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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case0】絶望が運命を変える――始まりのカフェ
2/47

【2】



 ドアノブを引くと、カロンと小さな音が鳴った。穏やかなピアノ曲に出迎えられる。オレンジ色のライトが灯っており、アンティーク店を彷彿させるような内装だ。

 正面にはレジカウンター。

 右側には木製テーブルとソファのセットが並んでおり、カフェらしい雰囲気がある。


 一方、左側はギャラリースペースになっていた。壁を覆い隠すかの如く絵画が展示されている。その中央にはテーブルがあり、ブックスタンドが乗っていた。いくつもの本が背の順で美しく並んでいる。


 店内に人の姿はない。

 呼び掛けようとした直後、ギャラリースペースの奥にある階段から男性の姿が覗いた。私と同世代――二十代後半くらいだろうか。さらさらとしたミルクティー色の髪、透き通るような白い肌、すらっとした長身。白いシャツの下に黒い腰エプロンを巻いている。このカフェの従業員だろう。


 モデル体型の爽やかイケメンが登場したことに驚いたが、私より彼の方が戸惑った様子に見える。妙な間が空いたのち、男性は苦々しい笑みを浮かべた。


「これはこれは……ずいぶんと珍しいお客様ですね」

「いえ、その……私はお客じゃなくて。こちらの駐車場に車をぶつけてしまったんです」

「事故ですか。お怪我はありませんか?」

「私は平気なんですけど、お店の駐車場を囲んでいる柵が――」

「あなたが無事なら良かったです」


 悪いのは全面的にこちらなのに、私の身体を気遣ってくれるなんて。

 怖そうな人でなかったことに安堵した。


「私、事故を起こしたのは初めてで……本当にすみません。こういうときってまず警察に電話すればいいんですか?」

「立ち話もなんですから、ひとまずこちらへどうぞ」


 男性は穏やかに微笑み、入口から一番近いテーブル席へ案内してくれた。彼と向かい合って腰掛ける。改めて先ほどの質問に戻ろうとしたところで、男性が私の顔をじっと見ていることに気付いた。


「――なるほど。あなたの内に秘められた〝霊力(れいりょく)〟、僅かに感じられます」

「え? 何の話ですか?」

「混乱させてしまって申し訳ありません。当店は通常、俗に言う幽霊しか入店できないんですよ」


 ……あぁそうか。

 私、あの事故で死んでしまったのか。

 きっとここは死後の世界。

 現世と大差ないようだ。


「痛みも苦しみも全然なかったな。これはこれで良かったのかも」

「あなたは霊でなく、間違いなく生きています。人間である僕が保証しますよ」

「でも店員さん、『このお店は幽霊しか入店できない』って言いましたよね?」

「通常は、そうですね」

「……私は異常事態に巻き込まれたと?」

「そのようなものですね。まずはお互い自己紹介しませんか? 僕は瑞月蒼唯(みずきあおい)、この店のマスターです。あなたのお名前は?」

中村璃乃(なかむらりの)です」

「璃乃さん、ですね。あなたは霊の姿を見たことも、声を聞いたこともないですか?」

「ないですけど……」

「しかし当店に張っている〝結界〟を潜り抜ける素養はある……と。素敵な出会いができて嬉しいです」


 まるで話が見えない。

 作り物のような男性の――瑞月さんの営業スマイルが、だんだん腹立たしく思えてきた。


「もう、何がどうなってるんですか? 新手の詐欺か何か?」

「そう興奮なさらずに。当店のドアに掲げている看板はご覧になりましたか?」

「確か《川のほとりのドリンクに幸せを添えて》みたいな長い名前が――ってまさか。あそこに書いてあった〝川のほとり〟って三途の川のことですか? もう少しで天国が見えちゃうかもしれない感じの……」

「えぇ。当店は霊にとって〝現世(うつしよ)とあの世を繋ぐ場所〟と言えるでしょう。とはいえ僕たち人間が天国行きになることはまずありませんのでご安心を」


 ……もう駄目だ。

 こんな夢を見ている場合じゃない。

 早く目を覚まして。

 そんなことを考えながら自分の頬を思いきりつねってみる。鋭い痛みを感じると同時に、「夢でなく現実ですよ」と聞こえた。


「璃乃さんが当店の結界を潜り抜けた経緯、お聞きしてもよろしいですか?」

「経緯と言われても……結界なんて見えませんでした」

「璃乃さんの心理状態に影響しているのでしょうか。近頃、何か辛いことはありませんでしたか? (せい)を投げ出したくなるほどに苦しい出来事が」


 返事に詰まってしまった私の反応で瑞月さんには伝わったらしい。彼は笑顔を引っ込めた。


現世(うつしよ)に不満があるのでしたら、全て僕にぶつけてみませんか?」

「ぶつけるって……」

「ご友人に愚痴をこぼす感覚で構いません。もちろん他言もしません」


 ……こうなったら自棄(やけ)だ。

 愚痴を聞いてくれると言うのなら、がっつり聞いてもらおう。


「私、彼氏に裏切られたんですよ。二ヶ月くらいの付き合いだったけど大事にしてきたし、一途に想ってました。それなのに二股されてて、しかも本命は私じゃなくて、一瞬でゴミみたいにポイッて捨てられたんです」

「最低な人ですね」

「それだけじゃないんです。捨てられた直後に会社が破産・解雇ですよ? 就活に失敗してしばらくフリーターをしてて、やっとの思いで就職した会社だったのに。補償はたったの十八万。一ヶ月分程度の給料だけもらったところで、就活をやり直す労力を考えたら割に合わないです。二十八歳で突然のニート……すぐ再就職できるとも思えません。私は何も悪いことなんかしてないのに、何でこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないんでしょうね」


 一旦話し始めてしまうと、自分でも驚くほど流暢に言葉が並んだ。それと同時に「あぁ、私は誰かに愚痴を聞いてほしかったんだな」という本音に気付かされた。こんな情けない話、友達にも親にもできずにいたが、少しだけ胸の(つか)えが和らいだ。とはいえ――。


「すみません。不満をぶつけていいと言われましたけど、初対面の人間からこんな話をされても困るし鬱陶しいですよね」

「いえ。苦しい感情を吐き出すことができるなら、可能な限り吐き出してしまった方が良いものです。そうすることで状況が好転する可能性もあるのですから」

「……そういうものですか?」

「たとえば僕は今、あなたが仕事を失って困っていると知りました。当店で働きませんか、とお誘いすることができるわけです」


 唐突な申し出に戸惑った。

 仕事をいただけるならありがたいが、失礼ながらこのカフェは繁盛しているように見えず、人を雇う余裕はあるのかと心配になる。現在地がどこなのかという疑問もまだ解消していない。



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