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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case4】小さな妹の、大きな想い
37/47

【9】



「美雪ちゃんが元気になれるよう、このお店の店長さんに意見を聞いてみるから。安心してね」

『そんなこと、しなくていいの』

「どうして? 美雪ちゃんは神様に認めてもらって、天国に行きたかったんでしょう?」

『わたし、わたし……大事なことを思い出したの。お兄ちゃんに謝らなきゃいけないって』


 唐突な発言に戸惑う。

 美雪ちゃんの目線が朔也へと移動した。


『お兄ちゃん、ごめんね。わたしが学校に行きたいなんて言ったから、お兄ちゃんがお母さんに叩かれて……お父さんもすごく怒ってた。お兄ちゃんは何も悪くない、わたしがワガママを言ったせい……そう言おうとしたのに、身体がすごく熱くて声が出なかったの。わたし、そのまま起きられなくて死んじゃった……。全部わたしが悪いのに、お兄ちゃんだけずっと怒られて……わたしのこと嫌いになっちゃったよね? ごめんね、お兄ちゃん。本当にごめんね』


 嗚咽を漏らしながら、何度も『ごめんね』と繰り返す美雪ちゃん。

 その姿が涙で滲んだ。

 少女が抱えるには大きすぎたであろう《懺悔》の心。

 美雪ちゃんの本当の忘れ物は、最期に自分のワガママを聞いてくれた、大好きなお兄ちゃんへの謝罪だったのだろう。


 朔也は腕を伸ばし、美雪ちゃんの頭を撫でた。


「兄ちゃんは美雪のことを嫌ってないぜ? 親に怒られるのが怖かったら、どんな理由があっても美雪を連れ出さなかったと思う。美雪が『どうしても外に行きたい』って願ったのと同じで、兄ちゃんは『どうしても妹の夢を叶えてやりたい』って願ったんだよ」

『そう、なの?』

「あぁ。兄ちゃんってのは、そういうもんだよ」


 大切な二人の妹を持つ朔也だから言えること。

 私一人だったら美雪ちゃんを励ますことができなかったかもしれない。

 朔也は席を立ち、私の額を指で軽く小突いた。


「あんたが号泣してどうすんだよ」

「ごめん、でも……」

「美雪に必要な死魂は分かった。美味い紅茶を淹れてやるから、ちょっと待ってな」


 朔也の姿がキッチンへと消える。

 コートの袖口で必死に涙を拭う美雪ちゃん。

 思いきり抱き締めてあげたくなったが、私には手を握ってあげることすらできない。


「もう泣かないで、美雪ちゃん」

『お姉ちゃんの方がいっぱい泣いてるよ』

「私は大丈夫だよ」

『わたしだって平気だもん。お姉ちゃんなんか鼻水も出てるよ』

「美雪ちゃんもだよ?」


 お互い涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、何を言い合っているのか。苦しく悲しかったはずの涙が、徐々に泣き笑いのようになってきた。


 朔也がテーブルに戻ってくる。

 彼は美雪ちゃんの前にティーカップ、ミニピッチャーに入った牛乳、フルーツパウンドケーキの乗った小皿を置いた。


「お待ちどうさん。子供でも飲みやすいよう砂糖たっぷりにしておいたぜ。牛乳も添えとく」


 美雪ちゃんがパウンドケーキに手を伸ばす。お気に召したようで、『お姉ちゃんも食べて!』と左手を突き出してきた。おそらくパウンドケーキをちぎってくれたのだろうが、私には美雪ちゃんの手のひらしか見えない。


 それでも「ありがとう」と答えた。両手をお皿にして受け取り、ここにパウンドケーキの欠片があると信じて、口に運ぶ仕草を。何度も食べてきた瑞月さんの焼き菓子を想像しながら「美味しいね」と笑う。


 続いて紅茶。

 牛乳がストレートティーに注がれ、マーブル模様のミルクティーへと変化した……はず。


 カップに口を付けたであろう美雪ちゃんの身体が、急激に色素を失い始めた。ほっと息を吐いた彼女が朔也を見上げ『お兄ちゃん大好き』と破顔する。そして私には『お姉ちゃんも大好き』――と。


 次の瞬間、美雪ちゃんの姿が霧散した。


「浄化完了だな」

「そうだね。ありがとう、朔也」

「あんたに礼を言われる筋合いはないけど。蒼唯さんには俺から報告しとく」

「お願いします。……私、鏡を見てきてもいいかな」

「酷いことになってるぜ? つーか客の前で泣きすぎなんだよ。恥ずかしい奴」

「……ごめん。また瑞月さんに注意されちゃう」


 これまでお客様の浄化に付き添い、可哀想だとか切ないだとか胸を痛めてきたが、対話できないことでどこか傍観者になっていた節がある。

 しかし今回は違った。

 幽霊も意志を持つ〝人〟だということ――瑞月さんの言っていたことを、改めて強く実感した。


「……蒼唯さんってさ」

「何?」

「常連を除いて、客のことを絶対に名前で呼ばないんだよ。それはたぶん、今のあんたみたいに情が移ってしんどいからなんだろうな」


 言われてみれば……瑞月さんは美雪ちゃんのことを〝彼女〟としか言わなかった。先日の高校生くんには名前すら伺っていない。


「俺が絵本を朗読したのも、さっきあんたがケーキ食ってたふり(・・)も、他の霊滅師から見たらただの茶番なんだよ。『今から消す霊相手に何やってんだ』って鼻で笑われるぜ? 事実として美雪の魂は消滅した――あの出来事を記憶しているのは俺たちだけで、美雪は〝無〟へと()したからな」

「馬鹿にしたければすればいいよ。絵本の朗読も一緒にケーキを食べたのも、美雪ちゃんが消滅したら無価値になるなんて思わない。その理屈で言えば、いずれ死んじゃう人間全ての思い出が無価値ってことになるでしょ」

「ふーん……。あんたみたいなのが《ハピネス》に来て蒼唯さんも嬉しいと思うぜ」


 現世に留まることを望む常連さんと違い、他のお客様は近々お別れすること前提の出会い。それは私が思っていた以上に、儚く悲しいものだった。


 でも――私は美雪ちゃんのおかげで、幼い頃に憧れた〝お姉さん気分〟を味わうことができた。

 短い出会いにも喜びや学びがある。

 もちろん、出会う相手が幽霊であっても。



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