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腕の真相と危険な肉食獣

「今日の悠は、精神的だったり物理的だったり、バリエーション豊かにダウンしきりで大変だなあ」

「ああ……まったくだよ……」

 ようやく男の痛みを乗り越えた悠也は疲れ切った面持ちで、修の皮肉に掛け合う気力もないようだった。

 修も悠也に向けてはそれ以上特に何も言及せず、視線を天井へ向けてボソッと。

「それで、その度に待たされる私の気持ちも、誰か汲んではくれないものかな」

「ごめんなさいぃ……」

 修の声もテンションも低い呟きを耳がキャッチし、小柄なミリアはますます縮こまる。

 しばらく微妙な空気が流れた後、修がふっと愁眉を開いた。

「まあ、実際には別に気にしちゃいないよ。ほとんどからかいたかっただけだし」

 それはそれでやだよなあ……とかいう悠也の突っ込みはさらりと受け流して笑う修を見て、ミリアは胸を撫で下ろした。

「…… えと、それじゃご説明しますね。先ほども言いましたが、悠也さんに呪いを掛けたのはわたしです」

「……」

 悠也にも思うところはあったが、ひとまず黙って話を聞く姿勢を保った。

「ただ、悠也さんを狙って掛けたものではありません。わたしが魔術の実験をしていたら、その呪いが暴発してしまって……すみません」

 また長くなりそうなので、悠也は謝罪モードに入ろうとするミリアを制した。

「それはもういい……かどうかは微妙なとこだけど、とりあえず続けて」

「……はい。その呪いは、全身に廻り切るまでは、体色以外は人体になんら影響を与えないものです」

「あー…… なるほど」

 悠也は先日の医者の対応を思い出した。体に異変がないんだから、何かが見つかるはずもない。

「しかし、もし全身に廻り切ってしまえば、呪いを受けた人はその瞬間に……命を落とします」

「……」

 言葉に飾り立てようがなかったのだろう、一瞬の躊躇いの後、ミリアは重々しくそう言い切った。

「タイムリミットはおよそ一週間。掛かったのが一昨日なので、あと五日ほどで限界に至ります」

「……そんな説明をわざわざするってことは、今この場で呪いを解いたりはできないってことか」

「……すみません……」

 図星、と言わんばかりにミリアは目を伏せる。

「……ただ、解呪の方法がないわけではありません。魔界の奥地にある、聖霊の泉の聖水を一口飲めば、呪いは浄化されるはずです」

「魔界、ねえ……」

 いよいよファンタジーじみてきた単語に反応する悠也だが、さすがにその表情は芳しくない。

 と、ここまで黙っていた修が口を開いた。

「眉唾だと思うか?」

「まあ、半分はな。もう半分は信用する。ミリアが嘘言ってるようにも見えないし、登場の仕方も仕方だったし」

「ふむ……」

 修は少し意外だった。実際に魔法を見てもいない悠也が、ここまで柔軟に対応するとは思っていなかった。

「というか、俺にしてみれば、お前のほうがよっぽど不思議だぞ。さっきからむしろミリア側のスタンスで喋ってるけどよ、一体何者なんだお前は?」

「何者もなにも、私はただのクラスメートだよ。一体何を疑っているんだ」

「どうだかねえ」

「まあ……もっと深い関係になったら、イロイロ教えてあげてもいいけどな」

 なぜか「イロイロ」の部分を強調する修。

「……お前なあ」

「も、もっと深い関係って……なんかすごそうですー……」

「何を想像してるんだよ……」

「って、また話が脱線してるじゃねえか!」

 悠也の叫びではっと我に返ったミリア。慌てて説明を再開した。


「え、えっとですね。つまりはその聖水があればいいので、本当はここに持ってきたかったんですけど……ここでちょっと問題があるんです」

「問題?」

「この世界から魔界へ行くには、二つを繋ぐゲートを通らなければならないんです。けど、そのゲートは常に開いているわけではなくて、十日に一度しか開かないんです」

