14:煌びやかな舞踏会に潜む思惑
街から見える城の正門とは正反対の位置にある舞踏会場の入口。昔から、舞踏会の入口はそこだったらしい。
私は義兄さん達が用意した馬車に乗って、その入口に向かっている。
私の相談に義兄さん達は迅速に対応した。フェア義兄さんの髪の毛を切り終わった後、アル義兄さんは念入りに傷の手当てをして包帯を巻き変えた。
そして食事の時は、舞踏会に備え立食式の礼儀作法をフェア義兄さんに叩き込まれた。作法は完璧だったのだが、人を魅了するエロスがないと怒られ、フェア義兄さんはアル義兄さんに怒られた。
そして私用の舞踏会の衣装を職人姉妹に注文してその日はダンスのレッスンだった。
まず、どちらが女性パートを踊るかで義兄さん達がもめ、最終的に二人を踊り比べてみることになった。フェア義兄さんのほうは完璧ではなく、ミスも多いがそれを補う麗しさとセンスがあった。アル義兄さんはやはり綺麗に踊りきった為、二人を交互に使い分ける事にした。
何度か踊って、もう教える事はないと言われてしまった。何故そんなにできるのかは既に説明してあったが、それでも驚いてしまうようだった。
「シ、レイン。一応、偽装した招待状はあるが、万が一ばれた時は兄さんに誘惑させるから、その内に会場内にもぐりこめ。」
いきなりアル義兄さんがそういうと、フェア義兄さんは珍しく文句を言わずに胸を張っていた。
「いやー、実は【あの子】って貴族じゃなくてお城の兵士だったらしいんだ。で、入口で受付やってるから、僕が犠牲になるから気にせずに行って良いよ!」
そう言って立て指を突き出す義兄さん。【あの子】って…。
「義兄さん…。」
軽く心配そうな顔をして何処か嬉しそうなフェア義兄さんを見詰める。アル義兄さんは何時ものようにフェア義兄さんを静かに見詰めている。
「そんな顔されたら喜んで見棄ててあげられます。」
有り難う御座います。と義兄さんにお礼を言うと、フェア義兄さんは困ったように縋ってきている。
「ちょっ、レインちゃん! そこは有り難うだけでいいんじゃない!?」
喜んでって何!? と叫ぶフェア義兄さんをアル義兄さんが静かに笑っている。最近、珍しい義兄さんを見る事が多い。それとも…、私が義兄さん達をちゃんと見るようになったということなのか…?
そんなゴタゴタを馬車の中で繰り返しているうちに舞踏会場の入口に着いた。
大きな城を回りこまなくてはいけないので、かなりの距離があるのだ。金のあるもの馬車で、ない者は思い思いの乗り物で此処まで訪れる。
馬車から降りる前に目元を隠す仮面を付け、義兄さん達の後ろを付いてゆく。顔の傷は都合良く仮面で隠れている。
会場の入口には私たちと同じように仮面を被り、豪勢な男物の衣装を纏った髪の長い綺麗な男の人が立っていた。彼は本当に【あの子】なのか…?
アル義兄さんは自分達の招待状と私の偽装した招待状を彼に手渡す。中を開き、隅々まで読んでいる。だが、彼の視線は私の招待状で止まってしまった。義兄さん達は表情には出ていないが内心冷や冷やしている様だ。私は精一杯なんでもない様子を作る。
彼は招待状から顔を上げ、私とそして義兄さん達を見た。そして私の招待状を見せる。
「これ、偽物だね。この人物は失踪しているはずだ。」
やはり、駄目だった。そもそも住民登録がない名前を使う方が危ういと言われてしまい、仕方なく父さんの名を使ったのだが、駄目だった。
フェア義兄さんが続けようとする彼に近付き、甘く微笑んで言った。
「そんな事ありませんよ。その名前はその方から受け継いだ方のことなのですから…。」
彼はそれを聞くともう一度考え始めた。私は住民登録されているが、どの様に登録されているのかわからない。その事も義兄さん達もわかっているのかフェア義兄さんは既に作戦を実行に移していた。
「ねぇ、私達を入れてはくれませんか? その、貴方の美しいお心に免じて…。」
そして彼の掌にキスをした。義兄さんの顔は引きつってしまっている。アル義兄さんも何故か【あの子】とは視線だけはあわそうとしない。それにしても…彼がアル義兄さんを見詰めているのは何故なのだろう。
彼はもう一度だけ私とそして義兄さん達を見て、溜息をついた。
「…本当に、素晴らしい 兄弟愛ですわ…。」
【あの子】が前髪をかき上げる。どうやら【レイン=私】だと既にばれていたようだ。そして、花のように笑っていった。
「入ってもよろしいですわ。灰被りさんの美しさに免じて…。その髪、似合っていますわよ。」
