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スクランブルワールド2  作者: 人鳥
第二話 イタズラな悪意
15/27

5

 今日は大幅更新です。

「こりゃ酷い。誰だい? どうしてもっと早く言わなかった? まあ、平野少年が悪いわけじゃないんだが……さて」

 なんだか久しぶりに、黒木さんがこんなに一気に話した気がする。前はショットガンのように話していたのに。

 今もだけど、最近シリアスな事件が続いていたからだろうか。

「それにしても……あたしがついていながら、こんなことになるとはね。少年、ちょっとおつかいだ」

「なんですか?」

「あたしの部屋の、テレビを置いてる引き出しの真ん中の段の最奥に、木の箱がある。それを取ってきてほしい」

「わかりました」

 相変わらず、京香ちゃんの表情は苦しげだ。

 後ろ髪引かれる思いで部屋のドアを開ける。

「いや、やっぱりあたしが行く! 京香ちゃんを頼む」

 黒木さんが慌てた様子でぼくの肩をつかみ、有無を言わさぬ勢いで部屋から出て行った。部屋が散らかっているのかもしれない。

「本当、普段は子どもっぽい人だな」

 博識の魔法使いとは到底思えない。

 また京香ちゃんの傍らに座る。

 汗がにじんだ手を握る。柔らかな手。けれど、その手は『アカガミさま』の影響なのか、インフルエンザにでもかかったかのように熱い。

 勢いよくドアが開き、黒木さんが駆け込んできた。その手には確かに木の箱があった。

「さて、ちょいちょいと解呪をしてあげよう」

 黒木さんは箱から一枚のお札を取り出すと、ぺちぺちと京香ちゃんの額を叩き始めた。

「……黒木さん?」

 ぼくには、この行為が『アカガミさま』の呪いを解く行為には、全く見えない。むしろ、苦しむ少女を、紙切れでぺちぺち叩いて楽しんでいる、性悪女に見えてしまう。

「よしよし、顔色がよくなったね。あとはしばらく安静だよ。って、今言っても聞えないか。それにしても、穏やかな寝顔はかわいいねぇ。少年、これはちょっとくらい手を出してもいいんじゃないか?」

 確かに顔色もさっきよりは良くなっているし、寝顔も幾分穏やかになっている。よもや、あんな適当極まりない行為で、ここまでの効果が出るとは思わなかったけれど。

「だけど、それとこれとは別ですよ。ていうか、そんな思い出したように饒舌キャラに戻らないでください」

「うるさいよ。ったく。そういうツッコミは、この部屋を出てからにしてくれないかな?」

 やだやだ、と、手をひらひらさせながら歩く黒木さんに続いて部屋を出る。

「で、だ。少年、とりあえず、佐倉少年を呼んでくれないか?」

「え? どうして陽平を」

「はあ……ほんと、こういう時の少年は全く使えないね。だめだよ、ほんと。佐倉少年と京香ちゃんは、同じ中学の同じクラスじゃないか。忘れたとは言わせないよ? ほら、この事実だけで、ちょっと話を聞く価値はあると思えるだろう? それに、少し頼みたい仕事もあるしね」

