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【Case4】小さな妹の、大きな想い
琥太郎くんが《ハピネス》に来て一週間。
騒々しいお店にもすっかり慣れてきたと感じていた矢先、耳をつんざくような絶叫がフロアに響き渡った。こんな声を発するのは《ハピネス》内に琥太郎くんしかいない。
「マジかよっ! つーかあと二人どうすんだよっ!」
琥太郎くんはスマホを耳にあて、誰かと会話している。
トラブルが発生したようだ。
ギャラリースペースの床掃除をしながら彼の声に耳を傾けた。
「オレと梓は絶対行くとして、蓮兄と凛兄の代わりを見付けねーと……。オレのダチに声掛けるしかねーよな? 梓、行く相手がいなくてオレたちを誘ってきたんだから。つってもライブは明日だもんなー。二人も掴まるかな」
琥太郎くんの発言から察するに、お仲間四人でライブに行くつもりだったが、二人が急用で来られなくなったのだろう。誰のライブに行くのかなと思いながら琥太郎くんの様子を窺っていると、バチッと視線が重なった。彼の瞳が輝く――こちらは嫌な予感が膨れ上がる。
「蓮兄、一人は決まった!」
確実に私のことだ。
明日もシフトが入っている。
遊びに行くことなどできない。
両手でバツ印を作ってアピールしてみたものの、琥太郎くんは完全無視で電話を切ってしまった。
「璃乃、オレの話聞いてたよな? 明日はライブだ!」
「ダメダメ、絶対ダメ! 勝手に決められても困るよ!」
「問題ねーって。チケット代はオレが出すからさ」
「お金の問題じゃないよ。来られなくなったお友達と話し合って決めて?」
「友達じゃなくてオレの兄弟だよ。長男の蓮太郎、次男の凛太郎、長女の梓、最後にオレ」
「兄弟四人でライブに行く予定だったんだ。仲良しなんだね」
「おう。たまにケンカもするけど、一緒にいて楽しい奴らなんだ」
仲良し兄弟だということは存分に伝わってきたが、ライブに同行することはできない。改めてお断りすると、琥太郎くんはニッと歯を覗かせた。
「あと一人は朔兄を誘えばいいよな。店は蒼唯に任せとけばオッケー」
「そんな勝手な。瑞月さんに迷惑掛けちゃダメだよ」
後方から「何の話?」と爽やかな声が――庭仕事をしていた瑞月さんが戻っていた。また琥太郎くんのワガママトークが始まる。
「――ってなわけで。明日のライブ、璃乃と朔兄を連れて行くからなっ」
「そうだねぇ……。会場はどこ?」
「バンテリンドームナゴヤ」
「開演は何時?」
「開場は四時、開演は六時。グッズ販売は朝十時からで、オレと梓はそれに並ぶつもり」
「そう。誰のライブなの?」
「ミラステ!」
超有名な名前が出てきた。
正式名称は《ミラクル・ステップ》。
七人組の人気女性アイドルグループで、テレビ番組やコマーシャルに多数出演している。大して興味のない私でも全員の名前を知っているくらいだ。国民的アイドルグループと言っても過言でない。
それはさておき、質問を繰り返す瑞月さんが乗り気に見えるのは気のせいだろうか。そのうち「僕が行きたい」とでも言い出しそうな雰囲気だ。
「璃乃さんはどう? ミラステのライブ」
「どう、と言いますと?」
「朔也じゃなくて、僕とキミで行く?」
「予想どおりの流れに……。瑞月さん、ミラステのファンなんですか?」
「そういうわけじゃないよ。ちょうど明日、名古屋に用事があるんだよね」
瑞月さんは明日、午後二時過ぎまで名古屋で過ごし、その間は私と朔也に店番してもらうつもりだったのだとか。
説明を聞いた琥太郎くんが「駐車場の仕事?」と謎の質問を投げかける。「それは何?」とつい口を挟んでしまったためか、琥太郎くんが呆れたように笑った。
「璃乃、マジでなんも知らねーんだな」
「……何のこと?」
「蒼唯、じーちゃんから譲り受けた土地を名古屋に持ってんだよ。その土地をコインパーキングにしてんの。土地はデケェし立地もいいとかで、そこそこ稼いでるらしいぜ?」
幽霊のお客様から一円ももらっていないのに《ハピネス》を経営できていること、私にお給料を払うことも、別に収入源があるからだったのか。とはいえコインパーキングの管理そのものは、信頼できる従兄弟に任せているとのことだ。瑞月さんが手伝うこともあるが、明日の予定とは関係ないらしい。
瑞月さんの私用が終わるのが午後二時過ぎ。ライブの開場時刻が四時なら、タイミングとしては悪くないが……私たちがお店を抜けたら朔也一人になってしまう。
「璃乃さんが来る前は、朔也もたまに接客してたんだよ?」
「そうなんですか? 朔也が紅茶を淹れる姿、見たことないですけど」
「あの子、キミのおかげで時間に余裕が出来たから。バイトを増やしたんだよ」
「……バイト?」
「あ、聞いていなかったんだね。朔也はバイクショップでアルバイトしてるんだ」
こちらも初耳である。
朔也はお店にいる時間が少なく、死魂を捜しに出掛けているのだと思い込んでいた。実際は死魂の回収・捜索よりもアルバイト時間の方が長いらしい。
「璃乃さんがライブに行くならお店を閉めるか、朔也に店番をお願いするけど。どうする?」
「私は逆に、瑞月さんがそうしたいなら行きますよ」
「じゃあ行ってみようか。僕もたまには人間の多い場所に行って心身をリセットしないと」
「どういうことですか?」
「害のない霊も悪霊も、多かれ少なかれ〝マイナスの気〟を発しているんだ。〝穢れ〟の話、朔也から聞いたことあるよね?」
「何となくですけど。このお店は幽霊が出入りする影響で、毎日掃除しないと床が真っ黒になってしまうんですよね?」
「そう。どんなに明るくて優しい霊も、身体からは毒々しい穢れが落ちるんだ。これに長いこと触れていると疲労感に繋がる。一方人間は〝プラスの気〟を発していて、毒気を中和してくれるんだよ」
私はたびたび睡魔に襲われてきたが、瑞月さんのように力の強い人でも疲労感があるのか。
明日、琥太郎くんと梓ちゃんは朝から会場入り。瑞月さんは用事が済み次第名古屋駅へ。私は自宅から名古屋駅へ向かい、地下鉄乗り場で瑞月さんと合流してドームへ。その後、三番ゲート前で琥太郎くんたちと落ち合うことになった。




