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奇妙な友人は奇妙ゆえに

 協議の結果、ミリアは修の家で寝ることになった。なお、最後まで反論し続けた翔子の意見は誰にも聞き入られることはなかった。

「……魔界、ねえ」

 虫の合唱が心地よい夜。悠也はベッドに横たわり、右手を眺めつつ呟いた。

 思えば、十日も家を空けるのはこれが初めてだ。今までの最長は修学旅行の四日。それも、今回は人類未開の地ときた。

「馬鹿げた話だよなあ……」

 二度と帰れないなんてことはないだろうが、それでも不安は付き纏う。自分は呪いが解けなければあと五日の命らしいし、そもそも魔界なんて時点で不吉すぎる。


 気付けば悠也は、修のことを思い浮かべていた。

「修……か」

 思い返してみると、修と出会ってからというもの、だいたいいつも彼女が傍にいたような気もする。

 いつの間にか、悠也にとって修が近くにいることが自然になっていた。

「明日から、あいつともしばらく会えないのか……」

 そう思うと、少し寂しくもなるかな。

 ……これは恋愛感情ってやつか?と思い、でもなんとなく違う気がした。

 なら、一体なんなのだろう。答えを考えているうちに、次第に悠也の意識は闇に沈んで行った。



「……で、なんでお前がいるんだ?」

「いつもの通りだ」

 翌朝。まだ日も昇っていないうちに目覚めた悠也が最初に見たのは、修と――

「お、おはようございます」

 ――その影に隠れるように座るミリアだった。

「意外とかわいい寝顔だったじゃないか。ふむ、ミリアのもだが、無防備な姿というのもなかなかのものだな」

「お前なあ……」

 悠也は怒ろうとして、なんとなく戈を収めた。

 昨夜、あんなことを考えていたせいか……面と向かうのがちょっと気恥ずかしかった。


「今は四時半か。まだ時間的な余裕はあるな」

「ありすぎるだろうが……」

 ゲート開放が正午。そして今は四時半。差し引きで七時間半の猶予があった。

 とはいえ、悠也も相当早くから寝ていたのでそれほど眠くもなかった。

「そういや、ここからゲートまではどれくらいかかるんだ?」

 悠也がベッドから出たので、そこに女子二人が鎮座。例によって悠也は床の座布団だ。

 ベッドの上で足をぱたぱたさせていたミリアは、思い出したように答えた。

「そういえば言い忘れてましたね。えっと、ゲートは土地として存在するものではないんですよ」

「は?」

 対する悠也の理解度はゼロ。


「あ、あう……」

 ミリアは困ったように修に視線を送る。……彼女は説明というものが苦手なのか。

 修は嘆息しつつも苦笑して口を開いた。

「恐らく、ゲートと聞いて悠也は大きな扉のようなものを想像したと思うが……言ってみれば、ゲートとはある種の異空間みたいなものなんだよ」

「異空間?」

「ああ。私たちが今いるこの空間とは別次元の空間。そこには、必要なものさえあればどこからでも一瞬で行けるんだ」

「へえ……で、その必要なものって何だ?」

「わかりやすく言うなら、入場券みたいなものかな。……そうだ悠、ここで初めての魔法体験ができるぞ」

「ほほう……」

 そこで悠也の瞳の色が変わった。なんだかんだ言って、魔法には興味津々なのだ。

「そりゃ、ジャンル的にはどんな感じなんだ?ルーラ的なあれか」

「だいたいあってる。まあ、どちらかというと旅の扉に近いかな」

「あ、あの……何の話ですか?」

 ミリア一人が置いてけぼり。すまない、と修は逸れた話の軌道修正にかかった。

「まず、ゲートに行くのに必要な承認カードを用意する。これはミリアが人数分持っているそうだ。魔法に携わる者なら簡単に手に入るから気兼ねしなくていいだろう」

「そっか。ありがとな」

「いえ、元はわたしのせいですから……」

 悠也の感謝の意すらもネガティブに受け取ろうとするミリアを制して、修は続ける。

「ほら、いちいち暗くならないの。そのカードを持ったら、頭より高いところに掲げて呪文を唱える」

 こんな風にな、と言いつつ、見本として修は手を挙げた。それを見て、悠也も真似をしてみる。

「うん、そんな感じだ。それで、そのまま呪文を唱えればゲートに飛べる。呪文は短いからすぐ覚えられると思うが、これは後で教えよう」

「ああ、わかった」

「さて、ここまでで何か質問はあるか?」

「ひとつだけあるな。なんでわざわざこんな時間に来たんだ?」

「目が覚めたからだ。他に理由はない」

「なん……だと……」

 それだけの理由で俺の睡眠時間は削られたのか……と硬直する悠也を無視し、修は隣へ向き直る。

「こんなものでいいかな、ミリア。……ミリア?」

 ミリアは思考に耽っていたのか、修に呼ばれ慌てて顔を上げた。

「……あ、はい。ありがとうございます」

「なんだ、まだ眠かったのか?ぼーっとしちゃって」

「あ……あはは、そうかもしれないです」

「まだ寝ててもいいんだぞ?時間は問題ないんだし」

「うーん……それじゃ、お言葉に甘えて……」

 どこか危なげなまま、悠也のベッドにもぞもぞ潜り込むミリア。

