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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case4】小さな妹の、大きな想い
36/47

【8】



「……僕じゃなくて、兄の話になるんだけど」

「お兄さん?」

「うん。僕と対照的に、兄たちはスムーズに結婚したんだよね。特に一番上の兄と奥さんは傍で見ていて恥ずかしいくらい仲良しで、二人揃って瑞月家を継ぐ気も満々。僕は無理に進めず破談になる可能性もあるよ」


 瑞月さんは抹茶ミルクを飲み干して立ち上がった。柔らかな瞳が私を見下ろしている。


「僕たちも花火に加わらない? 霊滅師の話ばかりじゃ肩が凝っちゃうでしょ」

「そんなことはないですけど……。私、花火なんて久しぶりです」

「僕もだよ。なんだか童心に帰る気分だね」


 元気いっぱいの琥太郎くんに梓ちゃん。

 そんな二人に振り回されて疲れ顔の朔也。

 張り切った様子で花火を選ぶ瑞月さん。

 夏の夜に響く楽しい声。

 私には、どこか遠く聞こえた。



+ + +



 心に芽生えた瑞月さんへの想い。アルバイトの妨げにならなければいいが――なんて思いながら出勤したが、店内に瑞月さんの姿はなかった。今日は婚約者の女性と会うと聞いたものの、何時頃の予定なのかは聞いていない。


 フロアには朔也の姿がある。いつもカジュアルな格好をしているが、今日は腰エプロンを巻いたウェイター姿だ。スタイルが良く(さま)になっている。


「瑞月さんは?」

「戻るのは八時くらい。例の客が来たら俺たちで対応してくれって。客の詳細情報ももらっておいた」

「分かった。肝心の絵本は?」

「午前中には全部届くはずだから。あとで取りに行ってくる」


 正午、お店の札を《close》に切り替えた朔也が出掛けていった。先ほどまで常連の並木さんが紅茶を飲んでいたため、空いたテーブルを片付ける。並木さんの声も一切聞こえなかった。美雪ちゃんの発した「お姉ちゃん」だけが今も脳に刻まれている。


 朔也が帰ってきたのは十五分後。

 六つの封筒を手分けして開封し、テーブルに絵本を並べた。この六冊を美雪ちゃんに確認してもらい、亡くなる間際に読んでもらおうとしていた本があれば浄化へと進むことができる。


 来訪を待つ間に軽食を摂り、午後一時を回った頃。現れた美雪ちゃんをテーブルへ案内した。並ぶ絵本を眺めた彼女が一冊を指さす。唇の動きから「これ」と言ったのは分かったが声は聞こえない。


 美雪ちゃんが指し示した絵本のタイトルは《ニャンタのぼうけん日記》。淡いブルーのネコが描かれている。美雪ちゃんの声を聞くことができずがっかりしたものの、正解があって良かったという安堵の方が大きい。


「読み聞かせは朔也がするんだよね?」

「そ。まずは〝(きよめ)の言霊〟を使うから、あんたは横で見てな」


 ソファに腰掛けている美雪ちゃんに向かって、朔也が左手を突き出す。穏やかな風がふわりと肌を撫でた。


「狭間の世界を彷徨い足掻(あが)(なんじ)へ告ぐ

 清らかなる我が血と魂を

 受け取りたまえ

我苦誘眠安浄がくゆうみんあんじょう〟――」


 柔らかな風がすっと引いていく。朔也は絵本を手に取り、美雪ちゃんの正面に腰を下ろした。美雪ちゃんは顔をほころばせ、大きな動作で拍手している。その音は聞こえないが、私も彼女に合わせて拍手した。おまじないをかけられた彼女の目には、朔也の姿がお兄ちゃんに見えているのだろう。私は二人の間に立ち、様子を見守ることにした。


 朔也は指で軽くメガネを持ち上げると、タイトルコールとともに絵本を開いた。ゆったりとした耳心地の良い朗読が始まる。私もいつの間にか物語に没入していた。美雪ちゃんも嬉しそうだ。


 やがて朗読が終わり、朔也が絵本を閉じる。

 美雪ちゃんとともに盛大な拍手を送った。


 幼い女の子が死後も待ち続けた物語。これでようやく心が満たされ、美雪ちゃんは霧散する――はずだったのに。彼女は何の変化もなくその場に座っている。朔也は絵本をテーブルに下ろし、「おかしいな」と呟いた。


「〝清の言霊〟はちゃんと効いてるんだけど」

「どういうこと? 美雪ちゃんを現世に縛り付けてるのは絵本じゃなかったの?」

「さぁ?」

「さぁ、って……そんなの困るよ」

「いや、俺に訊かれても困るし。こういうの苦手なんだよ。蒼唯さんなら上手いこと話を聞いて、燻ってる感情を引き出してやるんだろうけどさ」

「それなら瑞月さんに電話してみようよ」

「あっちはデート中だぜ? 野暮なことしたくないんだけど」

「じゃあ瑞月さんが戻るまで待たせるの? あと七時間くらいあるのに?」


 朔也が仏頂面で「仕方ないだろ」と答えた直後、『もういいの!』と聞こえた。

 美雪ちゃんの声。

 彼女は目に涙を溜めて私を見上げている。朔也との問答で怖がらせてしまったのかもしれない。ソファの横に膝をつき、美雪ちゃんに視線を合わせた。


「ごめんね、怖かったよね」

『ううん、お姉ちゃんは悪くないの』


 美雪ちゃんの声が、はっきりと聞こえる。

 私にも会話することができる。

 どうかこのまま、彼女の声を私の耳に届けて――。



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