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【2】



《小椅子の聖母》は、翌朝には元の場所に戻っていた。瑞月さんは用事があるということで外出しており、今朝は顔を合わせていない。代わりに朔也と店番していたが、来客は一人――お喋り大好き元食堂のおばちゃん・太田さんだけだった。


 他の常連や瑞月さんがいないと知った彼女は、代わりに朔也をご指名。私には一声も聞こえなかったが、相変わらずのマシンガントークを繰り広げているようだ。朔也がしきりに「そうですか」「へぇ」など相槌を打っている。


 いつも面倒くさそうな態度ばかり取る朔也だが、お客さんや琥太郎くんと接する様子を見る限り、元来面倒見の良い性格なのだろう。


 太田さんを見送ってから《close》に切り替え、瑞月さんが作っておいてくれたサンドウィッチで昼食。

 その片付けを一人で行っていたとき、カロンとベルが鳴った。瑞月さんはいつも勝手口を使用するため、誰か別の人が入ってきた可能性もある。また小鈴さんだったら、二階の部屋に引っ込んでいる朔也を呼ぶしかない。


 ドキドキしながらフロアに出たものの、お店の入口に立っていたのは瑞月さんだった。その隣に人間の女性が立っている。三十代半ばくらいと思しき女性はサマーニットに膝丈スカートという格好、清楚な雰囲気の美人だった。肩下まで伸びる栗色の髪はつやつやで、ナチュラルメイクなのに目を引くような華やかさがある。


「璃乃さん、おはよう。朔也は?」

「部屋に戻ってますけど」

「そう。ちょっと呼んできてもらえるかな」

「はい」と答え二階へ向かう。


 瑞月さんが連れてきた女性は朔也の知り合いだろうか。妹さん……にはさすがに見えなかった。霊滅師家系に縁のある人かもしれない。


 朔也の部屋をノックし、瑞月さんが呼んでいることを伝える。二人で一階へ戻ると、瑞月さんたちはギャラリースペースへ移動していた。絵画の前で親しげに会話する二人を見て、朔也が小さな溜め息をつく。私は状況を飲み込めないまま、朔也の後に続いた。


「蒼唯さん。その人が?」

「うん、涼子(りょうこ)先生」


 涼子先生と呼ばれた女性は「はじめまして」とお辞儀した。私も頭を下げる。続いて瑞月さんの目が私に向いた。


「申し訳ないけど、僕たちは三十分くらいここを出るから。お店は《close》のままで留守番をお願いできるかな」

「分かりました。掃除しながら待ってます」

「掃除はあとでいいよ。それより、ちょっといいかな」


 瑞月さんに呼ばれ、二人でキッチンへ。

 食器棚の前で向かい合うと、彼は「内緒だよ」とでも言うように、人差し指を唇に当てた。


「涼子先生は霊力を持たない〝ただの人間〟だから。《ハピネス》の実情はもちろん、霊に関することを漏らさないようにね? ここでは〝紅茶セラピー〟を行っている(てい)になってるから」

「紅茶セラピー……ですか。あながち間違いでもないですよね」

「うん。涼子先生は僕の高校時代の恩師でね。ちょっと事情があって連れてきたんだ」

「霊力を持たない人でも《ハピネス》に来られるんですね」

「僕が一緒だからだよ。目隠しとなっている結界さえ抜けてしまえば、《ハピネス》自体は誰にでも見える建物だから」


 ちなみに、琥太郎くんのお世話役・西原さんも霊力を持たないそうだ。西原さんがどんなに道順を覚えても、霊力を持つ者が同じ車内にいなければ《ハピネス》に辿り着くことができないという。そのため、琥太郎くんが岡崎へ戻るときは瑞月さんたちがお見送りしたらしい。当然のようにお店を出入りしている私としてはピンとこない話だが。


「それじゃあ僕たちは出掛けるね。キミは先生に人間用の飲み物を淹れてあげて」

「……え? 私以外の皆さんで外出するんじゃなかったんですか?」

「いや、僕と朔也だけ。涼子先生のことはカフェのお客様だと思って、最低限の接客だけしてくれればいいからね。詳しいことは先生が帰ってから話すよ」


 訳が分からないままフロアに戻る。

 瑞月さんと朔也がお店を出ていき、涼子先生と二人きりになった。唐突な出来事に呆然……としている場合でもない。彼女が声を掛けてきた。


「ごめんなさいね、お仕事の邪魔をしてしまって」

「そんなことないです。あちらがカフェスペースになっておりますので、お好きな席へどうぞ」


 涼子先生がテーブルへ移動している間に、グラスの水とおしぼりを準備。トレイに乗せて運んだ。


「当店にはメニュー表がないのですが……紅茶、日替わりケーキ、様々な焼き菓子などをご用意できます」

「充実しているのね。本当にカフェみたい」

「……え?」

「瑞月くんが言ってたの。このお店、カフェに見えるけどそうじゃないって。心理カウンセリング……紅茶セラピーというものを行っていると聞いたけど」

「あ、はい。そうなんです」

「あなたもカウンセラーさん?」

「私はそんな立派なものじゃなくて、まだまだ新米と言いますか」

「そうなの。もし……予約がなくても受け付けてもらえるなら、瑞月くんたちが戻るまで私の相談に乗ってもらえないかな?」

「いえ、そんな。私じゃ絶対に力不足です。瑞月さんの方が的確なアドバイスをしてくれると思います」

「教え子に悩みを相談するのは嫌なの。それに内容が内容だから……男性には話しづらくて。女性カウンセラーさんの方が嬉しい」


 涼子先生は力なく微笑んだ。

 儚げで切なく見える。

 彼女の華奢な体躯がますますそう感じさせるのかもしれない。


 他者の悩み相談に乗る機会を増やすことは、幽霊の心に寄り添う上でも重要な経験となるはずだ。役に立つアドバイスができるか分からないが、瑞月さんたちが戻ってくるまで話を聞かせてもらおう。


「先にお飲みものを用意しますね。どのような紅茶がお好みですか?」

「じゃあ……暑さが和らぐよう冷たいもので。味は、あなたのおすすめでお願いします」


 先日瑞月さんに教えてもらった、新しい紅茶のアレンジレシピ――暑い時期にぴったりのトロピカル風アイスティーを作ろう。


 キッチンに入ると、冷蔵庫からアイスティーを取り出した。円筒型のグラス、瑞月さんが手作りした果肉入りパインジュース、カットパインも準備。

 グラスに氷、カットパインを五粒入れ、三分の一ほどの高さまでパインジュースを注ぐ。そこにアイスティーを注ぎ入れて完成――パインジュースに甘みがあるためガムシロップは使わない。ティースカッシュも美味しかったが、酸味も感じられるこちらの方が私好みだ。



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