【5】
「彼女が中村璃乃さん。さっき電話で話したとおり、アルバイト(仮)だからね」
紹介を受け「よろしくお願いします」と頭を下げる。「どうも」と簡素な挨拶が返ってきた。
「そして、彼は小鈴朔也。僕と一緒に《ハピネス》を切り盛りしている友人です」
紹介された彼――小鈴さんはにこりともせず、観察するような目で私を見下ろした。物腰柔らかな瑞月さんと対照的に、小鈴さんは厳つくワイルドな雰囲気だ。身長は瑞月さんと同程度だが、息を呑むような威圧感がある。
「ふーん……。蒼唯さんが『一目惚れした』なんて言うから、とんでもない美女が現れたのかと思ってたんですけど……」
がっかりした、とでも言いたげなニュアンスだ。「こら!」と瑞月さんの罵声が飛んだ。
「初対面の方に対して失礼な態度を取らないの」
「すみません。期待しすぎてました」
「朔也!」
「じゃあ『本当に美人ですね』と言った方が良かったですか? 逆に胡散臭い奴だと思われそうですけど」
さらに反撃しようとする瑞月さんを慌てて止めた。
正直「何この失礼な人」という本音が喉元まで出かかったが、小鈴さんの言うことも一理ある。露骨なお世辞を投げられても幾分か不満はあったはずだ。何より、私を挟んで不穏な空気になっていることが居たたまれない。
瑞月さんは柔らかく笑み、私の頭に手のひらを乗せた。
覗き込むようにして顔を寄せてくる。
「一緒に怒ってくれていいですよ? お子様な朔也を甘やかす必要はありません。璃乃さんのように大人の対応を身に着けた方が良いんです」
瑞月さんの瞳にオレンジ色の灯りが映り込み、キラキラと揺らめいている。フェミニンさ漂う雰囲気と端麗な顔、まるで王子様のような瑞月さん――と真逆でヤンキーのように態度の悪い小鈴さんは、「はーぁ」と白々しい溜め息をついた。
「あんた、自惚れるなよ? 蒼唯さんは誰に対してもこんな態度だからな」
「別に私、自惚れたりなんか――」
「そもそも蒼唯さん、不用心が過ぎるんじゃないですか? どこの誰かも分からない女にうちのことを話すなんて」
〝うちのこと〟というのは幽霊絡みの件だろう。
瑞月さんは「いいじゃない」と返しつつ、私の頭から手を離した。
「昔からウェイトレスさんがいたらいいのになーと思ってたんだ。それに僕が引き出した彼女の霊力、分かるでしょ?」
「……確かに自分と似たものを感じますけど。俺はド素人の世話ができるほど暇じゃないです」
「あぁそう。次の〝会合〟で朔也のことをヨロシク伝えておくね」
「……分かりましたよ。俺も面倒見ます」
小鈴さんは「じゃ」と軽く右手を挙げ、ギャラリースペースの奥にある階段を上っていった。彼の態度を一変させた〝会合〟とは何だろう。隣に立つ瑞月さんに訊ねると、「ちょっとした集まりです」と曖昧な答えが返ってきた。
「幽霊に関係するものですか?」
「そんなところです。朔也は苦手なんですよ、いろいろと」
「いろいろ、ですか……」
「では璃乃さん、席に着いていてください。食事しつつ自己紹介の続きをしましょう」
指示されたテーブルで待っていると、二階から小鈴さんが下りてきた。彼は私の斜め前に腰掛け、顔を背けるようにして頬杖をついている。美人か否かなど関係なく、私のことを好意的に捉えていないのが伝わった。何とも気まずい沈黙。
やがてレジカウンターの奥――キッチンから瑞月さんが現れた。彼が持つトレイに乗っていたのは水の入ったピッチャー、グラスに取り皿、フォークやスプーンの入ったカトラリーケース。
続いてサラダボウルが運ばれてきた。コーンとパプリカ、生ハムで彩られており可愛らしい。さらにナスとベーコンのアラビアータ――食欲を掻き立てるガーリックの香りの元はこのパスタだ。バゲットも添えられている。
私の正面に腰を下ろした瑞月さんは「食後にケーキもお出ししますね」と言いながらトングを手にした。取り分けてもらったサラダをいただきつつ自己紹介へと移る。
まずは瑞月さん。
彼は二十七歳。
一個下だが、学年で言えば私と同じだった。
カフェを始めたのは約七年前。
出身は名古屋だが、静かな田舎町でお店を開きたいという想いから川辺町に移住したのだとか。と言っても本人が田舎暮らしに憧れていたわけでなく、幽霊を招くという性質上の都合。
続いて小鈴さん。
彼は二十五歳。
私の三つ下かと思ったら、来月二十六になるとのことだ。《ハピネス》オープン当初から住み込みで勤務。小鈴さんの役割は主に〝仕入れ〟で、キッチン・ホール業務はほとんど瑞月さんの役目らしい。
最後に私。
《ハピネス》に辿り着いた経緯について知らない小鈴さんのため、掻いつまんで事情を説明した。話の最後、彼が「危ない奴」と呟く。
「あんたの車だけで済んで良かったじゃん。人を巻き込んでたら呑気に食事してる場合じゃなかっただろ」
「本当にそうですよね……。でも私、どうにも違和感を拭えないんです。あのときは田んぼ道を走っていた記憶があって……」
《ハピネス》は木々に囲まれた立地。お店の窓から確認する限り田んぼなど見当たらない。まるでどこかにワープしてしまったかのような錯覚を起こさせる。この違和感について、瑞月さんは「結界の効果ですよ」と教えてくれた。
「結界の外からは当店が見えないようになっています。人間には」
「……念のためもう一度確認させてください。私、ちゃんと生きてますよね?」
「もちろん。僕が人間用に用意した食事を美味しそうに食べてくださっているじゃないですか」
……不穏なワードが混じっているが。
確かにパスタはものすごく美味しい。油を含んだナスとトマトの酸味がマッチし、ベーコンは肉厚でジューシーだ。唐辛子の刺激も程よいアクセントとして効いており、味に飽きることなく食べ進めることができる。幽霊カフェでなく、一般的なカフェとして営業しても流行りそう――そんな感想を述べると、瑞月さんは「ふふっ」と上品な笑いを漏らした。
「璃乃さんのお口に合ったようで何よりです。余裕があれば人間相手のカフェもやってみたいんですけどね」
「そっか、二人で切り盛りしていたら手一杯になっちゃいますよね。資金繰りも大変そう」
小鈴さんが「は?」と訝しげに眉をひそめた。
何か失礼なことを言ってしまっただろうか。
慌てて謝罪したが、小鈴さんは私でなく瑞月さんに目を向けていた。
「蒼唯さん、この人に全部話したんじゃないんですか?」
「今日は璃乃さんの霊力を引き出して、アルバイトに誘っただけ。いろいろ説明するのは働き始めてからでいいよ」
「ふーん……。まぁ蒼唯さんに任せますよ」
二人のやり取りの意図が掴めず「どういうことですか?」と訊ねる。口を閉ざした小鈴さんの隣で、瑞月さんが苦々しい笑みを浮かべた。
「簡単に言ってしまえば、僕の実家はお金持ちなんです。開業するときには土地を買ってもらいました。山ごと」
「山ごと!?」
「自己都合で結界を張るわけですからね。場所が場所なのでお値打ちでしたよ」
いくら安いと言っても、一般人がぽんと購入できるものではないはず。
私とは住む世界の違うお金持ちなのだろう。




