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魔法少女は不思議っ子

「いっ……たたたぁ……」

 しばらくして、先ほど飛び込んだ何かが、さっきまで机だった瓦礫からひょっこり顔を出した。

「はぅあ~……また失敗しちゃった……」

 悠也の部屋へ墜落した破壊者の正体は、一人の少女だった。


 年齢はおそらく十四、五といったところだろうか。肌や瞳の色、顔立ちから、日本人ではなく西洋の人間に見えるが、その口から出たのは日本語のようだ。

 星のついた紫色のとんがり帽子を被り、身に纏うのは薄桃色のひらひらしたドレス。スカートの長さは膝が見えそうなくらい短い。右手には逆さにした箒を持ち、左手には先端に綺麗な装飾のなされた紫色のステッキ。

 彼女の容姿を簡潔にまとめるなら、魔法少女だった。


 ただし、この時の悠也に少女の服装を気にする余裕などなく、ただ自分がこつこつ貯めた貯金をはたいて、先月ようやく購入に踏み切ったパソコン(\99,800、税別)の残骸を前に、茫然自失としていた。

「あ、あ……」

 言葉を忘れ去ってしまったように、間の抜けた声を漏らす悠也の前で、少女は不器用に瓦礫を這い出る。

 その際、破壊された中でも原型を留めていたハードディスクなどを踏みつけ、バキッ、という音とともに、既に息絶えたパソコン(と悠也の精神)にさらなるダメージを与えながら。




「……ふう」

「……」

 少女が瓦礫から這い出た時には、悠也は既に真っ白に燃え尽きていた。


 灰になった男を無視して、一歩前に出たのは修。

「単刀直入に聞こう。君はいったい何者だ?」

「はいぃっ!?」

「いやそんなに驚かれても。むしろ突然の乱入に驚いてるのはこっちなんだけどな」

「あぅ……すみません……」

 心底申し訳なさそうな顔で縮こまる少女に苦笑しつつ、修は(普段悠也には見せない)穏やかな笑顔で空気を和らげる。

「私はなんの被害もないし、この男の私物なんて壊れたって問題ないようなものだから、わざわざ謝ることでもないよ」

「え、ええ?そうなんですか……?」

「そんなものさ。私は神崎修。この呆けてるのは向井悠也だ。よろしく」

「あ……よろしくお願いします」

 軽やかに、あるいは軽々しく無責任な発言と自己紹介する修の雰囲気に呑まれ、何も考えずに返事をする少女。

「さて。君はいったい、どこから、どんな理由でやってきた、どちら様かな?ついでに言うなら、なぜこんな急襲のような訪問方法だったのかも問いたい」

「え、あ、えぇ?」

 そして、突然の質問の嵐に、少女は呆気にとられる。

 修は意地悪そうに、あるいはからかって満足そうに、笑いながら続ける。

「いっぺんに聞きすぎたかな?答えられるものから答えてくれればいいよ」

「……えと、その……」

 しかし、少女の口から出るのは煮え切らない返事だけ。

「何か言えない事情でもあるのかな?」

「……いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「だったら話してほしいな。謝る必要はないが、いきなり人の家に、それも窓を破って現れたのなら説明のひとつは聞きたいものだ」

