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放課後である。なぜか意気投合したアグゥと夏樹。別れる時には力強く拳を当てていた。そんな男の友情(?)を披露した帰り道。
「どうしてあんなに意気投合したんだ?」
「オレはああいう馬鹿が好きだ。それだけのことだ」
夏樹。お前はやっぱり、愛される馬鹿なんだ。
「ぼくのことは好きにはなれないか?」
冗談で聞いてみる。
「好きにはなれんが、それなりには気に入っている。出会い方が少々まずかっただけだ」
「柔軟な思考だな」
「お前や姫さまには劣るよ」
「ドギィにもアグゥの半分くらいの柔軟さがあれば問題ないのに」
と。
その姫さまは愚痴を漏らした。
「知識のある天才も中々ですが、知識のある馬鹿も中々扱いづらいですからね」
アグゥの相づちにぼくも大いに賛同する。前者には会ったことはないけれど、後者は確実にドギィだ。賛同することに全くの躊躇は無い。
「じゃあ知識のない馬鹿はどうだ?」
ぼくは夏樹を連想して言った。あいつの知識量は、高校生のそれとは比較にならないと思う。まあ、勉強の方は結構できるのだけど。知識量と学力はあまり関係がない、ということなのかもしれない。
「それは始末に困るな」
アグゥは苦笑する。
「そりゃそうか」
聞いた自分が馬鹿馬鹿しく思う。
「ねえ、タク」
「うん?」
「それ、ナツキを連想して言ってない?」
「まさか、そんなわけないだろ?」
「図星でしょ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるリゼ。
図星だなんて、口が裂けても言いたくない。
「いや、そんなわけがない」
「図星、なんでしょ?」
「違います」
むっ、と頬を膨らませ、リゼは少しだけすねた感じで言った。
「図星のくせに」
「……図星でした」
どうもぼくはリゼには敵わないらしい。
良くも悪くも。
「よろしい」
と、面倒見の良いお姉さんみたいな笑みをリゼはもらした。
放課後の帰り道。
人間。
吸血鬼。
ガーゴイル。
不思議だよな、こういうの。
「お前は不思議なやつだな、ヒラノタク」
「え?」
「ただの人でありながら、どうしてそうも虚構と一緒にいられる」
「は? よくわからない質問だな」
一緒にいられない理由でもあるのだろうか。
「ふつうなら距離を置きたがるものだと思うが」
「そうかな? ぼくはそう感じたことはないぞ」
死にかけたこともあるけど。
それでも『会わなければ良かった』とか『どこか遠くに行ってほしい』とか、そんなことを思ったことはない。
「オレはこの世界に入って来てから、何度も排斥されかけたぞ」
「まあ、そういう人もいるだろうさ。虚構というものを知らない人なら、な」
ぼくは出会い方が良かったのかもしれない。ずいぶんと危険な橋を渡ったように思うけど。
「そういう思考をするからこそ、お前は不思議だ」
「…………」
よくわからない。よくわからないけれど、これは褒められているのだろうか。
「褒めてないどない。評価しているだけだ」
「素直じゃないね、アグゥ」
クス、とリゼが笑った。
「そういうわけではありませんよ、姫さま」
「じゃあどういうわけなのかな?」
「ヒラノタクに対するオレなりの評価です」
「良い評価、なんでしょ?」
「姫さまは野暮です」
アグゥはそっぽを向いて、そう答えた。こういうところはなんとも人間臭い。
「はは、怒られちゃった」
子どもっぽく笑う。
「アグゥがツンデレなのはわかったけど、ドギィってどうなの?」
ギロリ、とアグゥがぼくを睨む。ツンデレを知ってるらしい。変なところで知識を持っているやつだ。
「うーん、どうっていうわけでもないと思うよ」
「ドギィはあのままだ」
不機嫌な声を出す辺り、ぼくは余計なことを言ってしまったようだ。忘れるまで待つとしよう。
「あのままっていうと?」
「あのままはあのままだよ。頭が固くて偏屈なの」
「そして思い込みが激しく、豊富なはずの知識を活用しきれていない」
ダメダメじゃないか。
「高貴で崇高な種族の眷属のはずなんだけどね」
リゼが残念そうに呟く。
たしか、あいつはヤタガラスだったか。
どうして日本神話に登場するカラスが、吸血鬼の使い魔なんかやっているのかが本当に疑問で仕方ないけれど。
聞くに聞けない。
「知識量だけなら、本当に素晴らしいものがあるのだがな」
本当に残念そうだ。
「アレは性格なのか」
「性格だ」
「性格だよ」
どうにも。
ドギィはぼくのことを嫌っているようだけど――本当にどうしようもないほどに――ぼくも彼のことは、好きになれそうにもなかった。
その日の夜。ぼくとリゼは夜の道を歩いていた。アグゥはドギィのようにリゼの護衛という役目に対してそれほど使命感を持っておらず――というよりも、その必要性がないと感じているらしく――ついてくることはしなかった。もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれない。
今日はぼくからリゼを連れ出した。リゼは、ぼくと初めて会った時と同じドレスを着ている。真っ白なドレス。
街灯が照らす光はひどく頼りなくて、妙な心細さを感じるのだけど、それが妙にリゼのドレスの白さを際立たせていた。
「ぼくさ」
ぼくだって無意味にリゼを外に連れ出したりはしない。用もないのにこんな不快な空気を巻き散らかす場所になんて、一歩たりとも出たくない。
「いろんなことから逃げてたんだ」
本当にいろんなことから。
これは懺悔にも似た告白だ。
「だから一つくらい逃げなくてもいいように決着しようと思う」
「ふうん?」
その一つが、ぼくにとってはとても大切なことで。
重大なことだ。
それこそ、人生が変わってしまうほどに。
「リゼ」
「なにかな?」
「これからぼくとこの〈世界〉を一緒に見ていかないか」
「…………」
ぼくの言葉の意味するところを考えているのか、リゼは無言だった。
いや、意味が分からないなんてことはない。
なぜならこれは、昨日の会話の続きなのだから。途中で終わってしまった話の続き。
「それは――」
ゆっくりと。
リゼが言葉をつむぐ。
「――季節も?」
「季節も」
「心も?」
「心も」
「盛衰も?」
「盛衰も」
淡々と、リゼの質問が続く。
「世界の果ても?」
「どこまででも」
「終わりも?」
「終わりも」
言葉が途切れる。
きっと、次で最後。
そして――一番大切なこと。
「決別も?」
種族の差。
人間と吸血鬼。
超えられない、種としての壁がある。
「決別も。ありとあらゆるこの〈世界〉の全てを君と感じよう」
次回が最終回です。