【4】
「琥太郎くんはいつ頃から二人と親しくしてるの?」
「たぶん三歳くらい? 朔兄は昔からめちゃくちゃ優しくて、蒼唯は昔からめちゃくちゃ腹黒かった」
「あははっ。瑞月さんって綺麗な顔してるけど、ちょっと怖いときあるもんね」
「あいつが綺麗とか喜んでいられるのは最初だけだって。いつも余裕綽々って感じの顔がめっちゃムカつく。性格もマジねじ曲がってるし。口を開けば『宿題しろ』ばっか」
「そこは至極まっとうな意見に聞こえるけど……」
「オレは勉強より、早く朔兄みたいな悪霊祓いをやりたいんだ。悪霊と対峙する朔兄、いつも以上にめちゃくちゃシブくてカッケーんだぜ? オレは朔兄が世界一のイケメンだと思ってる」
琥太郎くんも死魂の回収に同行したことがあるようだ。将来は《ハピネス》の仕入れ要員に加わりたいのだろうか。食事しつつ、そのあたりのことも訊ねてみよう。
中華料理屋さんに到着し、車を降りる。琥太郎くんの後に続いて入店すると、弦楽器と思しきBGMが耳に入った。黒を基調としたお洒落でシックな内装。全室ドアの付いた個室となっているようで、お客さんの入り具合は分からない。
当たり前のように琥太郎くんの希望を受け入れてしまったが、とんでもない高級店だったらどうしよう。ここにきて心配が膨れ上がった。
ウェイターさんに案内された個室で二人きりになると、琥太郎くんはメニューブックを取り、私の方へ寄せてくれた。目が飛び出るような金額ではありませんように、と祈りつつメニューを広げる。ランチセットは二千円前後だ。安いとは言いがたいが、大きな痛手となるほどの金額でなかったことに安堵した。
「私は……五目炒飯のランチセットにしようかな」
「オレはキムチ炒飯と、ふかひれ入り卵スープと、小籠包と、肉たっぷり春巻き。デザートはマンゴーソースの杏仁豆腐」
「そんなに頼むの?」
「全部オススメだぜ? 特に春巻きは絶品だから。璃乃も食べてみりん」
「……みりん? それも三河弁だよね」
「うん。璃乃も春巻き注文する?」
「私はランチセットだけでお腹いっぱいになっちゃうと思うから。やめておくよ」
「じゃあオレが注文したやつを一個分けてやるよ」
琥太郎くんは呼び出しベルを押した。
顔を出したウェイトレスさんに注文し、再び二人きりになる。
「――で? 璃乃はどこまで知ってんの?」
「どこ、って……」
「朔兄たちの特殊能力と血筋のこと」
〝特殊能力〟が悪霊祓いに関することというのは想像できる。
一切聞かされていないのは〝血筋〟の部分だ。
「つーことは、ほとんど何も知らねーってことじゃん。蒼唯のヤツ、それで無関係の璃乃を働かせるとか。鬼畜ヤローだな」
「私は大丈夫だよ? 必要最低限のことは教わってきたから」
「それにしたって不気味じゃね? あんな毒々しい色の結界で固められたカフェで、霊相手に働くなんてさ」
「琥太郎くんには結界が見えるんだね。私にはさっぱり分からないけど……幽霊にも見えるの?」
「いや、奴らには見えねー。匂いに吸い寄せられるっつーか、そんな感じ?」
現世に未練を残す幽霊にとって、甘い香りを発する蜜のようなもの――それが結界。幽霊は「この香りの発生源に行けば成仏できるかも」と無意識下で感じ、お店にやってくるそうだ。香りの効果は半径三十~四十キロ程度。
「じゃあそろそろ本題に入るけど。オレたちは特殊な家業を持つ家に生まれたんだ」
瑞月家・小鈴家・白河家は、除霊を生業として暗躍する名家だという。他にもいくつか血筋が存在し、それぞれの歴史は数百年にのぼるそうだ。現在は除霊が主な仕事になっているものの、呪い・祟りが密かに根付いていた大昔の日本では、その浄化活動も行っていた。
「いわゆる陰陽師みたいなもの?」
「それとは違う。オレたちの世界では、蒼唯とか朔兄みたいな仕事人を〝霊滅師〟って呼ぶんだぜ」
初めて聞く職業(?)だ。
私に限らず、その筋の人以外知らないだろう。
「まぁ霊滅師家系に生まれる子供が全員、除霊できるとは限らねーけどな」
「朔也、悪霊に向かって呪文みたいなのを唱えてたけど。あの呪文を覚えれば誰でも祓えるってわけじゃないんだ」
「うん、それだけじゃダメ。オレはまだ自分の霊力を上手くコントロールできねーから、特殊な指輪で抑えてる」
琥太郎くんは左手をこちらへ伸ばしてくれた。小指に真っ黒なリングがはまっている。何やら模様が刻まれており、宝石などの装飾物はない。
「瑞月家・小鈴家・白河家は主に中部地方を拠点に活動してんだ。鍛錬とかいろいろ面倒くさいし、ウゼェなって思うことも結構ある。蒼唯なんか『悪霊祓いは好きじゃない』とか言って呑気にカフェ経営してるし」
――そこでドアをノックする音が聞こえた。注文した料理が運ばれてきたようだ。二名のウェイトレスさんが現れ、テーブルの上が中華で埋め尽くされていく。
ウェイトレスさんたちが退出すると、琥太郎くんはテーブルの隅に積まれていた小皿を取った。取り分けていただいた春巻きを食しつつ、再び彼の話に耳を傾ける。
「オレたちは特殊な家系だから、不満が溜まってもダチに愚痴ることさえできねーんだよな。これから家のことでムカついたら璃乃に愚痴っていい?」
「大丈夫だよ。でも琥太郎くんがそれだけ不満に思ってるなら、瑞月さんや朔也も?」
「かもな。オレは四人兄弟の末っ子で、そこまで親に期待されてねーんだけど。朔兄と蒼唯は家の操り人形みたいでしんどかったんじゃねーかな。二人で家を出てカフェ始めたのは、霊滅師家系への反抗心とか」
「二人はご長男?」
「朔兄は長男で、妹が二人いる。蒼唯は兄貴が二人いるけど、瑞月家は霊滅師家系の中でもめちゃくちゃ権力の強い家だから。『末っ子だから気楽』ってわけにもいかないんじゃね? そういや先週、婚約者も決まったって聞いた」
「――えっ!?」
つい声が大きくなってしまった。
琥太郎くんの手から箸が転がり落ちる。
「急にデケェ声出すなよ。ビビったじゃん」
「ご、ごめん。瑞月さんに婚約者がいたなんて……私も驚いちゃって」
「霊滅師家系は後継ぎ問題も面倒くさくて、ちゃんと霊力を継承していけるように婚約者が決められるんだ。婚約者以外の奴と付き合っても、最終的には別れさせられておしまい」
「そんな……ものすごい昔の風習みたいなものが、今でも?」
「鬱陶しいだろ? オレは正直、末っ子でラッキーって思ってる」




