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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case4】小さな妹の、大きな想い
30/47

【2】



「璃乃、ミラステのライブは初めて?」

「うん。ライブ自体もう何年も行ってないな」

「道中気を付けろよ? ミラステのライブがあるときのドームはヤベェから」

「ヤバいって何が?」

「電車も道路もミラステファン――ミラクルズで溢れ返ってる。九割くらいは男だから、揉みくちゃにされるとめっちゃしんどいぞ」


 女性の私は目立つだろうか。

 しかしそんな人混みの中で琥太郎くんたちと合流するならば、目立つくらいがちょうどいいかもしれない。


 ――なんて思っていたが。

 当日を迎えてみると、自分が目立つとか目立たないとか、そんなことは一瞬でどうでもよくなった。どこもかしこも人、人、人。電車の中はぎゅうぎゅう詰めで、都会の通勤ラッシュを彷彿させる。地下鉄に乗る前はにこにこしていた瑞月さんも、いつの間にか笑顔を失っていた。


「この時期にこの暑苦しさは堪えるね」

「そうですね」と答えたが、私は瑞月さんとの距離が近すぎることによる緊張感で身体が熱い。電車が揺れるたびにぶつかってしまい申し訳ない気持ちになる。


 そんな超満員電車からようやく解放されたと思ったら、今度は地下鉄の通路が人だらけ。自力で歩いているのではなく、周囲の人々に密着して押し流されているだけだ。立ち止まったら間違いなくドミノ倒し現象が起こる。

 少しでも大群から逃れようと通路の端をキープした。瑞月さんは私のすぐ前を歩いてくれている。


「璃乃さん、大丈夫?」


 返事をしようとした直後、人の群れから弾き飛ばされた。誰かの足につまずいてしまったようだ。ギリギリでバランスを保ち、盛大に転ぶことはなかった。しかし瑞月さんの姿が見えない。人の波に乗って先へ進んでしまったのだろう。


 このままではまずい。

 急いで追いつかないと――と思っていると、前方に瑞月さんの姿が見えた。流れに逆らって私を探してくれている。喧騒に掻き消されぬよう大きな声で名を呼ぶと、彼はすぐに気付いてくれた。


「無事で良かったよ」

「ちょっと焦りましたけど……って、呑気に喋ってる場合じゃないですね」


 私たちが立ち止まっていてもミラクルズの波は止まらない。先ほどから容赦なく、身体やらバッグやらぶつけられている。気を抜いたら突き飛ばされてしまいそうだ。

 早く群集の波に戻らなければ。

 心の中で気合を入れた直後、左手に温かいものが触れた。瑞月さんが私の手を握っている。


「これならはぐれないよね?」

「で、でも。私さっきからすごい汗で、手もベタベタで――」

「今は歩くことに集中。危ないから絶対放しちゃダメだよ」


 瑞月さんに連れられて人波の中へ戻る。頼もしい彼に後れを取らないよう、しっかり歩を進めた。こんなふうに手を繋いで歩くなんて、まるで恋人同士だ。心臓がバクバクする。

 どうしてこんなに緊張しているのだろう。

 私、瑞月さんのことを恋愛対象として意識しているのだろうか。

 ……いや違う。

 きっとミラクルズの熱気にあてられてしまっただけだ。


 やがてドームの入口が見えてきた。

 瑞月さんが私の手を放す。

 ここから先は各ゲート方向に人が分散するため、多少は余裕を持って進むことができそうだ。タオルで汗を抑えながら歩いていくと、ぶんぶんと手を振る琥太郎くんの姿が見えた。


「お疲れ! 璃乃、なんか顔赤くね?」

「人混みに揉まれて暑くて……」

「そりゃ大変だったな。――あぁそうだ、オレの姉を紹介しねーと」


 琥太郎くんの隣に立っていたのは、黒髪ショートの可愛らしい女の子。《miracle(ミラクル) step(ステップ)》というロゴマーク入りのシャツを着ており、右肩に大きなトートバッグを掛けていた。


「はじめましてっ。白河梓、高校二年ですっ。よろしくー!」


 ノリの軽さが琥太郎くんにそっくりだ。お兄さん二人も似た雰囲気なのだろうか。私も名前だけの自己紹介を行い、梓ちゃんを先頭にドームへ入場した。

 座席はスタンド後列。ミラクル・ステップのメンバーは米粒程度にしか見えないかもしれない。

 そんなことを思っていると、右隣に座った梓ちゃんが双眼鏡を差し出してきた。


「これ、蒼唯と二人で使って。メンバーの顔がよく見えると思うから」

「梓ちゃんはいいの?」

「二個持ってきたから大丈夫。それと――」


 彼女のトートバッグから出てきたのは、形の違う三本のペンライト。今ツアー限定デザインに加え、去年と一昨年のライブツアーで販売されたものらしい。


「せっかくだから璃乃ちゃんたちの分もあった方がいいかと思って。持ってきた」

「わざわざありがとう。お借りするね」


 開演時刻を迎えるとドーム内の明かりが落ち、ペンライトの光が一斉に揺れた。オープニングムービーがスクリーンに映し出され、それが終わると同時にミラステメンバーが登場。梓ちゃんは右手に双眼鏡、左手にミラステメンバーの顔写真入りうちわを持ち、張り裂けんばかりの声で推しの名を叫んでいる。


 反対隣の瑞月さんは周囲に合わせてペンライトを振り始めたのだが。どこからどう見ても楽曲とズレており、一人だけ浮いている。リズム感はあまりないらしい。


 約二時間半でライブは終了。

 ドーム前のショッピングモールに寄るという琥太郎くん・梓ちゃんと別れ、私と瑞月さんは駅へ向かった。もちろん、ライブ帰りのミラクルズの波に乗らざるを得ない状況だ。狭苦しい満員電車に乗り込み、名古屋駅に着く頃になってようやく落ち着いた。


「璃乃さん、まだ時間はある? せっかくだから夕食もどう?」

「はい。ご一緒させてください」

「じゃあ少し移動しようか」


 瑞月さんはごく自然な所作で私の手を取った。夕刻の名古屋駅は混雑しているが、はぐれてしまうほどでもないのに。それに……琥太郎くんからもらった情報が正しければ、瑞月さんには婚約者がいるはず。こんなことをしていいのだろうか。


 当たり前のように私の手を引いて歩き出した彼を呼び止める。瑞月さんは「何?」と小首を傾げた。


「手なんですけど。もう繋がなくていいですよ?」

「あぁそうか、行きもこんな調子だったからつい。失礼なことをしちゃったな」

「失礼だなんて――」

「ごめん。今の発言は忘れて?」


 よく分からないが、つまるところ無意識の行動だったのかもしれない。瑞月さんは私の手を解放し、「行こうか」と微笑して歩き出した。そんな彼の隣に並ぶ。



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