 本当に思い出したように饒舌キャラに戻ったな、黒木さん。

「その仕事って、ぼくにはできないんですか?」

 ぼくにできることなら、別に陽平に頼む必要は無い。それにぼくにできることならしてあげたい。

「物理的には可能だね。でも、色々な()()()()によって、それは困難だ」

 回りくどい。今日の黒木さんは機嫌が良いようだ。もしくは極限に悪いか。

「いいから、早く呼んでちょうだいよ、少年」

「わかりましたよ」

 陽平はすぐに電話に出た。

「なんだよ」

「ご挨拶だな。ちょっとアパートまで来て欲しいんだけど」

「あん? なんでまた。虚構絡みで何かあったのかよ」

「勘がいいな、その通りだ。詳しいことはこっちで説明する。黒木さんもいるから、急いで来い」

「おい、ちょ……」

 何か言いかける陽平の続きを聞かず、ぼくは電話を切った。

「どうしてあたしがいると、急いで来なくちゃいけないのかな?」

「美人のお姉さんを待たせるのは、礼儀に適ってませんからね」

「よく言うよ」

 黒木さんは小さく笑った。そして急に表情を厳しいものに変えると、やはり真剣な口調で言った。

「あれ、『アカガミさま』とか言ってたっけ?」

「はい。さっき簡単に説明しましたけど、どうも近隣の中学で流行ってるみたいです」

 京香ちゃんの通う中学も――例外ではなく。

 京香ちゃん、その被害者となった。

「『アカガミさま』ね。赤紙さま? 赤神さまなのかな?」

「いや、口頭で言われても区別つきませんよ」

「いや、まあ、そんなに深く考える必要はないよ。ただね、どうして『アカガミさま』と呼ばれるようになったのか、と思ってね。不思議じゃないかい?」

 別にぼくは、そんなことを思ったことは無いけれど。

「そうですかね? こっくりさんとエンゼルさんみたいなもんでしょ?」

 黒木さんは大げさにため息をついて、これだから素人は、とでも言いたげな顔で肩をすくめた。

「やれやれ……これだから素人は、とでも言いたげな顔に見えた? ふふん、あたしはそんなことは言わないよ。ただね、こっくりさんとかエンゼルさんとは全然別物ってこと。それにね、名前を変えただけでこっくりさんと同じ……って、そういうこと言いたかったわけ?」

 言いながら気づいたのか、黒木さんは意外そうな顔でぼくを見た。

「いや、まあ、そうですけど」

「ふうん。ま、そういうことだとは思うけどね。こっくりさんと違うのは、この『アカガミさま』が占いじゃないってこと。こっくりさんみたいに占って、『何か』を降ろして、自分が悪い目に遭うなら自業自得だけど、人を呪うなんて最低でしかないね。下劣だ」

 吐き捨てるように言った。黒木さんの部屋に入り、ひとまず一息つく。

「今更ですけど、京香ちゃんのそばに誰かいなくて平気ですかね?」

 目が覚めた時、誰かがいたほうがいい気がするのだけど。

「少年は京香ちゃんに対すると、優しいな。なんだ? 気があるのか?」

 にやにやと、黒木さんは楽しげに頬を上げる。

「そういうわけじゃないですよ。単に誰かいたほうがいいかな、と思っただけです」

 残念そうにため息をついた。表情豊かなお姉さんと話をするのは楽しいけれど、どうやら黒木さん相手だと疲れるらしい。というか、よくわからない。

「京香ちゃんが泣くぞ?」

「? どうしてですか?」

 今度こそ本当に呆れられたようだ。

 よくわらかない。

「心配しなくても、リゼちゃんに頼んでる」

「……そうですか」

 相変わらず、いつの間にか手を回している人だ。


 お茶を飲みながら話をしていると、ドアをノックする音が聞えた。

「おーい、きたぞー」

「よし、入れ少年」

 ドアが開く音がして、少し間を置いて陽平が部屋に入ってきた。

「っておいおいおい! どうして俺が部活も早退して必死こいて来たってのに、あんたたちは悠々と茶なんか飲んでんだよ!」

 ダン! と、机を両手で叩いた陽平の額には、確かに玉の汗が浮かんでいた。

「そういきり立つなよ。ほら、少年の分の茶だ。これでも飲んで落ち着け」

「お、おう」

 陽平は黒木さんから湯飲みを受け取り、ぐっと一口飲んだ。

「あっちーよ!」

 淹れたてだから、熱くてもおかしくは無いだろう。けっして、良いお茶を飲んでいるわけではないのだ。

「それより、どうして俺が呼ばれたんだ?」

 依然として陽平は、舌をやく熱さと戦っているようだったけれど、むしろそれから気を紛らわせるように本題に移った。

「『アカガミさま』について吐いてもらおう」

「いや、どうして尋問調なんですか。まあ、そういうことだから陽平、知ってる限り教えてくれよ」

 そう言うと、陽平はなぜか不思議そうな顔をした。

「どうしてあんたたちがソレを知ってるんだ? あれは中学生で流行ってる遊びだろ?」

「遊びっておま――」

 声を荒げたぼくを、黒木さんが手で制した。

「平野少年、こういう認識をするのも仕方ないことだろう? 実害があったことを知らないのだから」

 そう言われれば、ぼくはうなずくしかない。

「実害、あったのか?」

「ああ。中坊の下種な遊びのおかげで、熱を出して大変だったぞ。それに、まだ呪い自体解呪が完了したわけじゃないから、安心できないけど」

 え?

