【6】
瑞月さんを呼びに行こうと思ったが、最低限の接客をしてからだ。グラスに水を注ぎ、おしぼりとともにトレイに乗せて運んだ。
「ホットコーヒーをくれ」
「申し訳ありません。当店の取り扱いドリンクは紅茶のみとなっておりまして――」
「インスタントで構わない。もちろん人間が飲めるものだぞ?」
この男性、《ハピネス》が幽霊専門カフェであることを知っている。思いがけない出来事に固まってしまった。男性がすっと目を細める。
「貴女のような部外者がここで働いているのには何か訳が?」
「部外者……」
「大した力は感じられないのだが。瑞月蒼唯に弱みでも握られたのか?」
「瑞月さんのお知り合いですか?」
「先に質問したのはわたしの方だ」
「……すみません。私は……弱みを握られたわけじゃなくて、自ら望んでアルバイトをしています」
「そうか。もう結構、貴女のような部外者を詮索する価値はなさそうだ」
……何なの、この人。
部外者という言葉を二度も強調して、ものすごく刺々しい。
瑞月さんのことをよく思っていないのも伝わった。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「わたしは小鈴友則。小鈴朔也の父親だ」
「えっ――」
「朔也は遊びにでも行っているのだろう? 瑞月を呼んでくれ」
戸惑いながらも一礼し、勝手口から外へ。野菜畑で雑草を抜いていた瑞月さんに、朔也の父親を名乗る人物が来店したと伝える。彼は軍手を外して溜め息をついた。
「あの人も本当にしつこいな。やっぱり『朔也は足首を粉砕骨折して動けない』っていう嘘は適当すぎたかな?」
「そ、そんな嘘をついたんですか」
「僕に文句を言うのが趣味みたいで、時々ふらっと来るんだよね。向こうがその気ならこっちにも考えがあるけど。楽しいお喋りタイムの始まりといこうか」
ニタリと笑みを浮かべる瑞月さん。
琥太郎くんに意地悪な返しをするときと同じ顔だ。
何だか不吉な予感……。
店内に戻ると、瑞月さんは畑仕事用のエプロンを脱ぎ、軽やかな足取りでフロアへ出て行った。私は朔也のお父さん――小鈴さんに頼まれたコーヒーを淹れ、彼らが向かい合っているテーブルへと運ぶ。
コーヒーをお出しして下がろうとしたが、瑞月さんに「キミも座って」と引き止められた。大人しく彼の隣に腰を下ろす。小鈴さんの眉間には脳みそのような皺が寄っており、いかにも不機嫌そうだ。
「その女性も、貴方が無理やり引きずり込んだのだろう?」
「さてどうでしょう。僕は彼女と両想いだと思っていますけどねぇ」
「くだらん。朔也を唆した上、今度は部外者と恋愛ごっこか? 好き勝手するにも程がある」
「いやぁ、相変わらず褒め上手ですね」
小鈴さんは舌打ちすると、コーヒーに口を付けた。このピリピリしたムードの中、白々しいジョークを飛ばして笑っていられる瑞月さんのメンタルに脱帽である。私は正直、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。
「貴方の行動が瑞月の名に泥を塗っているとは思わないのかね?」
「カフェを開いたくらいで泥まみれになるのなら、その程度の家ということでは?」
「わたしが言っているのはそういうことではない。喫茶店を開きたいなら、朔也を巻き込まず貴方一人でやれということだ」
「今は璃乃さんも働いているので、朔也を除いたら二人ですね」
「……貴方は人の神経を逆撫でする受け答えしかできないのか? 瑞月家らしい風格と霊力を持つ兄上たちとは大違いの、出来損ないの霊滅師だ」
出来損ない、だなんて。
無礼な発言に腹が立った。
確かに瑞月さんはのらりくらりとした受け答えばかりしているが、それにしても酷すぎる。しかし肝心の本人は、相変わらず涼しい面持ちをしていた。
「そうですねぇ、僕は出来損ないでしょうねぇ。悪霊祓いも苦手です」
「朔也は幼い頃から真面目に鍛錬を積み、才能もある。貴方に唆される前は優秀な霊滅師だった」
「そうですねぇ、朔也は素晴らしい霊滅師ですねぇ。昔も今も」
瑞月さん、絶対にわざと怒らせるような物言いをしている……。いろんな意味で恐ろしい人だなと思っているうちに、小鈴さんが立ち上がった。
「今日は帰らせていただく。コーヒーはいくらだ」
小鈴さんの目は私に向いていた。お出ししたコーヒーはお店のメニューでなく、値段を問われても困る。助けを求めるように瑞月さんを見ると、彼は「お代は結構です」と言った。
不愉快極まりないというオーラをバンバン放ちながら、小鈴さんがお店を出ていく。ようやく緊迫感から解放され、深い溜め息が漏れた。瑞月さんは笑みをたたえたままだ。
「厳格な人でしょ、朔也のお父さん」
「はっきり言って怖かったです」
「昔はあんなにきつい人じゃなかったんだけどね。『息子を瑞月の末っ子に奪われた』と敵意を向けられてるんだ。何度も話をしたけど納得してもらえなくて、朔也を連れ戻そうとしてるんだよね。僕と喋っても埒が明かないと突きつければそのうち引くだろうと思ってたけど、あの調子じゃ無駄かもなぁ」
一般家庭と違う複雑な事情があると分かっていても、朔也が不憫に思えてしまった。それに、出来損ない呼ばわりされていた瑞月さんのことも。
「僕は上手に家と折り合いをつけて好きなことをしてる。朔也は悩みもあるだろうけど、それでも《ハピネス》にいることを選んでくれた。僕たちみたいな人間は特に、嫌われる覚悟が必要なんだ」
「嫌われる覚悟、ですか」
「そう。たとえば好感度が高いと言われる芸能人だって、嫌う人も存在するでしょ? 誰しも万人に愛されることはない。どんな選択をしても必ず、反感を抱く人や邪魔する人が出てくる。それは僕も朔也も覚悟してるから、キミが難しい顔して悩む必要はないよ」
「……顔に出てました?」
「うん。お客様の気配もないし、今日はお店を閉めちゃおう。琥太郎くんもそのうち『おやつ用意しろー』って言ってくるから」
琥太郎くんは二階でゲーム中だろうか。
私は野菜畑の雑草取りを手伝うことになった。




