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スクランブルワールド2  作者: 人鳥
第二話 イタズラな悪意
12/27

2

 アパートにそろそろ着くかというところで、ぼくはリゼに対する説明を終え、小さく一息ついた。

「じゃあ、わたしたちはみんなから『付き合ってる』ように見えるんだ?」

「ま、まあ、そうなんじゃない?」

 ぼくだってそれを意識してないとは言わない。リンクスによってリゼが救われたあの日以来、ぼくたちはぼくが自分で意識できるほどに仲がよくなった。それを外から見たクラスメイトたちがそう思っては不思議はない。

「じゃあ、ちょっとそれっぽいことしてみよー」

「は?」

 今この吸血鬼はなんと言った?

「ねえ」

 一歩、リゼはぼくとの距離をつめた。

 こんなことになるなら――いや、おいしい状況なんだけど――付き合ってる人について詳しい話をするんじゃなかった。一体どういうことなのかということだけを説明していれば良かった。

「タクってば」

「いやいや…………あれ?」

 別に苦し紛れにこんな声を上げたわけじゃない。

「どうしたの?」

「いや、さっき京香ちゃんが歩いていったんだけど、すごく体調が悪そうだったから」

 歩いていた京香ちゃんは、あまり顔色が良くなく、うつむいて手で自分の体を抱くようにして歩いていた。正面から歩いてきていたぼくたちにも気づいていない様子だった。

「キョウカ、何かあったのかな?」

「どうだろう? ちょっと様子見に行こうか」

「そだね」

 さっきまでのは軽い冗談だったのか、それとも別にどうでも良かったのか、リゼはごく自然にぼくの話題にのった。

 京香ちゃんの部屋のドアをノックする。

「はい」

 いつものような元気のいい返事ではなく、どこか気だるさがにじんだ返事だった。

「入っていい?」

「どうぞ」

 女の子の部屋なので一応許可をとる。

 短い廊下を抜けると、京香ちゃんは今敷いただろう布団の上に座っていた。

「どうしたの? ふたりして」

 口調こそいつもどおりだったけれど、どうも体調のほうは良くなさそうだった。気だるげな表情と、それをさらに際立たせる動き。

「京香ちゃんの様子が変だから様子を見にね」

 京香ちゃんはそれでもわからないのか、何がなんだかわからないという風にぼくたちを見上げた。

「キョウカ、体調が悪いんじゃないの? 顔色もあんまり良くないし」

 リゼが心配そうにしゃがんで聞く。

「そんなことないよ。今日体育があったからちょっと疲れただけと思う」

「体育って……何をしたんだ?」

 中学の体育ってそんなに過酷だったっけ。少なくとも、学校から帰ってきて寝込まなくてはならないほど激しかった記憶はない。それとも時代は変わって、それほどのカリキュラムが構成されていたりするのだろうか。

「えっと……持久走」

 なぜか言いにくそうに京香ちゃんは言った。

「持久走? この時期に?」

「そ、そう。だからね、ホントにちょっと疲れただけだから、大丈夫だよ?」

 ぼくらに心配をかけまいと、京香ちゃんが無理をしていることはぼくにもリゼにもわかっている。けれど、彼女が大丈夫だと言っているのだから、ぼくたちにはこれ以上できることはない。せいぜい、京香ちゃんに呼ばれたときにすぐに駆けつけることくらいだ。

「そっか。ごめんね、いきなり押しかけて。お大事に」

「そんなことないよ、ありがとう」

 京香ちゃんの部屋を出る。

 リゼが「うーん」と難しそうな声を出しながら首をかしげた。

「どうした?」

「気のせいなのかな? キョウカからキョウカ以外の魔力を感じたんだよね」

「京香ちゃん以外の魔力?」

「うん。それほど強くもなかったからもしかしたら気のせいかもしれないんだけど」

 京香ちゃんからそれ以外の魔力を感じた、と聞いてまず思い浮かぶのが、ぼくの〈虚構殺し(シグナルグリーン)〉ように魔力付与(エンチャント)されたものを持っているか、陽平の竜殺しのように内面に虚構を宿している場合。

