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スクランブルワールド2  作者: 人鳥
第一話 風の旅人
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2

 放課後、リゼの部屋の前。

 ぼくと灰谷はともかく、細江さんと夏樹が怖気づいていた。昼休みに詳しいことを説明すると、本当に会ってもいいものなのかどうか、どう接したらいいのかわからないといった感じで、落ち着きがなかった。

 と、二階から吉岡さんが降りてきた。

「あ、たっくん。おかえり。お友達?」

「はい、リゼのお見舞いにって」

 そう言うと、吉岡さんはとたんに、うれしそうな表情になった。

「そうなんだ。声かけには反応あるからさ、ちょっと適当に話してあげてよ。退屈してるよ、きっと」

 回復、してるんだ。

「わかりました、そうします。吉岡さんはこれからどこへ?」

「うん? リゼちゃんで遊ぼうと思ったんだけど、みんな来たからもう大丈夫みたいだし。帰る」

 今、『リゼちゃんで』って言いましたか!

 そんなぼくのツッコミに何の反応も見せず、吉岡さんはやめておけばいいのに、その場で跳躍し、二階通路の手すりに手をかけて乗り越えた。

「はああ!」

「えええ!」

 灰谷はすでに気づいていたのか、表情を変えなかったけれど、細江さんと夏樹の驚き方は凄かった。自分が見たものが信じられないのか、開いた口は塞がらず、目は大きく見開かれている。リゼの時はそんなに驚かなかったのに。

