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現実世界に戻り、ぼくたちは黒木さんと千堂さんに笑われ、吉岡さんに泣きながら怒られた。陽平は京香ちゃんの手前、それほど語気を荒げることはしなかったが、それでも何か言いたげにしていた。京香ちゃんと二人で話している場面もあったから、もしかしたらそこで何かを言ったのかもしれない。
宗次は結局現われず、あいつには今回の騒動のことを伝えないことにした。あいつはあれで結構繊細だから、こんなことを伝えて――伝えるべきなのだろうけれど――倒れられてはどうしようもない。
「中学校には、あたしのほうから連絡しておいたよ。まったく、いらないものが流行ると迷惑だね、ほんと」
「え? それだけの対応で済ませたんですか?」
もっと厳しい対応をしてくれるとばかり思っていたぼくは、拍子抜けし、少し腹が立った。
「少年、気持ちはわかるよ。でも、そんなことをすると、京香ちゃんの居場所はもっと少なくなるし、京香ちゃんが人外だってことも話さなくちゃならなくなる。そうなったら……わかるよね?」
諭すように言った黒木さんの表情は、言葉とは裏腹に悔しそうだった。
「佐倉少年に張ってもらった札があるから、これから何年かは中学校内において呪術は使えないよ。それこそ誰かが気づいて、あの札が発揮している結界を解除させないと」
ひとまず、『アカガミさま』による被害はなくなるだろう。けれど、人を呪い、危うく殺しかけた同級生たちは、その事実を知らない。結局のところ、解決にはなっていないのかもしれない。
「人を呪わば穴二つ……。そうしたいかい? そうなったら、彼らが助かる術はないだろうね。だって、彼らにはあたしたちみたいな、助けてくれる人なんていないんだから」
後味も悪いよ。と、黒木さんは付け足した。
申し訳無さそうに話す黒木さんを見ていると、なんだか申し訳なくなってきて、ぼくはそこで話を終えた。
よくわからなかったのは、ぼくたちが現実世界に戻った時、リンクスが姿を消していたことだった。交換条件として、あの安アパートに住むことを提案してきた彼女。けれど、事件が終結し、数日たった今でも、彼女はぼくたちの前に姿を現していない。
この町から出て行った。
そんなことも思ったけれど、彼女は自分の言葉に誠実で、嘘はつかないと思っている。だから、きっとまだこの町にいるはずなのだ。黒木さんに頼んで、管理人さんに話をつけてもらっているから、あとは本人が来ればいいだけなのに。
「別れの挨拶だったのかもね」
リゼが言う。
「どういうこと?」
「旅人って言ってたでしょ? だから、町を去る時にそこで出会った人に別れを言うのに、少し抵抗もあったんじゃないかな?」
「旅人なら、別れには慣れてるはずじゃないのか?」
「あっ、そっか」
けれど、それも案外ない話じゃないのかもしれない。
ぼくにはわからないけれど。でもまあ、二階の吉岡さんの隣の部屋。そこはリンクスの為の部屋になっている。
「タク」
「うん?」
リゼは窓から顔を出して、グラウンドを歩く、明らかに学生じゃない格好をした人物を指差した。
「あれ、リンクスじゃない?」
「あ」
その人物はぼくたちの視線に気づいたのか、それともぼくたちが気づくのを待っていたのか、こちらに振り返り、少しだけ恥ずかしげに手を振った。
銀色の髪が、風にゆれた。
次回、閑話『灰谷琴音の物思い』
お楽しみに。