「気のせいであるのが一番なんだけどね」

 最後に呟くように言ったのが、妙に耳に残った。


 翌日、通学路で塀の上を軽快に歩いている人物を見かけた。

「あれ?」

 その人物は銀色の髪を揺らしながら、それこそ風とたわむれているかのように塀の上を歩いている。

「あの子……」

 リゼが走り出そうとしたとき、リンクスは小さくこちらを向いた。リンクスは小さな笑みを浮かべて塀の上を走っていった。

 風が吹き抜けるように、颯爽と姿を消した。

「見かけたらよろしくって言ってたのに」

 残念そうにリゼが言う。

「恥ずかしがり屋なんじゃないか?」

 まあ、ぼくが話したときにはそんな印象は全く受けなかったけれど。

「そうかな?」

 リンクスが消えたほうに視線を向ける。

 当然だけれど、リンクスの姿はなかった。

「おっすー、拓にリゼちゃん」

 後ろから元気な声が聞えてきた。

「おう、夏樹、珍しいなこんなところで会うなんて」

「おはよう」

「おはよう、リゼちゃん。まあ通学路だしな。会っても別に不思議じゃないだろ?」

 それもそうだ。バス停だってこの近くにあったはずだ。

 今まで会わなかったほうが不思議なのかもしれない。

「ま、たまには一緒に行こうぜ? いいじゃん、両手に花みたいな状況じゃん?」

「主にリゼがな」

「ちょっとわたしそれ嫌だな」

 本当に嫌そうな顔だった。

「ふられたー」

 大げさなリアクションを取る夏樹はいつもどおりだった。一通りのリアクションを取り終えた後、夏樹は何事も無かったかのように会話を進行させた。

「それよりよー、さっき銀髪の子とすれ違ったぜ? つってもその子は塀の上歩いてたけど」

「リンクスだろ、そいつ」

「リンクス? ああ……ああ!」

 忘れていた、と夏樹はやっぱり大げさに手を打った。

「お前の記憶力はフロッピー以下だな」

 あんなに衝撃的な出会いをしたのに。

「いやまあ、()()()()()()()からよ、別人に見えたんだって」

「笑ってた? あの面の皮が鉄でできたようなリンクスが?」

 もっとも、それほど深い付き合いではないから、断言はできないのだけど。というか、あの程度の関係で、ここまで言うぼく自身の気が知れない。リンクスだって、ふつうに笑うことくらいあるだろう。

「ああ、そりゃもう喜色満面を絵に描いたような笑顔だったぜ?」

「へ、へえ」

 満面の笑みを浮かべるリンクス。ぜひ一度、見てみたいものだ。


 教室に入って細江さんに声をかけると、あまり元気の無い声が返ってきた。

「どうしたの? ヤエ、最近元気ないよね」

 細江さんはねっとり、という擬音が似合いそうな視線をリゼに向けた。

「なんでもないよ」

 ささやくような小さな声で発せられたその言葉が、ぼくはどうしても耳から離れなかった。

 中庭で夏樹と灰谷に今朝のことを相談してみた。

 夏樹は困ったように頭をかき、灰谷は呆れたようにため息をついた。

「コトネ、何か知らない?」

 灰谷はもったいぶって水を飲む。ボトルを置くと、またため息をついた。

「人が変わるときは何かしらの影響を受けたときか、周囲の状況が変化したときだ」

「? ……うん」

()()()()()()()()()()

 これ以上言うことは無いとばかりに、灰谷は食事を再開した。

「俺も昨日言ったけどさ、やっぱり細江の問題だぜ。別に誰も悪くないんだぜ?」

 フォローするように言う夏樹。

「なあ、一つだけ聞きたいんだが、夏樹と灰谷は細江さんの様子が変な理由を知ってるみたいだけど、それは細江さんから聞いたのか? それとも見てたらわかったのか?」

 ぼくの質問が意外だったのか、二人ともまじまじとぼくを見つめた。

「見てたらわかる」

「見てたらわかったぜ、まあ、当事者はわかりにくいんだろうけどな。案外、細江自身もどうして自分が元気が出ないのか、わかってないのかもな」

 やれやれと、夏樹は肩をすくめた。

「どうしてもってなら、もう一度細江に聞いてみたらどうだ? もしかしたら話してくれるかもしれないぜ?」

「ああ、一応そのつもりだったんだけど、ちょっと相談したくてな」

「細江もお前やリゼみたいに相談すりゃあいいのにな」

 ホント、そのとおり。

 うまくいかないよな、どうも。

 灰谷はあまりこの話題に興味がないのか、食事に集中している様子だ。自分の目的以上のことをしない夏樹、案外似たもののようだ。

「それはそうと、知ってるか? 最近中坊の間で〈お呪い〉が流行ってるらしいぞ」

「お呪い、ね。どうして足立がそんなことを知ってるんだ?」

「弟から聞いたんだよ。別にいいだろ、そんなこと」

 本当に嫌そうに夏樹が言う。

「で、どんなお呪い?」

 吸血鬼といえど女の子ということか、リゼが興味深々だった。しかし、夏樹は今度は残念そうに真面目な顔になった。

「それがな、そんなに嬉々として聞ける話じゃないんだわ」

「どういうこと?」

 灰谷も興味をそそられたのか、ただ食べ終えただけなのか、弁当とボトルを片付けて夏樹の言葉を待った。

「俺の弟が通ってる中学だけなのか、他の学校でもなのかは知らないけど、とにかく今流行ってるお呪いってのが、どうも〈呪い〉みたいなんだわ」

 呪い(カース)