 ……あんまり自分の正体を隠す気ないのかな? リゼも結構オープンだし。

「ひ、ひひらひひら、平野くん! あれ、どういうことなの!」

「ひ、人ってあんなに跳べるのかよ!」

 ふたりがぼくの肩をつかんで、激しく揺さぶる。

「ふ、ふたりとも落ち着け……。せ、説明するから」

 とりあえず揺さぶるのを止める。

 ふたりの呼吸が落ち着くのを待って、それから話し始めた。

「リゼが吸血鬼なのと同じように、あの人はカマイタチなんだよ」

「あ?」

「え?」

 あー、と納得したようにうなずいた。

 どうしようもなく、単純なやつらだった。

 というか、この程度で納得するなら、はじめから動揺しないでほしい。

「大体、どうしてそんなに驚くんだ。オレやリゼの時は、そんなに驚かなかっただろうが」

「あ、やー、突然のことで」

「突然具合は同じくらいじゃないか?」

 誰ともなくため息を突く。転入生が吸血鬼なのと、どれくらいの差があるのだろう。

 それからドアに目が行き、ぼくたちがここに集まった理由を思い出す。

「ちょっと先に入って、様子見てくる」

「あ、ああ」

 中に入る。リゼは部屋の端に座っていた。物音でぼくに気づいたのか、こちらを一瞥し、また虚空を見た。

「リゼ、みんなが来てくれたぞ」

 リゼはこちらを見て、それから視線を虚空に戻した。吉岡さんの言うとおり、呼びかけには反応するようだ。完全に閉ざしていた昨日より、まだマシになっているらしい。

「……回復が思ったより早くて、安心したよ」

 部屋を出て、みんなにそのことを伝える。緊張も少しだけ緩み、ぼくらは部屋に入った。

「よっす、リゼちゃん」

 夏樹が軽快に声をかけた。やっぱり一瞥しただけで、視線は別のところに向けられた。夏樹は少しだけ戸惑ったようだけど、すぐにいつもの調子に戻った。

「今日の拓は大変だったんだぜ? かなり自虐的で……いてぇ!」

 余計なことを言う夏樹を小突き、灰谷と細江さんを部屋の中心へと促した。細江さんは、とても悲しそうな表情を一瞬見せた。それは気のせいかと思うほど、短い時間だった。

「〈虚構殺し(シグナルグリーン)〉ってのは、ここまでの威力だったんだな。容態の話、大げさなことかと思ってた」

 夏樹が柄にもなく、しんみりと言う。

「わざわざそんなこと言わないよ」

「平野、お前のほうは大丈夫なのか?」

「え?」

 灰谷は呆れたように嘆息した。

「魔銃の弾丸は、使用者の魔力やら霊力やら、そういう力を消費するからな。結構消費してるんじゃないか、と思ったんだが」

「そうなのか? 拓」

「無理して学校来なくても」

 心配そうに、ふたりが聞いてくる。

「いや、確かに撃った時に、何かが流れてく感覚もあったけど、別に平気だぞ? そりゃ昨日は少し疲れたけど」

 本当にそれ以上の感覚ではない。

「そうか。ならいい。さて……リゼ、お前も大変だな」

 ぼくに興味がなくなったのか、今度はリゼに話しかける。細江さんも、灰谷の後ろからリゼを覗き込んだ。リゼは灰谷の呼びかけに、少しだけ視線を向けただけで、他には何の反応もなかった。

「一応聞えてる。それに、ちゃんと覚えてる」

 ぼくの時もそうだった。あの時は返事ができるくらいの消耗だったけれど、ぼくが話していた内容は、ちゃんと覚えていた。

「本当か? ならちょっとここで話してくか」

 夏樹が提案し、誰も反対しなかった。

 それからしばらく話し続け、結局、夕食も四人で食べることになった。リゼはゆっくりとしたペースで、それでも自分で食べていた。

「そういえば、リゼがぼくに言った言葉は『おいしい』だったんだ」

 あの時は卵丼を出したのだったか。我ながら、メニューなんてよく覚えていたものだ。

「はは、食いしん坊キャラが定着しそうだな」

 夏樹が笑う。

「食べて力を戻すのか、リゼは」

「そうみたいだ」

「吸血鬼でも食べて体力つけるんだね、なんか意外かも」

「ぼくもそう思ったんだけど、まあ同じ生き物だし」

「それもそうか」

「と言っても、健康な状態なら、何も食べる必要はないけどな」

 灰谷が付け足した。

 やっぱり吸血鬼が何かを食べることは、緊急時の応急処置もしくは、暇つぶしくらいの意味なのだろう。

「なあ、平野」

「うん?」

「リゼに血を吸わせたら、回復は格段に早くなるぞ? どうしてそれをしない」

 吸血鬼は血を吸う種族。それは当然として、吸血鬼の力の源という意味だ。それを摂取すれば、力の回復が早まるのは当然のことだ。ぼくだって、そんなことはわかってる。

「リゼは今まで、ほとんど人の血を吸ったことがなかったんだ。昨日まで」

 だからアイーナの血を吸ったことで、暴走してしまった。吸血鬼としては、あり得ない理由で。

「ニ千年ちかくも生きててさ、昨日が一番たくさん吸ったんだろうさ。きっと、今また血を吸わせたら、昨日の二の舞だ」

 そうなったら、ぼくはまた、リゼを撃たなければならなくなる。

「そうだったな」

「どうしてリゼは、人の血を今まで吸わなかったんだろうな」

「聞いたことなかったの?」

「ああ。というかな、途中から忘れてたんだよ。違うな、認めてなかったのかもしれない。リゼが吸血鬼だなんて」

 理由を聞いておけば、何か変わったのだろうか。そんなわけがない。無駄な、無意味な考えだ。

 自然と視線がリゼに向く。

「今だから言えるんだけど、昨日リゼ――君がアイーナの血を吸った時、ぼくは無意識に魔銃を構えかけてたんだ」

 リゼが血を吸ったことが許せなかったのか。

 吸血鬼であったことを忘れていたのか。

 ただ、その存在に恐怖したのか。

 ぼくにはわからないし、その全部なのかもしれなかった。とにかくぼくは、魔銃を構えてリゼを殺そうとしたのだった。まだ暴走する前のリゼを。

 ぼくに視線を向け、リゼはまた虚空に視線を戻す。

「わかってても滅入るよな。こういうのも、聞えてるんだろうけど」

「そうでもないさ。ぼくは好きで、こいつと関わってるんだから」

 くく、と灰谷が笑う。

「なんだよ」

「虚構と好きでつるむ、か。面白いなやっぱり」

「虚構って言っても、灰谷さんもリゼさんもちゃんといるよ?」

「オレたちみたいな連中の総称だよ、細江。本来、ここには存在しえないものだからな」

 自嘲気味に笑う。

「授業で習ってる通りさ。オレにもその構造はよくわからんがな」

虚構が世界に顕現する仕組み。ぼくはそれを、すでに知っている。事件の後、夕食を食べながら、黒木さんから教わった。

並行世界(パラレルワールド)

