【6】
四台ほど停めることのできそうな駐車スペースで車を降りると、琥太郎くんの案内で玄関へ入った。高級ホテルのロビーのようなエントランスを通り越し、広々としたリビングへ。
天井には巨大なシャンデリア、床には高級感漂うカーペット。でかでかと佇むテレビ、その正面にはベッド並みに大きなテーブル、艶めく黒革のロングソファ。どこをどう切り取っても私の実家とは重ならない。
絢爛豪華なシャンデリアに見惚れていると、エプロン姿の西原さんが現れた。バーベキューの準備が完了したとのことだ。皆で庭へと移動する。
庭の一角にはウッドテーブルが二台設置されていた。その隣にあるコンロの前で梓ちゃんが手を振っている。野菜やシーフードに加え、分厚いステーキ肉が山のように鎮座していた。
今日は瑞月さん・朔也・私がもてなされる側。西原さんと梓ちゃんが手際よく焼いてくれたものをひたすら食べていく。琥太郎くんは調理に手を貸さず、朔也にくっ付いてゲームの話をしていた。
そのうち梓ちゃんが「言い出しっぺなんだから働け!」と臨戦態勢に入り、琥太郎くんは朔也の身体を楯にして逃げようとする――こんなに賑やかな食事はいつぶりだろう。
約一ヶ月前、生きる希望を失っていた自分が嘘のように。
今は心から笑っている。
この場にいる皆に感謝の気持ちでいっぱいだ。
すっかりお腹が膨れた頃、梓ちゃんの希望で花火をすることになった。元気を持て余している琥太郎くんと梓ちゃん、強引に連れて行かれた朔也は庭の隅で花火スタート。食べ過ぎて少し苦しくなっていた私はテーブルで休憩。瑞月さんは正面の席で抹茶ミルクを飲んでいる。西尾産の抹茶を使用したという、梓ちゃんの手作りドリンクだ。
「珍しいですよね。瑞月さんが甘いものを飲んでるの」
「ミルキーな飲み物も好きだよ。お店ではストレートティーを飲むことが多いけど」
「……答えにくい質問だったらスルーしてくれて構わないんですけど、瑞月さんはずっと《ハピネス》を続けるんですか?」
「いずれカフェをたたんで瑞月家に戻るのか否か、ってこと?」
「はい」
瑞月さんは抹茶ミルクをストローでかき混ぜながら、ふっと笑みを漏らした。
「僕は霊滅師家系の方針に反対してる身だから。実家に戻るつもりはないよ」
「悪霊祓いが嫌いだから?」
「そういうわけじゃないよ。キミの中では僕が基準になっているだろうけど、霊滅師は本来〝除霊〟を生業としてるから、害をなす霊もそうでない霊も次々に消し去っていく。霊の言葉に耳を傾けることはない」
「たとえば美雪ちゃんも、瑞月さん以外の霊滅師に出会ったら、有無を言わせず浄化されてたんですか?」
「そう。悪霊祓いに用いる〝負の言霊〟と似たもの――〝黄泉の言霊〟というものを使えば、未練を解消したり死魂を使ったりすることなく霊を消せるから」
〝浄化〟ではなく〝消滅〟。
似て非なるものだと、瑞月さんは実感のこもった言い方をした。
「そういえば高校生くんを浄化したとき、琥太郎くんが言ってましたね。『消せる』って」
「あの子の言うとおりだよ。本来であれば、死魂入りの紅茶を楽しんでもらう必要も、願いを叶える必要もない。霊滅師には彼らを即死させる力があるのだから」
「即死、だなんて……」
「僕は悲しい。でも霊滅師はそんな感情を持ち合わせちゃいけない。前にも話したように、僕たちの仕事は今を生きる人間を守ること。霊が人間にとって悪影響を及ぼす存在である以上、祓わないわけにはいかないんだ。霊滅師家系が途絶えれば、増え続ける霊のせいで人間が滅んでしまう」
一般の人々には分からないところで、霊滅師が人間を守ってきた。大切な役割だということ、必ず継承していかなければならない血だということ。霊滅師家系でない私にも理解できる。だが一方で、血のしがらみに苦悩する霊滅師がいると思うと……心穏やかではいられない。
「璃乃さんも見てきたから分かるよね? 霊は命を失っているだけで、人間と変わりない意志や願望を持っているということ」
「……はい」
「悪霊のように害をなす存在はすぐにでも祓うけど、そうでない霊には可能な限り寄り添ってあげたいんだ。美味しい紅茶とお菓子を提供して、幸せな最期を演出したい」
「私も瑞月さんに賛成です」
「ありがとう。周囲からは『既に死んだ存在、しかも消滅させることが決まっている存在に情けをかけるなど時間とカネの無駄。お前の自己満足、偽善でしかない』と言われちゃうんだけど」
「自己満足でも偽善でもいいじゃないですか。少なくとも私は《ハピネス》に救われました。この仕事をもっと理解したいと思えたのも、初めて接客したお客様が最期に『ありがとう』を伝えてくれたからです」
「キミがそう言ってくれてよかった。……話は戻るけど、僕が霊滅師として仕事するのは悪霊祓いの依頼を受けたときだけ。逆に、その依頼さえこなせば束縛はされない。父とそう約束してる」
それならば、決められた婚約者と結婚するつもりもないのだろうか。
今度こそ訊いてみよう。
「瑞月さんには婚約者がいるって、琥太郎くんに伺ったんですけど」
「いるよ」
あっさりと返ってきた言葉に戸惑う。
家業を継ぐ気はない、でも瑞月家が決めた婚約には従う――いや、私は重大なポイントを見落としていた。〝瑞月さんが自分で決めた結婚ではないが、相手の女性と上手くいっている〟可能性がある。
「もしかしてキミ、僕の結婚に反対? それって嫉妬かな?」
「いえ……。どう考えているのかなって、何となく思っただけで……」
「僕が、愛情のない相手と結婚するような男に見える?」
瑞月さんは頬杖をつき、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
私の反応を見て遊んでいるかのようで、なんだか釈然としない。