「え、それってマズくないか?」

「次に開くのは明日の正午だから、行くまでは間に合うんですけど……」

「俺が自分で行かなきゃタイムアップ、ってことか」

 悠也の頬に汗が伝う。まさか、冗談抜きで自分が魔界に進出するとは思っていなかった。

「はい……本当に、こんなことになってしまって、ごめんなさい……」

 そして、ミリアが今日何度目かわからない、ごめんなさいモードに移行しそうになるが、

「ふんぬっ!」

「あいたー!?」

 悠也はそれをデコピンで阻止。

「もういちいち謝るな。こうなっちゃったものは仕方ないんだからさ」

「……はい」


「そうとなれば、まずは準備しないとな。魔界に持ってかなきゃいけないものって何だ?……というか、お袋になんて説明するべきか」

「おばさまは寛容な方だから、ありのまま話しても大丈夫だと思うぞ」

 修がさらっととんでもないことを言い出した。

「いやいや何を言いだすかなお前は!?いくらあいつでも信じられるわけねえだろ!?」

「悠は信じたのに、おばさまは信じないと言うのか?私の尊敬するおばさまはそんな器量の狭い方ではないぞ」

「……あれを正面きって尊敬するって言えるお前がちょっと心配だが……ま、そう言うなら修に任せるよ」

 任せろ、と言って部屋を出ていく修。

 悠也はそんな修を尻目に、一緒にミリアのことも話さなきゃ、と思いつつ彼女を見ると、

「あ、うあわわ……」

 自らが破壊した窓と故・パソコンとを交互に見ながら青ざめていた。


「どうしよう……さっきは気が動転してて思い当たらなかったけど、おうちの方になんて言ったら……!」

 今も十分動転している、と悠也は思うが口には出さない。

 慌てふためくミリアの様子を見て、苦笑しながら声を掛けた。

「あー……たぶんそれだったら気にしなくてもいいと思うよ?うちの人、なんというかいろいろとアレなんで」

「アレ……?」

 そ、アレ、と雑に返事をして、

「だからミリアは気を付けろ。ミリアはたぶんあいつの食指が動くタイプだから」

「……?」

 意味深な忠告をくれた悠也に、ミリアが小動物のように首を傾げた。


 その時。

「やああああああああんほんとにかあああわいいいいい!!」

「ひえええっ!?」

 階下から超高速で飛び込んできた何者かがミリアに思い切り抱きついた。

「くそっ!やっぱりドストライクだったか!!」

「済まない、私では止めきれなかった……!」

 何者か――見た目二十代の女性の横行を前に歯噛みする二人。当然ながら、ミリアはなにが起きてるのかさっぱりわからない。

「あああの、お姉さんは一体どうしてわたしに抱きついてわわわわわわ」

「いいのよそんなことは!どうでも!!ああ、今どきこんな魔女っ娘コスの美少女が息子の部屋に来るだなんて!!悠くんも修ちゃんって子がいるのに罪作りじゃないのさ!!」

 ミリアの言うことなど何一つ聞かず、女性は昂ぶるテンションのまま激しく頬擦りする。

 さこに、彼女に息子と呼ばれた悠也が引き剥がしにかかった。

「とりあえず落ち着けお袋!このままじゃミリアが死ぬ!あと俺と修はそういう関係じゃねえ!!」

 悠也が最後の語気をひときわ強めたところで、ようやく女性――悠也の母からミリアは解放された。

「はあ、はあ、はあ……」

 気付けば、全員が息を切らしていた。

 悠也の母、向井翔子。初対面にして、ミリアにトラウマを植え付けた事件であった。



「さっきは取り乱してごめんね、ミリアちゃん。私は悠くん……悠也の母、翔子よ」

 場所は替わって、向井家居間。さすがに悠也の部屋に四人は窮屈なためだ。

 翔子は柔和な微笑みを浮かべてそう言う。だが、それを受けるミリアは顔を引きつらせていた。

「あ、あはは……えと、すごいお若いんですね。わたしてっきり、悠也さんのお姉さんかと……」