 修の表情にも口調にも変化はないが、どことなく凄みを滲ませていた。

 なお、人の家などと言っているが、ここは修の家ではない。

「はぅあ~……」

 笑顔でプレッシャーを放つ修に押され、気の弱そうな少女はさらに縮こまり、消えてしまいそうだった。

 そんな様子を見ては、修といえど少々ばつが悪い。

「……済まない。別に責めたてるつもりはないんだ」

 多少滲ませていた険がとれた修の変化に気づき、少女は顔を上げる。

 彼女はしばらく逡巡するような表情を見せていたが、やがて口を開いた。

「……その、いきなりでは信じていただけないと思うのですが……」


「わたし、魔女なんです」



「……」

 沈黙が流れる。

 少女は一瞬だけ哀しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に変わった。

「……なんて、冗談ですよー。魔女なんているはずないですし……」

 そう言う少女の笑顔はどこか不自然で、貼りつけたような印象がとれた。


 が、

「……ふむ。いや、そうとも限らんよ?」

「え?」

「私はこれでも、オカルト方面は割と信じているクチでね。まあ、そういった見地から言わせてもらえば、君の格好は少々胡散臭すぎるが」

「へぅ……」

 不意をついたダメ出しにへこむ少女。

 彼女の心境を知ってか知らずか、修はとにかく、と言い切る。

「君が魔女である、という話はひとまず信用することにするよ」

「ほ、本当ですか!?」

「本当だよ。今ここで嘘をつく意味もないしね」

 目まぐるしく変化を続ける少女の表情がようやく弾けた。

 先ほどのぎこちない笑顔とは違う、心の底からの破顔は、眩いほどに綺麗で、つられて修も微笑みをこぼした。


「どうぞ」

「あ、失礼します」

 修は無事だったベッドに腰掛け、その隣にミリアを座らせた。

「それで、名前はなんというんだ?このままでは呼び方に困る」

「あ」

 そっちが先でしたよね、と照れたように笑い、少女は自らの名を告げる。

「エミリア・シュトローム、といいます。友達にはミリアなんて呼ばれたりするので、そう呼んでいただけると嬉しいです」

「そうか。よろしく、ミリア。私のことは修でいいよ」

「はい、修さん、よろしくお願いしますっ」

「呼び捨てでいいよ」

「あ……すみません……」

「別に謝らなくてもいいってば」

 間髪入れない突っ込みに、ミリアは再び謝ろうとして、口をつぐむ。

「あぅ……でも、やっぱり修さんのほうが呼びやすいです……」

「ならそれでいいよ。もし意識して敬語を使ってるなら、その必要はないと思っただけだから」

「これは口癖みたいなものなので……変、ですかね?」

「そんなことないよ。とにかく、変に気負わずに接してくれればいい」

 ミリアは嬉しそうに、帽子の鍔を弄りながら笑顔で頷いた。


 ミリアの表情には、もはや不安や緊張は一切なく、完全に修に心を許しているようだった。

「でも、修さんがいい人でよかった。魔女だからってことで拒絶されるのが怖かったから」

「人が魔法を信じられないのは、その者の常識に反しているからだが、常識などというものは、時に容易く引っ繰り返るものだ。しかし、大抵の人間はその変化を受け入れられない。全く、魔女という存在は肩身が狭そうだ」

「……でも、修さんみたいな人もいますから」

「割合は実に少なさそうだがね」

 ミリアは困ったように笑う。


「……では、本題に入ろうか」

 ほえ?とかいう間抜けな返事をするミリアを置いて、修は最後の質問をする。

「一体どこから、どんな用事で来たんだ?まさか、偶然ではあるまい」

「……それは……」

 ミリアの笑顔に、再び影が差す。

「まあ、概ね予想はついているよ。まずは、悠が別世界から戻るのを待とう」

 悠也を顎で指す修を見て、ミリアは思い出したように表情を強張らせた。

「あ……あれってやっぱり大事なものなんですよね……どうしよう……」

「大丈夫だってば」

「あうぅ……」



 なお、悠也が我に返ったのはそれから十五分が経った頃であった。



「おはよう」

「あ、ああ……」

 ようやく返事をした悠也の表情は、苦虫と梅干しをいっぺんに噛み潰したようなものだった。


 さらに、

「あ、あの……ごめんなさい……大切なものを壊してしまって……」

 目の前に映るのは、泣きそうな顔で謝罪を繰り返すミリアの姿。

 経緯を考えればミリアは不法侵入と器物損壊の犯人であり、悠也には責めるどころか訴える理由すら充分にあるのだが、いたいけな少女に半泣きで謝られる状況では、悠也にしても責める気にもなれない。