「ちょっと、さっき解呪はできたみたいな口ぶりと態度でしたよ!」

 ちょいちょいと解呪してあげよう、とか、後は安静にしていれば、とか。

 けれど、黒木さんはふるふると首を振り、

「アレは少年を安心させるための嘘だよ。大体、解呪があんなに簡単なわけないじゃないか」

 確かにそうだけど! あんなお札でぺちぺち叩いたくらいで解呪ができたら苦労はしないけど!

 あー、呪い云々よりも、黒木さんに腹が立ってきた。

「ともかく、あの呪いには強い感情を感じたよ。おぞましいほどににね。佐倉少年、君、本当に中学生かい? 中坊があんな負の感情を持ってるなんて、信じたくないよ。それに、京香ちゃんがそんな風に思われているとも、ね」

 強い負の感情。ぼくはそれに対し、何か引っかかりを感じた。何か忘れているような気がする。少し前にそんな話をしたんだ。

 人影兄弟の退院祝いをした日の夜に。

「黒木さん」

「なんだ? 少年」

「京香ちゃんなんですけど、クラスメイトたちとは、あまりうまくいってなかったみたいです。退院してきた日の夜、そんな風なこと言ってました。ほのめかす程度だったので、あまり深く聞けなかったんですけど」

 入院中に誰も見舞いに来てくれなかった、とか、心配してくれる人はいない、とか、そんなことを言っていた気がする。記憶はあいまいだし、ぼくだってお見舞いに行った記憶が無い。我ながら人道的じゃないな。お見舞いぐらい行ってやれよ。

 黒木さんは神妙にうなずくと、陽平に向きかえった。

「今の話、本当か?」

「え? 被害受けたのは人影なのか?」

 陽平が声を上げる。

「そうだ。あとで話そう。とりあえず、今の平野少年の話は本当か?

「ああ、俺が見た感じはそうだな。いや、感じた、と言ったほうがいいかもな」

「どういうことだ?」

「俺自身、どうしてクラスのやつらが、人影のことを嫌ってるのかわからないんだ」

 人を好きになることに理由は要らないように、嫌いになることにも理由は要らない。誰かがそんなことを言っていた気がする。それか何かの本に書いていた。どっちにしても、負の感情を抱くなら理由くらい持ってほしい。

「俺はクラスのやつらが人影を避けてるから避ける、なんてことはしねえから、ふつうに人影に話しかけるんだけどよ、その時の空気がウゼェのなんのって」

 退院祝いをしている時、京香ちゃんが遠慮なく陽平にツッコミというか、注意を飛ばしていたことを思い出す。仲は良いらしい。

「うざいってどういう風に?」

「若者は言葉を知らんね、やっぱり。うざいで済まさないほうがいいよ? もっと本を読

むべきだと思う」

「うるせえよ! とにかく! 俺が人影と話をしてると、人影に対する視線っての? 雰囲気? が俺にも伝わってくるわけよ」

「まあ、それはわからんでもないな。ぼくもそういう経験はある」

 ただ、その感覚がどこまで陽平の言う感覚に近いかはわからないし、それ自体が勘違いだとも言うことはできる。

「だろ? なんかこう、帰れーとか、どうしているのー、とか、そういう……なんだろな? そういう雰囲気があるわけよ」

 陽平自身、それがどういったものなのかを説明するのに、言葉が見つからないらしい。これは語彙の問題というよりは、言葉にしづらいだけなのだろう。雰囲気は微妙なものだから。

「なら少年、これならどうだ?」

 黒木さんは少し間を置いて、激しい嫌悪をにじませながら、

「『消えろ』」

 自分でそういうことすら嫌だというように、言った。

 部屋の空気が変わった気がした。

「黒木、さん?」

「お札で京香ちゃんを叩いてる時に思念を感じたのさ。それこそ、あたしが逃げたくなるほどにね。()()()()()()()()()()()()()()()! そりゃ人間、誰でもそう思うことあるさ。でしょ? 平野少年も佐倉少年も、もちろんあたしも。呪いをかけられた京香ちゃんも。誰でも……でも、行動に移したら駄目だろう」