 お世辞ではない、正直なミリアの感想を聞き、翔子の瞳がギラリと光る。

「ひっ!?」

「まあったく嬉しいこと言ってくれるじゃないのさこの子ってばいたっ!?」

「やめい!」

「ぶー。別に頭叩かなくたっていいじゃんさー。悠くんけちんぼー」

 けろっとした顔で文句を垂れる翔子に、悠也は頭を抱えてため息をついた。


 確かに、翔子をぱっと見たら悠也の姉と思ってしまうのも頷ける。

 肌はきめ細かく、かすかにブロンドのかかった短めの髪をさする指は白魚のよう。

 ミリアの言うのもわかる、高校生の息子を持つ母親とは思えない若作りだ。

 加えて言うなら、翔子は黙っていればかっこいいタイプの美人とも言える。息子である悠也自身もそう思うほどだった。


 しかし、彼女がひとたび口を開けば、

『美少女はいねがー!私がじっくりねっとり愛でてやるどー!!』

 変態だった。正真正銘の変態だった。


 どうして自分の周りには、こう変なヤツしかいないのか……なんて身の上を嘆いていたら、変なヤツ一号が口を出した。

「それでおばさま、事情はわかって頂けたでしょうか?」

「んーと、ほっとくと悠くんが死んじゃうから、十日ほど魔界まで旅行に行くんだっけ?大変だろうけど頑張ってねー」

「軽いよ!お前いくらなんでも軽すぎねえか!?もう少し疑えよ!!」

「えー。だって本当のことなんでしょ?修ちゃんが言ってたし、冗談で言ってるわけじゃなさそうだったし」

「さすがおばさま、どこかの大衆論主義者とは言うことが違う!」

「お前それでいいのか?修が言ったってだけで荒唐無稽な話を鵜呑みにしてていのか!?あとお前は一言多いぞ修!」

 悠也の突っ込みに、修と翔子が声を揃えてブーイング。悠也のこめかみはひくつくばかりだ。

「あの……魔法に理解を頂けるのは嬉しいんですけど……」

「ん、どしたのみぃちゃん」

「み、みぃちゃん!?」

「そ。ミリアちゃんだからみぃちゃん」

 雰囲気に呑まれそうになりながら、ようやく切り出したミリアに対しても、翔子は容赦なくマイペースに切り返す。

「どうせあの窓とかパソコンのことでしょ。あんなもんみぃちゃんを得るための代償とでも思えばあふん」

「得ないから。な、落ち着けや」

 悠也のドメスティックバイオレンスな延髄チョップにより、今日何度目かのミリア貞操の危機は去った。


「さて……これでだいたいの話は伝わったかな」

「そうだな。そんなわけだからさ母さん、俺は明日から十日間家を空けるぞ」

「なんだいなんだい、さーみしーいなー!まあ私は魔界とか面倒だし行きたくないけど」

「そんなお前が一番面倒だよ……」

 まさに天衣無縫。翔子のマイペースぶりには悠也も呆れるばかりだった。

 その二人を横目に、修が訊ねる。

「それでミリア、今夜はどこで過ごすつもりなんだ?」

「あっ」

 硬直するミリア。どうやら何も考えずにやってきたようだ。

 天然ってのはこんなにも面倒なんだなあ……と心中で嘆息しつつ、悠也は助け船を出してやることにした。

「とりあえず、ウチでいいんじゃないか?」

「え、いいんで……」

 と、ミリアの反応を遮って修が異を唱えた。

「何を言っているんだ!若い男女が一つ屋根の下寝るだなんて……何か間違いが起きたらどうするんだ!」

「起きねえよ!お前は一体なんの心配をしてるんだよ!」

 悠也の反論は意に介せず、翔子も続く。

「そうね……ここは安全のためにも、みぃちゃんは私と一緒に寝るべき!!」

「それだけはダメだ!!俺の部屋で寝るよかよっぽど危険だ!!」

 そして、その悠也の言葉に反応したのはミリア。

「ゆ、悠也さんと同じ部屋で……!?」

「そりゃ例え話だよ!!そこで頬を染めるんじゃねえええ!!」

 もういっそ、こいつら全員爆発すればいいのに、とか思う悠也だった。

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