灰谷琴音の物思い
オレがどうしてこの世界にいるのか、それがいつも疑問だった。いや、違う。オレが疑問なのは、どうしてオレが人の姿をしているのか、ということだ。平野はオレがこの世界にやってきたとき、その代わりにオレの世界に行った人間の姿だろう、と言っていた。もしそうなら、オレはこの世界の一人の人間の人生を狂わせたことになる。
自分を責めているわけではないのだが、どうしてもそういう思いは抜けない。
リゼはどうなのだろう、と一度リゼに聞いてみたところ、リゼ本人は自分の姿が変わっているわけではないということだ。なら、どうしてオレは擬人化という技術を身につけたのか。それがよくわからない。
「わからなくてもいいんじゃない?」
細江はそうオレに言った。元々人に愚痴るような性格ではないが、なぜか細江に愚痴っていた。
「どうしてだ?」
「灰谷さんがいてくれるの、わたしはうれしいよ?」
「?」
どうして細江がうれしいと問題ないのか、オレにはわからなかった。
「今灰谷さんがここにいること、それが大切なんだよ。わたしや、他のみんなにとって」
それはきっと、自分の目が届く範囲が自分の世界となっているからで。
それはきっと、他のすべての人がそうなのだろう。
そしてきっと、オレもそうなのだ。
「今だから聞けるのだが」
「うん」
「オレがドラゴンであることや、リゼが吸血鬼であることは関係ないのか? 怖くないのか? ドラゴンも吸血鬼も、物語の中では人に害をなすものだぞ」
人は知らないことを探求し、解答を求める。そして『知らないこと』を恐れ、『わからないこと』を嫌う。そういう種族ではないのか。
「リゼさんはわたしたちに出会いがしらで自分が吸血鬼だって暴露したし、灰谷さんは自分の正体を隠してたのに、石動くんを止めるために自分がドラゴンであることをみんなに知らしめた。リゼさんも灰谷さんも、実質的にわたしたちに対して害を及ぼしてないよ? たぶん、クラスの誰も灰谷さんたちを怖がってる人なんていないんじゃないかな?」
興味がある人はいてもね。
「そんなものか?」
「人間って、複雑そうで単純なんだよ。でね、単純だと思えるところが、実は複雑だったりするの。だから、うん、灰谷さんが感じたとおりが正解なんだよ、きっと」
また細江は難しいことを言う。矛盾をはらんだその言葉。けれど、細江にとってはそれが解答なのだろう。
「人は難しい」
細江はオレの呟きに対し、優しげな笑みを浮かべた。
帰宅途中、変な生き物を見つけた。
長い耳。醜い顔。鋭い爪。異形の羽。
これは確か、インプとかいう下級の使い魔ではなかったか。オレが見るのは初めてだが、なかなかどうして気持ち悪い。
「術者には悪いが、インプを使う奴なんてロクなのがいないらしいからな。いいか」
インプがこちらに気づかないうちに、オレは後ろから炎を吹きかけた。インプは一瞬で灰になって消えた。
歩いていると、また見つけた。
炎を飛ばす。
「多いな」
世界学というものは、意識してみると、あからさま過ぎるほどに現実に浸透しているらしい。そのための情報規制だというのに。人の想像力というものは、やはり、なかなか素晴らしいものだ。
そんな甘いことを考えられていたのもつかの間のこと。
翌日、『オレたち』の世界には醜い使い魔が跋扈していた。
なるほど。
オレがここにいることが大切だと言うのなら、この場所を守るために一肌脱ぐのも悪くないかもしれない。
次回、最終話 探していた場所―0
お楽しみに。