「っておい、ここで寝るのか!?」

 と、悠也の反応に驚いたのか、ミリアはベッドから顔だけひょこっと出した。

「あ……だめでしたか……?」

「いや、さっきまで俺が使ってたからさ。気にならないなら別にいいんだけど」

「ああー……わかりました。それじゃ、悠也さんの分も半分空けときますねー」


 一瞬、場が凍った。


「なっ……!?」

「何一つわかってねえ!何を言いだすんだお前は!?そして修も変な反応するんじゃねえ!!」

 しかし悠也の突っ込みも虚しく、ミリアは気にせず再びベッドに潜り込んでしまうし、修はなんだか冷たい空気を纏っていた。

「それじゃ、おやすみなさいー……わあ、悠也さんの匂いだあ……」

「……私は先に降りてるよ。邪魔をしたら悪いしな」

 バタン、というドアを閉じる音が虚しく響く。

「……どうして俺だけがこんな目に……」

 精根果てたように、悠也は誰にでもなく一人ごちた。


「……すぅ」

 そんな彼などお構い無しに、ミリアは全くマイペースに寝息を立てていた。

「どうしてこいつはこんな無防備にいられるんだ……」

 もちろん一緒に寝られるわけもなく、すっかり目も覚めてしまったので、修の後を追うことにした。



「あれ?せっかくのチャンスを棒に振るのか、悠」

「ひょっとして、お前はアホなのか?」

 再び顔を合わせた修は、何事もなかったようにいつも通りの軽口を叩く。

 さっきのもそういうからかいの一貫なのだろうと納得し、悠也も普段の調子で返した。


 冷蔵庫から戻ってくるところだったらしい修は、白濁した液体の入ったマグカップを手に椅子を引いた。

 一応注記するなら、マグカップの中身は牛乳だ。

「本当に寝ててもよかったんだぞ?まだこんな時間だしな」

 起こした張本人が何を言うか、なぜ勝手に人の家の牛乳を飲んでいるのか、まさか本気であのベッドで寝ろと言うつもりか。

 突っ込みどころは沢山あったが、悠也はあえてそれを飲み込んで修の向かいに座る。

「……ま、お前ともしばらくお別れだしな。時間もあるし、もう少し話したくなってな」

「は?」

「え、え?」

 せっかく悠也が軽く恥ずかしいこと言ったにも拘らず、修は「は?何言ってんの?」みたいな冷たすぎる反応。

「いや、だって俺は今日から十日は魔界にいることになるんだぞ」

「それにどうして私が行かないこと前提なんだ?」

「えっ」


「……来るの?」

 修ははあ、と深くため息を吐いて、マグカップに口をつけた。

「君たちだけで異界の地だなんて、心配で放っておけるか」

「ぶふっ!?」

「なっ……、なんだ、人がせっかく心配しているというのに!」

「……鏡見ろ」

 言われて後ろの姿見に振り向く修。


「っ!!」

 そこに映っていたのは、口元に牛乳がくっきりついた修の顔。

 ついさっき、白ひげ状態のまま真顔で諭していたことになる自分を思い出し、修は思いっきり赤面する。それとほぼ同時に超スピードで口元を拭き取った。

「…………」

「…………」

 沈黙が重い。

「……忘れろ」

 新鮮だ!


 これが、これがギャップ萌えというヤツか!ひょっとして、それを狙っての白ひげか!

 ならば修、その策は大成功だぜ!ああ畜生め、俺は今、猛烈に萌えている!!


 ……と、悠也が心の中で絶叫したかどうかはわからないが、彼の右手が自然とガッツポーズを取っていたことだけは事実だった。


「……忘れろ。いいな」

「……ああ、わかった。俺は何も見ていない」

 そうして二人はひとまず平静を取り戻し、修は牛乳を飲もうとしてやめた。


「……つまりな、何も知らない悠と何もかもが不安なミリアだけでは、何かがあった時に対応できる気がしない、ということだ」

「ま、そこは否定しないけどよ。実際お前が来て何をできるんだ?まさか、お前も魔法が使えるなんて言わないよな」

「いや、言う」

「……ああ、やっぱりか畜生。もう、むしろお前は何ができないんだよ」

「んー……特にないな」

「えー……」

 要はなんでもできるという、何気なくとんでもない発言をしながら、修は特にその話を広げる気はないようだ。仕方ないので悠也もスルーしようと思ったところで、修はポケットから何かを取り出した。

「なんだそれ?」

「これが私の使う魔法だよ」

 それはマークのようなものの描かれた紙。修は慣れた手つきで紙を折り、ふと宙へ投げた。


「うわっ!」

 瞬間、紙はポン、と弾け、小さな狐のような姿に変わった。

 手のひらサイズの狐は愛おしそうに修の手に擦り寄る。

「式神、というヤツだ。聞いたことはあるだろう?」

「あー……なんか、漫画とかで陰陽師かなんかがよく使うアレか」

 修は狐を撫でながら、背中をトン、と叩く。と、狐は先ほどの紙に姿を戻してしまった。

「ずばりそれだ。実はな、私の家系は代々陰陽師なんだよ」

「へぇー……そりゃ知らなかったな」


 初耳の情報に驚きながらも、悠也は思う。



 昨日、魔法を信じさせる時もこれを使えばよかったんじゃないか……?

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