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教室に入り、クラスメイトの反応というものは予想以上に予想通りだった。
順応性の高いクラスだ。
リゼが編入早々吸血鬼宣言をした時のように、この異形の二人を受け入れてしまった。
「ふむ。なんとも愚能な連中の住処なのですね、この場所は」
と、ドギィはまわりに聞えない程度の声で呟いた。
「愚能ってどういうことだよ」
ささやき返す。
「他種族がいるというのに、安穏と『仲良くしてね』などとのたまうような輩が、愚能以外のなんだというのですかな?」
「お前の言うところの愚能とリゼは親しいわけだが、そこはどうするよ」
そのリゼはというと、今は細江さんと話をしている。
「本当に困ったものです。早くお目をお覚ましになられないと、こちらの世界に毒されてしまいます」
本当に言いたいことを言う奴だ。ストレートに物を言う人に好感を持つ人もいるようだけど、さすがにこいつに対しては好感を持つことはできないだろう。
「城にいた頃よりも明るいということは、否定のしようもないがな」
窓枠に座っていたアグゥがもらす。
「前はあんな感じじゃなかったのか?」
「いや、あんな感じだった。ただまあ、殺伐とした世界だからな。笑うなんてことはあまりなかったが」
余裕がなかったからな、とアグゥは続けた。
「だからといって、こんな下々の者と対等にならなくても良さそうなものですがね」
「この世界では姫さまは姫さまではないのだろうさ。ご自分でそうおっしゃっていたではないか」
「アグゥ、お前、ぼくと話が合いそうだな。少なくともドギィよりは」
「うれしくはないが、確かにそのようだ。と、いうよりもドギィの頭が固すぎる」
「なんですと!」
ドギィとアグゥがにらみ合い、その間に火花が散っている。思ったよりも仲は良くないのかもしれない。
「よう、平野。そっちの二人は初対面だな」
登校してきて灰谷は、ドギィとアグゥに対して、特に変わった反応は見せなかった。見ただけで正体を察したのかもしれない。
「うん? お前、その目は……ドラゴンの類か?」
「ああ、ドラゴンだ」
事も無げに正体をさらす。
「良ければ、人としての名と共に竜としての名も聞きたい」
アグゥが興味を持つなんて珍しい。とか、昨日知り合って珍しいも何もないか。
「人の名は灰谷琴音だ」
「竜の名は?」
「五大竜が一体、虚竜のハイネだ」
「五大竜? ほう、こんなところでお目にかかれるなんて光栄ですな」
どこか馬鹿にしたようなドギィの口調。灰谷の言葉を信じていないのは明白だった。いちいち癪に障るやつである。
「ドギィ、お前は少しばかり利口になったほうが良いのじゃないか? 最近は頭脳派と言いつつも、馬鹿なところしか目に入らん」
冷静なアグゥのツッコミに、ぼくは思わず手を叩いた。
「紹介が遅れたな。オレはリーゼ・ブリュスタンさまの使い魔。プチガーゴイルのアグゥだ」
「リゼの使い魔か。こちらこそよろしく頼む」
「ワタクシも右に同じ。ヤタガラスのドギィにございます」
ヤタガラス、か。三本足のカラスで、常人が見たら発狂するとか何とか。やたら神格が高い神の使いやらなんやら。
戦に赴く何某を導いたとか。
正直よく覚えていない。正しいかどうかも微妙だ。
というか、どうしてヤタガラスが吸血鬼の使い魔なんてやってるんだ? それこそ格というか核がちがうだろうに。初めて会った時はあまり疑問に思わなかったけれど、落ち着いて考えてみればおかしいような気がする。
「ふぅん? ヤタガラスの血も落ちたものだな」
さっきの仕返しか、灰谷の対応は冷たかった。
そして、うすうす気づいていたことではあったのだけれど、ドギィの沸点はどうしようもなく低い。
「小娘、お前、ワタクシを侮辱するのですか」
