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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case2】仕入れの謎と、お客様の謎
20/47

【7】



 瑞月さんに連れられてフロアへ出る。昨日と同じテーブルにお姉さんの姿があり、彼女の前にはティーカップが置いてあった。


 瑞月さんはお姉さんの前に立ち、彼女の頭に向かって左手を突き出した――この構え、朔也が悪霊を祓ったときと同じだ。


「狭間の世界を彷徨い足掻(あが)(なんじ)へ告ぐ

 清らかなる我が血と魂を

 受け取りたまえ

我苦誘眠安浄がくゆうみんあんじょう〟――」


 悪霊祓いのときは、お経のような文言のあとで爆風が襲ってきた。しかし今回は柔らかで心地良い風が吹いている。

 お姉さんの姿がチカッと点滅した。

 他の幽霊より色素の濃かった彼女の身体が、徐々に色を失っていく。


「――これで、お客様が死を選んだときの記憶は戻ったはずです」


 彼女が死を自覚したことで記憶を取り戻し、身体の色が薄くなったのだろうか。

 そんな推測を浮かべているうちに、お姉さんの両目から涙がこぼれ落ちた。瑞月さんが腰を屈め、彼女の頭を撫でる。実際に触れている感触があるのか否かは判別できない。泣きじゃくるお姉さんが何を言っているのか分からないことに耐え切れず、瑞月さんに訊ねた。


「お客様は強い罪悪感を持っていたのです。『大切な妹が心を病んでいることに気付けなかった』と」

「そんな。お客様のせいじゃ……」

「重要なのは責任の所在でなく、お客様が罪の意識に苛まれていたという事実ですよ。そして〝罪の意識から逃れたい〟という自己防衛が働いた――『私のせいじゃない。これは事件なんだ』と思い込むことで心のバランスを保っていた」

「でも……そうして心を保つことができていたなら、どうして命を絶ってしまったんですか?」

「そのバランスが崩壊するような、何らかのきっかけがあったのではないかと」


 お姉さんに目を向ける。

 彼女は涙を拭いながら何かを訴えていた。

 言葉を受け取っているであろう瑞月さんの表情には影が差している。


「……それは辛かったですね」

「お客様の身に何が?」

「知人から『亡くなる直前の妹と連絡を取っていて何の異変も感じなかったの?』と訊かれたそうです」

「それは……酷じゃないですか?」

「知人の方は何の気なしに質問しただけで、責める意図はなかったのかもしれません。しかしその一言は、ギリギリで心のバランスを保っていたお客様にとって、ナイフのように突き刺さってしまったのでしょう」


 人間の心にはキャパシティがあるのだと瑞月さんは語った。

 痛いほど分かる。

 私もつい最近経験したばかりだ。

 もしも解雇通告の前、賢吾に捨てられていなかったら。彼に愛されていたら。私は賢吾に愚痴を聞いてもらいつつ職探しに出掛けていただろう。そうなれば《ハピネス》に辿り着くこともなかった。


 同じ解雇通告でも、心に余裕があるときと多大なストレスを感じているときでは、受け取り方が大きく変わる。人生をも変えてしまう可能性がある。


 お姉さんの場合。

 妹の自殺・それに伴う罪悪感で、心が限界まで張り詰めていた状態――ほんの些細なきっかけでも決壊してしまう(おそれ)があった。それがたまたま知人の発言だったことになる。


 瑞月さんはお姉さんの頭を撫でながら、小さく頷いた。


「妹さんは心を病んでいて、ちょっとした物音や話し声が騒音に聞こえてしまった――もしくは完全な幻聴だった可能性もあるでしょう。心を壊していることに気付き手を差し伸べていたら、大切な妹を失わずに済んだかもしれない。そんな自責の念があなたを現世に縛り付けていたのですね? ――大丈夫ですよ、お客様は『役立たずの姉』などではありません。それ以上ご自身を責めないでください」