 結果的に、

「あー……いや、まあ、パソコンなんてまた買えばいいし、さ……特に大事なデータがあるわけでもなかったし……」

 大事なデータがあまりないのは買ったばかりだったから、というのはさすがに言えなかった。


「ほら、大丈夫だったろう?基本的に悠の私物は、壊してもごめんで済む問題だから気にしなくていいよ」

「……修、俺はなんとなくお前が腹立たしい」

「やり場のない怒りを何も悪くない身近な人にぶつける八つ当たりか。おおこわいこわい」

 確かに修は何もしていないのだが、態度や言動から、自分には修を責める権利があると確信する悠也であった。


「……まあいい。とりあえず修、説明を三行で頼む」

 順調に溜まるストレスを必死に抑え、悠也は努めて冷静に聞く。

 こういう時は、とりあえず修に説明を求めればだいたいわかるものなのだ。

「彼女はミリア。ミリアは魔女。ミリアは悠に用があるそうだ」

「へえ……はあ!?」

 しかし、残念ながら今回はよくわからなかった。



「また魔法か……」

 悠也は力なくため息をついた。

「信じていただけないでしょうか……?」

 そして、眼前にはなおも潤んだ瞳のミリア。チワワとかの愛玩動物を連想させる目だ。

 この状況に対しても、またか、と言いたかった。

「あーくそ、信じてやらあべらぼうめ!」

 半ば自棄になり、よくわからない叫び声をあげる悠也。

 すでに、修の前で魔法を信じる宣言をしていて、その上パソコン大破という衝撃を乗り越えた現在、悠也はなんでも来い状態にあった。

「よかったぁ……」

 ――とりあえず、この子の泣きそうな顔は反則だと思う。


「それで、……ミリアさん、だっけ?」

「あ、呼びつけで構いませんよー」

「わかった。えーと、ミリアは魔女なんだよな」

「そうですよ。お望みなら、簡単な魔法もお見せできます!」

 そう言って胸を張るミリアのそれは、ううむ、意外と……。

 童顔巨乳、などという単語が浮かんだ雑念を慌てて振り払い、普通の調子を取り繕って悠也は返答する。

「んー、それも興味あるけど、今は先に話を聞いときたいな」

「そうですか……」

 今度は露骨にしょんぼりしてしまうミリア。なんというか、感情の起伏が激しい子だ。

 悠也が普段親交のある異性というと、オールウェイズポーカーフェイスといった修くらいなので、こういう反応は新鮮でもあった。

「……」

 と、なぜか修が悠也をじっと見ていた。無表情で。

 なんとなく恐怖を感じ、悠也は慌てて思考に区切りをつける。

「ま、まあそれは後で見せてもらうとしてさ。その魔女が俺に用があるってことは。……やっぱ、こいつの話なんだろ?」

 そう言って、悠也は右手を肩のあたりまで持ち上げてみせる。

 ついさっき、修から黒魔術だの呪いだの言われたばかりなのだ。突然魔女が現れたりしたら、関係があるとしか思えない。

「……そうです。それはわたしが掛けた呪いです」

「そっか……」

 返答に得心すると同時に、悠也は考える。


 ――修いわく、これは強力な呪いで、こんなものを掛けられるとなれば、その相手には相当恨まれてるらしい。

 ――ミリアとは当然面識もないし、あったとしても様子を見る限りは嫌われてるようでもない。

 ――そもそも、呪いを掛けたのならわざわざここまで来る必要もないはずだ。

 ――なら、一体ミリアはどういった理由でやってきたのだろう?


 そこまで考えたところでふと前を向くと、何かが勢いよく飛び込んでくるのが目に入った。

「ごめんなさっ、あ痛っ!!」

「はぅあっ!!」

 その正体は、突然頭を下げたミリアの頭。その目の前には悠也がいて、ミリアの被るとんがり帽子の先端が、ちょうど悠也のデリケートな部分へ突き刺さる。

 勢いよく頭を下げたところで、帽子がなにかにぶつかって、バランスを崩してそのまま前につんのめる。

 ミリアは、お辞儀からそのままコケるという珍技を披露してみせた。


「あいたたた……」

 それでも、ミリアは鼻を軽く打ったくらいの軽症。

 対して、

「……!……!」

 悠也は声すらも出ず、股間のあたりを抑え、苦悶の表情で転げまわっていた。


 そんな様子を醒めた目で眺める修が、ポツリと呟く。

「……何をしているんだ、君たちは」

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