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【5】



 朔也は「告白したんですか?」と質問を続けた。

 瑞月さんが照れくさそうに頷く。


「在学中に一回、卒業してから二回ね」

「マジですか。ぶっちゃけ蒼唯さんって女に興味ないのかと思ってたんですけど……。本気で惚れた相手にはしつこいんですね」

「失礼だね、と言いたいところだけど。今思えば本当にしつこい生徒だったと思うよ。最初に振られたときは『自分が学生だからかも』と思っていて、卒業した直後改めて告白したけどダメで。それでもやっぱり諦めきれなくて、二十歳を迎える前にもう一回」

「だいぶ面倒くさいガキですね。俺が先生の立場だったら『いい加減にしてくれ』って言っちゃいそう」

「先生も内心そう思ってただろうな。三回目に告白したとき『瑞月くんに恋愛感情を抱くことは絶対にありません』ってビシッと突き放されたから。迷惑を掛けたくなくて……それから連絡を絶ったんだ」


 瑞月さんがこんなにも心を奪われた相手。もしかして……「結婚願望がない」と言っていたのは、今も密かに涼子先生を想っているから? 考えがそこに至ると同時、身体がすっと冷たくなった。


 しかしはっきり訊くわけにもいかない――と思っていたら朔也が質問してくれた。「今もあの先生のことが好きだから部屋を貸したんですか?」と。


「僕が涼子先生に部屋を貸したのは、昔から彼女の夢を応援しているから。恋愛感情はもうないよ」

「ふーん……」

「そんな疑いの目で見られても困るなぁ。涼子先生はちゃんと理解してくれてるよ? そうじゃなかったら警戒して、うちの倉庫を借りることはなかったはず」

「……まぁ何でもいいですけど。俺を送迎役に使うのはナシってことでお願いしますよ」

「分かってるよ。僕は裏庭の水やりをしてくるね。璃乃さんは開店よろしく」


 瑞月さんが勝手口に向かうと、レジカウンターの裏側から《open》の札を取り出した。朔也は愛想のない表情でギャラリースペースに目を向けている。


「あんたはどう思う? 蒼唯さんたちのこと」

「……どう、って?」

「今は二人ともいい大人だぜ? 昔はダメでも、今ならアリって思うかもしれない」

「でも瑞月さん、涼子先生のことは吹っ切ったって――」

「俺たちに本音を語るとは限らないだろ。あの人、婚約の件も微妙な空気になってるみたいだし。こんなタイミングで惚れた女に再会して、面倒事にならないといいけど」


 瑞月さんの言葉が本心から出たもので、既に涼子先生への恋愛感情がなくなっていたとしても。しばらく送迎役を務めることで、過去の想いがよみがえる可能性がないわけではない。


 霊滅師家系の婚約者に涼子先生。

 どちらも強力なライバルで、私が入る隙なんてどこにもない。

 ……でも。

 黙って見ているだけなんて悔しい。


 婚約者にも涼子先生にもない要素――私だけが持つ要素は《ハピネス》の仕事だ。瑞月さんが大切にしているこのお店の従業員であることは、私にとって唯一のアドバンテージと言えるはず。

 お客様の悩みに寄り添う姿勢、安定して美味しい紅茶を淹れる技術。

 この二点を磨いて、瑞月さんに一目置かれるような女性になるしかない。


「おいあんた。俺の話、聞いてる?」

「……あ、ごめん。ちょっとぼんやりしてた」

「そうは見えなかったけど? なんか必死で考え込んでる顔してた」

「気のせいじゃない? もうこの話はおしまいでいいよ、お店を開けないと」


 歩き出した直後、朔也に腕を取られた。

 鋭い眼が私を見下ろしている。


「あんた、蒼唯さんに惚れてるだろ」

「えっ――」

「顔に出すぎなんだよ。相手が蒼唯さんじゃなかったら絶対気付かれてる」

「……そんなに分かりやすい?」

「かなりね」と呆れた調子で言いながら、朔也は私の腕を離した。


「あの人、他人を思いやることばかり考えてるわりに恋愛下手っていうか……結構モテるくせに、女から向けられる好意にとことん疎いんだよ。それゆえの魔性系なのかもしれないけど、あんたはそこに助けられたんじゃない?」

「私の気持ち、本人に言わないでね?」

「そんな悪趣味なことしない」


 朔也はこれから死魂の仕入れに向かうとのこと。お店を出ていく彼の「常連が来たぜ」という発言を受け、スーツ姿の並木さんを出迎えた。

 並木さんはいつも窓際のテーブルに着き、紅茶と焼き菓子を注文する。今日のオーダーはピースサイン――声が聞こえない私のために彼が考えてくれた合図で、マドレーヌを示している。



 今日の来店は並木さん、その後に訪れた渡辺さんのみで終了。

 午後六時、お店を閉めた。

 普段ならここで帰り支度、挨拶という流れになるのだが。今日は瑞月さんに「時間があれば少し残ってもらえないかな?」と頼まれた。彼は三時頃からアップルパイを作っていた――先日渡辺さんに指摘された味を変えてみたため、試食してほしいとのことだ。了承してテーブルに着く。


 小さな正方形状のアップルパイの見た目は、先日いただいたものと変わりない。フォークで一口サイズにカットし、そっと口に運んだ。正面に座る瑞月さんは「美味しい?」と瞳を輝かせている。


「美味しいですよ。リンゴの触感もしっかり残っていて歯触りがいいです。以前のものと比べてシナモンの風味が弱いせいか、個人的にはちょっと物足りない気もしますけど……そのぶんリンゴの酸味が爽やかに感じられて、甘すぎないのがいいと思います」

「キミ、意外と食レポ上手なんだね。正直あまり期待してなかったんだけど」

「……酷くないですか?」

「ふふっ、そうやってむくれる顔も可愛いよ? 璃乃さんはコロコロと表情が変わるから、見ていて楽しい気持ちになる」

「……えっ……と……。とにかく、アップルパイは美味しいですから。渡辺さんも喜んでくれると思います」

「ありがとう。涼子先生にも差し入れしようかな」


 明後日から一週間、瑞月さんの傍には涼子先生がいる。思わずつきそうになった溜め息を寸前で抑え、アイスティーを飲んで誤魔化した。


「ひとつ訊いてもいいかな?」


 静かなトーンで切り出した瑞月さんに「何ですか?」と返す。彼は申し訳なさそうに眉を下げた。


「不躾な質問になってしまうけど……。キミ、もう過去の恋愛は吹っ切れた?」

「……元彼に捨てられたことですか?」

「うん。酷い目に遭ってから二ヶ月くらい経って、まだ彼のことを想ってる?」

「いえ。しばらく引きずってましたけど、このお店と出会って幽霊と接するようになって――自分の世界が百八十度変わって、いつの間にか忘れてました。あのまま会社に勤めていたら、もっと未練がましく想ってたかもしれませんけど」


 瑞月さんは「そう」とだけ答え沈黙した。

 何故こんな話題を振ってきたのか――逡巡し、頭の中に浮かんだのは涼子先生の顔だった。



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