リーゼ・ブリュスタンの休日
コトネとヤエに連れられ、わたしはケイタイショップというところににやってきていた。
わたしのケイタイ選びを手伝ってあげてほしい、とタクから連絡が入ったらしい。本当はタクと来る予定だったんだけど、吉岡さんがどうしても手伝って欲しいと頼んできたらしく、そちらのほうに行ってしまった。
「リゼちゃんはどんなのがいいかな?」
「どんなのって言われてもわかんないよ。そもそもケイタイって持ってたほうがいいの?」
わたしにはケイタイの便利さはわかっても、本当に必要なのかはわからなかった。わたしはただ、先月、ヨウヘイとみんながアドレスというものを交換しているのを見て興味を持っただけだった。
「必須というわけではないが、持っていたほうが何かと都合がいいな。この前みたいなこともある」
コトネの言う『この前みたいなこと』というのは、当然あの事件のことだろう。たしかにあの時は、ケイタイというものでタクはみんなと連絡を取り合っていた。
「そうでなくても、ちょっとした連絡に使えるからな」
「そだね。それにさ、この世界じゃあ携帯のアドレスの交換って友達になる第一手みたいなところもあるんだよ」
ヤエが教えてくれる。
「そうなんだ。ね、ヤエはどんなの使ってるの?」
ヤエが取り出したのは、赤色の四角いものだった。飾りらしきものが二個ついていて、それが本体と当たって音がした。
「オレはこれだ」
コトネが取り出したのには、そういう飾りらしいものはついていなかった。店のカウンターに置かれているものにも飾りはついていない。
「ヤエ、その飾りがついてるのは、何か特別なものなの?」
「え? あ、これはストラップっていって、お店で売ってるやつなの。つけたいなら後で見てみよ」
「じゃあ、コトネはつけてないだけなんだ」
コトネはうなずいて、ケイタイをポケットにしまった。
「オレはあんまりそういうのはつけたくないんだ」
「かわいいよ?」
ヤエがストラップのついたケイタイをかざす。
「邪魔だろ?」
ヤエは「そうでもないよ?」と、苦笑した。
わたしはとりあえずカウンターに並べられたケイタイを一つ一つ見ていく。正直、見た目こそ違うものの、結局どういう風に違うのかはわからなかった。
……値段、適当なのかな?
「ヤエ、これとこれはどう違うの?」
デザインが気に入った二つの違いを聞いてみる。
値段はどちらも同じくらいだった。
「えっとね……」
「そっちの青いのはカメラの画素が多い。つまりきれいに写るってことだ。あと、その携帯は音質と画質が非常に高いな。良質だ。ただし、バッテリーの消費が大きいのがネックだ。他にも様々な機能がついていて、この春の人気作だ」
すらすらと、ヤエが驚くほど滑らかに、コトネがケイタイについて語りだす。
「こっちの黒いのは生活防水が施されていて、ちょっと濡れたくらいでは壊れない。カメラの画質は中程度。もともとはもっと値段は高かったが、新機種が出て値引きされている」
「灰谷さん、くわしいね」
「まあな」
少しバツが悪そうにコトネは頭をかいた。
「うーん、使いやすいのはどっちかな?」
「それは個人によって違うな。ま、リゼは初めてだからこの黒いやつのがおすすめだろう」
水に濡れても簡単には壊れないからな、とコトネは続けた。
「色が気に食わなかったら、ほかにも色はある。見てみるといい」
店員さんを呼んで、他の色を見せてもらった。
わたしは生活防水とやらがついているらしい黒いケイタイを購入し、色々な手続きを済ませてお店を出た。
「ありがとね」
「どういたしまして。あ、リゼちゃん、早速アドレスをあげよう」
ヤエがケイタイを開いてわたしに示した。
「登録の仕方、教えてあげる」
「待て。それをするならあの店に入ろう」
コトネが指さしたのは、シックな雰囲気の喫茶店だった。
「で、そこを押す」
「こう?」
「そうそう」
「待て、そこ、いらない文字が入ってるぞ」
「あれ? ほんとだ」
「これで消して、そう」
「じゃあ、これでいいかな?」
「よし、ここにあわせて……」
「あ」
「あ」
「?」
ふたりが素っ頓狂な声をあげる。
「お前、さっきのもう一回やり直しな」
「えぇ!」
「このボタン触っちゃたんだね……」
ヤエが示したボタンには『電源』という文字が書いていた。
「?」
「これはな、基本的に今している作業を中断して最初の画面に戻るボタンなんだ。で、ほとんどの場合で、作業は初期化される」
「!」
「がんばろうか……」
暗澹たる気持ちで、わたしはケイタイの操作を再開した。
喫茶店を出たあと、わたしたちはしばらく遊んでから別れた。
「ありがとね」
「壊すなよ」
苦笑交じりにコトネが言って、ヤエがそれを聞いてまた苦笑していた。
「平野ともちゃんとアドレス交換しておけよ」
「え? あ、うん」
声が上ずってしまった。
「?」
ふたりが不思議そうに顔を見合わせていたけれど、わたしは「なんでもないよ」と誤魔化した。
「誤魔化せてないからな。なんだ? 平野と何かあったのか?」
「う、ううん。何にもないよ」
ヤエは特に何も聞いてこなかったけれど、何かを聞きたそうにしていた。
「ほんと、本当に何もないから」
わたしは逃げるようにその場を後にした。
どうも。
次回、第二話―イタズラな悪意
お楽しみに。




