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()な灰被り  作者: よづは
18/20

18:月明かりの対峙



 「待って、」

 静かな声が、バルコニーの端に立つ影に届く。その影を見詰める美しい女性は、何処か乞うようにその影に声をかける。


「貴方は――、」

 しかし、その先の言葉は出ず、暗闇の舞踏会を背に女性は立ち尽くすだけだった。

 月がそっと顔を覗かせ、闇に包まれていたバルコニーを照らし出す。そこはまるで二人のために用意された場所のように何処か、幻想だった。

 影もまた月に照らし出され、細身の男性の姿を女性の前に現していた。男は何処か焦がれるように自分を見る彼女に、気付いてはいるようだった。だが、決して話し掛けようとはしなかった。

 舞踏会場から微かに聞こえる喧騒すらも此処には必要なく、ただ静かに、時間は過ぎていた。

 ふと、男が動き出す。今にも立ち去りそうだったその身を、今度はその場にとどめるように、微かに彼女を向く。決して振り返ってはいない。だが、ここに居るといっているようにも思えた。

 わずかだが、男と彼女の髪を遊ぶ風が、男の黒髪を一本一本浮き上がらせた。その光景を見て、彼女は何か。確信を得たように言葉を放つ。

「…街では、有り難う…」

 その言葉から男は小さく息を吐き、何かを覚悟したように振り返る。

 仮面から覗くその瞳は鋭く、優しさの欠片もなかった。だが、その冷たい眼差しの中に何処か、悲しそうな影を湛えていた気がした。


「…運命でも、一目ぼれでもない。まして、目の前に魔法使いが現れて此処に送り出してくれたわけでもない。私は―――…。貴方が、奇跡を期待しているのであれば、それは間違いだ。...紅の君――。」

 肯定でも否定でもない、唯事実を並べるだけの、何処か事務的な言葉。夢のようなこの場所には程遠い、人の心を飾る事もせずに現す。

 そんな、何処か一線を引くような言葉にも、彼女は臆する事もしなかった。バルコニーに一歩、踏み出す。

「……私は運命も、奇跡も否定しません。もしかすると魔法使いが気まぐれに、貴方を送り出したのかもしれない。…事実がどうであれ、私は、今この瞬間を信じています。」

 男に歩み寄ろうとする彼女に対して、男は身を引く。まるで近づくことすらも許してはいけないように。

 彼女が、男の前に立ったその時に、人の気配に目を覚ましてしまった一羽の鳥がバルコニーの脇の木から飛び立った。


 一羽の鳥が破った沈黙を、二度と戻すものかと彼女は男の手をとった。月明かりに輝く銀糸の手袋。それは彼女を魅せようと美しく輝くが、彼女は手袋には一瞥もせず、別のものに見せられているようだった。

 彼女は男の手の感触を確かめるように両手でしっかりとつかみ、胸の前に持ち上げる。その行為を眼にした男はそっと、言葉を放つ。

「…仮に、魔法使いが私を送り出したとしても―――、私は君に触れる権利などない。」

 握られた右手を、決して握り返す事はせず、静かに、悲しげに微笑む。


「人が捨てた、捨てられた思いを集めて、私は煤と灰だらけ…。だから私は【灰被り】と呼ばれた。人と紙に触れる美しい手に、私が、触れることなど、許されない――…。」


 彼女の握る右手を引く。手袋が抜け、彼女の手の中に残るがそれすらも気にしない。

 バルコニーの縁に飛び乗り、彼女に向き直る。悲しみに染まる彼女の顔を見て、男は立った一言だけ残してその場から飛び降りた。


 彼女の目には男の悲痛な顔が映っていた。その表情は、見ている彼女の心をも痛めてしまうほど痛々しく――、彼女は男の思考をなぞる様に先程の言葉を口にする。


「『同じ真紅を持つ友人さん――。』」


 その言葉は、残された彼女の心に新たな灯を灯した。

 





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