 その声には激しい怒りがにじんでいた。この町を魔都――というほど大きくないけれど――に変えたあの魔術師に対してでさえ、これほどの怒りは見せなかった。

 黒木さんと同じ部屋にいるだけで、その圧力に押しつぶされそうになる。

「ちょっと、あんた、魔力駄々漏れ……」

 苦しげに陽平が言って、黒木さんはハッと我に返った。

「あ、ああ、すまん」

 ふっ、と圧迫感が薄れ、今度は気まずさがやってきた。黒木さんが頭をかきながら、まるで言い訳するみたいに言葉を繋ぐ。

「まあ、だいたいの事情はわかったよ、うん。佐倉少年、ちょっと頼まれて欲しいのだが、大丈夫か? なに、難しいことじゃないし、命になんらかの危険があるようなことでも、経済的になにか問題が生じるようなことでもないさ」

 曖昧で、こういう事態でもなければ胡散臭いことこの上ない黒木さんの口ぶりにも、陽平は当たり前のようにうなずいてみせた。

 こういう時の陽平は頼りになるよな、ホント。

「そりゃあ、あんた、同級生の友達(ダチ)がひでぇ目に遭ってるのに、黙ってる奴なんかいねぇよ」

「男前だな、陽平」

「おいおい、褒めても竜殺ししかでねぇよ」

 竜殺しはでるのかよ!

「俺は別に、欲しくてこの力を持ってるわけじゃないんだぜ?」

 そういえば、気づけば竜殺しの力を持っていたんだっけ。そう思えば、こいつも世界学の被害者なのかもしれない。

「で、俺に頼みたいことってなんだ?」

 黒木さんはうなずいて、木箱を一つ、机の上に置いた。

「それは?」

 木箱の蓋を外すと、中にはお札が入っていた。黒木さんはそれを一枚手にとって、ぼくらの前に出した。

「これはいわゆる『魔封じの札』さ。今回はこれで魔力を抑える結界を張るってわけだよ。場所はもう見当はついているよね? そう、学校さ。竜殺しの力を使えば、この町内の中学校を全てまわるのなんて、造作もないだろうしね。目立つと思うか? 実は目立たない。竜殺しが全力で走れば、常人には目視できないほどの速度になる」

 そんな馬鹿な、と一瞬思って思い出す。ドラゴンの状態に戻った灰谷と、竜殺しの陽平の戦い。あの時、ぼくは陽平の攻撃が白い線にしか見えなかったはずだ。あの魔術師との戦いの時も、ぼくは気づけば助けられていた気がする。

「まあ、確かにできるぜ? でも、俺には結界の知識なんてない」

「無くても大丈夫。敷地を囲むように張ってくれればそれでいい」

「でも、それだと風とか雨ではがれちゃいません?」

 張り方にもよるだろうけれど、それでもあまり張り付いている時間は期待できない。

「ま、形だけのものだし、はがれちゃってもいいんだけど。お札にこめられた魔力が、学校を包んでくれたらいいわけ。そうしたら結界は効力を発揮し、そうだね、今学校で『アカガミさま』をやってる子たちが飽きるくらいの時間は稼げるね」

 十分な時間、なのかぼくにはわからない。けれど、『アカガミさま』による被害はそれで無くなるだろう。

「『アカガミさま』を正式な方法でやろうとしたら、学校が一番だからね。学校で抑えるのが一番楽だ。ということで頼めるかい?」

「もちろんだ」

 陽平はお札を手に取り、立ち上がった。

「一つの学校には三枚、三角形に貼ったのでいいのか?」

「うーん、確かに『割り切れない』、『分割できない』数だけど、四枚、四角形でお願い」

「了解。ああ、終わったら拓に連絡するぜ?」

 陽平の体を漆黒の鎧が包み、竜殺しの姿になる。

「ああ、よろしく」

「この姿になると『竜を殺せ』ってうるせえんだよな」

 やっぱりまだ、その声は聞えるのか。

 ドラゴン――灰谷琴音。五大竜の一体。

 灰谷を殺すのが竜殺しの存在理由。

「じゃ、行ってくるわ」

 勢いよくドアを開け、級友思いの竜殺しは走り出した。姿はすぐに見えなくなった。


 閉めたはずのドアが、突然、陽平が出て行った時よりもさらに強い勢いで開かれた。

「黒木さん! あっ、タク! キョウカが!」

 嫌な予想しか、できなかった。


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