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誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。  作者: 堂樹@書き専
【Case2】仕入れの謎と、お客様の謎
19/47

【6】



「蒼唯さんと何してたの?」

「お守りをいただいたの。オニキス」

「そ。良かったじゃん」


 ケーキを食べ終えた朔也とともにお店を出る。今日の空はどんよりと灰色に染まっていた。夏らしい乾燥した暑さでなく、肌にまとわりつくような熱気。一雨あるかもしれない。


 朔也の運転する車で走ること約一時間。

 目的の廃民宿に到着した。

 三台分しかない駐車場のアスファルトにはひび割れが目立ち、その隙間から雑草が伸びている。入口はガラス戸になっているものの、大胆に破壊されていた。長年放置されている間に、興味半分で侵入した者が大勢いるのだろう。


 朔也は五百ミリリットルサイズの空きペットボトルを持ち、「行くよ」と歩き出した。その背中を追う。地面に散らばるガラス片を避けつつ廃民宿の入口に足を踏み入れた途端、内部からどす黒い煙が押し寄せてきた――感覚がしただけで、実際は何が出てきているわけでもない。仄暗い玄関が広がっているだけだ。


 しかし「近付くな」と警告された気分。

 思わず立ち止まってしまった。

 前を歩いていた朔也が振り返る。


「大丈夫か?」

「……うん。なんだか毒々しい空気みたいなものを感じて、ちょっと気持ち悪かっただけ」

「悪霊の持つ邪気だよ」

「仕入れが危険だと言っていた理由?」

「そ。店に来る霊と違って、これから対峙するのは人間に害をなす悪霊だ。それを(はら)い、なおかつ死魂をいただくのが俺の仕事」


 多少慣れた気もするが、ねっとりと全身を蝕むような不気味さは消えない。こんな場所で平然としている朔也は、自身が宿す強い霊力に守られているのだろうか。私には刺激が強すぎる。


「どうすんの? 外で待ってる?」

「……ううん。せっかくここまで来たんだもん、ついてくよ」


 よし、と気合を入れて朔也に歩み寄る。彼は周囲を見渡し始めた。玄関の左側にはスリッパの入った下駄箱がある。備品の一部は残されたままのようだ。他に目立つものと言えば壁の落書き。卑猥な単語や数字の羅列、日付に名前まで様々なものがある。


 床には飲食物のゴミが散乱しており、その中には真新しいものもあった。マッチで火をおこした形跡もある。誰かが寝泊まりでもしているのだろうか。


「私には絶対無理だな、こんな場所で食事なんて」

「俺だって無理。でもこの中で過ごす奴が存在するなら尚更、悪霊を祓っておかないと。被害が出てからじゃ遅い」

「悪霊を祓って死魂も手に入って、一石二鳥ってこと?」

「そ。あんたは俺の後ろで見ていればいい。絶対前に出ようとするなよ?」


 言われなくても、足がすくんで動けなくなると思う。


 ぎしぎしと歪な音を立てながら、薄暗く埃臭い廊下を進んでいく。さほど大きな建物でなく、あっという間に最奥へ到着した。行き止まりにぽつんと佇んでいたドアを朔也が開ける。


 黒ずんだ畳張りの部屋に、ボロボロの布団とジャージが残されていた。その近くにはビールの空き缶やコンビニ弁当の食べ散らかしが放置されている。夏場にこんな状態ではハエがたかりそうだが、ただの一匹すら舞っている気配がない。


「ものすごい生活感が漂ってるね」

「だな。そしてこういう汚いところは、悪霊にとって居心地のいい場所でもある」


 突然、朔也が左手を前に突き出した。

 彼の正面、部屋の奥に黒い塊が浮かび上がる。

 高さ二メートルほどあるそれは、まるで漆黒の雨雲だ。

 背筋を這う不気味さが急激に膨れ上がり、一瞬眩暈がした。倒れないよう両足に力を入れる。


 どこからともなく風が吹いてきた。

 身体の芯を刺すような、不自然なほど冷たい風。

 それは朔也の全身を取り巻いていた。

 はっきりと風の流れが見える。


「狭間の世界を彷徨い足掻(あが)(なんじ)へ告ぐ

 我が血は汝の魂を(えぐ)

