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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case3】それぞれの人生を彩るもの
27/47

【7】



 勤務が終わったのは午後五時。

 瑞月さんと琥太郎くんに挨拶して駐車場に出たとき、一台のバイクが入ってきた。朔也だ。私の車の隣でバイクを降りた彼に声を掛ける。


「今日朔也のお父さんに会ったよ」

「知ってる、蒼唯さんからLINE来てた。あの親父、どうせあんたのことも攻撃したんだろ?」

「私は平気なんだけど、でも……なんか大変そうだなって」


 こちらから話を振ったはいいが、何を言えばいいのか分からない。

 妙な沈黙が下りる。

 そんな気まずさを破ったのは朔也だった。


「蒼唯さんに誘われてここに来るまで、俺は小鈴家に生まれたことを恨み、その一方で人生を諦めていた。自分が何を思っていようが、相手は相手の都合で勝手に動く。そうやって人や環境に振り回されるのが俺の人生。夢も希望もないまま過ぎ去っていくんだろう……ってさ」

「悲しすぎるよ、そんなの」

「悲しかろうが悔しかろうが、馬鹿みたいに理不尽な現実は変わらないんだよ。あんたも、彼氏に理不尽な捨てられ方をした身だから分かるだろ? 自分の意思や願望なんてあっさり踏みにじられる。人生なんてものは妥協と我慢の連続。足枷で身を繋がれていて、その状態から手の届く範囲の自由を楽しむしかない」


「……それ、自由(・・)って言えるのかな」

「蒼唯さんもあんたと同じことを言ったよ。『キミの人生はキミのものだ、世界は必ず変えられる』ともね。俺を連れ出してくれたあの人には本当に感謝してるし、その恩に報いたいとも思ってる」

「瑞月さんに手を差し伸べてもらったことで、朔也の人生が好転したんだね?」

「そ。親父は未だに納得してないけど、俺を誘った相手が瑞月家の人間――小鈴より権力のある霊滅師家系だから強く出られない。ネチネチ嫌がらせなんかして、中途半端でダサいよな。その点蒼唯さんは、上の世代にも例の調子で突っ込んでいくから尊敬する。あんなの、俺には真似できない」


 夕陽に照らされた朔也の顔が、ふっとほころんだ。

 琥太郎くんにとって朔也は憧れの大人で、朔也にとっては瑞月さんが憧れの存在なのだろう。今は相容れないかもしれないが、いつかお父さんに納得してもらうことができれば――そう願わずにはいられない。



+ + +



 朔也のお父さんの来店ですっかり忘れていたが、私には「好きな子の手料理を食べたい」という高校生幽霊のためにお弁当を作る任務がある。レシピ本と食材を買い込んで帰宅し、就寝前に下ごしらえ。朝は普段より一時間早く起床。気合を入れてお弁当を用意した。


 出勤してすぐ、瑞月さんにランチバッグを提出。併せて竜田揚げを詰めたタッパーも渡した。


「こっちはお弁当の余りなんですけど。良かったら皆さんで食べてください」

「嬉しい差し入れだな。僕はいつも自分で作った料理ばかり食べてるから、これは独り占めしちゃおう」

「一人で食べるには多いですよ?」

「残念だな、キミの愛情ごと独り占めできると思ったのに」

「またそんな冗談を。それ一応、あの高校生くんを想って作ったものですからね?」

「それもそうだね。竜田揚げはあとで美味しくいただきます」


 琥太郎くんと朔也はまだ二階で寝ているそうだ。瑞月さんはこれから二人の朝食を作り、二階へ運ぶとのこと。それが済んだらお店の札を《open》に切り替える。


「彼、お昼頃に来ると言ってたよ。お弁当を楽しみにしてるって」

「本当に大丈夫なんですよね?」

「うん。璃乃さんは彼のために、お弁当をテーブルに広げてあげて? そこから先は僕が援護するから」



 ――迎えた正午。

 現れた男子高校生の幽霊は昨日と同じテーブルに着いた。冷蔵庫に保管していたお弁当を取り出し、電子レンジで温めてから高校生くんのもとへ。瑞月さんは私の斜め後ろに立っている。背後に視線を感じつつ、テーブルにお弁当を広げた。


 ハート模様のフィルムでラッピングした数種類のおにぎり。おかずはネギ入りのだし巻き玉子、彩り豊かなアスパラとパプリカの炒め物、生姜醤油に漬け込んで作った竜田揚げ。


 高校生くんにとっては、どこの誰かも分からないウェイトレスが作ったお弁当――こんなもので本当に浄化できるのだろうか。不安を残したまま一歩身を引く。代わりに瑞月さんが、男子高校生の前へと移動した。彼の頭に向かって左手を突き出す。


「狭間の世界を彷徨い足掻(あが)(なんじ)へ告ぐ

 清らかなる我が血と魂を

 受け取りたまえ

我苦誘眠安浄がくゆうみんあんじょう〟――」


 柔らかで心地良い風が吹き、瑞月さんの髪がふわりと揺れる。

 高校生くんは右手を箸に伸ばした。生気のない真っ白な顔の中で、唇と頬だけが動いている。食事を始めたようだ。


「彼、『すごく美味しい』って」

「私のお弁当でも満足してくれたんでしょうか?」

「うん。僕のかけたおまじないは、相手にVR映像を見せてあげる感覚に近い……と言えば分かりやすいかな? 彼の目に映るキミは、好きな女の子そのもののはずだよ」


 高校生くんは今、好きな人に想いを馳せながらお弁当を味わっているそうだ。瑞月さんの通訳で「竜田揚げが一番美味い」「おにぎりの具がたっぷり詰まってて嬉しい」など、ありがたい感想をいただく。見知らぬ人に手料理を食べてもらうのは初めてで緊張したが、美味しいと言っていただけてほっとした。


 しばらくして完食――もちろん私から見たお弁当は手付かずだが。箸を置くような仕草をした高校生くんは、私に両手を差し出してきた。まるで握手を求めているかのよう。


 戸惑いつつ私も手を伸ばす。

 重ねようとした瞬間、何の感触もなくすり抜けてしまった。彼の手のひらに、私の指が貫通して見える。

 しかし高校生くんの目には握手する(さま)が映っているのだろう。ほんのりと笑みを浮かべ喋っている。「ありがとう」程度なら汲み取ることができそうだが、長い文章になってしまうとまるで分からない。


 手が貫通したままの状態で突っ立っているうちに、高校生くんの姿が霧散した。

 浄化完了。

 彼に触れたわけではないのに両手がじんわりと温かい。



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