3
「どうしてお前たちがいるんだよ」
こういう展開はお決まりなのだろうか。
いつものようにリゼと二人で登校。いつもと違ったのは、リゼの脇にドギィとアグゥが飛んでいることだ。
「大体、そんなに堂々と飛んでたら目立つだろ」
リゼは外見は人だから問題はないけれど(金髪で赤い目はかなり目立つけれど)、赤い目で三本足のカラスとプチガーゴイルはどう考えても規格外だ。
「オレたちは姫さまに仕える者だ」
「ワタクシたちは姫さまを守る義務と意思があるのです」
アグゥの強さは身をもってわかったけれど、ドギィって戦闘能力はあるのか?
「ワタクシは直接的には戦いませんからね。ワタクシは魔導書を使用するのです」
昨夜のことをお忘れですか? と、心底馬鹿にした目でぼくを見る。
ぼくって、こいつらに何か悪いことをしたのかな? 全然身に覚えがないのだけど。
「その魔導書ってのは何なんだよ」
ゲームとかではたまに出てくる単語ではあるけれど、現実世界においては耳にすることは無い名前だ。
ぼくの質問に答えたのはドギィではなく、リゼだった。
「魔導書っていうのは、〈魔導〉に関する知識が記された本だったり、そういう意図があったわけじゃないけれど、なぜか『そう』なってしまった本のことだよ」
「つまり?」
「魔導書には魔力が宿ってるの。魔導書はそれぞれに違った特性を持っていて、使用者の魔力と引き換えにその力を発揮するんだよ」
なるほど。だからぼくは昨夜、あんな風に体の自由が制限されたのか。
「昨日ワタクシが使ったのは〈幸福論〉という魔導書でして――」
リゼの言葉に続けてドギィが話し出した。
「――生を終えることが幸せに続く道だ、という思想が記されたものです。元々は筆者の思想を書いただけのものだったのですが、ワタクシがちょいちょいと手をかけてやりましたら、魔導書に生まれ変わったというわけです」
「魔導書ってのは、簡単に作れるものなのか?」
貴重なものなのかと思って身構えていたけれど、案外そうでもないのかもしれない。
「とんでもない!」
けれど、ドギィはぼくの予想とは違った反応を見せた。
「魔導書はとても貴重な品なんですよ? 〈幸福論〉だって、運がよかっただけなのです」
「ふうん。なあ、ドギィ」
「なんですか? 馴れ馴れしく名を呼ばないでください」
いちいちむかつく奴だ。
「そもそもどうして、魔導書が必要なんだ?」
「ぶはっ! 聞きましたか、アグゥ! こんなこと言ってますよ」
「世界が違えばここまで思考が違うのか」
ドギィはぼくを視線だけで見下し、アグゥは一人感心していた。
言葉遣いや、役割分担で誤解しそうだけど、性格が悪いのはドギィのほうらしい。
「ドギィ?」
リゼが少し責めるような目で睨むと、頭脳派のカラスは気まずそうに身を縮めた。
「こっちの世界でも色々あったけど、わたしたちが元いた世界じゃもっと争いがあったんだよ」
ドギィの代わりにリゼが説明をはじめる。
「こっちの世界で剣や銃を使用したり、戦闘機なんかを使ったりするように、わたしたちは魔導書を使ってたんだ」
「えっ! じゃあ、昨日のぼくってかなり危なかったんじゃ」
「お前にはかなりの魔術適正があるようだ。それから魔術耐性もな。我ら魔族にもそれほどの力を持った輩はあまりいない」
品定めするようなアグゥの目。
「本来、〈幸福論〉の力はあの程度ではない。たとえば……」
アグゥはぼくたちの前を歩いている男の人を指差した。
「あの男にその力を発揮すれば、一瞬も耐えることなく命を落とすだろうよ」
身の毛もよだつ、とはこのことか。
今生きていることが奇跡のように感じる。
「だから魔術適正があると言ったのだ。ヒラノといったか、お前、その魔銃を連続して何発まで撃てる?」
ぼくの持つ魔銃〈虚構殺し〉。
虚構を殺すことに特化された魔銃。
「数えたことはないよ。一度だけ、自分でもわからないくらい連発したことはあるけど……」
この町を襲った魔術師――アイーナ・リューゼンディッヒの使い魔を撃った時、恐怖に耐え切れなくて、ぼくは無意識の内に何発も撃っている。
「その時、お前は意識を失ったりしたか?」
「いや? その後も五、六発撃ってるし、次の日からふつうに学校に通ってるけれど」
体の異変なんて何も無い。
これっぽっちも。
むしろ、また日常に戻ったことで精神的に安定を取り戻したくらいだ。
ただ、やっぱり、アグゥにしてみればこれは異常なようだ。
「異常というよりは異質だな、お前の場合。お前、本当に人間か?」
「人間だ」
断言しよう。
「そうか、人間か」
自分に言い聞かせるようにアグゥが呟く。そんな丁度良いタイミングで、ぼくたちは学校へと到着した。
敷地に入ると生徒の視線を強く感じるようになる。今まではリゼの存在が普段の大きな要因だったけれど、今日の原因はリゼではないだろう。
プチガーゴイルと三本足のカラス。
「なあ、やっぱりさすがに目立つんだけど」
視線には慣れている。
が。
それにも限度はあるというものだ。
「そう言われましても、ワタクシとアグゥは姫さまをお守りするという使命がありますゆえ」
「目立つだろって」
「目立つことの何が悪いのですかな? 身の安全よりも視線が気になると」
このカラス……。
「あのね、ドギィ」
リゼは額に手を当て、ため息混じりにドギィを見つめた。
「学校っていうところは、基本的に安全だから。その、ね?」
その言葉を聞き、ドギィは大きく目を見開き、口をぱくつかせた。
「ひ、姫さま! そんなお命を軽んずる様なことを!」
大きな声は廊下に響き、生徒たちの視線を集める結果を招くことになる。
やれやれ、とアグゥまでもがため息をついた。
……頭脳係、変えたほうがいいのではないだろうか。