 永劫(えいごう)の闇に閉鎖すことを

憎苦世堕怯無出ぞうくせだきょうむしゅつ〟――」


 お経のような言葉の羅列が終わった途端、正面から爆風が襲いかかってきた。野太い絶叫が響き渡り、毒々しい色の光が周囲を覆い尽くす。

 堪えきれず目をつむった。

 たとえるなら〝紫色の光の爆弾が爆発した〟といったところか。


 ――しかし。

 それはほんの一瞬の出来事で。

 恐る恐る瞼を持ち上げたときには、元の散らかった客室に戻っていた。


「死魂の回収完了」

「終わった……んだ?」

「尻もちつかずに頑張ったじゃん」


 朔也はメガネの位置を整えつつ、手にしていたペットボトルを見せてくれた。ペットボトルの中には灰色の煙が入っている。悪霊を祓い、残ったものがこの煙――死魂らしい。


「朔也が唱えてたお経みたいな文章は何?」

「〝()言霊(ことだま)〟――悪霊を祓う唯一の方法。奴らにとっては拷問みたいな効果がある。それプラス、俺は自分の霊力を使い、悪霊の宿す死魂だけ現世に残るようにしてるんだ。ゲームで言う固有スキルみたいなもん」

「要するに、朔也が自分で編み出した技? 瑞月さんにはできないの?」

「そ。まぁあの人は通常の悪霊祓いもやりたがらないけど」

「どうして?」

「悪霊は人間に悪影響を及ぼすから、人的被害を出さないために駆除(・・)するんだけど……嫌なんだろうな、自分の言霊で苦悶に歪む顔を見るのが。美味い紅茶を飲ませて穏やかに浄化するのと、無理やり悪霊を祓うのとじゃ全然違うし」


 朔也はペットボトルを指でパシッと弾いた。

 私には黒雲にしか見えなかった悪霊。朔也や瑞月さんには、きちんと表情まで認識できるそうだ。害のない幽霊だろうが悪霊だろうが、苦しむ姿を見て胸を痛める瑞月さん。優しすぎるのかもしれない。


「あの人の長所であり短所でもある。俺は嫌いじゃないけどね」

「朔也は大丈夫なの? 悪霊祓いを繰り返して気が滅入ったりしない?」

「別に。人間に害をなす存在なんてさっさと消した方がいいに決まってるし、何より蒼唯さんを助けたいから」


 朔也のあとに続いて部屋を出る。民宿の入口まで戻ったとき、ぱらぱらと雨が降り始めていることに気付いた。疲労感も相まって憂鬱な気持ちになる。


「帰りは寝てろ。あんた、もう限界って顔してる」

「……そうかな?」

「悪霊の邪気にあてられたんだよ。今夜自分の運転で家に帰りたかったら寝とけ」


 そこから先の会話は曖昧で、気付いたときには《ハピネス》の駐車場だった。一時間程度とはいえ、熟睡したことで疲労感は格段に減っている。朔也は「行きたいところがあるから」と言い残し、そのまま車で去ってしまった。私は勝手口からカフェ店内へ。キッチンでお湯を沸かしていた瑞月さんに、朔也から託されたペットボトルを渡した。


「お疲れさま。身体に異常はない?」

「酷い眠気に襲われたくらいです」

「そっか。ちょうど今お姉さんが来店してるんだ。最期になるよ」

「最期って――」

「何かに囚われて彷徨う浮遊霊は、長く現世に留まることで悪霊化する可能性があるんだ。浄化に向けて動くよ」

「悪霊って大きな黒い塊ですよね? あのお姉さんもあんなふうになってしまうんですか?」

「そうだよ。悪霊が危険な存在だということはキミも肌で感じたんじゃないかな? ああなると、霊力を持たない人間は毒されてしまう――心と身体を少しずつ蝕まれていく」


 廃民宿へ踏み込んだときに襲ってきた恐怖――強大な何かに呑み込まれてしまいそうな悪寒は、霊力を持つはずの私でも苦しかった。霊力を全く持たない人があの毒に触れ続けたらどうなってしまうのか。想像もできない。


「キミが戻る前に、お客様の話を改めて聞いたんだ。彼女が現世に留まっている理由も見えてきた」

「その理由は?」

「本件は捜査ミスでも謎めいた事件でもなく、お姉さんの精神的不安が生んだ防衛機制。彼女は自分の心を守りたかったんだよ」

「……防衛機制?」

「人の心には自己防衛本能が備わっているんだ。彼女の場合、それが〝逃避〟や〝否認〟という形で現れた」

「えっと……心理学か何かですか?」

「お客様とお話ししよう。キミにも伝わるはずだから」



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