 はあ? と一同がぼくのほうに向く。

()()()()()()()()()()()()()()()()。起源を同じとし、けれど違った進化、時系列をたどってきた別世界らしい」

「一般的な解釈とは違うんだね」

「ああ。同じ存在がある、ってワケじゃないらしい。似たような存在はいるらしいけど。で、その世界は全くの別物なんだけど、何らかの原因で交わってしまう」

 続けろ、と灰谷が促す。

「交わった世界は存在が交じり合い、お互いの世界にその後遺症を残す。副産物って言い換えてもいいらしいんだけど、それが虚構」

 そうして生まれたもの。

「そうして生まれた存在といっても、元の世界にもいた存在が流れ込んでくることもある。その存在をAとして、AがBのいる世界に流れたとき、AはAが元いた世界から存在がなくなってしまう」

「まあ、そうなるわな」

「そうなったらAの世界の歯車が歪になるから、Bの世界から代替となる存在が流れ込む。なあ灰谷……お前、前の世界で人化なんてできたか?」

 ぼくの予想が正しければ。

 ぼくの予想が正しければ、灰谷は前の世界では、人化はできなかったはずだ。

「できなかった。こっちの世界に来てからだ」

 案の定、灰谷は首を横に振った。

「今の灰谷の体はきっと、灰谷がこの世界に来たときに、入れ替わった人の体だと思う」

 そう考えるのが自然だ。

 もちろん、これだって確実に正しいと言えるわけではない。あくまでも推測の域はでない。

「じゃあ、オレはもしかしたら、この体だった奴の知り合いに会うかもしれないな」

「そうだな。でも、実際に会ったときの齟齬は大きなものになるから、結局、世界そのものが調整してる可能性もあるって話だけど」

「平野くんって、その話は誰から聞いたの?」

「このアパートに住んでる魔法使いさん」

 またみんなの顔が強張る。さすがの灰谷でも驚いたらしい。

「って、灰谷は魔法使いがこのアパートにいるの知ってるだろ」

「いや、そんなことまで知ってることに驚いた」

「何者だよ、その魔法使いさん」

「物知りなお姉さん?」

 ぼくにだってよくわからない。黒木さんだけでなくて、このアパートに住んでる人たちは、とにかくよくわからない。

 京香ちゃんくらいだよな、そんな感情を覚えないの。

「はあ……俺たちが今まで勉強してきたのって、一体なんだったんだ? 魔法使いさんの話とは全く違うじゃん」

 意味が分からないなりにがんばってたのに、と夏樹がため息をついた。

「一つの思想くらいに思っておけ」

「でもさっきの話を聞いたら、世界学って結構穴が大きいよね」

「というか、根本的に違うだろ。世界学のほうは人間の意識がどうのこうの言ってたけど、その魔法使いさんの話だったらパラレルワールドなんだから」

「だな。世界学で言ってることが、実際におきそうな気がしないでもないけど」

 人の意識にそれくらいの力があっても、ぼくは不思議とは思わない。むしろ、あって当然だと思う。

「じゃ、オレたちはそろそろ帰るか?」

 みんなが食べ終えたのを見計らい、灰谷がそう切り出した。

「あ? ああ、そうだな。なんか晩飯も食っちまったし」

「ごちそうさま、平野くん。あ、片付けしないと」

「いいよ、ぼくがするから」

「あ、ありがと」

「どうってことないよ」

 みんなを部屋の外まで送り出し、ぼくは食器の後片付けに取り掛かった。後ろには食べてもあまり回復しなかったリゼが、ぼくのほうに向いていた。それがたまたまなのかどうか、ぼくにはわからなかったけれど、少しだけうれしくなった。


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