「いや、そんなつもりは毛頭ない。ただ……オレは思ったことをそのまま口にしてしまう性格なんだ。許しておいてくれ」
ふつうなら挑発に使うようなこの言葉も、灰谷が言えば大体正しいから扱いに困る。当然、そんなことを知らないドギィにしてみれば、それは宣戦布告のようなものだ。灰谷も当然そのくらいはわかっているはずなのだけど。
血が騒いでいるのだろうか。
ドギィの前に本が現れる。
その本には見覚えがあった。
「お前っ!」
「『生は死の礎。幸福とはすなわちそれを全うすること。我は空。我は虚無を統べる者。死を恐れぬ者には最大不幸を。我は泡。我は刹那に生きる者。我は世に幸福をもたらす者なり』」
魔導書を発動する詠唱を早口に済また。ぼくが止める間もなく、魔導書の力は灰谷に襲い掛かる。
しかし。
「なんだ? オレはコッチだが」
たった今まで話していたはずの灰谷の姿が揺らめき、影となって消えた。
「む?」
「ドギィ、お前、本当は頭は良くないんじゃないか? 虚竜のハイネ。知らないわけではあるまいに」
「こんな小娘があの虚竜なはずがあるわけないでしょう。異世界であるワタクシたちが知りえるほどの強力な竜であるはずが」
まわりの連中は気づかない。大きな声も、学校の休み時間では珍しくもない。しかもタイミングがいいのか悪いのか、リゼと細江さんは教室から出て行ってしまっているようで。魔導書を発動したから、もしかしたら魔力を感じて帰ってきているかもしれないけれど。
「アグゥ、こんな小娘にたぶらかされてはいけません」
「あのなあ、ドギィ。嘘をつくにしても、アレを騙るのは愚か者の行いだ」
「この娘が愚かなのですよ」
ボッ、と、ドギィの顔の真横に青白い炎がきらめく。
「自己紹介するぜ。オレは灰谷琴音。虚竜のハイネだ」
「世迷い事を」
吐き捨て、挑発的な目で灰谷を睨む。
「だから、オレはこっちだ」
また。
また灰谷の立ち位置が変わっていた。
今度はぼくの後ろ。気配なんて全くなかった。というか、そこに立たれるとぼくを盾にしているようにしか見えないのだけど……灰谷さん?
「中々やるようですが……」
「何してるのかな? ドギィ?」
立っていたのはリゼ。怒り心頭といった表情だ。
「な、ひ、姫さま」
「アグゥ。魔導書を準備して」
ドギィを無視し、アグゥに指示を飛ばす。アグゥはドギィに呆れた視線を向け、どこからか取り出した魔導書をリゼに渡した。
「『黒翼に抱かれて海に潜る。蒼炎に呑まれて地を駆ける。希望と絶望を取り違え、孤独に涙する。悪鬼に追われ、尚撒けず。光に手を伸ばせど、尚掴めず。深き穴の底で自身を恨む』」
ドギィは必死の形相でリゼにすがる。
「ちょっとは反省しなさい」
ぴしゃり、と。
リゼがドギィの懇願を払った直後、ドギィの姿が消えた。
「なっ、リゼ……あいつは?」
消えたドギィ。
怯えていたドギィ。
「ん? ああ、ちょっとお仕置きしただけだよ。ニ、三日は反省タイムかな」
「お仕置きって……」
どんなものなのか、なんて。そんなのは口が裂けても聞けない。
リゼは魔導書をアグゥに渡した。
「ドギィって知識はあるくせに使い方がわかってないから」
呆れたと呟くリゼは、どうしようもなくいつもどおりだった。
「アレは死んだりとかしないのか?」
どうでも良さそうに灰谷が聞く。
「まさか!」
ぶんぶんと手を振り、リゼはそれを否定する。
「死んじゃったりしたらわたしが困るよ。ちゃんと加減してるよっ!」
ぼくは死んだものだとばかり思っていたけれど。消えた時なんて特に。
「しかし、あの馬鹿は一度死なんと治らんな。……さっきはすまなかったな、ドラゴン」
「いや、気にするな。アグゥだったか――お前が気にするようなことじゃない」
とりあえず、一番ややこしい奴は退場になった。
そして、ややこしい奴ではないけれど。それゆえによくわからない奴の登場が近づいていた。




