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スクランブルワールド2  作者: 人鳥
第二話 イタズラな悪意
13/27

3

 誰と話すわけでもなく、それでいて帰る素振りも見せずに空を見上げる細江さんに声をかけた。

「なに?」

 こちらに向き直った細江さんの表情は、今まで見たことが無いほどに冷たい表情だった。

「最近様子が変だから」

「昨日も言ってたね。うん、大丈夫。気のせいだよ」

 少しだけ表情が和らいだけれど、それでも何かがおかしいと感じてしまう。絶対にこれは気のせいなんかではない。

「本当に?」

「ホントだよ」

「嘘、だろ」

 証拠だとか、そんなものがあって言ったわけじゃない。嘘をついているときの細江さんの癖だとか、ぼくはそんなものは知らない。けれど、嘘をついているという確信だけはあった。

「放っておいてよ」

 立ち上がり、細江さんは教室から走って出て行ってしまった。

 少し呆けていたぼくは、慌てて細江さんを追いかけた。

「何で逃げるんだよ!」

 階段の踊り場で細江さんに追いついて、両肩をつかんで聞いた。細江さんは自分の肩をつかむぼくの手を一瞥した後、ささやくような声で言った。

「最初から()()()()って気がしてた。リゼちゃんがこの学校に来るようになった時から、()()()()()()()()()って思ってた。それがとても気になってて……でも、林間学校のときに平野くんに聞いたらそうでもなさそうだったから安心してたんだ。でも、やっぱ()()()()んだよね」

 なんの話なのか、ぼくにはわからなかった。どうしてここでリゼの名前が出てくるのか、どうしてぼくとリゼの名前が出てくるのかがわからなかった。

「ねえ、平野くん」

 細江さんは諦めたような、達観したような目をぼくに向けた。

「今から言うこと、ちゃんと聞いてくれるかな?」

 何かを決意したような目。

 さきほどの諦めの色がにじんだ目とは違う、力が溢れている目。

「もちろん。ぼくはそのためにここにいる」

 事情を聞きだしたのはぼくだ。だから、ぼくがここで細江さんの言葉を、願いを、拒否する権利など、本来的に無い。

 いや、拒否する必要がない。

「わたし……平野くんが、大好きです」


 まるで頭から氷水をかぶったような衝撃だった。

 ぼくの言葉を待つ細江さん。

 そんな彼女を前にしても、頭に浮かぶのはリゼだった。

「……ごめん。ぼくはやっぱりリゼが好きだ」

 だから、本当の気持ちを包み隠さず言葉にする。それが、たとえ細江さんに対する配慮に欠けた行動だったとしても、これがぼくなりの誠意だ。

「知ってる」

 けれど、細江さんは本当にぼくの答えが予測できていたかのように、そう微笑んだのだった。今にも泣き出しそうな笑みだった。

「だけど……だから、これからも友達でいてくれないか」

 嫌なこと言ってるな、と自分でも思う。でも、細江さんが大切な友達であることには変わりない。

「うん。でも、もうしばらく待ってもらえるかな?」

 気持ちの整理、しなくちゃいけないから。

 細江さんはそう言って、ぼくに背を向けた。

「ああ。待ってる」

「うん。ありがと」

 階段を下りていく細江さんを、ぼくは馬鹿みたいに、その場で立ってただ見つめていた。

 本当に、馬鹿みたいに。

 どうしようもないほど、嫌な気分だ。


 リゼには先に帰ってもらっていたため、帰りは必然的に一人となる。久々の一人での下校は、なんとなく寂しかった。最近は必ず誰かと一緒に帰っていたから。

「やあ、虚構を殺す者」

 突然後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにはリンクスが立っていた。

「その呼び方はやめてくれ。それにぼくはそんな奴じゃない」

 言ってから、アイーナに使役されていた使い魔を殺したことを思い出し、また気分が悪くなる。

「ぼくはお前の名前を知らない」

「平野拓だ」

「そうか。しかし、名前で呼ぶのは慣れていない。……そんなことはどうでもいい。少し話しておきたいことがある」

「なんだよ」

 リンクスは、ぴょん、と飛び上がると、ガードレールの上に降り立った。そして当然のようにその上を歩き出す。

 ぼくも特にそれに対して何も言わず、歩みを再開する。

「ぼくは〈旋風に生きる者〉。いろいろと敏感に察することができる。ヒラノ、今、とても嫌なにおいがする。こんな()()()()()()()()()()()は久しぶりだ」

 リンクスは本当に嫌そうに顔をしかめた。

「ぼくは運がないのかもしれない。来て早々、死にゆく虚構のにおいを感じ、その次は汚濁にまみれた風のにおい。ああ、嫌になる」

「その汚濁ってなんなんだよ。リンクス、君の言葉はいつも謎かけみたいだぞ」

 まるでぼくにその意味を伝える気がないような。

 ぼくを試しているような。

「ぼくは〈旋風に生きる者〉。行雲流水あるがまま、ぼくはこの流れに身を任せる。それに、虚構を殺す者。どうせもうすぐ、お前に助言を与える(アドバイザー)がやって来る。霞を食む者がやって来る」

 それが誰のことか、ぼくにはすぐにわかった。

 けれど、それこそ、彼の言葉こそ、謎かけなのだ。それがとても役に立つ助言であったとしても、謎を解くまでの時間が勿体無い。

「ならば、このまま安穏と暮らし、事態が起きてから行動するといい。それでもまあ、遅くないだろう? ぼくは〈旋風に生きる者〉。これ以上は語れない」

 用は済んだとばかりに、リンクスはぼくに背を向けて歩き出した。

「待ってくれ」

 リンクスは立ち止まり、顔だけをこちらに向ける。

「リンクス、君はどうしてそんなにいろんな情報を持ってるんだ」

 自由の身で、いつでもどこでも適当にぶらぶらしているから、というような理由ではないだろう。

「愚問だな、ヒラノ。ぼくは〈旋風に生きる者〉。あらゆる有象無象、あらゆる事象を、ぼくは風により知る。風により感知する」

 今度こそ、本当にリンクスは歩き出した。もっとも、歩いていたのはガードレールの上で、どこまで歩いても目立つことこの上ないのだけど。

 リンクス。

 最後がきまらない奴だ。

 いや、逆にきまっているのか。

「帰ろう」

 リンクスと話していたらなんだか疲れてしまった。煙に巻かれたようにしか感じられないし、狐につままれたような気分だ。


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