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休み時間。
授業はあまり集中できなかった。アパートに帰れば昨日の少女が待っていることは想像に難くなく、どういう風に接していいものかわからない。まず話をしてみろ、と宗次は言ったけれど、何を話したものかもわからない。
「どうした? 難しそうな顔してよ」
ため息をついたところに夏樹がぼくの背を叩いた。
「別に……。なあ、夏樹。お前ならあまり親しくない女子とどんな話をする?」
「あー……あー……。って、お前それはどういう状況だ!」
急に怒鳴ってぼくの肩をつかむ。そしてそのままガクガクとぼくの肩をゆすった。
頭が揺れて視界が定まらない。
「おま、お前って奴ぁ、リゼちゃんというものがありながらぁぁぁ!」
と、的外れなことを叫びだし、それを聞いたクラスメイトたちが「なんだなんだ」と集まり始めた。
……どうでもいい時だけ結束力があるクラスだ。
「誰だよ、どこの子だよ、どんな子だよ!」
周囲も気にせず夏樹が叫ぶ。
「とりあえず、その手を止めろ」
ハッ、と我に返って夏樹が手を止める。代わりに肩をつかむ力が強くなった。
わらわらと集まってきているクラスメイトたちは好奇の目をぼくに向けている。
「平野に春が……」
「まてまて、リゼちゃんの時点ですでに春だろ。てか夏真っ盛りだろ」
「キーッ! リゼっちだけじゃ飽き足らず他の子にまで!」
「平野くん! どんな子なの!」
……。
…………。
勝手に盛り上がっていくのは勝手なのだけど、どうしてそういう話になるんだ? ぼくは一言も気になる子がいるとか、そういう話はしていないのに。
というか、リゼっちって誰が呼んでるんだ?
「拓よ。なあ、拓。その子について詳しく話せ」
夏樹がかなり真剣な表情で(久々に見た。まだ三回も見てないと思う)、ぼくを問いただす。
ごくり、とクラスメイトたちが唾を飲んだ音が聞えた気がした。
「とりあえず、どういう脳内回路を所有してたらこんなに話が飛躍するのかをまず聞きたい」
「親しくない女子とどんな話をするかが知りたいとか、明らかに『そう』だろ!」
夏樹が言う。とりあえず顔が近い。
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。いいから、まず外見的特徴を挙げろ」
有無を言わせぬ、ぼくが回答以外のことを言うことを許さない語気。クラスメイトたちから発せられる雰囲気も、それと同様のものだった。
仕方がない。
当たり障りの無い部分だけを教えることにしよう。
「年齢はわからないが、ぱっと見だと小学生から中学生だ」
不自然に周囲がざわめきだす。
「身長はぼくの鳩尾くらい。髪の長さは肩くらいまで。髪色は銀。銀髪ははじめてみたけど、想像以上にきれいだった。半袖にショートパンツ。パンツのほうは丈が異常に短かった。外見的特徴を言うならこれくらいでいいだろ?」
ざわざわ。
ざわざわと、集まった野次馬たちは落ち着きがない。はじめからないけれど。
「そ、それで、性格的には?」
「性格はよくわからない。大体、昨日会ったばかりだ。……そうだな、一人称は「ぼく」で口調はかなり淡々としたものだな」
「ぼ、ぼくっ子」
どこからかそんな声が聞えた。
「ロリコンでぼくっ子趣味……」
「平野くん……」
「……そっか、リゼちゃんみたいなかわいさよりも、ロリィなほうがいいんだ」
クラスメイトたちからそんな声がもれる。
残念そうで同情するような、重苦しい口調だ。
「待て! ぼくはそんなことを言ってないだろ! そこ! 後ずさりをするな!」
大体、あの少女からはそんな印象は受けない。
「拓、俺はいつまでも友達だぜ?」
哀れむような夏樹の声。
「黙れ!」
この教室内では考え事はしないようにしよう。
「よう」
アパートのリゼの部屋の前。まるでぼくを待っていたかのようにドアにもたれていた少女に声をかける。
「どうも」
もたれるのをやめて、数歩こちらに近づいてくる。
「とりあえず〈旋風に生きる者〉っていうのがどういう種族なのか、っていうのはわかったよ」
「それはよかった。なら、ぼくがこの中にいる虚構に対して、敵意も好意もなにもないこも分かってもらえているはずだね? 中の虚構に会わせてほしい」
相変わらず言葉に起伏はない。
「一応聞いておくよ。どうして?」
「ぼくは〈旋風に生きる者〉。この中にいる虚構を見定めに来た」
それだけを言い、〈旋風に生きる者〉はじっとぼくを見つめる。
ぼくはリゼの部屋のドアを開け、中に少女を入れた。
〈旋風に生きる者〉は当たり前のように部屋の中へと足を進め、リゼが小さく足を抱えている部屋の隅へと進んだ。
リゼの視線が少女を見据え、すぅ、とまた虚空に戻った。
「ぼくは〈旋風に生きる者〉。知っているかな? ぼくは風に生きる者。ねえ、鮮血に生きる者。君は確かに鮮血に生きる者のはずなのに、血のにおいが薄いね。死にゆくにおいがするよ」
血のにおいが薄いのは、リゼが今までたった一人――あの召喚師の血しか吸っていないからか。
それともそれはだたの比喩なのか。
どちらにしても、あまりいい状況ではないだろう。
「なあ」
「?」
〈旋風に生きる者〉がこちらを向く。
「『死にゆくにおい』って、こいつは死ぬのか?」
回復しているとばかり思っていた。
少しずつでも。
「今回は生き残るかもね。何度も繰り返すと死んでしまうよ」
「……! 本当か?」
「ぼくは〈旋風に生きる者〉。不必要な嘘はつかない」
まっすぐにぼくを見据える目。
「君は、助けられるのか?」
「ぼくは〈旋風に生きる者〉。それを見極めるために、本来そういう義務は無いけれど、それを見定めるためにここに来た」
「見極めるって! どうしてそんなことを、試験みたいなことが必要なんだ!」
助けられる命なのに。
今回は助かっても、消耗していくものなのに。
どうしてそれを助けるのに試験が必要なのだろう。
詰め寄ろうとしたぼく、しかし、少女はそこにはいなかった。
「!」
「ぼくは〈旋風に生きる者〉。風とぼくは同一にして異なるもの。この世のあらゆる有象無象は、ぼくを捕らえることはできない」
後ろから声がして、ぼくは慌てて振り返る。
「また、会いに来る。鮮血に生きる者。それから――虚構を殺す者」
少女はドアから何事も無かったかのように出て行ってしまった。