その足首、捻ったの? 赤くなってる。」
私が足首を指すとようやく気付いたのか姫様は少し痛そうな顔をした。
「…足、出して…?」
出し渋る姫様を促そうと声をかけると姫様は躊躇いがちに白く艶やかな足を差し出してくれる。
(ガードが甘いのか単純なのか…)
何ともいえないが、兎も角。手ぬぐいを互い違いに破き、即席の包帯が完成ー! これを交互に撒きつけて、と…。
「そういえば、どうして城下なんかに来たの?」
包帯を巻き終え姫様を見上げて問いかけた言葉。その言葉に何故か姫様は不安そうに身体を振るわせた。
(…姫様?)
確か今はお触れにあったように舞踏会の準備で忙しいはずだ。会場の準備をするわけではないが、ダンスや礼儀作法をもう一度練習しておかなければならない。姫様はまだ、……お若いから。
何処か怪しむような不安そうな表情で私を見ていた姫様は少し、誤魔化すように口を開いた。
「…貴方は、『御触れ』の事…。どう思っているの…? その、…レイファーネル兄弟って言う最悪の女タラシは舞踏会で私を狙ってるって聞いたけど…」
貴方は? そうかけられた言葉は別に、戸惑う必要のないものだった。だから、特に悩みもせずに返答をする。
「下らない。」
「え…?」
立ち上がり、瞳を覗き込むようにしていった言葉を姫様は瞳を揺らす事で答えた。
「義兄さ、レイファーネル兄弟は女性が自分に落ちるまでを楽しみに女性と付き合うんだ。その理由を聞いた人間は殆どいない。聞かないのは『女タラシだから』と決め付けているからだ。確かに私もとっかえひっかえ、女性と付き合うのは賛成しない。それでも、正確にはあの人たちが楽しんでいるのは、お互いを知ろうとするその時間。」
ゆっくりと、姫様の隣へ腰を下ろす。何を言いたいのかが解らない為、何を言いたいのかを見極めるように私を見つめる姫様の瞳は、真っ直ぐと美しかった。
「自分を知って欲しいとアピールする姿、レイファーネル兄弟を知ろうとするその姿がとても愛しいと、あの人たちは言っていたんだ。知っているのが当たり前。知らないのがおかしいと言うように完全に落ちてしまった人には、興味がない。人にとっての『普通』、レイファーネル兄弟にとっての『普通』は、空気みたいなものなんだ。自分の存在が、無くなってしまったようなものだから、彼らは女性が落ちるまでを求めるんだ。」
私の言葉の中の何処に答えがあるのかが解らなかったように、姫様は私を未だ見詰めている。
「つまりは、あんな『町中に元彼女が大勢いるというか義妹を除いてほぼ全員がそうな状況を作り出す変態女タラシ兄弟』ですら知っている事を、どうしてしようとしないのか。たった数日の舞踏会で行き当たりバッタリな相手を夫にしてしまって、それで良いはずがないだろう。相手を知ってから、結婚へと進むべきだと、私は思う。」
あまりにも長い言葉をほぼ一息で喋ってしまった為に、ついていけないのか。「なが…」という言葉を一つ零して何も言わなくなってしまった。
「……すまない。もう少し、解りやすく言おうか…?」
少々不安を覚えて声をかけてみるが姫様は首を振っているだけ。
どうしたものかと頬を掻いていると姫様は我慢できなくなったかのように笑い出した。
「あはははっ! 『結婚は相手を知ってからするべき』って言葉、あんなに長い言葉で言う人始めて見たわっ! はははっ!!」
予想外の大笑だった。私は恥ずかしくなり、思わず顔を片手で覆う。それでも姫様は顔を上げず、笑っている。ほんの少し、腹がたった。
「ちょっと違う。『愛する事は知ることと同じ』というのも付け足して欲しいね。」
顔を背けて少し素っ気無く言った。言ってから気付いたが予想外に嫌な感じの声が出た。
息が荒くなりながらも笑っていたお姫様は私の言葉の調子の違いに気付いたのか直ぐに笑うのをやめた。そして何処か迷ったように首を伸ばし、私の顔を覗き込もうとする。
「…あ、……」
何処か迷っているように口を閉じたり開いたりしては、視線を迷わせる。今までこんな事などなかったから、不安なのだろう。
「……何?」
少しその様子が可愛らしくて暫く遊んでみる。
姫様は包帯の巻いた足首を見詰めながらその足を揺らしている。
「……、え…」
何か言おうとしているが何を言って良いのか解らず、唯言葉にならない声を漏らしているだけだった。