6
風が吹いた。
湿度の高い風の中を、カラリと乾いた風が舞った。
もしかしたら、そう感じただけなのかもしれないけれど。
「ぼくは〈旋風に生きる者〉」
夜。
アパートに帰ってくると、そこには久々に見る顔があった。久々だと思ってしまう顔があった。
「虚構を殺す者との約束を果たしに参上した」
銀色の髪をなびかせ、そいつはそこに立っていた。
「どこかに行ったものとばかり思っていたよ」
となりのリゼもうなずく。
「それは間違いだ、虚構を殺す者。そして鮮血に生きる者」
旅人は笑う。それはかすかなものだったけれど、たしかな笑みだった。
「前にも虚構を殺す者には言ったと思うが? ぼくは旅人。旅人は関係に飢えている、と」
「でも、旅人は定住をしない。定住は旅の終わりを意味するからだ」
〈旋風に生きる者〉が旅を終えるのは、その地を死地と決めたときだ。
「そのとおりだ。虚構を殺す者。ぼくはこの町を、ぼくの死地と決めた」
よどみなく。
当たり前のことのように、リンクスは言う。
「ぼくはこの町に住むことを決めた。だから虚構を殺す者と約束し、今、それを果たそうとしている」
暗闇の中。
リンクスの銀髪が揺れる。
きらきらと。
「あの日から今日まで、少しの期間だったが他の地へ足を運んだ。でも駄目だ。駄目すぎる。ぼくを――〈旋風に生きる者〉が住むには、ここ以外の町は風が悪い」
「風が……悪い?」
「ぼくは風とは同一かつ異なるもの。風がぼくの全て」
よくわからない。けれど、実際、ぼくはこんな会話をする必要もないのだ。リンクスの部屋は、あの日からずっと準備されている。あと必要なのは、住む人だけだ。
「リンクス」
「なんだ、鮮血に生きる者」
「ようこそ」
「ああ、よろしく頼む。ぼくは〈旋風に生きる者〉。世界を巡る風に誓い、この地に根をはる」
リンクスのアパートへの入居は、滞りなく終了した。起きたイベントといえば、リンクスを見た黒木さんのテンションが、馬鹿みたいに上昇したことだ。リゼに会ったときのような元気さだった。
「また女の子が入居したんだね……」
細江さんが、呆れたように言った。
「いや、それをぼくに言われても困るよ。入ってくるのは、本人の自由なんだし」
別に、ぼくが女の子だけに入居を勧めているわけではない。というよりも、ぼくにそんな権限なんてない。
「平野くんのアパートって、平野くん以外に男の人っているの?」
「いるよ。何? そのハーレムみたいなアパートは」
「へえ……? いるんだ」
「あ、ああ。同い年のアルバイターが一人」
妹と同居だから、差し引き零。引き算するようなことでもないけれど。
「と?」
「大学生のお兄さんが一人」
「と?」
「それだけ」
別にアグゥやドギィを人数に数える必要はないだろう。むしろ、数えたら怒られそうだ。
「女の人は?」
「えっと……」
「即答できないほどなの?」
疑り深い目。
ぼく……何か悪いことしただろうか。
とりあえず。
何人だ?
「五人だけど」
「多いねっ」
その笑顔はとても魅力的だったけれど。
ぼくにしてみればそれは――悪魔的な笑顔だった。
ともあれ。
こういう軽口を叩けるまでには、関係は修復されたわけで。
「ま、まあ……そうだよな。はは、ははは」
それはうれしいことなのだけど、少し怖い気もする梅雨の終わり頃。
『スクランブルワールド2』はこれにて終了です。
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結果は人鳥のブログにて公開中。
http://id1153.blog120.fc2.com/blog-entry-301.html
人鳥の次回作にご期待ください。
……なんだか自分で書くと嘘っぽいからこの文句はこれから使わないようにします。
【追記】
本作の投稿ジャンルは今まで『学園』でしたが、『ファンタジー』にジャンルを変更しました。(前作、今作とも)