 幼い頃や、人の好き嫌いができても、その付き合い方がわからない頃に、その嫌いな対象を呪う。ぼくだってそんな時期もあった。もちろん、呪うといっても思うだけだったけど。

 それでも十分だったのだろうか。

「『アカガミさま』だったかな? そんな名前らしいんだ」

 別にそれは天然痘を除けるお呪いという由来でも、戦時中の召集令状が由来でもないのだろう。

「正直『こっくりさん』の方がマシだぜ。こっちは占いだから、元々比較するもんでもないけどよ。でも『アカガミさま』は本気でエゲツナイ。呪いの内容は何でもいいんだ。必要なものは対象の所有物。紙と鉛筆。それから呪いをかける人物三人以上。これだけだ。方法は簡単に説明すると、『こっくりさん』で使用するような紙を作り、文字が書かれた真ん中を空白にしておく。その空白の中に対象の所有物を置く。呪いの内容を四回、全員で読み上げる。所有物を持ち主に返す。使用した紙を呪いをかけた人数分切って、それぞれが持っておく。失敗か成功かを確認したら燃やす。これが『アカガミさま』の一連の流れだ」

 ま、真似しないように何箇所も省いたけど。夏樹は言う。

「まあ今のところ成功例はないらしい。当たり前って言えば当たり前なんだけどな」

 もし成功例があるなら、今頃もっと問題になっているころだろう。夏樹の話では、この『アカガミさま』というお呪い――呪いはまだ教職員の耳に届いていないのか、問題として取り上げられていないらしい。夏樹の弟は、この『アカガミさま』を夏樹が知っているかどうかを聞きたかったらしい。もっとも、話を聞いた後に夏樹が弟に釘を刺したことは言うまでも無い。

「一応聞いておこうか、その『アカガミさま』とか言う呪いはどうなったら効力が発揮されるんだ? 今の説明だと、そこら辺がハッキリしない」

「鋭いな、灰谷。この呪い、効力を発揮するのはお呪いをしたときに使用した物に、その本来の所有者、つまり()()()()()()()()()()()から効力を発揮するらしい」

「なんだ、案外使いにくいんだな。もっと勝手がいいなら足立を殺そうと思ったのに」

 多分冗談なのだろうけれど、灰谷は残念そうにため息をつく。

「俺を殺せるのは愛だけだぜ?」

 知らん。

「ま、そんな感じで『アカガミさま』の存在を知っている人が呪いの対象になったとき、大体の場合効果の発揮と同時にソレに気づく。成功したら、だけどな。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もしくは()()()()()()()()()()()でないと駄目だ」

 そうでないと、呪いであることがバレる。

「ふん。どうせ気づいても解呪はより高度な技術がいる。気づいても解けないだろうがな」

 吐き捨てるように灰谷が言う。どうもご立腹のようだ。

 そしてそれはぼくも同じだった。中学生の間で流行っている呪い。それが本当に効力を発揮しているかどうかなんて、そんなの関係ない。

「早くなくなることを祈るよ」

「だな。弟には絶対に関わるなってきつく言ってあるけどな」

 絶対に関わるな、か。

「それにしても、そのアカガミさまっていう呪いはどこが出所なんだろうね?」

「噂の出所を探ることほど不可能に近いことはなかなかないぞ、リゼ」

「でもさあ、別にその中学だけ流行してるんなら何かきっかけがあってもいいと思わない?」

「あー、確かにリゼちゃんの言うとおりだよな……」

 珍しく夏樹が難しそうな顔で唸る。

「どうせ雑誌かネットかだろう。中学生の知識の仕入れ先はそこらがメインじゃないか?」

 雑誌かネット。考えられる可能性として最も現実的なのがその二つだ。

 アカガミさま。

 些細な中学生の遊びの範囲、なのだろうか。

「ま、俺らが何を考えてもあんまり意味はないだろうぜ? こっくりさんが流行った時みたいに、そのうち沈静化するって」


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