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【1】



【Case1】魂を紅茶に溶かして



 いよいよ幽霊カフェでのアルバイトが始まる。

 支給された制服は白いブラウスに黒い膝丈スカート、黒い腰エプロン。ボトム以外は瑞月さんと同じ格好だ。それに加え、瑞月さん・小鈴さんの連絡先を渡された。


 午前十時ジャスト。

 レジカウンターの前で瑞月さんと向かい合った。


「改めてよろしくね。昨日のキミはお客様だったけど、今日から従業員。遠慮なくビシバシ鍛えちゃいます」

「やっぱり厳しいお仕事なんですね」

「ふふっ、冗談だよ。僕は人を見る目に自信が――あ、ここで言う〝人〟は〝霊力〟のことね。キミが良いものを持っているからと言って、従業員として有能とは限らない。これからじっくり見せてもらいます」


 柔らかなスマイルは昨日と変わらないが、物言いに若干棘がある。〝優しさ百パーセントの王子様〟という印象は私の勘違いだったのかもしれない。少なくとも仕事に対しては厳しいタイプだろう。こちらも気合を入れなければ。


「精いっぱい頑張ります」

「うん、良いお返事だね。仕事を教える前に店内を案内しておこうか」


 瑞月さんは二階へ続く階段を上り始めた。二階にあるのは瑞月さんと小鈴さんの生活している部屋、トイレにバスルーム、納戸。


 続いて屋外へ。

 建物の裏手は広々とした自家菜園になっていた。昨日の夕食に使われていた野菜もここで収穫したものらしい。それプラス、瑞月さんが趣味で育てている花々。季節ごとに異なる種を植えているそうで、今は白・紫色の花が目立つ。


 最後に案内されたのは一階キッチン。

 フロアとの間にドアはあるが、キッチンからの視認性を高めるため常に開放しているとのこと。閉まらないよう足元にドアストッパーが挟まれている。


 キッチンは奥行きがあるものの、設置されている家具家電のせいで閉塞感があった。大きな食器棚とストック棚、冷蔵庫二台、金属製の調理台にガスコンロ。食器棚にはたくさんのティーカップやティーポットがおさめられている。ストック棚には円筒形のカラフルな缶がずらり――この中身が紅茶の茶葉。


「何種類くらいあるんですか?」

「仕入れ状況によるけど、常時十種類以上はあるよ。まずは――」


 瑞月さんは食器棚に指を掛けたが、すぐにその手を引っ込めた。「お客様が来たね」と言いキッチンを出ていく。その姿を追うと、店舗入口に空色のワンピース姿の女性が――透き通った身体の幽霊が突っ立っていた。


 私にとって初めてのお客様。

 緊張で脈が速くなっていく。

 瑞月さんの「いらっしゃいませ」に続けて私も挨拶した。こちらへ振り返った彼が「OK」と呟く。


「キミはここで接客の様子を見ていてね。勉強だよ」


 瑞月さんは円形の木製トレイに水とおしぼりを乗せ、フロアへ出た。幽霊を窓際のテーブルへ案内し、腰掛けた彼女と会話している。もちろん私には瑞月さんの声しか聞こえない。「もう大丈夫ですか?」「今日は例の物をお出ししますね」など――初来店の幽霊でなく顔見知りのようだ。


 一礼して戻ってきた瑞月さんとともにキッチンへ。

 私は引き続き作業を見ているよう指示されたため、彼の隣に立った。


「オーダー。ホットのストレートティー、キャラメルマフィン」

「はい!」と反射的に返事をしてしまったが、作るのは私じゃない。


 それにしても、幽霊が紅茶やマフィンを食すことができるのか。

 甚だ疑問だ。

 お仏壇に供える品のようなものだろうか。


 瑞月さんは食器棚に手を伸ばした。

 取り出されたのは可愛らしい小花柄のティーカップとソーサー。そして無地・透明のティーポット。


「そのポット、まん丸で可愛いですね」

「食器屋さんにはいろんな形状のポットが売ってるけど、うちで使っているものは全部こんな形だよ」

「何かこだわりが?」

「簡単に言うと、丸い形の方が茶葉に良い流れを生む――〝ジャンピング〟って言うんだけど、これによって茶葉の旨味がより濃く出るんだ」


 私は自分で紅茶を淹れることがなく知識もない。エプロンのポケットから持参していたメモ帳を取り出し、得たばかりの情報を書き込んだ。瑞月さんが「素敵な心掛けだね」と微笑する。


 続いて保温機能のある電気ポット。中にはお湯が入っている。瑞月さんはこのお湯を、ティーポットとカップに大量投入した。どちらも溢れそうな状態で、さすがに入れすぎだと思うが……。それ以前に、最初からカップにお湯を注いで紅茶を淹れるのであれば、ティーポットの存在意義が分からない。


「こんなにたくさんお湯を使うのは何故ですか?」

「カップとポットを温める作業だよ」

「温める?」

「紅茶は温度がとても大事なんだ。冷たいカップやポットを使ったら台無しになっちゃう。他にも……たとえば水は、変にこだわってミネラルウォーターを買うより水道水の方が良いんだよ」


 説明しつつ、瑞月さんはホーロー製の片手鍋を用意した。そこに水道水を入れて火にかける――これがストレートティー用らしい。


 お湯が沸くのを待つ間に行うことはキャラメルマフィン・茶葉の準備。業務用冷蔵庫の上段が開けられ、ふわりと甘い香りが舞った。クッキーやマドレーヌ、焼きドーナツやリーフパイなどのお菓子がずらりと並んでいる。


「ここで手作りの焼き菓子を保存してるんだ。常温で保管できる材料・調味料なんかもここ。あえて常温に近い設定にしてあるから変更しないようにね」


 下段には食材やジュースが入っており、そちらは現在《2℃》と表示されている。夏場はこの温度で固定とのこと。業務用冷蔵庫の隣には一般家庭用の冷蔵庫もある。と言っても私の実家にあるものよりずっと大きい。こちらの冷蔵庫は主にストック用。


「璃乃さんも持参したペットボトルとかあれば、業務用冷蔵庫の端っこを使ってね。自由に出し入れして構わないから」

「基本的には水筒を使うと思いますが、必要があればお借りします」

「了解。上段の焼き菓子は仕事が終わったら食べさせてあげるね。下段に入っているタルトも」


 冷蔵庫の下段には円形のケーキケースがあり、その中にイチゴやブルーベリーの乗ったタルトが入っていた。ケーキもお手製とのことだが、パティシエが作ったと言われても納得の出来栄えである。ただしケーキは日持ちしないため、日替わりで一日につきワンホールしか焼かないそうだ。



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