 お姉さんは両手で顔を覆い、全身を震わせて泣き続けている。

 痛ましくて直視するのが辛い。

 それでも目をそらすことなく見守っているうちに、瑞月さんが腰を上げた。


「お客様のお望みのままに。オーダー、ストレートティー」


 瑞月さんに連れられキッチンへ。

 彼は先ほど入手したばかりの死魂入りボトルに手を伸ばした。この死魂には《自責》の感情が含まれているという。


「僕のおまじないによって死を自覚したお姉さんは『もう楽になりたい』と……苦痛からの開放を望んでいる。早速この死魂を使うね」

「浮遊霊は死を自覚すると凶悪化するかもしれないって話でしたよね? 今のところそんな感じには見えませんけど」

「現在のお姉さんは死を自覚したばかりで、感情が激しく乱れている――彼女が号泣してるのはキミにも伝わったよね? あの感情がすっと落ち着いたとき、自らの死を受け入れるか、受け入れられずに悪霊化するか。二パターンに分かれる」

「どっちになるか、確率みたいなものはあるんですか?」

「数字までは分からないけど、悪霊化するケースの方が圧倒的に少ないみたいだね。僕自身、目の当たりにしたことは一度もない」

「なんだ、そんなレアケースだったんですね。良かった」

「良くないでしょ。キミを危険に晒す可能性が一パーセントでもある限り、大袈裟なくらい予防線を張らないと」


 瑞月さんがペットボトルのキャップを捻る。中に入っているものは煙に見えるが、フタが空いても流れ出てくる様子はない。ここに《ミックス》の茶葉が投入された。ボトルの半分ほどまで入れ、キャップを閉めて振る。


「璃乃さんにも見えるよね? ボトルの中がどうなっているか」

「はい。茶葉が煙みたいなものを吸収していく(さま)が見えます」

「そう、これで死魂入り茶葉の完成。あとはお客様のことを想い、心を込めて紅茶を淹れる。淹れる側の気持ちは必ず飲む人に伝わるからね」

「死魂入りの特別な紅茶だからですか?」

「そんなことはないよ。一杯ずつ丁寧に紅茶やコーヒーを淹れる人と、他所事を考えながら流れ作業のように淹れる人――全く同じ味になると思う?」

「……たぶん、違ってくる気がします」

「うん。だからひとつひとつの手順を大切にね」


 できたての茶葉を用いて淹れられたストレートティー。透明感のある美しい赤茶色と対照的に、心にずしんと重い臭いがする。


「僕の個人的な気持ちとしては、もっと時間をかけて彼女に寄り添ってあげたいけど……そうしているうちに感情が爆発する可能性がある以上、一刻も早く鎮めなければならない。行こう」


 トレイを持った瑞月さんとともに再びお姉さんのもとへ。彼女はまだ涙を流しており、僅かに震える手をティーカップに伸ばした。ストレートティーを味わい始めたようだ。


 しばらくしてティーカップを下ろしたお姉さんは、瑞月さんを見上げ唇を動かした。彼女の瞳が私にも向く。無表情で何を考えているのか分からない。どんな対応をすればいいのか考えあぐねている間に、彼女の姿が霧散した。


「……お姉さんの心、ちゃんと救われたんでしょうか?」

「大丈夫、死魂はしっかり効いてたよ。最期に『紅茶を飲んだら気持ちが落ち着きました』と言っていた」

「それなら良かったです」

「まぁ慌てて言いくるめてしまったようで、若干もやっとするけどね」


 浮遊霊の悪霊化を防ぐために浄化を急ぐというのは、あくまで人間側の都合だから――瑞月さんはそう言いながら表情を曇らせた。


「僕はね、霊も人間も本質は同じ生き物(・・・)だと考えているんだ。でも、人間と霊に向き合う姿勢を――寄り添う姿勢を同じにするわけにはいかない。選択しなければならないんだ」

「……選択?」

「僕が守らなければならないのは今を生きる(・・・・・)人間。霊が人間と同じように意思を持って会話できる相手だとしても、優先すべきなのは朔也や璃乃さん、そしてその他大勢の(せい)を紡ぐ人間なんだ。どちらかを選ぶなんてこと、本当はしたくないんだけどね」


 瑞月さんは信念を貫きながらも様々な葛藤を抱き、ときに自分を曲げ、今を生きる人々を守るため尽力している。彼の儚げな笑顔を見て、そう実感した。



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