そう言って指差すのは自分の頭、私は今髪を黒く染めている。それだけで案外人は解らないものだが、彼には解ってしまったようだ。
「ですが…。」
そういうと、アル義兄さんの襟首を掴む。アル義兄さんは顔が引きつり、冷や汗をかいている。
「アルさんはお持ち帰りしますわあああああああああ!!!」 彼(彼女?)は、アル義兄さんを抱えて、城の中に走っていった。連れ去られてしまってはどうにも出来ないので私とフェア義兄さんは会場に入ることにした。私達と入れ違いに【あの子】の代理の人が出てきて再び受付をしている。
「…【あの子】ってアルが好みだったんだ…。」
「だから義兄さん、あんなにも視線を避けていたんですね…。何があったんだろう…。」
舞踏会の開始を心待ちにしてる人々の間をすり抜け、花道の近くを占領する。そして花道に端にある姫様が居るであろう扉を見る。微かな隙間が空いていて、そこから微妙に姫様の赤い瞳が見えている。
(…見えてますよ。)
そう伝えたくなった。まだ舞踏会は始まらないらしく、私は何か言いたげな義兄さんと話をすることにした。
「…あの時に言った事って…全部本当なんだよね?」
義兄さんは信じていないわけではないがそれでも信じられないらしい。私は一週間ほど前、言った事を思い出していた。
『私の家は代々姫様の補佐官で、最初に生まれた子を必ず当主にする仕来りがあるんです。』
私は何かを見極めようとするように見つめてくるアル義兄さんに向かってそう言った。
『そしてその名の通り補佐するのが役目ですがそれと同時に、守ることも仕事です。』
『それが今のシンデレラと何の関係が…』
『あります。』
アル義兄さんの言葉を遮り、続ける。髪の毛を切っているので除け者にされているフェア義兄さんは何処か寂しそうだ。
『ナイリーニ家現当主。彼が姫様の命を狙っている犯人で、そして―――。』
私は沈黙する。この言葉を出すことすらも難しかったのだ。
『父さんを、私達から奪った犯人でもあるんです。』
怒りと憎しみ、そして悲しみに押しつぶされそうになって。
『昨日、街で姫様の出会いました。その以前に、幼い頃姫さまにあっているのですが…、大切に思う感情が、今でも私の胸にあるのです。彼女を、父の時のように利益しか考えていないような男に消されてしまいたくない……!』
何時の間にか私の手は止まっている。フェア義兄さんはそれでも動こうとしなかった。アル義兄さんは、目を閉じて考えている。
『…阻止したいのか…。舞踏会に参加できれば、助けられる当てはあるのか…?』
私は迷わなかった。頷き、舞踏会の内容を正確に話す。それは父さんの部屋においてあった書類に書かれていたものだ。
意識を自身の思考から現実に戻した。私は頷き、白い仮面を被っているフェア義兄さんを見る。周りに居る男の人は皆兄さんのことは知っている筈だが義兄さんに気付いていない。やはり髪の毛を切ってしまったからだろうか? フェア義兄さんはまだ不思議そうにしている。
「…それなら、どうしてこんなことしてるの?姫様って…」
ゴーン、ゴーン、
フェア義兄さんの言葉をさえぎるようにして舞踏会開始の鐘がなる。
そして皆一斉に花道の端、姫様の登場するその扉を見た。先ほどまで落ち着いていた会場内が一斉に沸き立つ。
彼女はそれほどまでに興味を示す存在なのだ。
「姫様のご登場です。」
扉が開き、その姿があらわになる。
…町で出会ったときとは別人だった。そのわずかに幼さを残す容姿すらも、全て「美しい」という言葉に変えて辺りに振りまく。歓喜の声が溢れるかと思えば、参列者は皆、口を閉ざしてしまった。
仮面を被っていても美しいとわかるその姿、その美貌。私はその姫様の姿に先代の面影を感じた。
開会の挨拶も終わり、姫様が王座から降り立つ。既に姫様は踊り始めている。今夜限りの特別な舞踏会。
姫様と踊ることに幸せを感じてる者が多いようだが、このダンスは全て相手を値踏みするためのもの、決して楽しいものなどではないのだ。
フェア義兄さんは試しに姫様と踊ろうとしているが男の防護壁が展開されていて中々近寄れないようだ。どうやら直感から義兄さんを近づけないようにしている輩も居るようだ。
私は姫様を遠めに見るだけで姫様と踊ろうとはしなかった。私は姫様に注目が注がれている中、探しているのだ。たった一人、この会場の中で息を潜ませているあの男を。
胸元を膨らませ、機会が来るまでその獣のような瞳をぎらつかせながら待っている。欲望に囚われた獣を。
煌びやかに過ぎ行く時間の中、私は犯人を捜すことばかり考えていた。